仲間とのご対面
司君の置いていったガイドブックを見てみた。
日本語で書かれたそれには、この世界についての基本的な事や、この世界に呼ばれた訳や、私達の役割り、旅立ちまでの今後の事が口頭で聞いた時よりかなりソフトに、まるでオブラートに包んで上品にこの世界の英雄扱いかのように書かれていた。
英雄か…………。
戦う戦力として呼び寄せられた私達。
こんな事が何度も繰り返されてるだなんて。
翌日、不安な気持ちでほとんど寝れないまま朝を迎えた。
メイドの女性は2人ついていて、聖女様聖女様と敬うように甲斐甲斐しく面倒をみてくれた。
食事も豪華なものを部屋に用意してくれ、身支度も整えられ、髪をとかされながらまるでお嬢様になったかのようだと思った。
でも、昨日司君の言った事を思い出すと複雑な気持ちになった。
いい人そうに見えるけど、この人達はこれまでも他の聖女様と呼んだ子達を何人も見送ってきたのだ。
口では敬っているように言いながら、本当はどう思ってるのか分からない。同情してくれてるならまだいいが、嘲笑ってるかもと思うと心を開く気にはなれなかった。
優しい笑みを向けてくれる彼女達は、そこまで酷い人達とは思えなかったけれど。
この日初めて、他の2人のメンバーと対面をした。
昨日、司君が言った通り荒っぽそうな大きい男と、オタクっぽいデブだった。
先行きが不安になるメンバーだ。
「これで勇者様と戦士様、聖女様が揃いましたね。まずはお互いに自己紹介などされてはいかがでしょう」
カチッとした赤の制服に身を包んだ女性がにこやかに笑いながらそう言った。
訓練室のようなそこには、私達の他に、制服に身を包んだ男女が6名いた。
「1度に全員が揃うなんて滅多にありませんからね。きっと皆様には運命の導きがあるのでしょう」
さもいい事のように制服の男が言う。
戦わせる為に、勝手に呼んどいて何が運命だ。
だけれど、このチームになる2人、ちょっと気分が良さそうに口の端で笑っていた。
え?と思ってると、荒っぽそうな男の方が口を開らく。
「川上 大吾、19歳。専門の1年だ。一応戦士って事になってる」
こっちが戦士ね。ガタイもいいし、金に染めた髪の根本から黒髪が見え始めた短髪ツンツンのプリン頭だ。顔もゴツい。
「えっと、僕は一応勇者って事になってて……あまり期待されても困るんだけど、勇者だから頑張らなきゃいけないんだけど……」
「いいから早く名乗れよ」
大吾の強い口調に、もう1人の男はビクッとする。
「あ、ぼ、僕は青木 竜也。18歳の高校3年です」
目元を隠す程の長い厚い前髪に、ボサッとしたキノコヘアー。運動などしないであろう、ぽっちゃりとした肉厚ボディに、服のサイズが合ってないのかパッツンパッツンで段差や肉感あらわなのが見苦しい。
どうしよう、もう不安しかない。
「私は関口 楓です。高2の16歳です。聖女って事になってます」
すると、大吾がぷっと笑う。
「聖女ってガラかよ」
こ、こんニャロ〜!こっちだって別に聖女なんかやりたかないんだよ!
「おっ、睨んでんのかチビ」
ギロリとした大吾の睨みに怯みそうになったが、それを堪え大吾を見た。
「これから一応仲間になるんですよね。そうゆう態度はないんじゃないですか?」
怖いけど、このままずっと舐められたままで旅立ちまでいくのは良くないってのは分かる。
幸い今なら人も多くいるし、何かあっても止めてくれるだろう。
「そうですね、皆様はこれから長い旅の仲間となられるんですから、助け合って仲良くされるのがいいと思います」
にこやかに制服の女性が言うと、大吾はニヤリと笑い、女性を上から下まで舐めるように見た。
うわっ、何こいつ。気持ち悪〜っ。
その時、扉が開き、立野 司が姿を現した。
「遅れてごめん。皇女様に呼び止められて」
悪いとも全く思ってなさそうな顔でそう言い、司は大吾、竜也、私の順に見ていった。
「3人とも挨拶は済んだのかな?」
そんな司へと、先程の女性がこそっと耳打ちする。
「ふ〜ん、君達は運命共同体なんだから仲良くしないと駄目だよ。お互いの助けがなければ、自分の首を絞めるようなものだからね」
笑顔の司に対し、大吾が不満げな顔を向ける。
「偉そうに、お前に言われたかねーんだよ。お前も同じ立場だろ?この腰抜けが」
「君は口が悪いね。毎日毎日人に噛みついてきてうんざりするよ。それに、俺が腰抜けなら君は違うとでも?」
「ああ、俺らは準備が出来たら魔族討伐に行く。お前はここで震えながら大人しく帰りを待ってな」
え?こいつすんなり受け入れてんの?昨日聞いた話だと、喚き散らしてるとかだったのに。分かって言ってんの?
大吾はニヤッと笑いながら、制服の女性を見ている。
司君じゃなくて、どこ見てんのよ?
俺カッコいいだろ、アピールでもしてるわけ?
「まあ、やる気になってくれたならいいや」
司は気にも留めず、竜也と私とを見た。
「挨拶は済んだようだね。このメンバーでずっと活動していくんだから仲良くしていきなよ。じゃあ、顔合わせは以上で、これからは各々の訓練に入っていくから、担当にそれぞれの訓練室まで連れてってもらって。楓ちゃんはこの部屋のままで大丈夫だよ」
司は制服の者達へと、案内するよう目配せをする。
「あっそれと基本的には各々の訓練が中心になるけど、授業の時はこの3人で受けてもらうから。言葉は通じるけど、字は読めないから基本程度の文字の勉強、この世界の通貨や一般常識など、旅立っても困らない知識をつけていくから真面目に取り組んでね。はい、では今日から2ヶ月頑張っていこう」
そう言って微笑む司へと、大吾は睨みながら口を開きかけたが、そんな大吾の腕を制服の女性が掴む。
「さあ、大吾様、行きましょう」
「んっ、ああ。そうだな」
女性の言葉をすんなりと受け入れ、大吾は案内されるまま部屋を出て行った。
何あれ?女性の言う事なら素直にきくわけ?ゲロゲロ〜。
続いて、竜也も制服の男性と女性の2人に連れられて部屋を後にした。
そして室内に残ったのは、司と制服の男女2人となった。
「1人に対して担当の男女の案内役がつくから、分からない事があった彼らに聞いて」
司は私へとニッコリと笑う。
「あ、はい。えっと司君も訓練につき合ってくれるんですか?」
「いや、これから来る指導官達にお任せだよ。それに俺は勇者タイプだし。みんな優しくお客様のように扱ってくれるから大丈夫だよ。俺もちょくちょく見学に来るから安心して」
何だかんだ、この人が1番まともだな。
同じ世界から来たといっても、あの2人とは仲良くなれる気がしないんだけど。
「あの2人は俺の話は全然聞かないけど、帝国のやり方で上手くいくだろうから放っとく」
そう言うと司は顔を近づけてきて、耳元で小さく喋った。
「昨晩、あいつらの元に女性が2人づつ送られたらしいよ。内1人は担当の案内役。一晩中お楽しみだったって」
「なっ………!」
ちょ、ちょっと、いきなり何言うのよ!?
「今日の態度見ただろ?素直に言う事聞いちゃって笑えんだけど」
「最低…………。異世界来てまで何やってんのよ」
「むしろ、だからってのもある。こっちは勝手に連れて来られて命をかけさせられるんだ、安いもんだろ。あいつらの要求は何でものまれる。これから旅立ちまで、毎日女を取っ替え引っ替えしながら楽しむんだろうな、あいつら」
「本当最低…………」
気分が悪くなる。気持ち悪い。
「つまり何が言いたいかっていうと、楓ちゃんも好きにやんなって事。贅沢三昧でも宝石がほしいだの何だって言ってみな。生きては帰れないんだし、我慢してたって損だよ。この城にいる間は好き勝手させてもらいな」
「私は諦めてませんよ」
この世界はアヴィに繋がっているかもしれない。その可能性があるんだから、まだ諦めない。
「…………冷静な子なんだと思ったけど、状況が飲み込めてないだけだったのかな。ここにいると、もてはやされて、煽てられて自分が凄いと勘違いするだろうけど、外に出たらいずれ死ぬ運命だ。帰れる可能性なんて1ミリもないんだよ」
反論したいけれど、言えるだけの確証もない。第1、彼をどこまで信じていいかも分からないから、下手な事は言えない。
「いっそ酷い目に遭うくらいなら、自殺でもすればこの運命からは逃れられるよ」
はあ?この人、ちょっとはまともだと思ったのに………。
別に自惚れたり、状況が把握できなくて、あんな事言った訳じゃないのに。こんな事言われるなんて、悔しい。
「ツカサ様、聖女様に何て事を仰るんですか!聖女様はこの世界の宝です、自殺しろだなんて………!」
制服の女性がすぐに司に詰め寄った。
「冗談だよ。考えが甘いようだから、しっかりと覚悟を決めてもらおうと思ったまでだ」
司は女性へと笑みを向け、次に私の方を見ると〝ごめんね〟とすまなそうな顔をした。
この人のどこまでが本心か分からない。
同じ世界の人だったけど、もうほとんどこっちの世界の人よりになってるのかもしれないし、ありのままの現状を話して私達の事を考えてくれてる人なのか、分からない。
そんな時、扉が開き、3人の長いローブを被った人達が入ってきた。
「彼らが君の聖女教育の指導官達だ。すぐには力を使えないし、上達しないだろうけど、時間はあるから焦らないで頑張って」
司はそう言うと、頼んだよというようにローブの者達の肩に手をやった。
「じゃあ、僕は行くけど用があるなら呼んでくれて構わないから」
司はニコッと笑うと、私へと手を振ってからこの部屋を後にした。
いつも笑顔を絶やさない彼の真意は分からないけど、それを気にしていたってどうしようもない。
私に出来る事は限られている。まずは、聖女の力とやらを使えるようになって、ここから出でいく事だ。
そうでなきゃ、アヴィと出会えない。けど、その前にこの世界が前と同じなのかも探らなきゃいけないんだけど。
「聖女様、訓練の前にこちらをつけて頂けませんか?現在地から、脈拍、体温など聖女様に危険がないよう状態を確認し、管理できるものです」
ニッコリと笑いながら、案内役の女性が差し出したのは黒い首輪だった。細身で、宝石のような装飾もされている。
司の話を聞いていたので、でた!と思ったが表情には出さないように気をつけた。
嫌だけれど、目的の為には仕方ない。でもやっぱり嫌だ。
「それしなきゃ駄目ですか?首痒くなりそうで嫌なんですよね」
「聖女様が健やかでいられるように確認するものですので、つけて頂きたいです。訓練で体調を崩される事もありますし、城内とはいえ寝込みを襲い危害を与えようとする輩がいるかもしれません。聖女様がご無事か状態を確認するのは私達の義務なのです。お願いします、どうかご了承ください」
口元には笑みをたたえているが、目が怖いくらいマジだ。
いくら粘ったところで、つけなきゃ事は進まいだろう。それくらいの鬼気迫る気迫を感じた。
やっぱりこの人達は私の味方なんかじゃない。
「分かりました」
ここを出るまでは大人しく受け入れるしかない。
ニコニコとしながら、女性は私の首へと首輪をはめる。
それは実際には大したことのない重さだが、私にはずっしりと重く感じた。
もう後戻りは出来ないんだ。
私にはもう突き進むしか道はなくなった。