019.サンバードホールディングス株式会社からの相談 その0 後編
「待てって、女性を車から降ろすだけだろ? それに早いほうがいいんじゃないのか?」
伊白に理由ぐらい聞いたってもいいよな?
「あ、あの、その、えーっと、そうです。ぎ、ギルマス、ギルマスが女性を車から降ろすときに密着したり、変なとこ触っちゃったりすると、イヤ…………じゃなくて、やきも…………でもなくて、そ、そう、訴えられちゃいます。そうです。親切心で助けたとしても、訴えられて、慰謝料とか取られたって聞いたこともあります。だから、ギルマスが訴えられたりして、裁判とか面倒なことになってしまうかも知れないので、ボクが代わりにします」
「分かった任せた」
「え? えっと…………いいんですか? ま、任されました」
本当によく分からないが、やりたいのならやらせてあげるだけだ。
ま、まさか……伊白のヤツ、男だし、女性に密着したり、変なとこ触ったりしたいだけ………………いやいやいやいやいやいや、さすがにそれは無いだろう。
って、考えてモヤモヤしているうちに、伊白は女性を慣れた感じで抱き抱えてきて、絨毯の上に寝かせていた。
案外力が…………って、軍人だし、それくらいできるだろう。
常識的に考えれば…………な。
「HP回復薬、飲ませても大丈夫か?」
「そうですね。目を覚ました後だと、面倒事になりそうなので、起きてケガをしていることに気付く前に飲ませてしまいましょう」
「伊白…………悪いが、ちょっとバッグの中に手を入れさせて貰うぞ…………」
「えっと……………………はい、大丈夫です」
オレのセリフの意図に気付いてくれたようだ。
と言うことで、伊白のバッグの中に手を突っ込んだ状態でアイテムボックスからHP回復薬を取り出した。
「伊白が飲ませるか?」
「ギルマス、お願いします。ボクは身体を起こしますね」
まぁ、伊白が言うのなら仕方が無い。
はぁ、伊白の目の前でオレがするしかないのか………………HP回復薬の入った瓶の蓋を開けて、口に…………。
「何しているんですか、ギルマス」
HP回復薬を持っていた右手を止められた。
「気を失っているから、口移しで飲ませるしかないだろ?」
「ダメです。ダメです。ダメです。ダメです。口移しなんて絶対にダメです。絶対にイヤです」
「あのなぁ、オレだってなぁ、伊白がオレにって言うから、仕方が無く…………」
「口移しでやるって聞いていなかったから、頼んだだけです」
「ああああ、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い。もう、さっきから耳元で五月蠅いわね。ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、イタイ、イタイ、いたい、いたい、いたい、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いって、何これ? この発熱と痛み、腕の骨にヒビでも入っているんじゃないの? ああ、あの横から突っ込んで来た馬鹿な車のせいね。ああ、それに何この血、痛い、痛い、痛い。こめかみもケガしているじゃないの。顔にキズが残ったらどうするのよ。もう、最悪だわ。明日、相談事をしに行かないといけないって言うのに…………あの馬鹿車、慰謝料たんまりぶん取ってやるんだからね。はぁ、はぁ、はぁ、騒いだら、喉が渇いたわ。あ、良いところに飲み物をもっているわね。お金が欲しいのなら、後であげるから、これ貰うわよ」
呆けている間に、手にしていたHP回復薬を持って行かれた。
そして、女性はHP回復薬を一気に飲み干した。
女性が薄くぼんやりと光り出した。
「あれ? 痛くない。…………キズも治っている?」
すっかり、女性を包んでいた薄い緑色の光は消えた。
女性は、いきなり立ち上がって、こめかみに手を当てたり、痛がっていた方の腕をグルグルと回している。
【HP回復】魔法はダメだったが、HP回復薬は効いたようだ。
で、これ、喜んで良いところか?
「ねぇ、これ何?」
「HP回復薬です。あ………………」
伊白のヤツ、素直すぎるし、気付くの早いし、突っ込みどころが多いぞ。
オレは沈黙を貫いたというか、伊白の反応に呆気に取られただけだ。
「そ、そうです。ぽ、ポーションですよ。ちょっと前に販売していたヤツですよ。あの有名なラ・ポートフェニックス社の国民的ロールプレイングゲームのファンファンこと、ファンロード・ファンタジーとお酒とか清涼飲料水を製造しているサンバード社とのコラボ商品のポーションです。そのポーションですよ。色んな伝手を使ってやっと手に入ったんですよ。後で飲もうと思っていたんですけど、まさか、ゲームと同じ効果があるとは思ってもいなかったなぁ。さすがはラ・ポートフェニックス社とサンバード社。本当に凄いなぁ」
取って付けたような笑顔の伊白の目が泳いでいる。
固有名詞っぽいのが多くてほとんど意味が分からなかったが、さすがに無理があると思うぞ。
でも、これは…………ウソを吐いていると言えるんだろうか?
『ウソはウソと見抜かれなければウソではない』と考えれば、これは真実で無いことを話していて、それを見抜かれているのでウソだと言えるが、ニュアンス的にはウソとは言いたくない。
そう、これは隠蔽だ。
隠しておかないといけないことがあるから、それを隠そうとしてのセリフだ。
人を騙そうと思って口にしたのでは無く、真実を絶対に隠さないといけない状況で、とっさに出たセリフだろう。
「へぇ~~、サンバードのポーション…………ねぇ。分かったわ。そういうことにしておくわ。で、あなた、お名前は?」
これは、騙されていないな。
でも、伊白はそうは思っていなかったようだ。
誤魔化せたと思って、ホッとしたところに、質問か…………タイミングが上手いな。
素直な子供だったら、ひっかかるぞ、これ。
「はい。小官は榁町幕府国防陸軍中部方面軍三河松平駐屯地調査連隊特殊武器防護隊部、真技伊白2尉であります。あ…………」
これが仕込みとか演技だったら人種不振になるくらい、伊白のヤツ、素直すぎるぞ。
伊白はウソを吐かない…………とは言わないが、信用はしておこう。
今のところ、オレはウソが吐けないがな。
「あなたは?」
「オレは『御鏡聖治』だ」
そう、オレはウソが吐けないんだよ。
抜け道は色々とあるが、今、それを使うのは悪手だ。
「御鏡に真技………………ねぇ。私は、サンバードホールディングス株式会社、本社開発部部長の『日之鳥みかん』よ」
綺麗な容姿とは打って変わって、可愛らしい名前だ。
たぶん会社の名前だと思うんだが、サンバードホールディングス株式会社とサンバード…………別の会社と思ってもいいのか?
ちなみに、この後すぐに軍とか色々来て運転席にいた年老いた執事っぽい男性は救出されたぞ。
さすがにHP回復薬は飲ませることができなかったがな。