婚約破棄して国を滅ぼすことになったお話
「そなたとの婚約は破棄させてもらう!」
和やかに過ぎていた王家主催の晩餐会で、唐突にその言葉は言い放たれた。
その言葉を言い放ったのはライングピース王家・第二王子リヴォルート・ライングピース。
すらりとした長身。鮮やかな金髪と鋭い切れ長の瞳を持つ、精悍な青年だった。
婚約破棄の言葉を受けたのは公爵令嬢イクシティリア・エイリング。
銀髪に赤い瞳。その肌は透き通るように白い。ほっそりとした美しいその姿は、生きている人間のそれではなく、幻想の世界の住人のようだった。淡雪のように白く、霞のように儚い乙女だった。
列席した貴族たちの誰もがその光景に目を疑った。
第二王子リヴォルート・ライングピースと公爵令嬢イクシティリア・エイリング。この二人の結婚は二人の生まれる前から王家が決めたことだった。そもそもこの二人に、「婚約破棄などありえない」はずだったからだ。
向けられるいくつもの不審の目を一顧だにせず、第二王子リヴォルートは踵を返し、会場を去ろうとする。
「お、お待ちくださいリヴォルート様!」
公爵令嬢イクシティリアが呼び止める。薄絹のように細く、しかし血を吐くように必死な声だった。
「私はあなたを愛しています! あなたも私のことを、愛していると言ってくださったじゃないですか……それが、どうして……!」
必死な呼びかけに、しかしリヴォルートは止まらず、歩き去ろうとした。
「あなたもご存じでしょう! 私との婚姻が無くなれば、呪いによってこの国に災厄がもたらされます! どうか、どうか今一度、お考え直しください!」
その呼び止めに、リヴォルートは初めて足を止めた。
しかし、振り返りはしなかった。
ただ、いらだったように手で前髪を払った。
「そのような呪いなど、私は否定する! そなたのことも、もう愛してはいない! そなたとの関係は、これで終わりだ!」
一方的にそう告げると、今度は誰の制止の声にも止まることなく、晩餐会の会場を去っていった。
ここ、ライングピース王国には一つの伝説があった。
初代王と王妃の婚姻の日、一人の魔女が祝福に訪れた。
その魔女は、祝福の祈りをささげると、倒れてしまった。そして二度と起き上がることはなかった。魔女は絶命していた。
不審に思った王直属の魔導士が調べると、魔女は自らの命を使い、王妃の一族であるエイリング家に対し、祝福と呪いをかけたことが分かった。
祝福とは、エイリング家がライングピース王家に嫁ぐ限り、国に幸福がもたらされることだった。
呪いとは、エイリング家がライングピース王家に嫁がなかった場合、国に大変な災厄がもたらされる。嫁いだとしても、王妃は長くは生きられないというものだった。
魔女はかつて、初代王と恋仲にあった。だが、初代王は国を興すために、有力な貴族を王妃として迎え入れねばならなかった。そのことを恨んだ魔女が、祝福とみせかけて呪いをかけたのだった。
初代王妃のエイリング家と、婚姻を結ぶ限り国は栄える。しかし、王妃は長く生きられず、幸せな時間は短い。婚姻を避ければ、国に災厄がもたらされる……魔女の情念がこもった、ねじ曲がった呪いだった。
呪いの影響か、王家に嫁いだエイリング家の娘はみな短命だった。世継ぎを儲ける前に落命することがしばしばあった。そのため、第二王子がエイリング家と婚姻を結ぶこととなった。呪いは「王家に嫁ぐ」という条件があったが、第二王子でもそれは有効なようだった。
魔女に呪いをかけられてから、数百年が過ぎた。時間を経て、呪いはもう消えたのではないかと考える者も多くなっていた。そもそも魔女の祝福と呪い自体、おとぎ話の迷信だと、市井では考えられるようになっていた。
「この愚か者! なんということをしてくれたのだ!」
王の謁見の間。居並ぶ騎士たち。
膝をつき、頭を垂れたリヴォルートを前にして、オールドゥス王は激昂した。
「地震! 台風! 川の氾濫に魔物の出現! 国中でありとあらゆる災いが報告されておる!」
オールドゥス王は玉座から立ち上がり、リヴォルートに向けて文書の束をたたきつけた。
そこには王国各地から報告されたここ最近の災害について記されている。
王の言葉通り、そこには王国各地で起きた様々な災害の報告が記されていた。死者だけで数千人。重軽傷者を合わせれば数万に届く。被害はまだまだ広がるだろう。その規模は国家を揺るがすものだった。
「王家の者であれば、魔女の呪いが真実であると知っていよう! 幼いころから言って聞かせたはずだ! それを、市井の声に惑わされ、迷信と決めつけ、婚約破棄などと……愚かにもほどがある!」
王は再び再び玉座に腰を落とすと、手で顔を覆った。
「いいか。お前のすべきことは、エイリング公爵家への謝罪だ。婚約破棄を取り消し、公爵令嬢イクシティリアとの婚姻を結び直すのだ。拒否は許さぬ」
その言葉を受け、リヴォルートは立ちあがった。
そして、王をまっすぐに見た。
「いいえ、お断りします」
「……なんと申した……?」
オールドゥス王は顔に当てた指の隙間から、ギロリとリヴォルートをにらんだ。その眼光はリヴォルートを貫くように強く、威圧感のあるものだった。
だが、リヴォルートは全く動じなかった。
「お断りすると言ったのです。王よ」
リヴォルートは剣を抜き払うと、王に向けて突きつけた。
「なんのつもりだ……?」
王がすっと手を上げると、謁見の間に列席した騎士たちが剣や槍を構えた。
しかしその大半はリヴォルートに向けられていない。
彼に従うように、王に対して向けられている。
王に従おうとした騎士は少数いたが、取り囲まれ速やかに無力化された。
「ど、どういうことだ……?」
動揺する王に、リヴォルートはため息を吐く。
「偽りの平和の中に浸っていたので、理解できないのですか? 反乱です」
「反乱だと……? な、何のために……?」
「私が王となり、新たな国を作るのです。そのために、この国を滅ぼします」
「リヴォルート……そなた、正気か……?」
「正気です。正気のままに狂気の道を行くのが、反乱における王道です」
そしてリヴォルートは王に迫り、一刀のもとに切り伏せた。
第二王子の反乱によって王が崩御された。
その報告が王国をいきわたるより早く、王国各地の城や砦で第二王子の配下が一斉に蜂起した。
王国各地の災害の対応のために疲弊した正規軍は、これにまったく対応できず、極めて短期間で無力化された。
呪いによる混乱に乗じた、鮮やかとも言える武力蜂起だった。
軍事的要衝を押さえた後、リヴォルートは王族と貴族の粛清を始めた。
王家の血筋も貴族の権威も、軍隊と言う国の暴力機関を押さえたリヴォルートの前では無力だった。
リヴォルートの粛清は、苛烈かつ徹底的だった。
母も兄弟も親族に至るまで、王家の血筋の者はことごとく処刑した。王党派の有力貴族も容赦なく斬首した。
反乱の動きは、全てがよどむことなく終局へと至った。反乱は入念に計画されていた。
反乱開始後わずか三か月で、リヴォルートは新たな国「エタービュランス」を樹立した。
こうして、数百年の歴史を持つライングピース王国は滅亡したのである。
反乱から五年の歳月が過ぎた。
王国の辺境に、一つの小さな丘があった。そこからは丘の下に広がる美しい花畑が広がっていた。
丘の上に聳え立つ大木に寄りかかり、公爵令嬢イクシティリア・エイリングは一人、花畑を眺めながら穏やかに過ごしていた。
そこに一人の男が訪れた。
「あなたは……!」
「久しいな、公爵令嬢イクシティリア・エイリング」
イクシティリアの前に現れたのは、リヴォルートだった。
驚きから覚めると、イクシティリアは跪き頭を下げた。
「こ、こんなところまでよくお越しくださいました、リヴォルート陛下!」
「そうかしこまることはない。楽にせよ」
かしこまるイクシティリアに対し、鷹揚に答えるリヴォルート。
五年前、婚約者だったころとはまるで立場が異なっていた。
楽にせよと言われ、跪いたままではいられなかった。
とりあえずイクシティリアは立ち上がり、姿勢を整えた。
久しぶりに間近に見たかつての婚約者・リヴォルート。その姿はイクシティリアの記憶よりずっと威厳があった。王たる風格が感じられた。
目つきは以前よりずっと鋭く冷たい。その瞳からは何の感情も読み取れない。頬は少しやつれて見える。前より痩せたように思えた。
「婚約破棄後、体調を崩したと聞いた。その後、大事はないか」
「は、はい。そのあとは特に病を患うこともなく、健やかに過ごしております」
五年前、婚約破棄後。王国を災厄が見舞う中、イクシティリアは病床に臥せった。まるで王国の災厄と時を合わせたように、重い病状になった。
その病からようやく回復した頃、イクシティリアは、ライングピース王国の滅亡と、エタービュランス王国の樹立を知ったのだった。
リヴォルートは、イクシティリアをいたわるような、優しい瞳で見た。
その時、イクシティリアはかつての婚約者の姿を思い出した。まだ、婚約したばかりの頃。彼はいつもこんな瞳をしていた。
その頃の彼は、優しい人だった。自らの父を、兄を、親族をことごとく処刑し、王位を取って代わるなど、彼女にとっては信じられないことだった。
だが、優しい瞳を見せたのはほんのひと時だった。リヴォルートは再び、感情の読めない冷たい瞳に戻った。
「そうか。では、魔女の呪いは完全に消えたようだな」
「……どういうことでしょうか?」
エイリング家の娘がライングピース王家に嫁ぐ限り、国に幸福がもたらされる。
嫁がなかった場合、国に大変な災厄がもたらされる。
嫁いだとしても、エイリング家の娘は短い間しか生きられない。
イクシティリアにとって、呪いはそういうものだった。
自分が今、健康であることと、呪いが消えたという言葉が、彼女の中ではうまく結びつかなかった。
「貴様とは共に魔女の呪いについて調べたことがあったな」
「はい、そうでしたね……」
婚約して間もないころ。イクシティリアは自らの先が長くないことを知っていた。リヴォルートはそのことを悲しんだ。
だから、二人で魔女の呪いについて調べた。魔女の呪いを解けないまでも、緩和できれば彼女は長く生きられるかもしれない。
だが、魔女の呪いについての文献は少なく、一般に伝わる以上のことはほとんどわからなかった。
手詰まりと思われたが、リヴォルートは諦めなかった。王国には、第二王子ですら入るのを厳重に禁じられた禁書庫がある。かれは危険を覚悟で、そこを探す決意をした。
禁書庫に行けたのかはわからない。その成否について、イクシティリアは何も聞かされていなかった。ただ、そのころを境に、リヴォールトの態度がよそよそしいものになった。
そして、彼女は婚約破棄を言い渡されたのだ。
「魔女の呪いの力の源は何だと思う?」
「以前、調べたときも疑問に思いました。たとえ魔女の力がどれほど強く、その命を賭したとしても……国の命運を左右するほどの呪いを何百年も持続させることなどできません。魔女の魔力とは別の力の源があるはずです」
かつて、その源を探そうとした。
それが分かれば、呪いを解くカギが見つかるかもしれなかった。
「力の源は、貴様ら一族の命だ」
「……え?」
「貴様ら一族の命を吸い上げ、国全体に作用させる。それが呪いの仕組みだ。だから嫁いだエイリング家の娘は長く生きられないのだ」
イクシティリアは口元を押さえた。おぞましさに吐き気すら覚えたからだ。
確かに、それなら辻褄は合う。命そのものを力の源とすれば、魔力以上に大きな効果を生み出せる。
彼女自身もそれを身体で味わった。婚約破棄後、王国に災厄がもたらされたとき。彼女は病床に臥せり、苦しんでいたのだ。あれは命を吸い上げられていたのだ。
そして、エイリング家は代々短命だ。現在において、裕福な貴族であれば、70歳を越えて生きるものもいる。だが、エイリング家の者はせいぜい40代で命尽きる。
短命な家系だと教えられていた。遺伝的な理由だと思っていた。そのことに疑問を持ったことすらなかった。
それがそんな理由だったとは。
だが、彼女を恐れさせたのは、それだけではなかった。
「私の先祖は、そこまで魔女に恨まれたのですか……?」
一族の子々孫々に対し何百年にもわたって命を吸い上げる呪い。どれほどの恨みと憎しみを込めて、その呪いがかけられたのだろう。
その想いを想像するだけで、イクシティリアは気が遠くなるほどだった。
「違う。魔女の呪いは本来は初代王妃のみに作用するものだったのだ」
「……そ、それはどういうことなんですかっ!?」
「話してやろう。ライングピース王国のおぞましい秘密を、貴様は知る権利がある」
リヴォルートは呪いの真相について語り始めた。
ライングピース王国の初代王は魔女と恋仲にあった。
だが、王国樹立のため、貴族の血が必要だった。初代王は魔女に別れを告げ、名門貴族であったエイリング家から王妃を娶ることとした。
魔女はそれでも王のことを愛していた。
そして、婚姻の祝福の場を訪れ、王妃に祝福と呪いをかけた。
王家に嫁ぐ限り、国に幸福がもたらされる。しかし、もしそれを違えることがあれば、国に災厄がもたらされる。
「自分の愛する男と結婚するのだから、離婚も浮気も許さない。一生添い遂げることを強制する」
これはそういう呪いだった。
王妃が不義を働かない限り、呪いにはならない。王国に幸福をもたらすだけの祝福だ。魔女の目的はむしろ、その呪いに命を費やし、愛する王の目の前で死ぬことだった。そうすることで、愛する男に自分を刻み込むことだった。実に凄まじい情念だった。
その呪いは、王妃一人のみに作用するものだった。魔女は強大な力を持っていたが、王国の命運を左右するほどの呪いを、子孫にまで及ぼす力はなかった。その理由もなかった。
だが、呪いについて調べた王宮魔導士は気づいてしまった。呪いを持続させれれば、王国に永遠に幸福がもたらされるという、大きな利点に。
そして、王宮魔導士はその試みに成功した。
呪いの対象を王妃から、エイリング家全体へ捻じ曲げた。そしてエイリング家の一族から命を吸い上げることで効果を持続するようにした。
こうして、エイリング家は代々王家に嫁ぐこととなった。嫁いだ娘は短い一生を終え、一族もあまり長くは生きられない。そのことと引き換えに、王国に幸福がもたらされる。
そんな仕組みが出来上がったのだ。
「う、ううっ……!」
真相を告げられ、イクシティリアは口元を押さえしゃがみこんだ。泣いていた。吐き気が込み上げてきた。
自分の一族の命と引き換えに、王国の幸福がある。自分もその代償の一人だった。その事実の残酷さに、おぞましさに、悲しさに。涙が止まらなかった。
リヴォルートはその姿を、声をかけることもせずただ見守った。
しばらくすると、イクシティリアも落ち着いた。すると、疑問が湧きあがり、口をついて出た。
「さきほど、陛下は『魔女の呪いは完全に消えた』とおっしゃいました。私がいま、健康であるということは……」
「そうだ。呪いはライングピース王家に嫁ぐことが条件だった。だが、ライングピース王家は消滅した。もはや呪いは成立しなくなったということだ。婚約破棄から五年を経て、まだ貴様が生きているのが、その証拠だ」
その言葉に、イクシティリアは婚約破棄の日の、リヴォルートの言葉を思い出した。
『そのような呪いなど、私は否定する! そなたのことも、もう愛してはいない! そなたとの関係は、これで終わりだ!』
その時、リヴォルートは手で前髪を払った。
それで、イクシティリアは、すべてがわかってしまった。
「……なぜ、私に呪いの真相を教えたのですか?」
「貴様にはもはや価値はないと教えるためだ。呪いは消えた。貴様ら一族は、我が王国『エタービュランス』に、幸福も災厄ももたらすことはできん」
「ではなぜ、私との婚約を破棄したのですか?」
「婚約を破棄すれば、王国に災厄がもたらされるのはわかっていた。その混乱に乗じて反乱を起こした。見事うまくいったよ」
「そもそもどうして、反乱を起こそうなどと思ったのですか?」
その問いに、リヴォルートの言葉は止まった。
いらだたしそうに手で前髪を払うと、イクシティリアを鋭く睨んだ。
「呪いを調べ、王国のおぞましさを知ったからだ! 王家も、王国も! 何もかもが憎くなった! その呪いにまつわるお前のことも、もう愛することなどできなくなった! だから反旗を翻し、王国を……!」
リヴォルートの言葉が止まった。
イクシティリアが、彼の胸に飛び込み、抱きしめたからだ。
「あなたは嘘をついています」
「私の言葉のどこに嘘が……」
「あなたは嘘をつくとき、前髪を払う癖があるのです」
そう指摘され、リヴォルートは言葉に詰まった。
リヴォルートがイクシティリアに嘘を吐くとき。彼は気まずくなり、前髪を払う癖があった。
他の誰かに嘘を吐くとき、そんな仕草はしない。
これはイクシティリアだけが知る、リヴォルートの癖だったのだ。
「私の呪いが解けたことを確かめたのなら、わざわざ真相など話す必要はありません。私を一族もろとも殺してしまえばいい。それで災厄がもたらされなければ、旧王国の呪いを断ったことになり、あなたの治世は盤石となる」
「……貴様を生かしておくのは、死んだあとに呪いが再発する可能性が考えられるからだ」
「あなたは、私の呪いを解くために反乱を起こしたのですね。なんてバカな人……」
「……そんなことが、あるわけがないだろう」
「婚約破棄の日、あなたは私のことを、『もう愛していない』と言いました。あれが嘘の始まりだったのですね……」
「やめてくれ!」
リヴォルートは膝から崩れ落ちた。それでもイクシティリアには離れず、抱き着いたまま共に跪いた。
リヴォルートは泣いていた。震えながら、泣いていた。
「なぜ、なぜ気づいてしまうんだ……君には知られたくなかった! 知ってほしくなかった!」
「リヴォルート様……」
「殺した……たくさん殺したんだ! 国にもたらされた災厄によって、何千人もの国民が死んだ! 城や砦を制圧するために、王国の兵士もたくさん殺した! 父も殺した! 親族もみんな殺して、王党派の貴族も皆殺しにした! それをなした理由が……ただ、愛する人に長生きしてほしいからだったなんて……こんなこと、誰にも許されない……!」
「リヴォルート様。わたしを見てください!」
イクシティリアはリヴォルート様を抱きしめ、触れ合いそうな距離から見つめ合った。
リヴォルートの冷たい表情は消えていた。彼女の知る、婚約者の顔が、深い悲しみに歪んでいた。
「ああ、イクシティリア……君には気づかないでほしかった。知ってほしくなかった。君のために、俺がなした悪行のことなど知らず、ただ穏やかに生きていて欲しかった……」
「私は本来、もう命を落としていたはずの身です。それが今でも、こうして生きている。その上、あなたのことを忘れて穏やかに暮らすなど、それこそ無知と言う名の大罪です」
「それでいいんだ……罪は俺が全て背負う……君はそのままで……」
「ダメです。リヴォルート様。私達、結婚しましょう!」
「な、なんだと!?」
「呪いを受けた一族を娶る。それで王国に歪な幸福も、苛烈な災厄ももたらされないのなら、それこそライングピース王国の終焉を国民に知らしめることになりましょう」
「な、な、なにをバカな! 反乱は成功した! だが、国の安定はまだまだかかる! これからいくつもの反乱があるだろう! まだ何百人も殺すことになる! 結婚すれば、君は……そんなことに付き合うことになるんだぞ!」
イクシティリアは笑みを浮かべた。
彼女は、健康になってなお、淡雪のように白く、霞のように儚い女だった。
しかしこの時、その顔に浮かべる笑みだけは、何よりも力強かった。
「リヴォルート様。わたしは本来、既に死んでいたはずの人間です。あなたに救われた命を、あなたのために使うことに、何のためらいがあるでしょう。あなた一人で罪を背負わないでください。わたしを生かすために罪を為すなら、わたしも一緒に罪を為します」
「イクシティリア……ああ、こんな、こんなこと……誰にも許されない。だが、俺は……君のことを、愛している……」
「ええ、私もあなたを愛しております。リヴォルート様……」
リヴォルートの方からも、イクシティリアを抱きしめた。
二人して抱きしめあった。強く、強く、もう二度と離さないように、抱きしめた。
エタービュランス王国。
ライングピース王国の第二王子リヴォルートが、反乱によって興した国だ。
反乱で始まった国にはよくあるように、この国もその黎明期は安定せず、貴族の反乱や民衆の暴動などが多発した。
国王リヴォルートは国の安定のため、苛烈で決断的な対応に当たった。そして、政治の場には常に、その王を献身的に支える王妃イクシティリアの姿があったという。
エタービュランス王国の初代王の時代に、安定した時期はなかった。常にいくつもの難題が降りかかった。それは、かつてライングピース王国に伝えられたような、呪いによる災厄ではなく、人の営みによる様々な問題だった。
国王と王妃は必死に働き、後のエタービュランス王国の発展につながる礎を築いた。
そして二人は、天寿を全うするまで、懸命に生きたと伝えられている。
終わり