14.口実
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五月十三日
「タイスケ、昨日の放課後練習どうだった?」
「綱引き?」
もはや長くも感じなかったあの時間、自分は何をしていたのか。
唯一覚えているのは綱引きの綱は思ったよりも太く、デコボコしていたから、ある程度の力を入れておけば綱がズルズル手からすり抜けていく心配はなかった事だけだ。にも関わらず捕まる事に集中してしまい、重要な『相手を引く』事を忘れてしまっていた、というふうにも思う。
俺は一番中心に近く相手の顔がよく見えたから、その分味方が引いているところをあまり見ていなかった。だからチーム全体の様子が気になって、気づいたら質問を放っていた。
対して興味もないのにそんな事を聞く理由はなんだろうか。
角刈りみたいな髪型のタイスケはあまり考える事もせず言った。
「別に。
...みんな頑張ってたよ」
俺は、もっとクラスを強くしようとして今の欠点を聞いているわけではない。だから、どれだけ中身のない回答をされても嫌悪感は抱かない。
そうか。仲が良いとは言いつつ、所詮雑談は暇つぶしである。何を言われたってそれを活かそうとは思えない。こんな事を思う自分はタイスケの友達として劣っている。
「強いて言うなら」
自分の言った事を受け入れてもらえたと思うだけで優しいなと思ってしまう俺は自分に対して劣っているだろうか。
すると今度は少し考えて、ワカバという名前を出してきた。
「ワカバは練習の後すごいヘトヘトだったかな。やってる途中も結構きつそうだったけど」
そういえば、放課後に練習した後俺はスタスタと部活に行ってしまったのでワカバの事は見ていなかった。でも、ワカバが汗をかきながら強く息を吸って歩いている姿が目に浮かぶ。
「ああ...うん...綱引き苦手なのかもね」
「運動会まで一ヶ月もなけど...まあ、ワカバは大丈夫だと思う」
ここに来て、この学校が綱引きを選んでくれてよかった感じる。仮に足手まといがいても大丈夫な種目という言葉が脳内再生されてしまい、急いで次のタイスケの言動でかき消した。
「そういえば、有はワカバと仲よかったっけ?」
この時点でああそっかと思った。きっとタイスケにとっても、雑談は空白の時間を埋めるための道具なのだ。友達として欠点があるのはお互い様、もしくは本当に仲のいい友達ではないのかもしれない。
それはそうか。だって、初めて会ってまだ一ヶ月半だ。
でも、だからといって一緒にいるのが嫌な訳では無い。
「まあ、うん」
「どんな人?」
どうしてそんな事を聞くのだろう。
朝。窓側の席からタイスケの背後の廊下側を見渡してみるが、まだワカバは来ていない事がわかった。
なんだかよくわからないが我に返ってしまう。たまには早く家を出てみようかな、学校で課題やってようかななんて思ったらこんな感じだ。タイスケは暇なのか?
さっき自分ででっち上げた雑談=暇つぶしというのに自分で矛盾している事に気が付く。
ワカバの姿を思い浮かべる。どんな人って言われても...
「優しいよ。ちょっと抜けてるところあるけど」
多分、今俺はワカバを養護しようとしているわけではなくて、返す言葉が見つからないからポジティブな言葉を連ねているのだと思う。
ネガティブななにかを『けど』でつなぐと、なぜだか余分にいい感じに聞こえる。
「好きなものとか、あるの?」
タイスケはどんな回答を求めているのか。人が求めている返答という種のワカバに関する何かがどうしても見つからなかった。
...いや待て?
そういえば、ワカバはよく休み時間中あまり人と話さない代わりに端の席で本を読んでいる。ワカバともう少しだけ距離を縮められないかと思って一度だけ、何を読んでいるのかと聞いた事がある。これを聞けるのは仲が良い友達の特権なのではないか、と。
「あ、――」
思い出した。一つだけ、ワカバが何より好きというものがあった。
―「なんか。...いい人だなって」
自信のこもった俺の言葉を聞いたタイスケは目を見開いて、わざとらしい感心を顔に浮かべた。多分、表情通りの事はあまり感じていない。
「すごいね」
それについてなにかコメントするつもりはなかったのだろう。時計を見ると十五分を過ぎていて、だんだんゾロゾロと人が入ってくる。
なにか思ったのか、後ろを見渡しながら首を触るタイスケ。
声の高さからなのか、顔の柔らかさからなのかわからないが、タイスケと話しているとよくわからない安心感がある。それがいい事なのかどうかは置いておいて。
ありがとう、話せて満足したとでも言うように、俺に背中を向けて廊下に出ていってしまった。
二分くらい、過ぎただろうか。トイレに行っただけなら、そろそろ返ってきてもいいと思う。もうすぐチャイムも鳴る。カバンはタイスケの椅子にかかっているものの、二十分までに返ってこなかったらきっと周りにいる声のでかい男子やらに遅刻扱いされる。それくらい、いつもの調子を見ていればわかる。わかるようになってしまう。
気になって後ろを向く。タイスケは自分の真後ろである。多分仲が良くなったのも距離のせいだろう。だとしたら、...なんだろう...ワカバのほうがちゃんと友だちになったという気がしてくる。
ああだめだ。何考えているんだろう。
「あ」
思わず声が出てしまった。何か変わった事があったわけでもないのに。タイスケが入ってきただけなのに。
ふと、ワカバの方を見てみる。漫画によくある冴えない主人公みたいな感じに窓の外を眺めていて「今までずっと平然と生きてきました」みたいな事を言ってそうだ。
―「ワカバは練習の後すごいヘトヘトだったかな。」
あのワカバとこのワカバが同一人物だととても思えない。疲れているなら、いい言い方をすれば全力を尽くした...それがあの顔だろうか。
もしくは、「昨日の事はもう忘れました」という顔か。「今から運動会まで頑張っても、結果が変わるわけではないから」と。
前を向く。
そういえば、昨日ドラゴン団は三団くらいと戦っていた。確か...そうだ、一勝二敗だった。
勝ちにこだわらないなんてかっこいい事を言っているわけではないが、別にいいだろう。悪くはないだろう。きっと、本番でもビリではないから。
なんとなく、このクラスの調子を見る限りワカバがどれだけ頑張っても結果は同じだと思う。本人には言いたくないが、大逆転劇、というのを味わうにはそれなりの期間が必要である。
...もしかしたらワカバはそんな事を思っていないかもしれない。
結果が変わるわけではないから諦める、というより、嫌だから忘れるの方ではないか?
どうやっても変わる事のない事実。ワカバが綱引きをやる事になったのは俺の影響だ。俺が何も選択種目を選ばなければワカバも何もやっていなかったかもしれない。
仮にワカバがやらなければよかったと思っているのなら、それは部分的に俺の責任になってくる。
チャイムが鳴った。一度忘れようというのが現実逃避なのはよくわかっていた。
思えないです。勝ちにこだわらないなんて。