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「気に入ってもらったようでよかったですよ。美味しかったですか?」
不機嫌そうなポーズを忘れてニコニコとケーキを食べ進め、最後の一口を平らげた直後にそう問われた女神はピシリと動きを止め、思い出したかの様に少しむくれながらボソリとおいしかったですとだけ答えた。
「なら用意した甲斐があったな。それで?今日も遊びに来ただけですか?」
勇者に問われて本来の目的を思い出したのか手をぽんと叩くと胸を張りふんぞり返るようにしながらも口を開いた。
「よくぞ聞いてくれました!さすがは私の勇者ですね!とっても良い話を持ってきたんですよ」
とてもいい笑顔でそうのたまう女神を胡散臭そう眺めつつ男は片付けを始める。
「今回は貴方に休暇を与えようと思ってやってきたのです。」
「そういう事ならいりませんよ、今の生活が休暇みたいなもんでしょう」
手に持った食器を洗い場へ持っていこうとする男の背中に本当にそう思っていますか?と声が投げかけられる、その声色は先ほどまで笑顔で喋っていた者とは思えない程の威厳を秘めており、驚いて振り返ると表情をこそ笑顔のままだが神としての威容を纏った女神がそこにいた。
「世界を幾度となく救い、歴代最高とも謳われる勇者アダム・パーカーがこのような山奥で人との接触を断ち隠遁生活を送り本当にそれで休暇を取っていると言えますか?」
普段の天真爛漫さはなりを潜め、出会って間もない頃のような神々しさを放ちながら語りかけてくる内容はかなり真剣味を帯びており、いつものようにおふざけで言っている訳では無い事は、はっきりと理解できた。
「今の俺が俗世間に降りれば逆に騒乱の種になりかねない事は女神様も知ってるでしょう。だからこそ俺はここで生活しているんじゃないですか。」
「今回の休暇にその心配は必要ありません。貴方をこの世界とは異なる地へ転送し、そこで生活してもらおうと思います。そこでなら貴方を知るものも居ませんし、勇者としての使命を忘れて羽を伸ばして過ごして貰えると思いますよ。どうですいい話でしょう?」
異なる世界に送られるというワードに動揺しその問いかけに思わずはい?と聞き直してしまうと、前向きな返事を得られたと勘違いした女神はそのまま話を進めていく。
「それではどのような世界に送り込むか少しだけ教えてあげましょう。大気中のマナ濃度はこの世界よりかなり少ないはずです。魔法を使用する際はかなり制限がかかると思うので気を付けた方がよいでしょう。言語などは通じるようにしてあるので心配はいりません。あまり説明してあなたの楽しみを奪ってしまうのは心苦しいのであとは自らの目で確認するとよいでしょう。」
話し終えるとそのままに転移魔法による送還用のポータルを開こうとする女神を見て慌てて止めようとするが、先ほどまでの威容が嘘のように消えいつも通りのぽやぽやとした笑顔を浮かべる女神は聞く耳を持たず、アダムの足元へポータルを開くと光に包まれて転送されていくアダムに対し貴方の経験と実力があれば大丈夫ですよ~とにこやかに手を振り送り出していった。
(私の加護のせいではありますがあの子には定命の者とは言い難い程の力と不老に近い力を与えてしまいました。長年見た目も全盛期の頃と変わらない姿を保ち続ける英雄に対して市井の民に畏怖も抱かずに接しろというのはあまりにも酷な物でしたね。気丈にも気にしている姿は私たちには見せないようにしていたようですが、このような山奥に暮らすようになったという事はやはり思う所はあったのでしょう。しかし!この休暇ではそのような事を気にする必要は無いのです!存分に羽を伸ばしてくれるといいのだけれど。そうだ!少し時を置いて様子を見に行けばいいんだわ!それなら降臨用の分け身も作っておかないといけませんね。再会したら休暇のお礼にいっぱい遊んで貰わないといけませんね~!)
むふむふと嬉しそうに笑いながら天界へのポータルを開き女神が帰った小屋の中には静寂と片付けられることなく放置された汚れたままの食器だけが残されていた。