016.伊白とショッキング 前編
これから、伊白とデートだ。
分かっていると思うが、ただのショッピングだ。
でも、気分はウキウキなんだから、デートでも良いだろ?
開き直ったオレ………………気持ちわ…………いや、かっこ悪い。
「裏に車が止めてあるので、裏に向かいますね」
ほら、伊白も嬉し楽しそうにしている。
だから、いいんだよ。
これから、キャッキャうふふな嬉し楽しい時間が始まるからな。
もちろん、フラグとか言うヤツじゃないぞ。
ちなみに、こっちの世界の文化を調べていて、その中で見つけた一度は使ってみたかったセリフのひとつだ。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……ズゴォン
耳を劈くような鳴き声のようなモノが聞こえた。
ダンジョン攻略で身に付けたオレの危機感知器が警鐘を鳴らす。
オレの勘も言っている『非常にヤバいことが起きる』と…………。
「魔物の襲撃かっ!?」
無意識に、【飛行】魔法を発動させて、アイテムボックスの機能を使って戦闘用に設定してあるローブ姿に着替えた。
条件反射だ。
いつでも戦闘モードに入れる。
トレジャーハンターの基本だ。
そんなことを自慢している時ではない、こんな街中で魔物が暴れたらとんでもないことになる。
直ぐに殲滅しないといけない。
伊白の傍まで飛んで近付いて、杖を持っていない方の手を伸ばした。
「さっさと魔物を退治に行くぞ、伊白………………もしかして、ここで待ってるのか?」
なかなか手を取らない伊白。
少し震えている。
怖いのかも知れない。
「行きますけど、ちょっと降りてください」
怒っているのか?
伊白の声と俯いているせいで見えない表情からは感情が読み取れない。
ただ、よく分からない感情をしているようには感じる。
とりあえず、【飛行】魔法の発動を止めて着地した。
「ふぅ…………人命が掛かっているかも知れないので、簡潔に言います」
真剣な伊白だ。
「ああ」
「音から判断するに車の衝突事故です」
「車の衝突って、あんな大きさのモノがぶつかったら、大変なことになるんじゃないか?」
「はい、だから、乗っている人の命が危険かも知れません。ショッピングは楽しみでしたけど…………事故を知ってしまった以上、ボクはできることがあるかも知れないので、事故現場に向かいます。……ギルマスはどうしますか?」
「オレも行こう」
「でも、その格好………………目立ちますよ」
「こ、こすぷれとかなんかそう言った文化があるんだろ? それで誤魔化せないか?」
「難しいと思いますよ」
「しかしなぁ、この状態から着替えようとすると一度脱がないといけないから時間が掛かるんだよ。今日服を買ったら、普段着にも着替えができるように設定しようと思ってたんだ」
「分かりました。その格好のまま向かいましょう。人命優先です」
「分かった、人命を優先しよう」
オレと伊白は事故現場に向かった。
さすがに杖だけは、アイテムボックスにしまっておいたぞ。
「ヒドい………………」
ショッキングな情景。
車と車の衝突事故………………横から車が勢いよくぶつかったようだ。
キュル、キュル
電柱?
信号?
すまん。
まだよく分かっていない。
とにかく地面から生えている硬そうな棒が運転席にめり込んでいて、後部座席にはぶつかった車が突き刺さっている。
運転席と後部座席には人がいて、2人とも頭から血を流し気を失っているようだ。
キュル、キュル、キュル、キュル
横からぶつかった車には運転席にひとりいて慌てたように何かをしているようだ。
キュル、キュル、キュル
「救出します」
「分かった」
オレたちは、車の近くに近寄った。
「どうすればいい?」
「まず後部座席の女性を助けます。でも、どうやって、この車を退かせようか…………」
「分かった。オレがやろう」
潜在ステータスが上乗せされたハンターモードのオレの力があれば、これくらい余裕だ。
横からぶつかった車の方へ手を掛けた。
「ちょと、ちょと、ちょっと待ってください」
「分かったが、急いでいるんだろ?」
「そうですけど、ほんの少しですから………………お姉ちゃん」
オレから視線をずらすと、右手の親指を耳に、小指を口元に持って行き話し出している。
ラーマフォンとか言う電話を使っていないが、誰かと話しているようだ。
『分かってる。今、撮影禁止区域を設定している最中よ。少し待って、ほら、早くジャマー衛星の優先度上げて、今は伊白の予備の衛星の位置をずらして良いから、もう、ジャマー衛星の動きが遅いわね。こんなに早く使うことになるなら、さっさとリニュアルしておけば良かったわ。はい、3、2、1、伊白、もう良いわよ。あと、現場が近いから軍も送っておくわ』
そんな声が漏れ聞こえてきた。
理解出来ない単語が多くて、何を言っているかは分からない。
とにかく何か対策をしてくれているのだけは分かる。
「ギルマス、お姉ちゃんから、能力の使用許可出ました」
そう言うと、伊白は所々不自然に光る目で、オレの目を見つめながら、ローブのフードを深く被らせ、顔を見えにくくした。
オレ本来の格好いいところを見せてやろうじゃねぇか。




