表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

帰ってきたの?

ここは…………元の世界なの?


次元の渦に落ちて、怖くて目を瞑ってほんの数秒だ。


目を開けた私の瞳に映る景色が信じられなくて、茫然とその場に立ち尽くした。


「楓!」


突如、腕を掴まれたので、飛び上がりそうなくらいビックリとする。


「えっ、何その顔?そんな驚かないでよ」


そこにいたのは、一緒に買い物に来た友達の花田 咲だった。


「………本当に咲ちゃん?」

「はい?そうに決まってるでしょ。それより、振り返ったらいないから探したんだからね。この雑貨屋に入ってたの?」


どうゆう事?これ夢じゃないよね。私帰ってきたの?


「あの………どのくらい私のこと探してた?」

「まあ、5分くらいだけどさ。このお店気になるなら一声かけてよ、ちょっとのつもりだったんだろうけど」

「ごめん…………」


まるで何事もなかったように、普通の生活が、時が流れている。

このショッピングモールも数えきれないくらい来ていて、見慣れた景色なのに違和感すら感じた。


「ちょっと、ボーっとしちゃって大丈夫?体調悪いの?」


全然頭が整理できない。追いつかない。

強張っていた体の力が抜けたからか、クラクラとした。


その場にしゃがみ込んでしまった私を心配して、咲が声をかけるが返事も出来なかった。




その後は、少し休んでから咲と別れ、自宅に帰ってきた。


当たり前なのだが、何も変わらない我が家に、自分の部屋。

お風呂に入り、夕飯を食べながら両親と日常の会話を交わし、疲れたからと自分の部屋へと行くと、ベットへと倒れこんだ。


まだ信じられなくて動揺してるのに、体はここにいた時と変わらぬ生活を過ごしている。

そうすることさえ違和感を感じるのに、それがここでは当たり前だとも分かっていた。


柔らかい布団に埋もれて、とても気持ちがいい。

でも、それにさえも感じる違和感。


あの世界で過ごした20日間が私にそう感じさせている。


こうしてベットに寝転んで、穏やかに過ごしていると、まるであの世界での出来事が夢だったんじゃないかとさえ思えた。


ハンガーに掛けて吊るされた制服に目をやる。

一見綺麗に見えるけれど、よく見るとあちこちほつれたり破けたりしていた。


この世界の誰に言ったって信じないだろうけど、私は間違いなくここではない別の世界に行っていた。


帰ってこれて嬉しい。それに心からホッとした。


なのに…………この気持ちは何だろう。


あの世界に執着も未練も全くない。でも、アヴィのことを思い出すと胸が苦しくなった。


きっと心配してるよね。

こんな別れ方をするなんて思ってもみなかった。

私は無事だって、元の世界に戻れたよって伝えたいけど、そんな手段はどこにもない。

アヴィと私はこれっきりの運命なのだ。


〝カエデ〟

私の名を呼ぶ声。無邪気に大笑いする楽しそうな顔。


〝俺の嫁になれよ〟

私を見つめる温かい瞳。悪態ばっかだったのに、いつの間に私の事好きになってたの?気に入られてるとは思ってたけど、結婚したい程だとは思ってなかった。だから面倒みてくれてたの?


初めはホントどうしようもない、悪戯好きなクソガキだと思った。それなのに今はアヴィが側にいないことが寂しい。

もう私の名前を呼ばれる事もない。あの笑顔を見る事もない。抱き合って眠る事もない。もう会う事すら出来ない。


涙か一筋頬を伝う。


もう会えない。それが寂しくて、悲しかった。



―――



あれから、1ヶ月が経った。


戻ってこれてから、初めは平穏な変わりない日々に落ち着かなかったものだが、今ではもうすっかり元通りだ。


異世界での夢のような記憶も、新しい日々に塗り替えられ、段々と思い出す日も少なくなっていった。


それでも、アヴィを思うとやっぱり胸が痛んだ。

でもいくら考えたってもう会えないのだから、忘れようと考えないようにしても、時おりふと思い出してしまう。


あんなクソガキと思ってたのに、いつの間にこんなに気になるようになってしまったんだろうか。

やっぱりあの顔?滅多にお目にかかれない美形だから?中身は子供だし、観賞用と割り切ってると思ったのに、私って面食いだったのかしら。

それとも、あの嫁発言で?お子様だと思っていたアヴィが私を嫁に迎えたいだなんて、その思いと男の部分に心を動かされた?


つい、いろいろ考えてしまうけど、こんな事考えたって意味はないのだ。もうアヴィとは会う事はないのだから。




「楓」


かけられた声に、ハッと我にかえる。


「あ…………。咲ちゃん、何?」

「何じゃないでしょ。ボーっとしちゃって、テスト勉強するんじゃないの?」

「うわぁ、そうだ。やらないと大変だ〜」


ぼんやりしてる場合じゃなかった。ここで頑張らないと数学と英語がヤバい。

今は、ファーストフードのお店て、友達3人でテストに向け勉強しているところだった。


「ゆいなと一緒に追試すればいいじゃん」


リップを唇にぬりぬりとしながら、もう1人の友達の青木 ゆうなが言った。

いかに自分を可愛く見せるか、可愛いものは大好きで、勉強は大嫌い、毎回赤点をとって追試常連のおしゃれ女子である。


「テスト受ける前から追試って……。ゆうな、ちょっとは勉強しないとあんた留年するよ」


咲が睨むが、ゆうなは気にせず鏡を取り出し目元のチェックをする。


「留年は困るけど、そこまでじゃないし〜。だいたい勉強したってなりたいものないし。高校卒業したら、お嫁さんか、ショップの店員さんかな〜」


ゆうなのお嫁さんという言葉にドキッとした。


べ、別に私とは関係ないのに。嫁って言葉に反応しちゃって恥ずかしい。


「ゆうなは今の彼氏と結婚したいの?」


今が高2だから、卒業後ってことは再来年には結婚か。私には全然関係ない未来の話だけど、人によってはもうそんな事も考えてるんだ。


「え?したくないけど。同学年の男子なんてガキよガキ。全然気がきかないし、くだらない事ばっか言ってさ。もっといいのがいたら、これから乗り換えるの」

「そうなの?お似合いだと思うんだけどな。関君いい人じゃん」

「お似合いって、同レベルみたいで嫌だ〜」


そう言ったゆうなを咲がしらっとした目で見る。


「あんた前に社会人と付き合って、子供扱いされるって怒ってたじゃん。歳上からすればガキくさいんでしょ。でもね、結婚するなら経済力のある社会人とでしょ」

「え〜。もう社会人はこりごりなんだけど。いちいちうっさいし、注意ばっかで、お前は私のお父さんかっつーの」

「じゃあ、ちゃんと勉強しな。赤点とらないくらい頑張んなよ」


そう言うと咲は再び教科書に目を移した。


気が強くて、何でもはっきりと言う幼馴染の咲ちゃん。

たまにキツイ性格だと誤解されるけど、実は真面目で優しい、女の子らしいとこもある私の大好きな友達だ。


「あれっゆうな〜?」


不意に、通りかかった男子高校生が声をかけてきた。


ゆうなの彼氏の関君だ。他にも友達2人を連れてる。


「あっ関く〜ん、凄い偶然〜」


ゆうなは急に甘ったるい声を出し始めた。


関君と付き合って1ヶ月ちょっと。ガキだとか不満を言いながらも、可愛く見られたいんだな。

ゆうなは大人ぶってるけど、関君といると何だかんだ楽しそうだし、無理してないし、いいと思うんだけどな。


「えっ、もしかして勉強してんの?ゆうなが?」

「ひど〜い、私だって勉強くらいするよ。赤点取りたくないし」


あはは、追試を受けるつもりじゃなかったかな?


「偉いじゃん。なぁ、俺らも一緒していい?」


その問いに、咲は顔をしかめたが、ゆうなは気にせず大きく頷いた。


「いいよ〜。皆んなでやった方が楽しいよね」


その言葉を受け、関君をはじめ、その友達達が椅子を持って来て同じテーブルにやってきた。


咲と顔を見合わせ苦笑いする。


ゆうなにも困ったもんだ。


関君はゆうなの前に座って話し始めると、残る男子2人は咲に話しかけてきた。


咲はキリッとした美人なので、この機に話しかけたかったんだろう。まあ、気持ちは分かるけどね。


とにかく今日はテスト勉強しに来てるんだから。

私は私でさくさく進めちゃうよー。


1人で勉強を進め始めると、少しして男子の1人が話しかけてきた。


「あははっ、難しい問題?すっげー渋い顔してる。関口さんってコロコロ表情変わって面白い顔してんねー」


はあ?面白い顔?


「普通の顔だけど」

「2人のマスコット的キャラ?」

「は?」


こんニャロ〜。お前こそ大した事ない顔して何ぬかす。

アヴィの足下にも及ばない顔面のくせして。あれだけの顔面偏差値に言われるなら仕方ないと思えるけど、あんたになんか言われたくないんだけど。


「うわっ凄い睨まれてる。そんな怒らないでくれよ〜」


おどけてみせるその仕草にも、めっちゃ腹立つ。

もう1人の男子も何何〜とか、ニコニコしながら顔を突っ込んできた。


「関口さんに面白いね〜って言ったら機嫌悪くなっちゃってさ〜」


咲がそっけないからって、話題をこっち振ってきて盛り上げようとしてんでしょ。


「私勉強するから話しかけないで」

「うわっ素っ気な〜。もうちょっと愛想良くしないとモテないぞ〜」


苛々する〜。別にあんたなんかにモテたかないんですけど。それとも、大した事ない顔なんだからって嫌味?


「ちょっと、うちら勉強しに来てんだけど。邪魔するなら他に行って」


咲の冷たい一瞥に、男子達がうっと怯む。


その後しばらくは静かにしていた男子達だったが、そうは長く続かず、そろそろいいかと喋りだしたところで、早々に解散となった。



彼氏か…………。

同級生の男の子。恋愛とか、ときめきもないなぁ。

同じクラスの男子も、高校の男子も付き合いたいと思う人はいない。

この歳で、興味がないとか私がお子様なんだろうか。


〝カエデ〟


でも、私の名を呼んで笑うアヴィの顔を思い出すと、ちょっと胸がキュッとなる。


もう会う事もない人なのにね。

キュッとなっても仕方ない。ときめきはこの世界の人でないと駄目なんだ。いつまでも考えたって、どうにもならないのに。


あそこで過ごしたアヴィとの記憶は強烈だったから、まだ忘れるなんて無理だ。当分は思い出すだろう。

だけど、何年も経てばいつかは記憶から薄れていってしまうかもしれない。そう思うと何だか寂しくて、今はまだたまに思い出して懐かしむのもいいかなと思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ