012.オレって、ほんとバカ
「ありがとう。これは返すよ」
カードがテーブルの上に置かれた。
そして………………メガネっ娘が消えた。
ちょっと残念…………いやちょっとどころではないな。
「すぐには無理だけど、そのカードに合わせた仕組みをこちらで準備するよ。そっちの世界からこの国に入国する時は、パスポート代わりのそのカードと在留カードがあればOKとするね。在留カードの運用は………………桜も限界っぽいんで、さすがに今日は無理と言うことでよろしく。紅葉さんもそれでいいよね?………………うん、了解っと。あと、この国以外の国に行くときは、要相談だね。別の国に行く場合は、まず国交を結ばないといけないしね。その時は協力するよ」
楽観的すぎるかも知れないが、こちらのことを考えてくれていると感じる。
だから、これがもし…………オレを騙すための演技だとしたら、絶対に人種不審になる自信があるぞ。
「分かった」
そう返事をした。
多少不思議に思ったが、特に問題はないと思う。
ちなみに伊白の兄のセリフの中で不思議に思ったところは、『仕組みをこちらで準備する』と言っていたことぐらいだ。
普通に考えれば、地域ポイントを消費して、ゲートを設置するだけなのに、準備するって言うほど時間がかかるモノなのか?
あ、ああ、そうか。
今回は国家間の交渉事だ。
もし、地域コアの所有権をオレに奪われたらマズいと思って、桜は地域コアから離れた場所を交渉する場に選んだのだろう。
これなら納得だ。
クラスとは言え、オレは賢者だからな、これくらいの推測は余裕だぜ。
「これで最後だから、もう少しよろしくっと。はい、こっちの世界の仮住まいと言うか仮拠点の方かな? とにかく自由に使って良い建物を準備しておいたから、その建物の鍵を渡しておくね」
「建物の鍵?」
「もしかして、建物の鍵じゃ意味が通じてなかった?」
「いや、意味は分かるが…………カードが鍵代わりにもなっていたから、カード以外の鍵があるなんて思ってもいなかっただけだ」
「そう言うことね。う~~~ん………………さすがに、すぐカードに対応させることは難しいね。なるべく早く対応するようにするよ」
「分かった」
返事をしておく。
なんとなく分かった気がする。
こちらの世界にはカードがないと思われる。
もしくは使用していないかだ。
きっと地域コアや区域コアに管理を任せっきりにしないための処置だろう。
「伊白、駅前通りの『サンドバード出島屋』の廃ビルだったところ分かるよね?。その廃ビル、突貫で内装とセキュリティだけはちゃんとして貰ったから、そこにラピュータ王を案内してあげて……」
「はっ、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
少し良くなっていた伊白の顔色がまた赤くなった。
まぁ、急に声を掛けられれば、パニックを起こすに決まっている。
「くく、伊白は面白いねぇ。次に会える日を楽しみにしてるよ。って、これで、終わった。終わった。これで僕のお仕事はお終いっと…………」
たぶん伊白の兄はオレより年下だと思うけど、お姉さんっぽい微笑みをオレに向けて浮かべたように感じた。
オレと目が合うと口角を少し上げて、サキュバス的な……………………じゃない。
小悪魔っぽい笑顔に変えて口を開いた。
「後は僕からのお・ね・が・い♪」
テーブルの上に両肘をついて、指を絡め、その上に顎を乗せて、首を少し傾げて、そんなことを言ってきた。
首の角度が絶妙だ。
そして、首元の隙間から、胸元が見えそうで見えない。
負けた。
これでノーなんて言えないだろ?
「ここまでして貰ったんだ。何でも任せてくれ」
オレって、ほんとバカ。
「ありがと。じゃあ、僕からのお願いは…………しばらくの間、月曜から金曜まで廃ビル…………中は綺麗にしたから元廃ビルになるね。その元廃ビルに朝9時に来て欲しいんだ。そして、30分待って誰も来なかったら、その日は自由にしていいよ。でも、誰かが来て、悩み事を相談されたら、ラピュータ王なりにその悩み事についてを一緒に考えて助言をして欲しいんだよ。…………どうかな?」
悩み事相談なんてヒンヌー教会でもやっているようなことだ。
きっと悩み事なんて、難しくても、納得のいく遺産の分配方法とか、産みの親の見分け方とか、絵の中の魔物の縛り方とか、その程度だろう。
「男に二言はない。それくらいなら全く問題無いぞ」
「じゃあ、よろしくね」
ヴヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴ
「振動音?」
「あ、ごめん。ごめん。見計らったように電話が来たようだ。ちょっと電話に出てくるから、席を外すね。…………あ、そうそう、忘れるところだった。戻ってきたらさっきの質問の答えをよろしくね。良い答えを期待しているよ」
「ああ」
そう答えたが、電話って何だ?
『電話に出てくる』とか、理解に苦しむ。
と言うか、質問の答えを準備しておかなけばならないな。
待合所の扉を開ける前に伊白の兄はこう言ってきた。
「今のところ、こちらに敵対する気は全くないから、不用意に魔法を使うのは控えてくれるかな?」
バレていたみたいだ。
でも、よく分かったな。
コクリと頷いておく。
ニコッと笑顔を魅せると、伊白の兄は待合所を出ていった。
そして、無情にも待合所の扉が閉ま…………らなかった。
ひょっこり、伊白の兄は顔だけ出してきた。
「ちなみにこの部屋に魔法対策とかしていないからね。だから魔法の効果が現れなかったのはラピュータ王の無知せい。それを人のせいにしちゃダメだぞ。あと、ライムくんだっけ、お土産に名物の大三元豚のお肉を沢山準備しておいたから、帰りに持って帰ってね」
もうここに戻ってこないかのようなセリフを口にすると、手を振って、待合所から姿を消した。
伊白の兄には、全部見透かされている感じがする。
それにこの人には適わないと思わせる雰囲気がバリバリするんだよ。
長い、長いプロローグは次で最後