02.潰えた夢
『──ねえねえ、聞いて聞いて!』
なぜか見覚えがある部屋の中、彼女はのっぺらな仮面を被った大人たちに囲まれていた。
まだ幼い彼女は、にこにこと明るい笑顔を浮かべた仮面を被っており、大人たちはそんな彼女を不思議そうに見やっている。
こてん、と首を傾けた彼らの顔に、浮かぶ『?』が物珍しい。
『私ね、将来はおまわりさんになるの! おまわりさんになって、街の人たちをうんと助けて回るんだ!』
少女は未だ笑顔で語る。
語り続ける。
己の内にある夢を。
己の中にある興奮を。
彼女が夢物語に熱を入れる度、彼女の足元には多くの希望が咲き誇る。
影は長く、長く伸び、数多くの道を作り出した。
それが、今から彼女が選択するものだということは、誰の目にも明らかなことだ。
『一番許せないのはね、暴力を振るう人! 暴力を振るって、弱い人を従えようとする人! 私、その人たちは絶対許せない! 絶対捕まえて、世界を平和に導いてあげるんだ!』
仮面に存在するにこにこ顔が、ヒートアップする彼女の語らいと共に、さらに花を咲かせたような輝きを増していく。
そうして『応援してくれるよね!?』と問うた彼女に、いつの間にやら疑問を失った大人たちは、一度首を傾けると仮面の下よりこう告げる。
『……女の子が何を言っているの?』
それはひどく、冷たい声色であった。
理解できないと言いたげな言葉が、次々と黒い吹き出しを生み、それらはやがて、一つの怪物に。
絵の具のような腕を伸ばし、幼い彼女の首を力任せに締め付ける。
『あなたは女の子なの。男の子じゃあないのよ。なのになぜ、そんなモノになろうと思うわけ? 他の子達みたいに、普通を選べばいいじゃない』
たくさんあるわよ、と、苦しむ彼女を気にすることなく、大人は告げる。
『ケーキ屋さん。お花屋さん。有名になりたければアイドルや歌手。ああ、看護師だったらとっても稼げるわよ。将来は安泰だし、看護師なんて最高じゃない』
優しい口調に反して、ギリギリと彼女の首を締め付ける力は、恐ろしい程に強く、ゆるむことはない。
例え彼女が苦しそうに顔を歪めようとも、空気の塊を吐き出そうとも、離すことはない。
己の中の理想を突きつけるように、大人はニタニタと、楽しげに言葉を続け、さらに笑い続けている。
『危ないことはしないでいいの。あなたは女の子らしく生きなさい』
──ぼとり。
強い力に耐えきれず落下した彼女の顔から、笑顔の仮面が剥がれ落ちた。
涙を流し息を止めたそれに、誰一人として目を向けることはない。
皆一様に、頭を失った首を見つめ、彼女が発す答えを待ち続けている。
『……うん。お母さん』
メキメキと、音がした。
地に植えた苗が発芽するように飛び出した骨が、やがて皮膚も何もない髑髏を晒すと、カタカタと音を鳴らして返事を紡ぐ。
『私、看護師さんになる。お母さんが望む、看護師さんに……』
一つの夢が、潰えた音が鳴り響く──。