8 知る②
「将来、ロイがあなたの夫になるのよ!」
私が13歳になって間もなく、心から嬉しそうに話す母の言葉に驚きはしたものの、それは自分の予感が当たっていたことへの驚きでもあった。
12歳になってもまだ家にこもり切りの私を見かねた両親は、ロイを招き入れ、強引に私に合わせるようになった。いざロイを前にすると恐ろしく全身がこわばり、もう一言も口を聞けなくなってしまった。
ロイも初めはじっと私の顔をみてじっと立っていただけだった。
が、ロイは私の顔を怖がったり、避けたり、揶揄ったりすることはなかった。
ただ自分も苦しそうに「痛い?」と聞き、「ごめんね。」言って心配してくれた。
「痛くないよ。」「大丈夫。」と私は自然に返事ができた。
最初の一歩を踏み出せば、あとはまた仲のいい関係に戻るのは簡単だった。
―そうだ。ロイはそんな子じゃなかった。
ロイをあのデックと同じように考えていたことを恥じた。
ロイと会えるようになって少しの安心感を得られたものの、家の外へ出ることは未だ怖かった。
両親は根気よく外出に私を誘った。
傷が目立たないようにつばの帽子も買ってくれたりもした。
そして、私はついに外出に承諾した。
以前からよく出入りしていた近所のパン屋さん。
お隣の赤ちゃんとご夫婦の家族の家。
本当の娘のように可愛がってくれていたパパの仕事仲間の人…。
どこへ行っても、みんな傷など気にしなかった。
よく頑張ったねと褒めてくれた人。
何も変わらず、楽しい話を聞かせてくれた人。
無事を只々、喜んでくれた人。
これまでたくさんのいい思い出がある人たちは、みんな私を貶めたりはしなかった。
ただ、通りすがりの人の中には、私をじろじろ見てこそこそ話をしたり、驚きの声をあげたり、嫌なことを言う人もいた。
私は悲しくて何も考えられず、外へ出たことへの後悔で何度も頭がいっぱいになった。
そんな時、両親やみんなが代わりに怒ったり、説明してくれたりした。
「なんて失礼なんだ!リリア、気にしてはいけないよ。恥じることなんて何もないんだ。」
「そこの人、言いたいことがあるならハッキリ言えばいい。私が説明しよう。」
「この傷はね、悪い男と戦ったんだ。とっても勇敢な娘なんだよ。」
そうやって私は、自分にはたくさんの味方がいることを知り、少しずつ自分を取り戻し始めた。
元の活発で、よく笑った自分。
自分が傷を隠して俯くと、みんなが少し寂しそうにする理由も少しずつ理解した。
少しずつ、
少しずつ。
あの精神状態の私をロイに会わせ、連れ出す決断をした両親は、きっと悩み抜いただろう。
何か一つでもうまく行かなったら、もう二度と、外へ出るどころか人に会うことすら、できなくなってしまったかもしれないのは想像に易い。
1年もすると、傷を気にしても仕方がない、助けてくれた人たちの役に立ちたい、という気持ちを持てるようになり、顔を上げて過ごせることが増えた。
ロイとも相変わらず、よく会ってはくだらない話で大笑いしたり、私の家庭教師に2人で勉強を教わったりして過ごす日々だった。もうお互い12歳を過ぎると、さすがにお泊り会はしなくなったが。
そんな風にもうずっと仲のいい私たちを互いの両親たちは眺めながら、時折嬉しそうにはしゃいで何かを話し合うことが最近は多かった。
「もしかして、ロイのパパやママとやたら何か盛り上がってたのはその事?」
「そうなの!リリアは嫌かしら?」
「いや…私っていうか…ロイはそれ、承諾しているの?」
嫌、ということはなかった。
それよりもロイやロイの両親の気持ちが気になった。
私の家は平民だが、それなりに資産のある商家。
ロイの家は個人で食堂をしていて、平たく言えば、経済力はずいぶん違う。
ロイやロイの両親が断れなかったのでは。
―それに、傷のせいで、なら、もっと嫌だ。
とも思った。
「ロイはぜひ、って言ってるわ!ロイのパパとママも、リリアならしっかりしてるから安心だって。うちもリリアが元気すぎる時があるから、ロイくらい穏やかな息子だと安心だわ。」
「そう…。」
―ロイが、夫になる。大人になったら、夫婦になる。
―今と、そう変わらない気がするわ。
13歳とは言え、まだ幼い私には全く実感は湧かなかった。