プロローグ 古都の花街
宵闇に彩られた空間の中、絢爛たる燈が静かに煌めく。
ごつごつとした石畳の道は存外にも柔らかな光を帯び、行き交う人々を飛び石のように導く。
竹の欄干は優しく撓っている。その向こうでは、枝垂れ柳がそよ風に吹かれながら、小川に映る灯りを静かに揺らす。
刻は夜。ここは、古き都に根付く花の街。
淑やかな空気が、和やかな声が、辺り一面に染み渡っているのだ。目の前の空間を切り分けるのは、整然と並ぶビルの林が造り出す無機質な直線でも、高速道路の複雑怪奇なる曲線でもない。不揃いに佇む屋敷の素朴な曲線と、かつての貴き人々が刻んだ格子の道である。
仄暗い小径には提灯の燈が気まぐれにたゆたい、藍色をした陰の隙間からは彩りが楽しげにこぼれる。そんな格調高き石畳の道を抜け、さらに角を右へ左へと曲がっていけば、ひとつ古風な茶屋が現れる。
「おこしやす。よう来ておくれやしたなぁ」
茶屋の暖簾をくぐった客を迎え、もてなすのは、美しい舞妓と芸妓である。「一見さんおことわり」、つまり店の馴染み客か、彼らと縁のある者でなければ入れないという慣習が堅く守られており、出入りするのは素性の明らかな客だけ。しかも、同じ花街にある他の茶屋に比べると奥まった場所にひっそりと店を構えており、この場所を知る者は少ない。
それゆえ、この店は、知る人ぞ知る名店。雅な者たちの隠れ家として、数少ない常連客に深く、長く愛されているのだ。
聞こえるのは伸びやかな唄の声。続いて三味線や笛の音が踊る。唄や囃子、演奏は、地方と呼ばれる芸妓たちの仕事だ。一方、その美しい調べを纏わせながら華やかに舞を舞う芸妓を立方という。彼女らのような芸妓になるには、まだ幼さの残るうちから置屋という下宿に住み込んで、仕込み、見習い、そして舞妓として、厳しい躾と修行を受けねばならない。舞妓を卒業するとようやく、晴れて芸妓として自立できるのだ。
舞妓のうちから人気を得て、座敷に幾度となく呼ばれる少女もいる。
「おあがりやす。おそまでようけ働かはったさかい、ほっこりせんと」
四つ葉もまた、そのひとりである。
彼女の透き通る声、豪奢な装いにも霞まぬ笑顔、たおやめぶりを体現したような所作。流暢なおもてなしに、洗練された唄と舞。そのいずれひとつとっても完璧なのだ。今やほとんどの者が、暖簾をくぐるたびに彼女を指名し、もはや彼女こそがこの茶屋を支えていると言ってもいいほどである。
舞妓としてどれほどの実績を持っていようとも、四つ葉の姿勢は仕込み時代から変わらなかった。稽古の間、「おもてなし」の間、片時たりとも手を抜かない。同じ置屋に暮らす姐さん――先輩芸妓――が皆寝静まってもなお、彼女らを起こさないよう注意深く、その日に学んだことを復習している。ひたむきで謙虚な姿もまた、彼女の魅力をさらに深くした。人々はいよいよ、彼女に惚れ込むこととなったのである。
これは、そんな四つ葉を取り巻く物語。花街に咲く白詰草は、今日もしゃんと背筋を伸ばす――約束を果たす日ばかり、ただ一点に見つめて。
京都文学賞に応募していた作品です。一次審査にも届きませんでしたが、このままお蔵入りするのは勿体無いと思い、こちらに投稿いたします。ただ、改善する時間はなさそうなので、応募時のまま投稿します……(それはそれで勿体ないかもしれないけれど、すみません)