12.選択種目
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五月九日
「リレーやろうかな。目立たなそうだし」
どういう価値観なのかは知らない。でも、一つだけ言えるのは、目立ちたくないという理由なら絶対に別の競技を選んだほうがいいという事だった。...いや、
「ワカバ、リレーは全員参加」
「え、そうなの?」
潮崎先生に選べと言われている競技の中にリレーは入っていない。選ぶのはあくまで参加する人数が限られているいくつかの競技である。
「うん。綱引きと、障害物競走。どっちかに出る人は出て、出なければ応援合戦とリレーくらい。クラスの中で結構早ければ団対抗リレーに出れるけど、...結局リレー。先生言ってたでしょ?」
確か、綱引きは十人、障害物競走は五人だった気がする。
そういえば、先生から自分たちの団を言い渡されたのもあの時だったか。どの学年もクラスの数は違うが、多ければうまく組と組を組み合わせたりして団は五つになっているのだという。団にはそれぞれ応援団長がいて、応援団長がその団の名前を決める。ただし、団の基盤となるイメージカラーは最初から決められていたらしい。三組である俺達はイメージカラーが緑で、名前はドラゴン団。ドラゴン団ってなんかパッとしないなと思いつつも、ドラゴン自体のかっこよさで自分を無理やり納得させている。
「まあ僕は足遅いし。...リレーだけでいいかな?全員の方の。」
「そう?俺は出ようと思うけど」
「何に?」
「うーん...」
正直な話、障害物競走は障害物が加わったリレーだし、目立つ事に変わりはない。もっと言えば、障害物に手こずった時はもちろん、リレーよりも長く注目の的になってしまうかもしれない。自分はどっちでもいいと思うがワカバを重ねてみると綱引きが優勢になってくる。
「綱引きかな。」
後ろのロッカーの端。ポケットに眠らせていたプログラム表をロッカーに広げながら言った。
「そっか...じゃ、僕も出ようかな。綱引きなら力弱くてもバレないでしょ」
「そう...?まあ、そっか」
力弱くても、というのを聞いて、ワカバの五十メートル走のタイムが気になってしまった自分がいた。...こんな事直接は言えないが、俺は足が速いと自分で思っている。
振り向いて、時計を見る。五時間目の予鈴がなるまではあと五分ある。一番人がいなくなる時間帯。あと三十秒でもすれば右肩上がりに人口密度が上昇していく気がする。
自分で終わらせてしまった会話なのに気まずさを感じている自己嫌悪。ワカバは何をどれくらい思っているだろうか。
「そういえば、応援合戦っていつ練習するんだろうね」
話題を振ってみたが、ワカバがそういうものに興味を示す人かなんて知らない。
「確かに。なにするんだろ」
「応援合戦も点数つけられるみたいだし。時間も三分程度、だって。早く練習始めたほうがいいんじゃないかな...」
とはいいつつ、運動会は六月五日。今日は九日だから、まだ一ヶ月近く時間はあった。
「...ていうか、応援合戦で点数つけられるってなんか嫌じゃない?」
ワカバが気が弱いように薄い笑みを浮かべる。
「わかる。もうちょっと自由にやりたいなーみたいな...まあ、そんなに思ってないけど」
果たしてこれは同意している合図だろうか。ワカバってそういう所ある。間違った事を言って責任が問われる事もないのに。
「そもそも、応援合戦ってなんのためにあるんだろうね。自分たちで自分たちの応援したってしょうがなくない?」
「それは...ともに戦う仲間も称えましょう、的なやつじゃないの?」
珍しく、一刀両断される。確かに、そういう事か。
「余計に、点数つけられたくないね、なんか。」
...正直、そんな事はあまり思っていなかった。変に論理立てて考えようとすると自分の考えは自分に含まれなくなるのかもしれない。
「目立つかな」
ワカバは、とりあえず目立つ事が嫌で、目立たないなら何でもいいのだろうか。
「はっきり言うけど、応援団長いるんだからよっぽどの事しない限り目立たないと思うよ」
「確かに。」
別の何かを応援しているという意味合いなら、応援している側の一人が目立ってしまうとその趣旨が濁ってしまう気がする。本来は、応援されている側も、されているなりに目立つべきなんじゃないか。
でも事実として、この運動会自体を面倒くさく思っている人も少なからずいる。全員が盛り上がるというのは現実的に無理か。
数秒の沈黙。さっきから、確かにというワードをワカバは何回か使っている。興味がないのかもしれない。
「...そういえば、先生このクラスはドラゴン団って言ってたけど。なんかなんだろ...なんか、組み合わせ悪くない?カタカナと団組み合わせると一気に安っぽくなるっていうか...」
「そう?」
「うん。それなら龍団とかの方がかっこよかったかも。」
正直、龍団がいいとは思っていなかった。明らかに言いづらいし。
「なんか言いづらくない」
ワカバが笑っている。今度は、無理やり口角を引っ張り上げただけの薄笑いではなかった。
「まあ確かに言いづらいかも」
ここで、自分も確かにという言葉を使っていた事に気が付く。
キーンコーンカーンコーン
予鈴がなる。五時間目まであと五分。
「ちょっと、トイレ行ってくる。」
ワカバが教室から出ていく。
結果的に、俺は団対抗リレーの選手に選ばれる事はなかったのだが、やっぱり遅くはないらしく、補欠になった。選手になると他の綱引きなどに出ることはできないが補欠ならできる。話していた事を嘘にはしたくなかったので手を挙げて、ワカバとともに綱引きの選手になった。
何人もいるから、目立つことはない。確かに、そう思っていた。
帰り道。今日は金曜日だが部活はない。とはいいつつ、まだ入部して一ヶ月も経っていないからその特別感はそこまでなかった。今日は、いつもと違って五時間授業。
掃除もなく、狙ったわけでもないのにワカバと合流する。
「あ、勇利。...結局綱引きになれたね。」
多分、嫌な訳では無いがワカバも別に俺と一緒に帰る気はなかった。でもあってしまった以上、互いに気気が付かないふりをして帰るのは気まずいにもほどがある。
「ね。綱引き大変だと思う?」
何のためにこんな事を聞いているのか。会話をつなぐために過ぎない。
「まあ、僕力弱いし。全体についていけない時点ですごい力使う事になってそうだけど」
何だろう、この知的な感じの口調。身にまとっているオーラには何も感じないのに。
「えーそう?まあ、多分誰でも本番は本気になっちゃうんだろうけど」
力が弱い、というのを否定しなかったのは、否定する理由と根拠がなかったからである。
人混みに紛れながら門をくぐる。止まって話している暇もないと思いながら歩くと、家が同じ方向なのだということがわかった。
「あ、こっち?」
「こっちだよ」
どれだけ、仲が良くても、付き合いが長くない限り気まずさを感じずにはいられない。それを痛感したタイミングだった。