19.期待
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六月五日
「遅れるよ?」
「わかってる!」
ここから学校までは十分かかる。今は八時ちょっと前で、今日に限っては八時十分までには着かないと時間が厳しい。
dボタンを押して天気予報を開くが、案の定そこに雨マークはなかった。鍵を持った事を確認する。
「行ってきます」
扉の奥から行ってらっしゃいと聞こえる。外は晴れ渡っていて水たまりもない。硬い地面を感じながら走っていく。
誰しもいつもと時間がずれると余計に早く動いてしまうものなのだろうか。周りには生徒は誰ひとりおらず、通り過ぎていく車と犬の散歩をしている一般人しか目に入らなかった。
いや、そもそもここはそういう場所か。
学校が近づいてくると時間なんて気にせず呑気に歩いている生徒が数多くいた。隣に、ご丁寧に時計がかけられている床屋があり、時計は五分を示していた。
...あれ、俺ってそんな足早かったっけ?
二倍速よりも少し遅いくらいか。案外普通かもしれない。
周りにつられて普通に歩くようになった。本番までこの疲れが続いたらどうしようかと考えているとちょっと前にワカバがいる事に気がついた。
距離が絶妙だし、あんまり今は気分も良くないだろうから話しかけないでいた。この状況なら気が付かなかったで通じるだろうと自分を納得させていたら気まずくもならなかった。
やがて学校に着き、下駄箱にワカバと入ろうとしたところで流石にと思った。
「おはよう」
「あ、おはよう」
最初は、あれ、意外と機嫌いいなと思った。ただしばらく経って思ったのは、いつもワカバは愛想笑いをしているのではないかという事だった。例え俺と距離を起きたいわけではなくても。別に、朝に強いわけではないんじゃないか?
「来たね、今日」
「うん」
ワカバの歩くスピードを認識してそれよりも少し遅く歩く。距離を起きたいわけではなくても話す事がなかったのだから仕方がない。
教室に入ると半分くらいがもういなくなっていた。十五分までに着席で今はちょうど十分...ちょっと急いだほうがいいか?
水筒とハチマキとタイムテーブルと椅子を持ってすぐに校庭へ向かった。ただ廊下は混んでいて前に進むのに時間がかかる。本当に時間通りに始まるだろうか?
昨日、帰る直前に担任から―おそらく全クラス、
「廊下が混むから時間には余裕を持って」
と言われていたのにあっけなくそれに巻き込まれてしまった。寝坊したんだから仕方ないじゃないか。
夏の日差しは強く、冬の風のように顔に刺さる気がする。ドラゴン団である三組の席は奥の方にあって、校庭の端の細長い道を抜けていかなければならなかった。
時間に追われるなかこんな重い水筒持ってこなければよかったと後悔する。運が良く、ぎりぎり間に合ったときに全員は揃っていなかった。すぐに教室から出てきて良かった。
その後出席をとって、しばらく向こう側のテントで先生たちが何かをしていた。係生徒も帰ってきて、行進隊形に並ぶよう促された。
隣には二年生が立っている。背が高いだけで少し息苦しさを感じている自分がいる。
それからも三分くらい間が空いたと思う。前の方では生徒会がスローガン幕を広げているがそれの確認だろうか。リハーサルで入場用の曲が流れていたがそれのトラブルもあるかもしれない。
ドン、ドン、ドン...バスドラムみたいな重い音が鳴り響いたあと、オーケストラのような音楽が輝いていた。金管楽器の音が放たれる中前の方から笛の音が聞こえてきた。合わせて全員足と腕を振り上げて更新を始める。なにもない空がただ揺れている。
始まる、運動会が。
予定の中では最初は二年生のリレーから始まる。青中では運動会は午前のみとなっていて競技数も少ない。確か熱中症対策のためと先生が言っていただろうか。正直午前だけでも午前午後どちらもでも疲れるので、俺は別にいい。ただ、嫌な人は多いと思う。青中はなんだかんだいって生徒数も多いみたいだし、ちゃんと人数に対して成立するのだろうか。
「オンユアマークス、セット」
バン、音が跳ねる。
スタート時は静かに。
そう言われたのはついさっきの話だが結構周りは何かを話していた。そんなに交わす話題があるのが羨ましくなってくる。
「「がんばれー!」」
中には叫び声のような声も混じっていた。隣にワカバがいる。小さく何かを言っているが応援の声だろうか。周りにかき消されて聞こえない。
この後三年をやって、その後一年だから少しまだ入場行進準備まで時間があった。
ドラゴン団は三位だった。結構良い方ではないか。いや普通か。そんな話をワカバとしていたら、招集係がテントの前に来て『二年生リレー』と書かれたプレートを掲げた。リハのときも招集場所は確認したが、実際本番がどのように流れるのか理解できていなかった。ただ周りのクラスメートは迷わず席を立って移動していく。それについていく。なんで一回も経験していない運動会なのにこんなに自分から動けるのだろう。理解できるのだろう。感心する。
どういう判断でこうなったのかわからないが、自分は走順が十番目だった。一応補欠だし、意識はされたんじゃないかなーと変な期待をしていたら現実に戻ったときの落差が激しかった。もう、本番になってしまった。
授業での練習も三組はパッとしなかったし、そもそも、三組には足の速い人がそんなにいないのだ。というより、速い人と遅い人の差が激しい。
行進が始まる。
「ピー、ピ」
結果は五位。授業での練習に相応しい結果だと思う。努力していないから、とかではなくて、そもそもリレーはもとからのポテンシャルが大きいのではないか?
バトンパス、バトンパスとよく言われてきたが、三組はバトンパスがうまかったほうだと思う。やっぱり、もとからの足の速さのせいだ。
テントに帰ってきたら一部の男子が「めっちゃよかった!!」と騒いでいた。
ワカバはその空気に入る気はないようだった。それが伝わってくる。
気づいたら障害物競走が始まっている。一年がリレーの後すぐに集合するのが難しいからなのか、障害物競走は三年生からのスタートだった。
応援合戦も終わり、ついに自分の番が回ってきた。
ワカバもリレーより全然マシとでも言うように招集場所に向かった。
どれだけ足手まといでもバレない。
そんな事を言っていただろうか。
それぞれのクラスが一列になって並ぶ。
...綱引きは順位が付けられるわけではない。二グループにわけ、二回戦やる。つまり一つのクラスは全部で二つのクラスと当たる事になる。
どうやって決まったのかわからないが、三組が戦うクラスは一組と五組だった。そんなに別のクラスの事はわからないから、これに一喜一憂する訳では無いが...
入場行進が始まって強烈な緊張感が俺を襲う。一番前という事がよりそれを強調している。
縄の前に立って空を見上げてみる。緊張感がほぐれる事はないし息も上がったままだが、自分の事もクラスの事も心配しているからだと思う。
結果的に一組には勝つ事ができ、リハでもそうだったのでとりあえずホッとする。そして五組の前までクラスは移動し、二回戦目がスタートする。五組には一度も勝てておらず、ここで勝てばもう今年の運動会は満足していいんじゃないかなと思う。
バン!
一斉に縄を引っ張り合い始めた直後、それは起こった。
「あ!」
振り返る暇もない。後ろで先生の声が聞こえるような気がする。でも手を止める事はできない。
ただ全員動揺してしているのではないか。だんだん縄が重くなってくる。そのまま五組に持っていかれる。
皆さんは運動会の競技には何がありましたか?