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白いお店の窓売り店長  作者: ヤヤ
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01.窓

 白い窓が存在していた。

 作りかけなのか、なぜかガラスが見当たらぬそれは、枠と同じ色合いの壁に、人一人分の間をあけて均等に並べられている。


 壁にかけられた窓は全部で四つ。

 何れも閉ざされており、その持ち手部分には固そうな南京錠が、鎖と共に取り付けられていた。

 勝手に開かれないための対策だろうが、それにしてもこんな窓にそれをする意味が、正直私にはわからない。


 友人より、「珍しい店があるよ」と情報を得て、遠路はるばるその店が存在する田舎までやって来た女は、ひそりと一人首をかしげる。

 確かに珍しいと言えば珍しい店だが、趣向は全くもって理解ができなかった。


 それもそのはず。

 この『店』と呼ばれる場所には、壁に飾られた窓以外、特に目立つものは存在していなかったのだ。

 部屋の広さもそこまでなく、学生寮一部屋分の大きさ。

 大きなものを置けば、すぐにでもスペースがなくなってしまいそうな空間だ。


 そんな中で、この店の趣向にたどり着けというほうが難儀なことだ。


 女は首をかしげ、壁際に密かに飾られている、赤いドレスの小さな人形を見やる。

 窓以外に気になるものといえば、それくらいしか見当たらなかった。

 だが、それを見つけたところで、なおさらこの店が表すもの、求めるものはわからない。


 女は考える。

 考えて、とりあえず店員を探そうと周囲を見回す。

 けれど、いくら探しても、この妙に白い空間には、女と窓、それから人形以外の存在は見当たらない。


 本当に、面白いくらい、ここには何もありはしない。


「……確かに珍しいけど、こんなに何もないお店って、お店としてやっていけるのかしら?」


 つい、胸の内に膨らんだ疑問が、口の中からこぼれ出る。

 吐き出したそれに反応を示すように、カタリ、とどこかで音が鳴った。

 驚き振り返ってみれば、視界に写るのは例の人形だ。

 不気味なくらい精巧に作られたそれは、じっと、女のことを見つめている。


 波のように揺らめく、長い金色の髪に、作り物の青い瞳。

 どことなくフランス人形っぽいそれを、女は不審に思いながらも両手で持ち上げ、己の目の前に掲げてみる。


 ──カタリ。


 人形の首が、重力に従い傾いた。

 今にも壊れてしまいそうな危うさはあるが、どうやら頭がとれるとか、そういったビックリイベントは起きないようだ。


「……キレイだけど、なんとなく怖いわね」


 女は呟き、人形を下へ。

 当然ながら軽いそれを見つめ、再び、首をかしげた。




「──やあやあ、お客サン。いらっしゃいませ」




 突如背後から聞こえた声に、女は飛び上がる勢いで驚いた。

 咄嗟に抱き締めた人形の首が、またカタリ、と動くことすら気にせずに、彼女は思いっきり振り返る。


 振り返ったその先。

 いつの間にやら佇んでいたのは、狐の仮面を頭につけた、少しばかり背の低い男であった。

 ほとんどが黒で統一された和服を身にまとった彼は、なぜか目元に服と同様の色合いをもつ布を巻いており、口元には三日月のような笑顔を浮かべている。

 笑んでいるため、さらけ出された白い歯が、揃いも揃って鋭利に尖った牙なのは、一体どういうことなのか……。


 少し焦げ付いたような茶髪をあちらこちらへと跳ねさせた男に、女は一度目を瞬いた後に、視線を手元の人形へ。

 慌てたように手にしたそれを目の前の男に突き出せば、男は「ドーモ」と楽しげに笑った後、差し出された人形を受け取った。

 受けとる際、大きめの袖の下から覗いた指先が、やたらと尖っていたのは見間違いと思いたい。


「やあ、オカエリ。僕のマイハニー」


 人形を片手、嬉しそうにその頬へと己の頬を擦り付ける男に、女は奇妙なものを見るような目を向けた。


「……さて、失礼した。お客サン、初見さんでOKかな?」


 暫く人形に頬を寄せていた男が、満足したのか、ふとその顔をあげて女を見やった。

 相変わらず浮かべられた口元の笑みが、妙な恐怖感を与えてくれる。


 女はこくりと頷き、恐る恐ると問いかける。


「ええっと、あなたは、ここの店員さん……?」


「いかにも! 僕はここの店員さん! 付け加えるならばテンチョーさ!」


「てんちょー……?」


 ということは、この人物がこの店の長、ということだろうか?

 わりと間が抜けていそうな感じだが、はてさて、大丈夫なのだろうか……。


 ちょっと失礼なことを考える女をよそ、店長はスキップ混じりに壁際へ。

 元あった位置に人形を座らせると、枷のついた窓枠をコンコンッと軽くノックした。


「お目当てはコレかな?」


 問われる一言に、首をかしげる。


「よくいるんだヨネ。コレ目当ての人。ウチの看板商品を、遠くからわざわーざ見に来ては驚き飛びはね興奮した後に去って行くんダ。お客サンもその口っしょ?」


「え、いや、私は、友人から珍しい店があるって聞いて……」


「似たようなモンだ」


 ケラリと笑った男が両手をあげて肩をすくめる。

 そんな彼に、女は確かに、と頷いた。

 頷いて、それで?、と質問する。


「その窓は一体、なんなの? 見たところ未完成みたいだけど……」


「ノンノン! 未完成じゃあないサ! 既にコレは完成されし我が店の看板商品! その名も『なんでも叶えちゃう窓』なのダ!」


 ナンセンスなネーミングである。


 ちょっと白けた空気をまとう女に、男は「まあ見た方がはやいヨネ」と片手を着物の中へ。

 そこから、どこに、どのようにして仕舞っていたのか、一つの錆びた鍵を取り出すと、それを持って適当な窓に近づいた。


 ──ガチャンッ


 重いようでそうでない音をたてて、南京錠が外される。

 おまけとばかりに引き抜かれた鎖により、枷から解放された窓枠は、なんだかスッキリとした雰囲気だ。


「ドーゾ」


 男が告げる。

 促すように掲げられた片手に、従うように女は前へ。

 特になんの変哲もない窓枠に近づき、不思議そうな顔をした。


 窓枠は、本当に、驚くくらいに、普通の窓枠であった。

 本来であればガラスの存在があるはずの場所には、当然ながら、白い壁しか見当たらない。


 試しに穴が開いたようなその枠内に手を伸ばし、触れてみても、指先に伝わるのはひやりとした冷たい感触だけ……。

 他のモノとなんら変わりない、至って普通の壁の感触しかわからず、女の中にはますます『疑問』の文字が膨らんでいく。


「ノンノン。違う違う。使い方がぜぇーんぜんダメだ」


 胸中に膨らんだ呆れをこぼすように、男が言った。

 かと思えば、彼は何を思ったのか女を押し退け、変わりに自分が窓枠の前へ。

 長ったらしい袖を大きく捲ると、「こうして使うのサ!」と元気よく窓を開け放った。


 ──瞬間、広がるのは、白。


 シミ一つないそれは、明らかにこの室内の壁である。

 使うもなにも開けただけじゃねーかというツッコミが、どこからともなく飛んできそうなワンシーンだ。


「あ、やっぱダメか」


 ちぇっ、と、少しばかり残念そうに唇を尖らせた男は告げる。

「僕にはどーしてもムリなんだヨネー」と語る姿は、諦め八割、といったところだ。


「ムリって、どういうこと?」


 女は問いかけた。

 閉ざされた窓枠を訝しげに見つめる彼女は、男の言葉に隠された本当の意味を探ろうと、彼の声に集中する。

 されど、「そのままの意味サ」と告げる彼からは、生憎と、なんの情報も得ることはできなかった。


「……あの、店長さん」


 至極残念そうに、女が開口。

「癒しておくれよ、マイハニー」と人形を抱えあげる変人を、どこか冷めた目で見つめ、言葉を続ける。


「悪いんだけど、私、この店の趣向、理解できないわ。こんな何もない場所で、窓枠だけ飾ってるお店なんて、存在する意味があるのかすらわからない。従業員も、パッと見いないようだし……」


「お客サンはつまらない人生を歩んでいるんダネ」


 悲しいことだと、話に割り入った男は、振り向くこともなく淡々と告げた。


「いつしかこの世に蔓延るようになった、『当たり前』の風潮。これがこれで当然だから、アレがアレで普通だから、なんて鎖のような言葉が、多くの者の未来を、意図せず着実に奪っていく。未来を、希望を潰された人間は、それこそ人形のようだ。自分本来の輝きを発すこともなく、闇に、言葉に呑まれ、いつしか己も『当たり前』を口にするようになる」


 まるで連鎖だ。

 語る彼は楽しげだ。


「僕はね、そんな世界がトッテモ嫌いだ。だからこそ、ココで売ることにしたのさ。未来を、希望を。『当たり前』ではない世界を。我が妻と共に──」


 サア。


 弧を描く口から、歌うような言葉が発される。


「己の窓を開くが良い、現在(いま)に呑まれし若人よ──」


 それは、まるで指揮するように、そうさせるように、彼女に窓を開かせる言葉となった……。

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