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雄大な自然が残る山岳地帯が広がっている。頂上は雲によって常に覆われておりその頂は地上からは伺い知る事は出来ない。一説には神々の座する天界へと通じていると噂されているがそれを確かめた者はかつて幾度となく世界を救った神託の勇者しかいないとされている。何故ならば余人が足を踏みいれるのを拒むかのように山々には竜種が飛び回っており。山麓には迷いの森と呼ばれる広大な森が広がっているからだ。神々の加護を受け神託をその身に帯びた者で無ければ突破する事の出来ないとされるその一帯を人々はいつしか聖域と崇め足を踏み入れる者も減っていった。
そんな人の立ち入る事の出来ない霊峰の中腹には不自然に山が切り開かれている一角がある。そこには畑と共に小さな小屋が一棟建っていた。空を行き交う竜種に襲われそうなものだが見向きもされる事は無く畑では今も一人の男がしゃがみ込み黙々と収穫作業をしている。傍から見ても鍛えられた身体をしている男は頭に麦わら帽子を被り表情を伺い知る事は出来なかったが帽子から金色の頭髪を垣間見る事が出来た。
男はひとしきりの間そうしていたがある程度の量を収穫できたのか立ち上がると、そのまま籠を持ち小屋のほうへ悠然と進んでいく。小屋の扉の前まで進むと少し立ち止まり首を傾げると、少し集中して部屋の中の気配を探ると違和感の正体を察して少し笑みを浮かべながら扉を開いた。
「お久しぶりですね女神様、降りて来られる事を俺に知らせてくれていれば、毎回お待たされすることも無いんですよ?」
麦わら帽子を外しながら声をかけると、窓際に置かれた長椅子に腰掛け外を眺めていた女性が男のほうへ向き直る、純白のドレスを身に纏い、降り注ぐ陽光にきらめく美しい金髪を靡かせながらも不満そうに男の方に顔を向けた。
「それだとサプライズにならないでしょう!昔は反応も良かったのに今は驚いてすらくれないのですね」
鍵のかかった屋内に突如現れても驚きもせずに対応されたことに少し気にしながらもその顔にはふわりと優し気な笑みが浮かんでいた。
「突然現れる女神様には昔から何度も驚かされ、振り回されてきたんでね。なんとなく気配は読めるってもんですよ」
男が扉を閉めて振り返ると女神が腰掛けていた長椅子にはすでに人影はなく、訝し気に眉をひそめた男はとぉ~!と間延びした声とは裏腹に凄まじいスピードで移動してきた物体を素早く避けると勢い余ったその物体はドアを突き破り外へ飛び出していった。
男は壊れたドアを一瞥しため息をつきながら手をかざす、すると壊れたドアが逆再生の様に修復される満足気に頷くと室内のテーブルにティーセットを並べていく、並べ終えるのと同時に勢いよくドアが開き女神が入ってくる相当な勢いで飛び出していったにも拘らず髪が少し乱れた程度で身にまとう純白のドレスには一つの乱れも無かった。
「なぜ避けたんです!勇者なら優しく受け止めるべきでしょう!」
「いいですか、あれほどの勢いでに向かってこられると勇者と言えど受け止めるとダメージを喰らうんです。それなら避けた方がいいでしょう?どうせ女神様にダメージは無いんだから、受け止めれなかったお詫びと言っては何ですが山奥では貴重な甘味でもどうです?」
子供に言い聞かせるようにしながらも収納魔法で虚空に納められていたケーキを取り出し並べていくとちらりとそちらを眺め目を輝かせたものの気を取り直し殊更に不機嫌そうな顔で女神は席に着いた。
「ケーキの一つや二つで神の機嫌を取れるとは思わないことですね。私はそんなに単純な神ではありませんからね!」
言葉ではそう言いながらも並べられていくケーキに口角を上げないように殊更に硬い表情で答える。
「おや?そうですか?折角女神様の好みに合うように用意してたんですが、それならば片付けましょうか。」
にっこりと笑いながら男が片づけを始めようと手を伸ばすとスッと手が重ねられる
「何か問題でも?」
「せ、せっかく私の勇者が用意してくれた物です。供物としてしっかりと私の力へと変換させてもらいますよ」
「そう言って頂けれると用意した甲斐があるってもんですよ。ゆっくり楽しんでください。」
重ねられた手によってピクリとも動かせない自らの腕を眺めながら男はそう答え力を抜くと幸せそうにケーキを頬張っている女神の様子を暫く見守っていた。