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23.立候補

お読みいただきありがとうございます。


 六月二十六日


 周りは人混み、当たり前のように、いつもより圧迫感がある。暑苦しいし、早く戻りたい。

 三年五組と書かれたプレートがドアの隣に取り付けられている。壁から垂直に刺さるようになっていて、三年生...いや、背の高い一年生なら普通に届きそうだ。いたずらで折られた事とか、ないのだろうか。流石に、そこまで弱くはないし、無理やり力を入れてまでそんな事する生徒もそうそういないか。

 ...やっぱり、話すだけなら別の方法があっただろか。

 禁止はされていないが、他学年の間でのトラブル防止の観点で他学年フロアに行くのは控えるように言われている。自分は今正当な理由があるからいいのだが、周りには三年生ばっかりで変な緊張感がある。

 周りには立ち止まっている人が多かったものの、突然立ち止まったせいでギリギリのところで自分を避けていく人もいた。誰に話しかけていいかわからず開いたままの扉の外から委員長の姿を探していたが、もしいなかったらあとどこを探せばいいのだろう。

 授業の間の休み時間だし、できるだけ早めに済ませないとまたこの道を歩いてくる事になる。

「どうしたの?」

 運良く、どこかから歩いてきた三年生の一人が話しかけてきた。教室に入ろうとしたのだろう。確かに、こんな場所で立ち尽くしていたら邪魔だし気になるだろう。少し申し訳無さを感じた。

 事情を説明して委員長を読んでもらった。期待した通り、中にいたらしい。委員長がこっちに向かってくる途中、俺の顔を見てあからさまにびっくりした表情をした。委員会でもそんなに関わりはないし、話した事も数回だからそりゃそうだろう。

「こんにちは」

「どうしたの?」

 ...必ず、何かあったらどうしたのから入るものなのだろうか。それとも、そんなにも俺が困っているように見えるのか?道を塞いでしまわないように一歩引くと委員長が自分のいた位置へ移動する。

 生徒会に立候補したい、というところから話に入っていった。そのためには選挙活動を一緒に行う推薦者が必要だという事。もはや失礼だと受け取られても仕方ないくらい簡潔な説明だった。

「...突然で申し訳ないんですけど、推薦者をお願いしたいと思っているんです」

 しかし、その話をしている途中から、何が言いたいのか委員長はわかっていたようだった。推薦者が具体的にする事を聞いたりもしなかった。そして、すべてを聞き終わった後委員長はわざとらしく「ああ...」と言いながら気まずそうに間をおいた。沈黙のあとの委員長からの言葉に、俺は何も返す事ができなかった。

「ごめんね、部活でもう頼まれちゃったんだ...」

 遅かった。思い返せば、昨日面倒くさがって一日おいてから来てしまったのだ。間違いだったな。部活というのは昨日の放課後の話だろう。昨日中に行っておけばきっと間に合っていた。

 一瞬、周りの音が消えた気がした。委員長がいなくなれば、もう影響力が大きそうな先輩はいない。何よりも、自分の感情のせいで失敗してしまったのが自業自得でしかなかった。...どうしよう。

「他に、推薦者にできそうな先輩いない...?」

 流石に、いない、と言ったら部活の先輩に、というか三年生全体に失礼な気がした。もっと言えば二年生にも失礼なので、

「いえ...部活とかで頼んでみます」

 というような事を言っておいた。嘘だな。

 委員長は周りからの信頼があるんだろうな。もしかしたら、俺以外にも委員長に頼むつもりだったのに不可能になったという立候補者はいるかもしれない。さっきだって、教室から出てくるときには明らかにクラスの中では最も人数が多いグループの真ん中の方から抜け出してきていた。部活で頼まれたのだからもしかしたら部長をやっているのかもだな。

 まだ一学期だし、生徒会にはまだ三年生がいるはずだ。委員長みたいな人が落ちるような事はきっとないから立候補していないのだろう。こういう人でも目立ちすぎを避けたりするのか。

「そっか...よかった、書記?それとも副会長?」

 さっきの気まずさをフォローするような話題だった。

「書記です」

「頑張ってね。部活の、一年生は副会長立候補するみたいだから」

 同じ土俵にいないから自分が応援しても大丈夫だよ、という意味だろう。

「すいません、ありがとうございました急に」

「ごめんね、応援してるよ」

 なんとなく頭を下げてその場から離れた。落ちるかもしれない。初めてしっかり認識した瞬間だった。素直になってしまえば、部活の先輩の事はあまり信頼していない。代が違えば、また違うような先輩に出会えたかもしれないのに、運が悪かったな。

 ...まあ、そうばっかり思うのも迷惑な話だし、まだ馴染んでないだけだと思っておこう。来年、もし立候補したいと思えば部活の先輩に頼むかもしれないし。

 でも、どうしようか。こうなると頼める人がいない。自分の視野の狭さを改めて実感してしまう。選挙活動を頼める人...

 同級生に頼もうか?

 確かに、そうすればリスクは高いものの頼める人は多くいる。時間もそんなにあるわけではないし、そうするのも一つの手だ。

 あくまで、大切なのは選挙活動の内容。そう信じてみようか。

 

 次の時間に遅れそうだったので急いで来た道を引き返し教室に駆け込んだ。まだ二分くらいあって普通に間に合ったからよかった。手遅れになるという恐怖が自分に植え付けられてしまってすぐに英太のところに行こうとしたが、流石にそんな時間はなかった。

 授業が終わって次の十分休み、別の誰かのところへ行ってしまう前に捕まえたかったので教科書なんて片付けず話しかけた。

「公約、いじめ撲滅運動にしたんだ」

 適当な話題を少し離れたところで言う。少し大きい声で。英太はこっちを見てちょっと驚いていたが、その勢いのまま全部を話した。先輩に断られた事も、全部。

 そして推薦者という言葉には若干のパワーがあったらしく、余計に驚いた顔をされたが、その後しばらく困惑していた。

「いいの...?」

 生徒会に立候補すると言ったときの根拠のない期待のような困惑とはまた別の困惑。その中に嬉しさや不安が混じっているのかどうかはわからなかった。

 やりたくないわけでもなさそうだったが、どうしてもこれで押し通したいので「英太は色んな人に好かれてそうだからさ」とかいい感じに説得すると

「わかった、やってみる!」

 英太ものってくれたようだ。

 中学校に入学してから聞いた言葉の中で、一番ほっとした言葉だったと思う。引き受けてくれただけなのに、受け入れてくれただけなのに、よくわからない頼もしさを感じた。

「ありがとう...」

 感情が入りすぎて喉声のような声を発していた。

 その後すぐに記入用紙に名前を書いてもらって、あとは自分が色々書くだけだ。まだ時間はあるはずだし、無事に立候補できそうだった。

英太みたいな明るくて潔い性格好きです。

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