II.青ヶ原中学校
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九月一日
「みなさんおはようございます。そして、お久しぶりです。
二学期は一年の中で最も日数が多く、さらに音楽祭、テスト、受験と、どの学年も忙しい時期になるでしょう。そんな二学期を過ごすにあたって、私から少し、みなさんにお伝えしておきたいことがあります。」
今一度冷静になってみたら、彼だって一学期、一ヶ月くらいこの学校で過ごしたのだ。だから客観的な見て新しい生徒だという高揚感はそこまでないし、短い時間だったが割とクラスに溶け込んでいる印象が強い。
体育館で校長が話すとき、全校生徒はいつも体育館履きを履いて床に座っていた。体育座りだ。二年四組は左から...何番目だろうか。でも、二年は体育館の前の方の、右側に寄っていた。四組はその群れの真ん中の方で、しかも僕は後ろの方。真ん中でも端でもない最も目立たない場所である。無論、寝ようとしているわけではない。
この学校はできてからまだ十数年しか経っていないらしく、まだ校舎も新しい。体育館は明るい黄土色で、床に描いてあるバスケットボールとかをするときに使うのであろうカラフルな線もまだ鮮やかでくっきりしていた。
「九月から学校が始まって、憂鬱だな、気が進まないな、などと思った人も、たくさんいるのではないでしょうか。一度生活リズムがズレてしまうと、それを戻すのには大変労力が必要でしょう。乱れていなくても、久しぶりに登校してくるのはやはり疲れるかと思います。」
橋岡先生の話はいつも地味に長いが、それを前の方にいる彼はどんな気持ちでいつも聞いているのだろう。始業式に限らず、一ヶ月に何回かある通常朝礼でも橋岡先生は何かしら話している。橋岡先生が話すことといえば大抵季節の話題か学校行事のことなのだが、私的なことが口から飛び出ることはあまりない。
倦怠感が現れるのは当たり前のことだとか、よくある『新学期に向けての準備』についてのことをしばらく話していたのだが、橋岡先生は最後にこんな話を付け足した。
「最後に、転校や進学など、生活環境が変わる場面は人生でたくさんあることでしょう。ただ環境が変わるというのはそのような大きな場面だけにあるものではありません。夏休みが過ぎ、学校が始まったというのも一つの環境の変化だと思います。そして日常生活の中でも、私達は世界の、社会の、自分自身の目まぐるしい変化に出会います。二学期、なにか壁にあたってしまったとしても、その変化を乗り越えようと挑戦することで、みなさんの自分自身の大きな成長につなげていってください。
これで、お話を終わります。」
そう言って締めた。
「起立。...気をつけ、礼。」
司会役の他学年の先生の名前を僕は知らない。僕が三年生になったら三年生の先生になるだろうか。
この後青ヶ原中学校、通称青中が強豪校とされているバドミントン部の二年生の一人が、県の個人大会で優勝したとして表彰された。なにか連絡をお持ちの先生はいますかという疑問に答えた人はだれもおらず、そのまま朝礼は幕を閉じた。
この学校では朝礼が終わったら三年、二年、一年という順番で立ち上がり、一クラスずつ体育館を出ていくというスタイルを採用しているらしい。位置の都合上、二年の場合は最も数字の大きい七組から退場することになる。
九月。体育館から直結している窓のない外から丸見えの廊下に出て、秋の到来を感じた。
九月二日
給食が食べ終わると同時に昼休み開始の鐘が鳴った。少し経って教室からクラスメイトがぞろぞろと出ていく。とはいっても、半分にも満たないだろう。給食委員は教室の後ろで配膳台片手に食べ終わっていない人を眺めている。その姿は最も廊下側で最前列の席の僕の目にはわずかに小さく見えた。
しばらく経ってガタン、ゴトン、とぎこちない音を立てながら配膳台が廊下に出ていった。そして戻って来る。
「あ有、次の理科って第一?」
一番前のドアから入ってきて唐突に聞かれた。
「うん、第一理科室。え、タウって理科係でしょ?」
「まあまあ」
青中では委員会と教科係、部活は別々の扱いだった。教科係の仕事は先生から授業についての連絡を受け取って後ろの連絡黒板に書くのみである。あと人数の関係でそんなにはいないが、委員会と教科係の兼任も可能だ。タウがその一例だろう。
タウはそのまま二人組のところにダイブし、三人で後ろから教室を出ていった。
...教室に残っている人の大部分は残って勉強したいというわけではなく、外に出るのが面倒くさいか暑いのが嫌なのか、ただただここで誰かと話していたいのか、どれかだろう。しかし一応事実として言えるのは、教室に残る人は真面目な人が多かった。...もちろん、外に行く人が不真面目と言っているわけでは断じてない。
新学期二日目。今日は五時間授業で理科が最後だ。僕は一応合唱部だが活動再開日はまだ先。委員会もなく友達との用事もない。委員会は放送委員会で曜日ごとに担当を変えているものの、担当は金曜日だから今日ではない。決して部活だったりがないことが嬉しいわけではないのだが、すぐに帰れるということに対しては微かに嬉しさを感じる。
まあ、家に帰ったところで暇かもしれないが。
新学期二日目。いきなり授業が始まり、四時間目は保体だった。実技はいつも、授業ごとにその振り返りを書かなければならなかった。することもないのでなんとなく書き出している自分がいる。運動神経自体平々凡々なので、成績を取りに行くにはこの振り返りやらと座学で頑張るしかない。と、いうことに気がついたのは一学期の時の話なのだが。
ただ、一番力を入れなければならないのは難点がある実技だろう。
でも結局、新学期というのはそういう意味で、生まれ変われる時期なのかもしれない。
―バレーボール。この球技は割と不得意なスポーツの中で得意な方かもしれない。理由はただ一つ、ボールが軽いからだ。しかし軽くても、バレーボールはまともにキャッチをしない、というかキャッチをしてはいけなくて、当たりどころが悪いとまあまあ痛いので最終的には不得意という分類になっていた。
バレーボールは...全部で八時間やるらしい。その中の一時間目。実際、今回はパスをちょっとやってみるくらいの授業だったので疲れはしなかった。にも関わらず今回で不得意なスポーツに追加されてしまった。
だが、このことをそのまま振り返りに書くとただの逃げに見えるかもしれない。だから、そこから得たもの、『ボールを当てる位置に気をつける』というのも書こうか。
...いや、本気でそう思っている。
一通り書き終わったとき、もう昼休みは終わりそうになっていた。理科の準備をしようか。そう思った直後、
「あれ、なんか早いね」
タウを含んだ三人が戻ってきた。生徒の大部分は昼休み、予鈴が鳴ってから帰って来る。用事でもあったのだろうか。...用事があったとすればもう間に合わないだろうが。
「え、そう?」
ああ違う。タウたちは昼休みに散歩をしに行く人たちだ。短いと言うよりもはや長いと言ったほうが正しいのだろうか。あの校庭を二十分近くかけて歩いたのだから。
こう見えて。ただタウに馴染んだ僕にとっては特に不思議ではないか。
僕も時々、校庭散歩することあります。