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白いお店の窓売り店長  作者: ヤヤ
3/10

03.哀れな人間

「──お分かり頂けたカナ?」


 ケラケラと、それこそ楽しげな笑いを一つ、二つとこぼしながら、男は唐突に、開かれっぱなしの窓を閉めてそう問うた。

 呆然と立ちすくみ、大量の汗を額に滲ませる女の心配など、全くもってしていない。

 寧ろ気にもとめていないようである。

 それもそのはず。

 だって彼はただ──。


 ──ただ、客の感想を聞きたいだけ、なのだから……。


「……いま、の……っ」


 男の、どこか嬉々とした反応とは裏腹に、震える声で女は紡ぐ。

 声と同じく震える体を両手で抱き締め、沸き上がる恐怖を抑え込むように、しゃがみ込んで。


「わ、わたしの……っ」


「希望のオワリ」


「わ、わた……の……っ」


「未来のオワリ」


 歌うように告げて、座り込んだ女を無視し、男は窓に枷を戻した。

 ジャラジャラうるさい音をわざとらしくたてる彼に、女はピクリとも反応することなく、ただ床を凝視しうつ向いている。


 ──私は、私はなにか、とんでもないものを目にしてしまったような……。


 まだ鮮明な記憶に、ぶるりと背筋が震えた。

 そっと首筋に触れてみれば、ひんやりとした感覚が、襲うように背を駆ける。


 この感覚は、なんだろう。

 私は一体、今、何を思っているのだろう。


 混乱が混乱を呼び、徐々に現状が理解しがたいものへと変わっていく。

 これが所謂、キャパオーバー、なのだろうか……。


「お客サン、はやく立ちな。そこに居られると邪魔だよ。ジャマ」


 震える客人に対してかけるには、あまりにも間違えすぎている言葉を吐き捨て、男は窓の閉まり具合を確認。

 きちんと固定されたのを確認してから、うん、と頷くと、そのまま右隣の窓へと移動する。

 窓の南京錠を外したところを見るに、どうやら次に解放されるのはそこらしい。


「こ、今度はなに……?」


 一種のトラウマを植え付けられたような感覚で、怯えたように女は言った。

 這いずるように後退する彼女に、男は振り返り、ニタリと笑う。


「ご来店さ」


「ご、らいて、ん……?」


 なんのことだと追及しようとした瞬間、枷を外された窓が音をたてて開け放たれた。

 その向こう側、顔を覗かせた巨大な何かが、音をたてて窓の中より飛び出してくる。


「ひ、ひぃっ……!?」


 女は転がるように部屋の隅へ。

 縮こまって震えながら、室内に突如として現れた、鬼のような怪物を見上げた。


 ──ギョロリ。


 若草色の顔に、嵌め込まれたような巨大な目が、小さな店内を見回す。


「あ? なんだ? 客が来てたのか。珍しいこったな」


 響くような低い声が、大きく部屋の中を循環した。

 たまらず耳を押さえて鼓膜を守る女をよそ、男は「そうでもないサ」とケラリと笑う。


「最近はわりと来客多いんだよ? これでも。なーんか口コミで広がっちゃってるっぽくてサー。通過料五千ネ」


「このぼったくりが」


 文句を垂れながらも、差し出された男の手に、鬼は懐から取り出した紙切れを雑に乗せた。

 よくよく見るとそれは日本円のようで、紙の真ん中には有名な偉人の顔が記されている。


 鬼から万が出てきた……。


 なんとなく見たくないような現実を目の当たりにした女の顔に、ほんのちょっとの悲しみが浮かぶ。


 鬼ならもっとこう、古い硬貨を出してほしかったのに……。

 そう思う自分は、ワガママなのかもしれない。


「今日はドチラまで行くつもりで?」


 開きっぱなしの窓を一度閉めた男が問えば、鬼は「地獄駅」と一言。

 閉ざされたばかりの窓を開けると、またその中へと入っていく。

 体格より小さな枠の中によく入れるなと、傍観に徹する女は不思議顔だ。


「なに? 仕事?」


 札を数える男が問う。

 鬼は「いいや、違う」と否定した。


「地獄駅の近くでイベントがあんだよ。最近有名なアイドルのな。それ見に行く」


「ああ、あの鬼っ子天使とかいうよくわからない部類のアイドルね」


「そうそれ。スゲーかわいいのよ。まじ鬼の天使って感じでよー」


「へー。どうでもいいや」


 紛いなりにも客の立ち位置である鬼にこの対応。

 こいつは店長であってはいけない人種だと、女は改めて再認識。

 飛び交うオタク的な会話は敢えてスルーし、痛みだした頭をそっと押さえる。


 友よ……。

 確かに珍しい店だ、ここは……。


 帰宅したらそく電話してやると心に決め、消えた鬼から視線を男へ。

 また窓を閉め、鎖やら南京錠やらを取り付ける彼に、彼女は意を決したように声をかけた。


「あ、あの……店長、さん……?」


「ナニカナ?」


 店長と呼ばれたことに喜びを覚えたようだ。

 パッと振り返った男は、にこやかに女へ顔を向ける。

 その間、ガチャガチャと、窓を施錠する手は止まらない。


「あ、あなたは確かさっき、行ってたわよね? その窓が、この店の『看板商品』だ、って……ということはつまり、その窓自体を、その、売っているということなの……?」


「マサカ」


 けらりと笑い、男は片手を振った。

 そんなことは有り得ないと言いたげな彼は、窓がきちんと閉まっていることを確認した後に、「売ってるのはこの中身」と窓枠を指で叩く。

 コンコンッ、と鳴る音が、なんとなく耳に心地よい。


「中身……?」


「そう。中身」


 説明しよう、と彼は語る。


「一つは『過去へと帰れる』窓。一つは『望む場所へと行ける』窓。一つは『未来を歩める』窓で、一つは『全てを消せる』窓」


 とん、とん、とん、とん。

 順に指差される窓が、反応するように音を鳴らす。

 それがまるで、意思を持っているようにも感じられ、女はごくりと喉を鳴らした。

 こんな緊張感、いつぶりだろうか……。


「『過去へと帰れる』窓は、名前と同じく過去に遡る力をもつ。遡りの指定はないから、ずっとずーっと昔。それこそ石器時代にだって行けちゃうヨ。

『望む場所へと行ける』窓は、頭に思い浮かんだ場所へと行ける力をもつ。移動場所に制限はなく、夢の世界でも、なんなら二次元でも四次元でもひとっとび。

『未来を歩める』窓は、どんなに先の未来にも行ける力をもつ。現在を、過去を捨てたい。はたまた、今も絶望に苦しむ人のための、救済措置的な役割をもっているんダ。

『全てを消せる』窓は、全てを無に帰す力をもつ。これを開くにはかなりの覚悟が必要ダ。まあ、覚悟という点においては、どの窓も共通で必要なモノなんだけどネ」


 あとお金、とちゃっかり仕事はする男。

 いやらしく手の形を丸くした彼に、女は納得したのかしてないのか、「はぁ……」と曖昧に頷いてみる。


 とりあえず、この窓たちがかなり凄いことはわかった。

 多少の胡散臭さはあるものの、信用するための素材は、もう十分に与えられている。

 今さら疑う必要性もないだろう。


「因みに私が開けた窓って……」


「『過去へと帰れる』窓、だネ」


 にっこり顔の店長に、女はですよね、と苦笑い。

 すぐに、「でも、おかしいわ」と、内なる疑問を吐き捨てる。


「私はあんな、殺されてなんていない。今もほら、生きているわ」


「ソウダネ。しかし、君は死んだ」


 わかっているんだろう?


 そう言いたげに指差されたのは女の胸元。

 丁度心臓がありそうなその位置を、示された女は苦い顔だ。


 わかっている。

 ああ、わかっているとも。


 あの窓の中で死んだのは、間違いなく私だ。

 純粋に夢を描いていた、幼い私。

 無垢なる命が、強い言葉に押し潰されて、死んだのだ。

 私が思い描いていた、明るい未来のように……。


「……気分が悪いわ」


 ついでに言えば胸くそも悪い。


 額を押さえて息を吐く女に、「なら帰れば?」と軽くあしらうのはこの店の店長。

 彼は、自称『僕の奥さん』である人形を大切そうにその手に持つと、まるでダンスでも楽しむようにくるりくるりと踊り出す。


 既に、客の相手は飽いてしまったようだ。

 というか寧ろ、眼中にもないらしい。


「……そんなことしてたら、いつか潰れるわよ」


 憎たらしげに低く告げ、女はこの空間から出ていこうと踵を返した。

 が、店の出入口まで来たところで、彼女はピタリと足を止める。

 そして、まるでそうしなければいけなかったとでも言いたげに、自然な形で、未だ躍り続ける男を振り返った。


「……ねえ」


 なにかに気づいたかのように、見開かれた目が、足を止めた彼を見る。


「過去は、変えられるの……?」


 それは甘い甘い誘惑に、落ちてしまった哀れな音。


「──まいどあり」


 弧を描く口元をさらに歪め、男は笑う。

 薄汚くも残酷な、人間という生物の存在を、嘲笑するかのように……。


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