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白いお店の窓売り店長  作者: ヤヤ
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05.全てはまやかし

 ──真っ赤なドレスを靡かせトコトコと歩く人形は、この自然豊かな光景とは、少々ミスマッチであった。


 どちらかと言えば異国よりな容姿の彼女。

 本来であれば、きらびやかに飾られた城や、金持ちの住む屋敷に飾られているのがお似合いな姿は、大自然の中では浮きに浮いている。

 けれども、そんなことは気にしないといった風に、彼女は目の前に咲き誇る花の前で腰を曲げた。

 そうして、白い両手で花の花弁に触れるその瞳は、どこか悲しげにも見える。


『まるで捕らえられているようだわ……』


 空をかける翼をもがれ、鳥籠の中に閉じ込められているようだ。

 そう、彼女は語る。

 チラリと振り返った先では、小さくなった男が、開きっぱなしの扉の前でひらひらと片手を振っていた。

 別になんてことはない動作なのに、その動きすら憎たらしく思うのは、彼女が彼を毛嫌いしているのが問題だろう。


 なんといっても、彼女は被害者。

 そして、あの奇妙な男は加害者なのだ。

 嫌わない理由など、どこにもない。


『はあ、嫌になってしまうわ……』


 美しくも溜め息を吐き、彼女は告げる。

 人形であるがために動きにくい体をなんとか動かし、頬に片手を宛がう姿は実に高貴だ。

 見る者すべての視線を釘付けにしてしまうような、そんな危うさが垣間見える。


 もう一度嘆息し、彼女はさらに奥へと進むべく、広がる緑の道を踏みしめた。

 時折、頭上を過ぎ行く鳥を、羨ましげに見つめながら。




 ──人形の彼女が、奇怪な男と出会ったのは、目も眩むような美しい星空の下だった……。


 その日、彼女は小舟に乗って朝焼けの海を渡っていた。

 名前の通り、朝の日の出を写したような海は、日光の反射で空が染まるように、美しい赤色。

 どこかあたたかなその中では、水の中でのみ生きることが可能な鳥が、優雅に翼をはためかせて泳いでいた。


 手にしていたパンクズを水の中に放り込めば、鳥は水面より顔を覗かせ、それを食らう。

 その姿が面白くて、何度も、何度も餌を与える彼女を止めたのは、同じ小舟に乗った一人の人物。

 彼女と共に暮らす青年だった。


 長い灰色の髪に、少し筋肉質な体。

 ドレスを纏う彼女のお付きと言わんばかりに着こなした服は、黒を基調とした執事服だ。

 逞しい体と合わさり、ひどくかっこよく見えてしまう。


 頭に乗っかる、艶のあるシルクハットからは、『禁』と書かれた布が垂れ下がっており、彼の顔を覆い隠すように存在していた。

 そのため、男の顔を見ることは不可能。

 しかし、彼女は別に、それを気にすることはない。


『あら、ごめんなさいな』


 ついはしゃぐような真似をしてしまった自分に気恥ずかしさを覚え、彼女は声を響かせる。

 そんな彼女に、男は布の下で優しく笑うと、「構わないさ」と視線を上へ。

 煌めく星に、目を向けた。


「それより、ほら。見てごらん。とても美しい星空だ」


 男の声に顔をあげれば、確かに、言葉通りの美しい景色がそこにあった。

 思わずカタカタと体を揺らしながら、瞳をこれでもかと輝かせる。

 かつて、こんなにも美しい景色を、私は見たことがあるだろうか……。


「こんな芸術を、君と見られるなんて、最高の一言に尽きるよ」


 クスクス、と笑うように言われ、人形は照れ臭そうに視線を手元へ。

 固く、動きの悪いそれを小さく握り合わせてから、心の中で笑みを浮かべた。


 すてきな時間。

 大切な一時。

 こんな時が、ずっと続けば良いのに。

 彼女は無意識下で、そう思う。


 そう、思っていたのに──。


 バシャンッ


 音をたてて、何かが水の中へと落下した。

 驚きに目を見開く人形の前、『頭部を失った体』が、力なく小舟の上で倒れ込む。

 まるで食い千切られたような首からは、真新しい鮮血が、広がるように溢れていた。


「んん? ああ? おやあ?」


 ただ呆然とすることしか出来ぬ人形の背後、誰かがいた。

 ゆっくりと、音をたてて振り返れば、そこには狐の面をつけた男が一人。

 くぐもった声で、「あちゃぁ、やっちったか!」と笑っていた。


「ごめんごめん! まさか人がいるなんて思わなくてサー! わざとじゃないんだよ! いやホントに!」


 その言葉が既にわざとらしい。

 そう告げる前に、仮面男の視線は小舟の上に残った人形へと向けられた。

 呆然とする彼女に、彼は暫し沈黙した後に、「わお!」と明るい声をあげてみせる。


「なんて美しいお嬢さんだろう! 失礼、レディ! お名前は!?」


 よくもまあこんな状況で、名前なんてものを訊ねられるものだ。

 その行動だけで彼の頭がおかしいことを容易く理解することの出来た人形、手にしていたパンの欠片を思いっきり彼へとぶつけた。

 しかし、柔らかく小さなそれが、男に傷をつけることはない。


『人殺し──!!』


 憎たらしげに吐き捨てる。

 そうして、ありありと嫌悪を表せば、男は仮面をつけたままケラリと笑った。


 それは、彼女の言葉に対する嘲笑だろうか……。


「おかしなことを言ってはいけないよ、麗しのレディ。ここには人と呼べるモノなんてなにもない。君も、僕も、そこの死体も。すべては所詮、器を持ったまやかしだ」


『訳のわからないことを仰らないで! あの人を返してちょうだい!』


「えー、ムリ」


 なんて奴だ。


 あっさり諦めた男に、人形は尚も噛みつかんと口を開く。

 だが、彼女が言葉を紡ぐ前に、一足先に男が動いた。

 水の中より這い上がった彼は、そのまま小舟の上へと移動。

 首なしの死体を尻目、警戒する人形の前に腰を下ろした。


「そんなことよりさ。君、名前はなんてゆーの?」


『あなたのような者に、教える名はありません!』


「あ、因みに僕はテンチョーって呼ばれてマス!」


『聞いてませんわ!』


 なんなんだこいつは。


 人形は、怒りにギリギリと音をたてた。

 美しい造形を施された顔にありありと憤りが浮かぶ様子を、男は楽しげに見守っている。

 その怒りの矛先が自分に向けられていることには、気づいていないのだろうか……。


『あの人を戻せないのであれば、即刻ここから消え失せて! あなたのような人殺しと、同乗するなど気分が悪い!』


 渾身の力を振り絞るように、叫んだ人形に、男は「OK、レディ」とうなずいた。

 驚くほどにすんなりと行われた合意に、一瞬彼女は面食らう。

 が、それも束の間のこと……。


「では行こうカ、我が奥様」


 言った男は、『は?』と疑問の声をこぼす人形を軽々と抱えあげると、逃げないようにその体を抱きしめ、船から降りた。

 文字通り下船した彼は、当然のことながら、朝焼けの海へと落下する。


 ──どぼんっ!


 深く大きな、まとわりつくような水圧と音に、両者の鼓膜が震わされた。


 大好きな人を殺した男。

 その腕の中で、彼女が見たものは広い空であった。

 茜色に染まる美しきそれは、抱いていた怒りを、どうしてかゆっくりと、鎮めてくれる。


「見えるかい? 奥さん」


 男が言った。

 振り返るように彼の顔を見上げれば、取り付けられた仮面の下から、なぜかハッキリとした音が紡がれる。


「これは現実ではない。全てはまやかし。幻想なんだよ……」


 まるで大きな大人が、なにもわからぬ小さな幼子に教えているような、そんな優しい声だった。

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