014.株式会社江戸まるみからの相談 その1
それでは、本編スタートです。
また、思考がハッキリしていない。
3日ほど、気を失っていたそうだ。
気を失っていたオレを、なんだかんだ言ってトレジャーハンターズギルドの受付嬢をやってくれているライムが引き取りを拒否したらしく、なんとかなんとかって言う元廃ビルの仮眠室ってところでオレは寝かされていた。
そして、オレが起きるまで、伊白が面倒を見てくれていたと言う話をついさっき聞いたところだ。
今は、月曜日の朝9時。
【日常】魔法で朝の身だしなみをしただけで、ほぼ寝起きだ。
伊白は『【日常】魔法、羨ましい』と言っていたので、【日常】魔法を付与したモノをプレゼントしたら喜ばれるだろう。
「初めまして、株式会社江戸まるみ、営業の鹿喰五格と申します」
伊白の兄が言っていた、朝9時の来客だ。
ボーッとしているのは申し訳ないが、頭がハッキリとしていない。
丸なのか四角形なのか五角形なのかもハッキリしない。
そして、鹿喰五格と名乗った男から、四角い白い小さい紙を差し出された。
この状況どう動けば正解なのか?
「すいません。マナー的にあれなんですが、今回の責任者が3日間意識不明で、今やっと起きた所なんですよ。ですから、先に私から挨拶させて貰います」
「えっと、分かったけど…………大丈夫なの?」
「大丈夫です。手加減して貰っていたみたいですし、大丈夫です。」
アレで手加減していたのか?
ダンジョンの階層ボスの攻撃だって、ダメージが通らないぞ。
「手加減って、もしかして暴力沙汰? それは置いておいて、手加減されていて、3日間意識不明って、本当に大丈夫なんですか?」
オレもそう思うが、身体的には全く問題無い。
すこし、頭が働き出したって感じだ。
「大丈夫です。絶対に大丈夫です」
「まぁ、そちらが大丈夫と言うのなら、こちらも問題ありませんが…………」
渋々というか、伊白の勢いに負けたのだろう。
「はい。ありがとうございます」
やる気120%の真剣な表情。
寝起き状態のオレ…………何もできず置いてけぼり。
「小官は榁町幕府国防陸軍中部方面軍三河松平駐屯地調査連隊特殊武器防護隊部、真技伊白2尉であります。特務指令により、ここ株式会社トレジャーハンターズギルドのアシスタントをしております」
よく覚えていないけど、名前の前にあったセリフが長くなった気がする。
で、『株式会社トレジャーハンターズギルド』ってなんなんだ?
う~ん、よく分からないが、きっとこの場所の名称か何かだろう。
オレが『トレジャーハンターズギルド』だぁって感じで命名してくれたのだろうな。
クラスが賢者のオレの頭がフル回転してきたぜ。
で、四角い白い小さい紙は、どこどこの誰々と書いてあって、口頭で言ったのを記憶や記録することで情報の齟齬が出るかも知れないので、予め書いておいて、お互いに渡し合って交換するってことだな。
こう考えると、理に適っているし、いいシステムだ。
あ、もしかして、2人が同じように形式張った仕草で交換したと言うのは、ルールやマナーみたいなモノがあるんだろう。
つまり、伊白は、そんなルールやマナーを知らないであろうオレのために手本を見せてくれたのではないか…………。
ありがたい。
なんて優しい娘…………違う。
そう、優しい男の娘…………なんかしっくり来ないしやっぱり違う。
とにかく、こんなに優しくされたら惚れてしまう。
いや、すでに惚れてはいる。
人間的にはな…………それくらいは男同士でも問題無いはずだ。
「…………真技って、もしかして、あの真技ですか?」
伊白と挨拶を済ませた後、何か少し考え事をしていた感じの鹿喰氏がそう口にした。
「たぶん、正解です。お姉ちゃん…………いえ、姉は有名ですからね」
「あーそうだね。十数年で巨大なグループ企業を造り上げた手腕や、マッドでサイエンティストなところとか良くも悪くも有名だし、あの美貌、それに異世界帰りとか噂も聞いたことがあるね。とにかく、うちの会社もお世話になっているよ。あ、もしかして…………」
鹿喰氏は言葉を濁しながら視線をオレの方に向けた。
「はい…………」
その視線で全てを察したように伊白が返事をした。
つまり、オレを意識不明にしたのは、伊白の姉と言うことだ。
とりあえず、伊白には申し訳ないが、ヤバいヤツ認定をしておく。
「ギルマス、すいません。出来上がっていた名刺を渡すのを忘れていました」
「伊白、ありがとう」
名刺のことだけではない。
それとなくフォローしてくれているとか色々ひっくるめてお礼を口にした。
「改めて、自分は、株式会社トレジャーハンターズギルド、ギルドマスター、御鏡聖治」
名刺に書かれていることを、そのまま口にした。
「株式会社江戸まるみ、営業の鹿喰と申します。もしかして、御鏡と言うことは…………」
「一族のひとりって言うことにしておいてください」
伊白が答えてしまった。
一族と言うことは、伊白の兄が『御鏡の血が流れているか調べさせて欲しい』と言っていたことの結果が出たってことだな。
もしかして、気を失う前に聞こえた『でぃーえぬえーなんとか』ってヤツだろうか?
「そう言うことですか…………あおい通商さんに、ここを紹介された訳に納得がいきました」
鹿喰氏を纏っている空気が変わった。
その纏っている空気は、鹿喰氏の見た目からは想像できない歴戦の戦士のようだ。
「では、本題に入らせて貰います。お二人は、帝であらせられる桜様主導で、国防軍に異世界迷宮攻略対策本部ができたってニュースはご存じですか?」
そう言えば、気を失っていたので知らないが、桜はあの後どうしたんだろうか?
こっちの世界から見れば向こうの世界だが、潜在ステータスがないこっち世界の人種が向こうの世界を案内もなしに出歩くことができるようには、とても思えないが、オレを意識不明にした伊白の姉の例もあるので何とも判断がつかない。
「あ、あの、ここ3日間はずっとか、か、かお…………じゃなくて、看病をしていて…………」
伊白が顔を真っ赤にさせて返事をした。
と言うか、なぜ顔を真っ赤にさせているんだ?
オレは横に首を振っておいた。
「分かりました。では、簡単に説明させて貰いますと、今回創設された国防軍の異世界迷宮攻略対策本部は不思議なことに税金を全く使わないで、運営資金は完全にスポンサーの寄付金を頼りにするらしいです。そして、スポンサーには貢献度によって、異世界迷宮での成果物が分配されるって話です。どうやって異世界に行くのかとか、異世界に行けたとしても本当にダンジョンがあるのかとか、眉唾物の話ですが、あの『あおいグループ』さんが巨額の寄付をしているので、あおい通商さん経由で軍に納入させて貰っている私どももとりあえずスポンサーとして名乗りを上げるために寄付をしたんですよ」
ここで鹿喰氏が一息を吐いたので、頷いておいた。
伊白も頷いていた。
「で、もしこれが眉唾物の話で終わってくれればいいんです。本当にそれで終わってくれれば良いんですよ。ちょっと寄付金が勿体ない気もしますが、税金の控除もありますし、国に貢献できたと言うことで納得はできます。ですが、問題はこれが眉唾物の話ではなく本当だったらと言うことです。異世界迷宮での成果物…………どんな物があるか分かりませんが、手に入れることができるのなら浪漫があるとは思いませんか? でも、寄付金の額を考えると、あおいグループさんがほぼ総取りになってしまいます。私も、こうやって口にするまで、そう思っていました。…………しかし、今思えば、これ、おかしくないですか? 金銭面だけを考えれば、公にニュースで流す必要がないんですよ。あおいグループさんが寄付金を出してお終いなんです。でも、間違っていたようです。ここを紹介された意味が…………あの壁に書かれた社是とも思われる文章…………」
そう言うと壁に視線を送った。
見つかりそうで
見つけることができない
小さいアイデアは
あなたの大事な財産となります。
そんな財産を探す冒険のお手伝いをします。
一緒に見つけましょう。
株式会社トレジャーハンターズギルド
そんな文章が書かれていた。
もちろん、オレが書いたわけではない。
となると、伊白の兄か?
もしかすると、伊白の姉の方かも知れない。
「リスクとリターン。無駄金になるかも知れない寄付金を払うことがリスクで、異世界迷宮での成果物を得ることがリターン、これだけではローリスク・ローリターン。それで壁に書いてあるように冒険です。スポンサーも冒険に参加して欲しいってことでしょう。ここに来て確信しました。桜様は現状の製品では満足せずに異世界迷宮でも通用しそうな品質の製品を開発してみせろってことでしょう。軍用の装備なんて、数十年単位で更新なんてされませんからね。よりよい装備ができたのなら納入してやるって言うのが本来の目的でしょう。もしかしたら、寄付金も預かっているだけで、きちんと納入さえすれば返してくれるのかも知れないです。さすがにこれは想像しすぎでしたね。それとも、すでに迷宮が存在する異世界と通じていて、まさか桜様が自分でその異世界迷宮を攻略しようとしたけど、周りに装備が不十分ですとかの理由で止められたのが悔しくて、異世界迷宮攻略対策本部を作ったとか…………はは、それこそ眉唾物の話ですね」
「「ははははははは」」
オレと伊白は乾いた笑いしかできなかった。
桜のヤツ、国を巻き込んで、オレが作っている最中のダンジョン攻略をしようとしてやがる。
オレとしては、ラピュータ王国に人さえ集まってくれれば、どこから来ようと関係ない。
人が集まればダンジョンも大きくなる。
攻略しがいのあるダンジョンへと成長していくのだ。
元々、この世界から人が来るなんて考えてもいなかった。
マニュアル通りに、ダンジョンが入れるようになったら、本部に行って転移門を繋げるつもりでいた。
それだけで、人が集まるからな。
でも、しばらく転移門を繋げるのは様子見かな?
桜のヤツに付き合ってやるのも一興だ。
なにせオレは時間だけはある半エルフだからな。
「本当はあおい通商さんの紹介だったので、顔を立てるためにここに来ました。一方的に私が話しているだけでしたが、話しているうちにモヤモヤしていた考えがスッキリしてまとまりました。それで、私ども株式会社江戸まるみ、桜様の話に乗って、本気で異世界迷宮で通用する銃を作りたいと思います。でですね。ここまで正直に話しておいてなんですが、御社『株式会社トレジャーハンターズギルド』さんはコンサル会社と聞いていましてね。今回の件、相談に乗って貰えないでしょうか?」
「大丈夫です」
間髪入れずに、伊白が答えてしまった。
って、さっきから、伊白のヤツ、ほとんど『大丈夫です』しか言っていないし…………。
と言う感じで、オレは『株式会社トレジャーハンターズギルド』でもギルマスとして働くことになった。
オレも、ダンジョン攻略のための良い装備ができれば儲けものだしな。
しかし、この手際の良さ…………どこから仕組まれていたんだ?