オーク狩り専門の女僧侶と男剣士 ~私達より強いヤツを探しています(精力的に)~
「あ、あんた達…たった二人でオーク共を退治するっていうのか!?」
比較的整頓された一室で村長は、目の前の冒険者達に問いただした。
「はい、私達はちゃんとギルドから仕事を受けました。もちろん、ギルドも不可能な仕事を出したりはしませんわ。」
にこやかに答えたのは可愛らしい女僧侶だった。
頭巾から零れる銀の前髪を流しながら、深い慈愛を宿した眼球が村長を見返す。
白を基調に黄色と銀糸で飾られた服装の胸元には、質素な木彫りの聖印が掛けられていた。聖印の素材はその格によって変わってくる。木彫りとなれば1~2種の奇跡が使えるぐらいの駆け出し僧侶となる。
「不安に感じるかもしれませんが、オークに限れば10を超える仕事を終えています。どうぞ御安心下さい。」
言葉を引き継いだのは、これまた美しい男剣士だった。
旅芸人の花形も逃げ出しそうな端正な顔立ちの青年は、長い金髪を後ろに纏めていた。もし髪を流していたら女性と見紛うほどだ。
厚手の布服に部分的に皮鎧を付け、防御より機動性、そして経済性を考慮した駆け出し冒険者の装備だ。腰に括りつけられた2本の短刀は、木こり愛用の斧よりも弱そうに見えた。
村長はギルドの紹介状に目を落とす。確かにオーク絡みの仕事を13件も完遂していた。
「…判った。二人にお願いする。もうすでに村の娘が一人、攫われているんだ…助けてくれ。」
村長の言葉に女僧侶の眉が歪む。同じように男剣士もピクリと揺れた。
「…それは何時ですの?オークの数は?住処は?」
「昨日の夕方だ。依頼を出したのが一昨日で、皆に説明する時間もなかった。山菜を取りに森に入った娘が、まだ帰っていない…」
男剣士は背嚢を下すと、付近の地図を取り出した。
「どの辺ですか?」
「この洞窟だ。狩人がここで目撃したから、ギルドに依頼を出したんだ。徒歩で半日ぐらいだ。」
「馬を借ります!鞍は無くても結構です!」
女僧侶はそう言い残すと部屋を飛び出した。男剣士も地図をしまうと女僧侶を追いかける。
村長が二人の後を追って外に出ると、二人はすでに馬小屋から農耕馬を引きずり出している最中だった。
「あ、あんた達、いったい何を!?」
「今は一刻を争います!でないと…」
馬に飛び乗った二人は視線を交わす。
『このままだと、薄くなってしまうッ!』
「…え?」
村長は二人の叫びの真意を問おうとしたが、二人はすでに馬を走らせていた。
「…ぅ、もう…許して…」
赤暗い洞窟の中、村娘は叶わない願いを口にした。
眠る事も許されないまま、夜通しオークに凌辱されたのだ。
「コンナモノデ オワルモノカ。マダドウホウハ タクサンイルゾ。」
松明の明かりが揺れる中、まだ20体を超えるオークが村娘を狙っていた。
「イチドデハ オワランカラナ。ドウホウガ マンゾクスルマデ ツキアッテモラウゾッ!」
「…ぃ、イヤァァァァッ!」
「待ちなさいッ!」
「だ、ダレダッ!」
オーク共が声のした方に、一斉に目を凝らす。
すると闇の中から歩み出たのは、全裸の女僧侶だった。
後ろの男剣士は普通に服を着ており、その手には女僧侶の服装が綺麗に畳まれていた。
「嫌がる婦女子に凌辱の数々ッ!私が神の国へ導いてあげますわッ!」
「フザケルナ!ニンゲンゴトキガッ!」
一番近いオークが棍棒に手を伸ばそうとした時、その横を女僧侶が素早く通り過ぎた。
途端、オークはまるで糸が切れた人形の様に倒れ込む。しかし腰だけがビクビクと痙攣していた。
「な、ナニヲシタ!?」
「少しだけ…ほんの少しだけ神の国の門を開けただけですわ…菊門をねッ!」
女僧侶がオークの中心に走り込む。
オークが一斉に女僧侶を取り囲んだ。
「大丈夫かい?どこか、痛いところはないかい?」
状況が呑み込めずに呆然としていた村娘は、男剣士の言葉で我に返った。気付けば絶世の美男子が自分を覗き込んでおり、村娘は小さな悲鳴と共に、急いで身体を隠した。
「もう大丈夫。これ、蜂蜜と数種の薬草で作った軟膏。塗っておくと避妊できるから。」
男剣士は村娘にマントを被せながら、小さな小瓶を手渡した。
「あ、ありがとうございます…あ、そうだッ!」
村娘はオークの方を向いて、女僧侶の安否を確認しようとした。
「あの女の人、大丈夫なんですかッ!?」
「ん?あぁ、大丈夫だよ。ほら、見てごらん。」
男剣士の指差す方を見ると、群れの中からオークが1体、また1体と倒れるように脱落していった。
「な、何が起こってるの…」
「簡単に説明すると、こう。」
男剣士は村娘の前に開いた右手を出すと、それを素早く拳にし、内側に捻った。
「これを未経験のオークにやると、一撃で終わらせられるんだ。」
村娘には、それが何を意味するのか判らなかった。
「…フ、フハハ…クチホドデモ ナカッタナ ニンゲンヨ…」
オークの群れの中心で女僧侶は、動けないまま四肢を投げ出していた。
オークも無傷というわけではなく7割方が腰を抜かしており、まともに立っているのは3体だけだった。
「タシカニ ニンゲントシテハ」
「疲労回復」
女僧侶が小声で呟くと、その身体が仄かに光った。
疲労回復とは回復のように傷が塞がる訳ではなく、完全回復の様に失った四肢や血液を補填してくれる訳でもない。ただ疲労感を取り除いてくれるだけの、初歩の奇跡だった。
しかしそれで十分だったのか、女僧侶は何事も無かったように起き上がった。
「…ぁぁ…少しだけ神の国が見えました…神に感謝します…」
そして手近なオークに疲労回復を行うと、満面の笑みで跨る。
「あなた方も神の国に導いてあげますわ。それは皆分け隔てなく、強制的に…」
深い慈愛を宿した眼球が、取り囲むオーク達をヌラリと舐め回した。
「…そろそろかな…」
男剣士は皮鎧を脱ぎだすと、背嚢の横に行儀よく並べだした。
「…どうしたんですか?」
村娘はベルトを外す男剣士を不思議そうに眺めた。
「あ、あぁ、彼女の言うところの神の国に、僕も行こうかと思ってね。」
全裸になった男剣士は長い金髪を解き、自分の身体の前に流す。
その振る舞いは妖艶で、村娘がこれまでに見たどの女性よりも美しかった。
呆然とする村娘を他所に、男剣士はオーク達に歩み寄る。
「ど、どうして?私には判りません!」
「…僕達はね、普通じゃ満足できないんだ。」
振り向いた男剣士の顔は、女の顔になっていた。
「君も見ていた方がいいよ。多分、コッチ側に来ると思うから…」
「え?」
「あと、その背嚢には一人分の食料と水が一週間分入ってるから。ゆっくり見物するといい。」
男剣士はヒラヒラと手を振り、今度は振り向くことなくオークの輪に入っていった。
一週間後。
二人は村娘を連れて、無事村に戻ってきた。瘦せ細った28体のオークを連れて。
「な、何事ですか?」
「オーク達を改心させたのですわ。みんな、神の国を見たのですッ!」
出迎えた村長に、女僧侶はツヤツヤの笑顔で答えた。
「そうでしょう、みんさんッ!」
女僧侶が視線で促すと、オーク達は一斉に片膝を立て、村長に頭を下げた。
「今までの無礼、本当に申し訳ありませんでした。」
先頭で答えたオークの頬はこけ、目は落ち込んでいたが、そこには知性らしきものが光っていた。
「……え?」
「あぁ、言葉使いですか?カタコトだと粗暴な印象を与えられて、愚行を正当化できるという、一種の威圧行動なのです。我々にはもう必要ありません。」
「な、何があったんだ!?」
村長は村娘に聞いてみたが、村娘は焦点の合わない瞳で、奥歯をカチカチと鳴らしていた。
「大丈夫ですよ、村長さん。彼女はちょっとショックを受けているだけです。すぐに戻りますよ。」
そう答えた男剣士の肌もツヤツヤと輝いていた。
「それに彼女には、オークを説得する方法も伝授してますので。」
それを聞いた村娘は焦点の合わない瞳のまま、呪文のような言葉を繰り返した。
「…肘まで入れてグーパー…肘まで入れてグーパー…」
その呪文を聞いたオーク達がガタガタと震え出し、気絶する者さえ居た。
「もう悪い事は致しませんッ!それだけは許してくださいッ!」
泣き叫ぶオーク達を、村長は呆然と眺める事しか出来なかった。
結局、村とオークは境界線を決め、不可侵の関係を結んだ。
女僧侶と男剣士は、村長から仕事完了のサインをもらい帰路に就く。
「あぁぁぁぁぁ…また神の国にイけましたわぁぁ…」
「たしかに、今回もイイ冒険だったね。僕も久しぶりに満足したよ。」
余韻に頬を緩ませる女僧侶を、男剣士はにこやかに眺めていた。
その時、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
見ればかなり遠くで荷馬車が野盗に襲われているようだった。
「行く?2日ぐらいで終わりそうだけど…」
「もちろんイきますわ。たまには人間相手も楽しいそうですわッ!」
「僕も同じ事を想っていたよッ!」
二人は喧騒を目指し、街道を笑顔で駆けていった。