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傷ごと愛してくれますか  作者: ゆずあん
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1 はじまり①

初めて書きます。こんなもの世に放って大丈夫なのか。でも読んでくれたらうれしいです。

私はリリア•クロスナー。

王都でもそれなりに大きな商家、クロスナー商会の長女だ。

少し前に16才になった。

やや暗めの茶色の長い髪を一つにまとめ、見た目の美しさよりも動きやすさを重視した格好で、今日も私は商会の支店のひとつで品出しの手伝いをしていた。


自分も開発に携わった商品がいよいよ店先に並ぶことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

今回の商品は外国の商人から仕入れた香油。あまり嗅いだことのない香りだが、胸いっぱいに吸い込むとなんだか気分がすっきりする不思議な香油で、ひと嗅ぎしただけで虜になった。遠くの国までわざわざ出向き、言葉がうまく通じない外国の商人との価格交渉や今後の取引計画などを詰めるのは苦労したが、その分喜びもひとしおだ。

ひとつひとつ丁寧に。お客様の目に留まりますようにと願いながら香油のガラス瓶を並べていく。

商品を並べる棚はショーウィンドウに面していて、差し込む光にガラスが反射してキラキラ光る。

まぶしさにほんの少し目線をずらすと、棚を挟んで向こうにあるショーウインドウに、自分の姿が映っているのが目に入って、反射的に目を逸らせてしまった。


私の顔には傷がある。


左半分の額から目尻の横を通り、耳のあたりにかけて、女性の手のひら程の大きさのある火傷の跡だ。

火傷を負った日からもう何年もたち、引き攣れた皮膚がほんのり赤茶けて残っているのみで、当初と比べるとずいぶん見た目にも綺麗になってはいる。


稼業の手伝いを始めてからは、毎日の生活の忙しさに傷のことなど忘れていることの方が多い。

だが、時折りこうして何かに映っている自分の姿をみると、周りと明らかに違う顔貌であることを突きつけられ、自分で自分にドキリとしてしまう。

そしてそんな自分に落ち込む。

その度、くよくよしても仕方ない!と自分に喝を入れて、前を向くよう努力はしている。


幸運にも、家族や職場の皆も、多くの人は火傷をする前も後も、変わらず優しく接してくれる。

通りすがりの人や初めて会う人は一瞬ぎょっとした顔をしたり、反応に困って目を合わせないようにしたりすることもある。

通りすがりの人とはその瞬間だけしか会わない人だし、気にしない。

たいていは何度か会って話すうちに、相手が傷のことなど気にならなくなってきていることが分かるようになる。


火傷の跡は嫌だけれど、この火傷を負うまでの自分の行動には、何の後悔もない。

私が大切な人を守れた証でもある。

火傷を負ってしばらくは、髪や頭巾でどうにか隠そうとしたこともあったが、こんな私を受け止めようとしてくれる人たちのために、隠すのをやめた。

私が暗い顔をして、隠そうとすればするほど、家族も、大切なあの人もどこか悲しそうな顔をしていると気づいたのはいつ頃だったか。

大切なあなたを守ったことに後悔はない。

後ろめたさも罪悪感ももってほしくない。

好きな髪形で、好きな服を着て、明るい声でにっこり笑うことに決めた。



「リリア?」



優しい女性の声に名前を呼ばれて振り向くと、そこにはまだ4才の弟と手を繋ぎ、こちらを見つめているママがいた。


「どうしたの?」


「リリアが今回作ったものが、どんな物かちゃんと見せてもらおうと思って。」


「おねぇちゃん。まだおしごと?あそぼうよぉー。」


「ルーク、ごめんね。まだお仕事の時間なんだ。昼食の時間には一度遊べるから、お母さんと遊んでね。」


軽く屈んで目線を合わせると、私より少し明るいミルクティー色のぱっちりとした目でじっと私の方を見て、話を聞くルークが可愛くて、緊張していた自分の顔がまた緩むのを感じる。


リックはちょっと不満そうにしながらも、コクリと頷いた。


「ママ、ルーク、あのね今回の新商品はね…。」


だめよ。集中しなくちゃ。

私は明るく前を向いて生きているの。

大好きな人たちを守れて、本当によかった。

それを失うことに比べたら、傷なんて。


説明をする声が震えそうになったのは、気のせいだ。




◇◇◇




新しい香油の売れ行きは上々で、ほくほくとした気分で閉店業務の手伝いをしていた。

ショーウィンドウのカーテンを引き、売り場を掃除していく。

女性も多く訪れる店なので、清潔さは何よりも大切…と商会長の父からは口酸っぱく言われていた。私も同じように思う。細かなところにも目を向ける女性は多い。窓枠や床の隅もできるだけこまめに手入れするようにしている。掃除に熱中していると、雑巾を握りしめた店員のリックが近づいてきた。


「リリアお嬢様。掃除の続きは俺がやるんで、今日の帳簿と売り上げを裏の金庫へ運んでもらえないですか。」


リックは私と同じ年で、私が家の手伝いを始めた頃から雇われている店員だ。商会長の娘ということで、私のことを「お嬢様」と呼ぶ。他の店員も同じだ。確かに商会長の娘ではあるが、ただの平民だし、あくまでもただのお手伝いであり、先に働いている人たちは先輩になる。特別難しい仕事をしている訳でもないので「やめてほしい」と伝えたこともあるが、その度にみんなに変な顔をされて流されてしまっていた。


「いいわ。掃除が途中なんだけど…。」

「ちゃんと隅までやりますよ。それより金庫に早く行ったほうがいいですよ。愛しのロイが裏の金庫部屋に来てますよ。最近忙しくて会えなかったってべそべそしてたでしょう。せっかくのチャンスを逃してまたべそべそされちゃかなわないから。」

「ちょっ!べそべそなんてしてないわ!少し愚痴っただけじゃない!」


ニヤニヤ笑いながら掃除の続きを始めるこのリックだけは「お嬢様」と言いつつ、私と軽口をたたいてくれる。こういう冷やかされ方はちょっと腹が立つが、この距離感が私は心地いい。


カウンターにまとめてある帳簿と売り上げ金の袋を抱えて、店の奥にある金庫部屋へ続く廊下へ向かった。


ロイは私の婚約者だ。

金に近い、ふわふわで薄い茶の髪にすらっとした身体。筋肉がたくさんつく体質ではなく、顔も優し気な整い方をしているため、どこか中性的な雰囲気がある。私はそんなところも彼の魅力だと思うのだが、本人はそれを気にしているみたい。ロイは、彼の醸し出す穏やかな印象通り、優しい性格だ。

私よりも1つ年下で、家がすぐ近くということもあり、しょっちゅう互いの家で遊んでいた。いわゆる幼馴染だ。婚約後しばらくして家業を手伝い始めた私を見て「僕もいずれリリアと一緒に働くのだから、少しでも役に立てるよう勉強するよ。」と、自分も商会を手伝うようになった。

私は新商品の仕入れ先を探しにあちこち行ったり、店舗で接客したりすることが多いが、ロイは本店で経営に関する仕事を手伝っているようだ。いずれ息子になり、弟のリックや私を支えてくれる存在になってほしいという父の希望もあってのことだ。

小さな時から、優しくて綺麗でかっこいいロイのことは大好きだったから、婚約できたこともそんな風に言ってくれたこともうれしかったが、ロイが手伝いに行くようになってからはお互いに忙しくなり、なかなか会えないことも増えた。

ここ最近は2週間に1回会えるかどうかで、もともと幼馴染で毎日のように会っていた私は寂しさを感じていた。それを何かの拍子にぽろっとリックに愚痴ってしまったものだから、こうして揶揄われるはめになったわけだが…。


「まあでも、こうして教えてくれるんだから、いいやつよね…。」


私があちこちの支店へ飛び回っているせいで、私がいつどこの支店にいるかロイはあまり知らない。何度も鉢合わせてお互い驚いたり、後日実はすれ違っていたことが分ったりする。こうして気を利かせた同僚が声をかけてくれるというのは、気恥ずかしいものの、なかなか会えない今の状況では正直ありがたい。

前回会ったのはもう2週間近く前。この2週間、ロイはどんな風に過ごしたのだろう。疲れていないかしら。


店舗の一番奥、少し薄暗い廊下の突き当り左の金庫部屋の扉から光が漏れている。物音と話し声、人の気配がする。私は扉に近づいて、すうっと軽く息を吸って扉のノブに手をかけた。


―ロイ、私よ。


そう言おうとした言葉は別の言葉でかき消えた。




「なあ、ロイ。お前本当にあのリリアと結婚するのか?」

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