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上位シャンプーマン

お客様が求めるもの。それはお客様の数だけ存在する。なんかカッコいい台詞のようだが、それを瞬時に察知する能力を、わたしは持っている。


 急ぎのお客様にはもちろん、最速で施術をするし、「最近眠れなくて……」とお客様がポロリとこぼした、スタイリストとの会話を、事前に入手し、じゅるりとヨダレを垂らす。本当に垂らしてる訳ではない。

 ただ気合いが入るというか……わたしが眠らせたい!わたしにお任せくださいと思ってしまう。


 事前に入手する情報も、わたしクラスになれば聖徳太子さながら、店中の会話を聴き取れる。

 ふふ、気持ち悪いと思うでしょ。でもこれが上位「シャンプーマン」の必須能力なのだよ。


そういった事を誰に言われるでもなく出来る人間は、どれくらいいるのだろう。教えようと思ってもなかなか教えられるものでもないはず。


 しかもお客様の寝息に喜びを覚えるなんて、キモッ!とか思われないだろうか。お客様からすると、どうですか?わたしはやはりキモいでしょうか?……そうですよね、そんな事ないですよね。

ありがとうございます、気を使って頂いて、ぜひ一度わたしのテクニックで、極上の眠りを提供させて頂きます。


 すみません、脱線しましたが、眠れないお客様はよく来られます。おそらく自律神経ですね、お任せください。


神庭(しんてい)」と「百会(ひゃくえ)」で自律神経の副交感神経を優位にして、脳をリラックスさせる。あくまで優しくゆっくりとメロディに乗せて、己の存在すら石ころのように消していく。


 するとどうだろう、不眠症で悩んでいると言われていたお客様が、「フガッ」……ふぅ……この瞬間のためにわたしは「シャンプーマン」をしている。


相変わらずのようだがニマニマと笑みが溢れる。ゾクゾクする。化学薬品を使っても眠れないと言われてたお客様が、わたしのシャンプーで眠りについた。

 ああ、癒したい。たくさん癒して、癒されたい。最近少し変態っぽいかもしれない、少し?うん、まぁ少しでしょ。


 ホットタオルを使い首筋と耳の後ろを温める。耳……駆け出しのシャンプーマンは気をつけて欲しい。わたしがまだ駆け出しの頃、お客様の耳にそっと触れてしまったのだ。「ンフッ」、――!変な声を出させてしまった。あの時は気まずかったなぁ……って本当に申し訳ございません。以後気をつけています。


 そうなのだ、敏感なお客様はいらっしゃる。あの日の経験を経て、上位のシャンプーマンとなったわたしであれば、もう、くすぐったいなんて言わせない!言う間を与えない。駆け出しのシャンプーマンは耳が敏感だからと、そっと触れるのが良くないのだ。グッとしてギュッだ。

 分かるだろうか?……耳でない部分にも圧をかけつつ、グッとしてギュッなのだ!イメージだイメージでいける。


 お客様は耳を触れられた事に気付いてないのだよ。触れられた事にも気付いていない。切られた事にも気付いていない!ってあのイメージ。

 そんなアホなと思うでしょ。でもこれが案外気付かない。


 人間は視覚からの情報が80%以上で触覚は1.5%らしい。つまりシャンプー台という環境では、お客様の五感は、ほぼわたしのさじ加減ということ。


 特にここ最近の美容室のシャンプー台は個室になっており、環境的にもう寝て下さいっていう環境なのだ。お店にもよるけど……

 つまりシャンプー台でのわたしは、生まれたての赤子をあやす母のようにお客様に接することが出来るということなのだ……ふぅ、これ以上言うと本当に気持ち悪くなるから、この話はここまでにしましょう。


 さぁ、起こします。言って頂けるかな?あの台詞……しかも今回は「気持ち良かった」に付け加え「寝てたわ」と言ってくださるかもしれない。


 ドキドキ、あぁどうだったかな、わたしのシャンプー、もちろん催促はしませんよ。言って欲しいけど、そんなモノ欲しそうな顔はしません。


「あぁ、気持ち良かった。ありがとう!寝そうだったわ!」

ん?なん……ですと!寝そうだった……寝そう……いやいや完全に寝てました。常に頭を持ち上げているわたし達シャンプーマンには分かるのです。

 頭の重さ、安定感でお客様が、落ちているか落ちていないか分かるのです。

 うう……聞きたかった……お陰でよく眠れたわ、って聞きたかった。とまぁ、こういう事はよくあります。


 寝ていたのに寝そうだった……これめちゃくちゃよく言われます。こういう時のお客様の心理状態は正直言って、わたしクラスでも分かりません。


 寝ていたことに気付いてないのか?それとも寝ていたことを恥ずかしいと感じ、寝ていなかったとおっしゃっているのかは分からないのです。


 失礼にあたるから聞くわけにはいきませんから……どうでしょう?皆さんは経験ありますか?

 ふむふむ、なるほど、そうですね。野暮でしてた。わたしは知らず知らず、お客様に依存をしていたようです。シャンプーマンたるもの野暮は出来ません。


 洗練されたシャンプーマンにはまだまだ届かない汚れたわたしですが、今もまたお客様に喜んで頂くべく精進して参ります。

読んでくださりありがとうございます

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