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22.推薦者

お読みいただきありがとうございます。


 六月十八日


 誰かに求められている。

 そう思うだけで、背景の色が何であろうと体温を感じてしまう。

 本物の喜びを知ると、意外にもその記憶の中の不純物が目立たなくなる。不純物の方が目に飛び込んできてしまうというのは偽物の暖かさに対してだけのものなのかもしれない。

 結局のところ、自分は目立ちたくないわけではなくて必死になるのが面倒くさいだけらしい。誰かのためになれれば自分の存在感を再認識できるし、心が満たされる。どうやらそれは本物の喜びらしい。

「これ、ワカバに渡しておいてくれない?先生から渡すように言われたんだけど」

 そう言って英太から渡されたのは小さな段ボールだった。その上に『家で開けてね』と書かれた付箋が貼ってある。

 どうして直接渡さないのか聞いてみると、

「なんかわかんないけど、俺ワカバから嫌われてるみたいだからさ。それに、勇利ってワカバと仲いいでしょ?」

 仲が良いから。それは親友であるがための特権であった。故に自分しかできない事である。だから自分はそれを存在感だと認識したらしい。

 もちろんと言ってそれを受け取り、ワカバが教室に帰ってくるのを待った。

 英太と二人で会話できたのも嬉しかった。

 誰とでもうまくいきそうなのに、最近話し相手にされる事が多い気がする。周りにそんな明るい存在がいるだけで満足だが、友達が増えたと表現すると余計なくらいに充実している感じがした。

「そういえばワカバは今何してるの?」

 ワカバは、昨日提出できなかった数学のワークのために先生のところへ向かっていた。数学なのに、と聞いたときは感じていたが、忘れ物で出せなかったとかなら納得する。やりそうだから。

「提出物出しに行ってる」

 少しなにかを考えてから、若干の笑みを浮かべて英太は自然な相槌を打った。

「そうなんだ」

 英太は俺が今感じたギャップについては触れなかった。ワカバとまだ心の距離があるという感情が現れたのかもしれない。流石に、思わない事はないはずだ。

 試しにその事を言ってみると、

「あ、ワカバって数学好きなんだっけ?」

 と間を置きながらも言葉をつなげていた。そうか、やっぱり、英太はワカバの事をそんなに知らないのか。無理はない。全体の前でワカバが数学好きだと言ったのは四月の自己紹介のときが最後だ。俺でさえ鮮明にそのときの事は思い出せないし、覚えている方が特殊なのかもしれない。俺は仲が良いので二択にいるまでもないが。

 ワカバももっと自分から伝えていければ、数学教えてほしいという人もよってきて友だちができるかもしれないのに。というのも単なる憶測にすぎなかった。

「じゃ、」

 ロッカーの方へ向かう英太。四時間目まであと五分ある。ワカバは間に合うだろうか。そもそも、授業の合間で先生はそんなに簡単に見つかるのだろうか。職員室にいたりしたら面倒くさいだろう。

 もう一度段ボールを見て思う。なんだろうか、これ?

 先生に渡されたと言っていたものの、先生とワカバってそんなに個人的な関わりがあるのだろうか?それとも部活のなにかか?―ワカバって部活入ってたっけ。

 というか、それなら直接先生がワカバに渡せばいいし...時間がなかったと考えれば納得がいくか。

 変な事を考えるのはやめよう。ワカバにそれを尋ねるのもやめよう。ワカバと距離を縮めすぎるのもあれだ。

「先生いなかった...」

 もしかしたら見つかったけど話しかけられるような空気じゃなかった、という意味かもしれないと想像してしまうが、言われたとおりに受け取っておこう。

「まじで?そっか...昼休みにしたら?」

「そうする」

「そうだ、これ、先生から」

 付箋が見えやすくなるような向きで渡した。やっぱりワカバは困惑しているようだった。


 六月二十五日


 本当に小さな事なのに、なんだか周りとうまくいき始めている気がして楽しさを感じていた。振り返ってみれば満足できるような出来事が多かったし、なんだかんだ頑張ってきたんだなというふうに思う。

 だから、先生からその話をされたときもどうせならという考えになってしまった。一度感情を抱くともう手放せない。俺はそういう性格をしていたらしい。その理由を問われても答えはないのだが、一度しかない中学校生活という言葉が自分の中で鳴り響いていた。

 ホームルームの後真っ先に教卓へ向かった。

―「学校の、代表の生徒会に、立候補したいって人は一度担任に相談してっていう形になっているので、詳しい事は今日配られる選挙だよりをみてくださーい」

「先生、生徒会選挙でたいと思っています」

 担任ではあるもののほとんど話した事がないのでどういうふうな口調でいればいいのかわからない。ただ、なんとなく、ちゃんと言い切ったほうがいいんだろうなとは思っていた。

「あ、そうなの?へー」

 俺には無関心のへーというよりは感心のへーに聞こえた。いくつか感嘆の声を上げた後、こう言った。

「なにに出たいと思ってるの?会長と、副会長と、書記あるけど」

 そうか。いくつか役割があるんだ。ただ、この立候補したいという思いははどちらかといえば強い意志というより興味本位なので、上の役割がいいとかいう思いはなかった。

「書記です」

 少し顔をそむけて考えてから返した。変に上の立場を務めて足手まといになったりしたら大変な事になるのではないか。

「いいじゃん!」

 多分、何を言ってもそうなったんだろうな、と思いながら話を聞き続ける。立候補するには何をどうすればいいのか。立候補したらこの日に説明会があるからいかなければいけないとか。

 まず真っ先にしなければならないのは推薦者の決定だ。自分と一緒に演説など選挙活動をしてくれる人物。誰が推薦しているか、その事実が当選結果に及ぼす影響はかなり大きいから、慎重に決めるように、と念を押された。でも、部活内では頼れる先輩、...というより関わりがしっかりあるような先輩はいない。できる事なら先輩に頼んだほうがいいのだと思うが、先輩と関わる事は部活と委員会くらいでしかなかった。図書委員長か...?図書委員長ならちょっとは話した事がある。

 委員会は近くにはないし、直接教室まで行くしかないか。

「選挙出るの?」

 先生と話し終えると英太に尋ねられた。

「出てみたいな、って思っただけだよ」

 やってみたいし、やりたいし、一歩を踏み出しておいてそれを撤回する事はないと思ったが、あまり強い思いと思われたくないのでこう言っておいた。

「公約は?公約は?」

「まだなんも決まってないよー」

 どうしてこんなに乗り気なんだろう。そんなにも、立候補が意外だっただろうか。...意外か。

 公約...

「ていうか、公約ってどんなのあると思う?」

 立候補する側が何を聞いているんだろう。目標くらいちゃんと持ってから決意したほうがよかったんじゃないか?

「んー...」

 英太もわからなかったらしい。苦し紛れに言ったようにも見える返答はこうだった。

「行事を盛り上げてー、みたいな?」

 みたいな?という語尾なのでおそらくそれでいけというGOサインではない。それにするのはやめておこう。

 生徒会で何がしたいか、か...

 椅子に座ってちょっと考えてみると、一つの案が浮かんできた。

「...いじめ撲滅運動」

 ただ、小声で英太に向かってそう言ってみたときには、英太はもう授業の準備をしにどこかへ行ってしまっていた。

 誰かがドアを開く音がする。一時間目は移動か。

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