11.幼馴染
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四月十日
三時間目のチャイムがなると、まだ緊張しているからという理由が含まれているであろう沈黙が突然流れてくる。怒られたくないから。一年生いいねと褒められたいから。そういう緊張ではなくて、新入生という新鮮な存在でいたいがための自己満足混じりの緊張。不思議な事に、先生が入ってくると安心したように力を抜く。これがいつまで続くか。
ただこう思う俺は周りと馴染めない緊張しかないから、自己満足というのは憶測に過ぎない。
木曜日。もう、委員会を決めるのだという。同時に教科係も。昨日長々と説明されていた事を端から端までしっかり認識していたのは何人いるだろう。
「じゃ、あ。朝に言った通り委員会を決めるので。ああ、あと係ね。...一昨日話したこと、覚えてる?」
首を振ったのは何人いただろう。独特なところで言葉を区切る事がある潮崎先生、は、笑いながら頷く。これに限っては憶測ではない。
「ですよね。...まあ、あんまり説明しなくてもわかるだろうからいいんだけど。」
そう言いながらも、黒板に委員会の名前を書いている間が気まずいのか結局ざっくりすべてを説明された。
「給食委員会は、給食のなにかをする委員会だよ。」
失礼かもしれないが、まともに説明する気がないのはよくわかる。だって、昨日説明したから。
このクラスの一部、というか半分くらいは、もう潮崎先生に対する緊張がないのか、クスクス笑っている。そしてガヤガヤし始める。
もはやツッコミにもなんにもなっていない雑音が組み合わさって、そのピークが過ぎ去った時にちょうど、チョークを置く音が聞こえた。こんなにもはっきり状況を理解できるのは、ただ単に傍観しているからだと思う。
すべての委員会は男女一人ずつ。つまりクラスメートの人数的に入らない人も出てくる。その人は強制的に教科係にならなければならない。
「じゃ。今から委員会の名前言っていくから。自分の入りたいところに手を挙げてくだ...さい。一昨日言った通り、入らなかったら教科係に入ることになるので。よろしく。で、昨日委員会の希望調査ってやつしたけど、誰も手が挙がらなかったらそれ参考にしてやるから。ほら、やってもいいみたいな欄、あったでしょ?」
そう言えば昨日やったな。正直やる意味がわからなかったがそう言う事か。
「まず、学級委員。」小学校からそういう資料が渡されたのかは知らないが。リーダーになれる子、という肩書にされている生徒は必ず一クラスに何人かいるように分けられているのかもしれない。ちょうど、男女一人ずつの手が挙がる。
「よし、若井と...佐々木ね。...あ、」
二人の名前を黒板に縦書きで書いていく。
誰も出ないか、出過ぎたりしたら黒板に印をつけて後回しにする。
「図書委員会。」結局、なんとなく反射的に手を挙げていた。後ろを見渡してみるが、男子は、他に誰もいなかった。
「よし、男子は決定、と。女子は二人いるから後で。」
ただ、女子は二人いた。一人は、絵梨花だった。
確かに、絵梨花も小学校の時、図書委員をやっていた事を思い出す。クラスは違ったが、月に一回ある委員会全員で集まる時に、クラスの関係で端のほうに座っていた事も。
潮崎先生が図書委員会の文字の下に俺の名字を書いて、その下に二人の名字を横に並べて連ねる。そのまま次の委員会に移ってしまった。
結局、決まらないところがあったのは図書委員会と放送委員会。しかもどちらも女子が二人出ている。
「はい。決まらなかったのは図書委員会、と、放送委員会。だから、その四人、ちょっと廊下来て」
後ろで足音がする。
「ちょっと、なにもない人たちは本でも読んでて。」
ガタン、と音がすると一気に教室が静まり返った。しばらく経つとどこかから話し声が聞こえてくる。が、四人の声が小さすぎて先生の声しか認識できない。
加えて、教室内でも会話を含めた雑音が響く。...もう、自己満足を抱くのに満足したのだろうか。
仮に、絵梨花が図書委員になったらどうだろう。
「もう、十分。」
絵梨花がそう言っている姿を頭の中で映像化しながらアフレコできる程度には、二人では長くいる。
そのせいで、もっと幼かった頃「二人って付き合ってんの?」と周りの男子からからかわれた事もよく覚えている。別にそんな事はどうだっていいし絵梨花も気にしていないと思うが。
ただ事実として、その事を期に二人で話す機会が格段に減った。嫌ったわけではなくて、純粋に別にいっかな、と。
話そうと思えばいつでも話せるし。
とかなんとか言って、その時から今までで話したいから家を訪ねたなんて事もなかったし。
やがて、四人が入ってきた。
「先生は?」
最前列の女子が四人のうちの一人に聞く。口調の緊張感のなさ的に小学校からの友達に見える。聞かれた方は首を適当に動かしながら何か言っているが聞こえない。
十秒くらいして先生も入ってきた。
「はい。まず放送委員の女子は稲田になりました。で、図書委員は―」
...絵梨花だった。
とはいいつつも、心の中でため息を吐く必要性はない。別に、嫌っているわけではないから。
しかし、どうして絵梨花は二人いた中で譲らなかったのか。...別に、嫌なわけではないからか。
こんなにも無な関係になってしまうのは幼馴染という関係の中でもイレギュラーなのだろうか。
「全員決まりました、拍手。」
先生が手を叩き始めるのと同時に全員がやり始める。真剣にその気持ちを持っている人は何人いるだろうか。
「じゃあ、...まだ時間はあるね。係決めします、」
黒板の余白が半分未満だったのが嫌だったらしく、黒板の名前をなにかにメモしてから先生は全てを消した。委員会と全く同じ方法で黒板に名前を連ねていくが、わざわざ「国語係は国語の持ち物聞いて下さい」と言うのもどうかと思ったらしく、今度は無言だった。それを補うように、
「教科係って人数どうなってるんですか」
と言う質問がどこかの男子から投げかけられた。
「えっと、全部二人ずつ...でも、男女一人ずつじゃなくてもいい。だんだん、でもじょじょ、でもいい」
聞いた本人が「じょじょ」と面白がるように繰り返す。
一度、兼任しようかなとも思ったが、別にいいか。
後で気がついたが、人数の関係上兼任が必要になるのは本当に二、三人で、その枠もすぐに埋まってしまった。やったほうが目立つくらいだ。
「じゃあ、これから厚紙を渡していくから、えっと...まず委員会の名前一つずつ言っていくから、呼ばれたら二人のうちのどっちか来て。これに、委員会の名前と自分たちの名前書いてもらうから。まず学級委員」
絵梨花がこっちを見る。目があって早々に手を差し出してくる。行け、という意味だろう。
「図書委員」
厚紙が想像以上に厚紙だった。大きくもないので折れそうにもない地味に灰色がかった紙。
しばらくして教科係のも配り終えて言った。
「じゃあ、すぐ終わると思うから...そうだな...今日の帰りに回収するから。書いといて。よし。全部終わったから、残りはなんかしてて」
係か委員会が同じかつ席が近い、という二人が何組かいるらしく、いくつかの話し声がし始める。
とりあえず俺は薄く下書きをする。図書委員会。
『谷岡勇利』
積極的ですね。このクラス。