018.サンバードホールディングス株式会社からの相談 その0 前編
伊白の判断通り、運転席にいる年老いた執事っぽい男性より女性の方が重傷って感じだ。
なんか熱っぽいし、血の気がなくなってきている。
伊白は少し考え込んでいる。
どう動けば最適かどうかをだろう。
オレもできることはしておこう。
【HP回復】
やっぱりダメだな。
発動はするんだが、効果が現れない。
【HP回復】魔法は、身体のケガを治したり、潜在ステータスのHPを回復してくれる魔法だ。
使えなきゃ意味が無いけどな。
とりあえず、こちらの世界ではまだ試していないが、アイテムボックスにはHP回復薬がある。
回復量が違うが、それ以外の効果は【HP回復】魔法と同じだ。
使わなければいけない状況になったら、周囲に気付かれないようにアイテムボックスから取り出せば問題無いだろう。
「伊白、どうする?」
「助手席のこの扉無理矢理こじ開けられそうですか?」
「ガラスを割って手を引っ掛ける場所さえ作れば可能だと思う」
ガラスが割れないように指先で軽く突いてみせた。
「分かりました」
「じゃあ、ガラスを割るぞ」
「待ってください。ボクが割ります」
「出来るのか?」
「ギルマスより安全性は高いと思います」
「安全性? オレがガラスを殴っただけでケガをするとでも言いたいのか?」
「違います。このガラス、かなり分厚い防弾ガラスなんですよ。簡単に言うとかなり衝撃に強いガラスです。ギルマスが力を加減しながら、このガラスを割ろうとすると、きっと何度も殴ることになるでしょう。そして、その衝撃は中の2人にどう影響するか分かりません。それに、こんな分厚い防弾ガラスをした車に乗っている女性…………身分が高ければボクも見覚えがあるはずなので、たぶん大きな会社の令嬢だと思いますよ。この車、社用車じゃなそうだし、運転手がついている感じなので多分そうかと…………。ですので、いくら救出活動をしているとは言え、顔にキズなんか付けたら大変なことになりそうですからね。ギルマス、責任取れますか?」
「責任は取れん。だがな、HP回復薬や霊薬を持っているからな、顔の傷ぐらいなんとでもなる…………が、わざわざ、女性の顔に傷付けたくもない。伊白、任せた」
一瞬、表情を曇らせたが、いつもの笑顔に変わった。
「任されました」
そう言うと、伊白はバッグから何かを取り出した。
あれは…………ナックルダスター?
これなら、ダメージは上がるし、拳を守れれるし、ガラスを割る目的の武器としてはナイスなチョイスだ。
と言うか、ナックルダスターを持ち歩いているとは…………怒らせないようにしないとダメだな。
「よし」
あれ?
ナックルダスターを握り締めたかと思ったら、いつの間にか、ナックルガード付きのナイフに変わっている。
見間違えていたのか?
そうなんだよ。
今見ると、伊白の両手には逆手持ちでナックルガード付きのナイフがある。
あれれ?
「行きます」
「あ、ああ」
気のない返事しかできなかった。
伊白は一瞬、身体を右に捻り、一気に右から左に平行に持ったナックルガード付きのナイフを一閃。
そして、下から上に一閃、
これ以降、動きがない。
大きく息を吐く音が聞こえた。
これで終わりか?
そう思ったら、振り返って、オレに笑顔を見せる伊白。
「終わりました」
伊白がそう言うんだから、終わったんだろう。
何も変わっていないように見えてもな。
コンッ
助手席のガラスをナックルガード付きのナイフの柄の部分で軽く突いたようだ。
ドザッ
さっきまで助手席のガラスがあった部分には、ガラスが無くなっている。
伊白の言う通りだった。
「ギルマス、後はお任せします」
「任されました」
「ああ、ボクの真似ぇ~」
「すまん。でも、今は人命優先だ」
「あ、ごめんなさい」
「じゃあ、開けるぞ」
「はい。お願いします」
右手を後部座席の天井付近に置き、右膝を後部座席の付け根部分に密着させて、引っ張っても大丈夫なように車を固定する。
『救急車もパトカーも来てないな』『さすがに誰かが呼んでいるだろ?』『でも本当に遅くないか?』
ギャラリーが五月蠅い。
後は助手席の窓枠部分に引っ掛けた左手で扉をゆっくりと引っ張るだけだ。
そう、ゆっくりだ。
ズゴッ、バゴッ、ズゴッ、バゴッ、ズゴッ、バゴッン
「開いた。伊白、開いたぞ」
「はい、ありがとうございます。ギルマス、場所を代わってください。要救助者確認します」
「ああ、任せた」
「任されました」
不謹慎だが、こういうやり取りは楽しい。
「やっぱり、シートが邪魔だな。3Dスキャン………ロック……サ………トブレィヵ…………」
伊白が独り言をブツブツと呟いている。
さっきの呪文のようなセリフと一緒か?
パチンッ、パチンッ、パチンッ、パチンッ
音の大きさと回数は違うが、さっき伊白が扉の鍵を開けたときと似たような音がした。
匂いも一緒だ。
「ギルマス、シートを外に出してもらっていいですか?」
「任された」
「ふふ、お願いします」
そう言いながら、伊白は車から降りてきた。
オレはシートを…………軽い。
ブチ、ブチ、ブチ、ブチン
少し何かに引っかかっていた気がするが外れたようだ。
「とりあえず、シートはここに置いてください。あ…………これ電動式だ」
「どうした?」
「女性を道路に寝かせるのは可愛そうかなって思って、このシートの上に寝かせようと思ったんですけど、平らにならなくて…………」
「そう言うことか、敷物なら何でもいいんだな?」
「はい」
「ちょっと待ってろ」
オレは一度、車の中に上半身だけを入れて、アイテムボックスから、値は張ったが見栄を張りたくて見栄えも良いスパイダーシルク製の絨毯を取り出した。
野営する時にあると地面をあまり気にしなくて良いんだよ。
長年使い込んではいるんだが、【修復】魔法でいつも新品同様だ。
「ぎ、ギルマス、こ、これ、結構高いんじゃ!?」
「高かったが、実用品だ。気にしなくても良い。さっさと敷いてくれ。女性を車から降ろすぞ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」
急に何か焦ったような伊白が待ったを掛けてきた。
ただ事じゃなさそうなので、よく分からないけど、伊白の指示に従っておこう。