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I. ホストファミリー

お読みいただきありがとうございます。

「Wake up Johns, it is morning!

 (起きて、ジョーンズ。朝だよ!)」

 慣れてくればカタコトとは言われなくなるだろう。僕だって練習すればこのくらいはできるようになる。とかいいつつ慣れるのにかかった時間は多分三年くらいだろう。短いとは言えないと思う。

 無論、彼と三年間共に過ごしてきたわけではない。

「OK Yu, I go to 1st floor immediately.」

 (わかった。すぐに一階に行くよ。)」

 現在朝八時。休日にしては早いほうだと思う。少なくとも我が家では。朝起きてからのまともな習慣もないこの家、部屋だって日本らしさのかけらも感じさせないのに、ホストファミリーなどと言えるのだろうか。

 言えるか。

 そんな事はどうでもいい。おそらく彼が今井家に来てから二ヶ月ほどが経過した。一、二ヶ月後には彼はこの家を去り、近くにあるシェアハウスで暮らすのだという。留学のひとつなのだろうか。もし仮にそうだとしても、詳しくは知らない。唯一知っているのは彼がアメリカのマサチューセッツ州から来たという事だけだった。僕はジョーンズの部屋から出る。

 浮いてはいない、おしゃれに言うと螺旋状と表現される白い階段を降りて、和室へ向かう。唯一日本らしいところといえばここくらいだが、こたつだのテレビだの色々おいてもはや和室ではなくなっている。僕は朝ご飯の準備をする両親に言った。

「もう来るって」

 母はうなずきながらありがとうみたいなことを言う。朝ご飯はパンと目玉焼きだった。

「優衣、目玉焼きんソース持ってきて」

 そういえば休日というパワーワードのおかげで家族は全員のんびりしている。ただ一つ僕が思ったのは準備中に二人が同時にここにいることはそう多くないのにという事だった。そういうくだらない意味で今朝はどこか新鮮だ。

 しかしそう思える理由はおそらくこんな小さな事だけでは表現できないと思う。僕たちだってまだこの家に来て半年しか経っていないのだから。

「Oh, good morning Jones. It's early to change clothes today.

 (あ、おはようジョーンズ。今日は着替えるの早いね。)」

 父は我が家がホストファミリーになる前から英語が流暢だった。別に僕と母がホストファミリーになってから急いで英語の勉強を始めた訳では無いが、僕が英語をある程度話せるようになったのは父の影響もあると思う。

「Really?Hmm...I think that reason is it's holiday.

 (そう?うーん...今日が休日だからだと思う。)」

 おそらく休日だから平日より生活に対するモチベーションが上がったのだろう。本来は逆であったほうが楽なのに、僕も彼もいつもそうだった。

 ...いや待て、やっぱり僕もまだ朝だからまともに頭が動いていないみたいだ。

 そういう短期留学のイベントなのかなんなのかは正直良く知らないが、彼はホームステイしている間は現地の学校、つまり僕が通っている青ヶ原中学校に通うことになっていた。だから僕は知っている。今は夏休みだ。

 彼の発言がジョークだとやっと気がついた時にもう僕以外の三人は笑いながら机を囲んで座った。この和室には机が二つ置けるほどのスペースなどないので、食べるときもこたつだった。もちろん、こたつ布団はない。

「「いただきます」」

 彼だけが、不安定な言い方をしていた。それはそうだ。僕たちはホストファミリーでも彼はホームステイをしているのであって、日本語を学んできた人も学んできていない人もいるだろう。おそらく彼は後者だった。

 日本語がわからない。だから僕たちも、悪く言えば気を遣って、彼の前では英語を使うようにしていた。

「Yu, Johns, please tell me your plans of today.」

 (有、ジョーンズ、今日の予定を教えて。)

 母が疑問を投げてから三秒ほどで、彼は言葉を発した。

「I won't do anything. I don't have any tasks.

 (何もしない。しなきゃいけない事はない。)」

 果たしてこれは頭の回転が早いということなのか。それともただ単に深く考えていないだけなのか。その答えを知る者は彼ただ一人だ。

「...Me too.

 (僕も。)」

 どこかの穏やかな海の表面を切り取ったような長方形の皿は端が浮いていて、その光沢の上では鯵が口を開けていた。その広大な海の外には霞んだ白色の米と濁った茶色の味噌汁がおいてあるがそれは海と対比した空には僕には見えなかった。ただこの海と空『もどき』の織りなす空間は我が家のスタンダートであり、そして王道である。

 あくまで我が家の文化だが、彼には日本の文化として見えているだろうか。客観的に見ればこれだって和食なのだから。彼もいい加減、この食事に慣れたと思う。

 この和室はリビングに面していて、僕は一番その境目の近く。振り返ると向こう側にはリビングのシェードカーテンがあり、その上には古びた金色で縁取られた掛け時計がある。針は八時十五分を示していた。あれから二十分も経っていない。三回繰り返しても一時間にも満たない。

 十分ちょっとあればうちは全員箸を置いていた。

 ただ実際、食べ終わる時間はバラバラなので全員揃ってごちそうさまと言うことはあまりなかった。今日も例外ではない。

「Ah, sorry, thank you.

 (あ、ごめんね、ありがとう)」

 母が彼に対してそう言ったのは彼が立ち上がって全員の食器を集め始めたからだった。片付けてくれるのだろう。ただ文字だけ拾い上げてみれば多分誰にでも英語の語彙がないんだなと思われる。

 気まずかったので自分もコップを集め始める。一通りすっきりした後、父が思い出したように言った。

「Oh, right. Jones' dad contacted me yesterday...from America. He wanted some Japan pictures.

 (あ、そうだ。ジョーンズのお父さんが昨日...アメリカから連絡をくれてね。日本の写真がほしいんだって。)

 なんとなく相槌を打ったが、その前に父はスマホを片手に僕達を上から見下ろした。

「お父さんも入ったら?」

 母が突然日本語を使ったのは英語である必要性がなかったからだろう。

「別にいいでしょ」

 軽い返しだった。ただそれと同時に僕は右手でピースして小さく笑いながらカメラを眺めた。横を見るが彼は笑顔を見せているだけだ。

 三人が映った写真を父が見せてくれることはなかった。ただ、「I'll send it to America later.」とだけ言い残して、父はリビングにあるカバンの方へと向かった。

今井家にステイホームしにきたジョーンズ。そんな今井家の今後の訪問客は...

これからよろしくお願いします!

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