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竜神湖

目指すは竜神湖。


方向が合ってるのかさえ分からないけれど、アヴィの示すままにただひたすらに歩く。


歩きながら繋いでいない方の手で額の汗を拭った。

背中やお尻も汗でびっしょりだ。

繋いだ手も汗でぐしょりとしているのに、それに関してアヴィが文句を言ったことはなかった。


魔族がどんなものかはよく分からないけど、その中でもアヴィは変わってるんじゃないだろうか。



「そういえば、最初に会ったような化け物とあれ以来遭遇しないね。運がいいんだ、きっと」


何気なく思ったことを言ったのだが、見上げたアヴィは残念なものを見るような目で私を見ていた。


「魔物な。お前今まで気づいてなかったの?俺がいるからに決まってんじゃん」

「え?そうなの?」

「俺からの魔気にビビって近づけないんだろ。本能からか肌で感じ取ってるんだ、敵わないって。その点カエデは鈍感の塊だよな」

「鈍感かなぁ………」


そんな魔気とかって肌で感じ取れるものなの?

それ普通?魔物だからじゃないの?


「体力はないけど、この暗黒大陸は普通の人間だとちょい元気なくなるのに平気だし、俺の気にも当てられてないし」

「ええっ?そうゆうもんなの?」

「違うとこから来たから鈍感なんだろうな」

「成る程。それならあり得るね」


違う世界から来たから体質違うのかも。

それにしても、知らずのうちにアヴィが魔物避けになってたなんて。さすがは万能アヴィ、役に立つ。



そうして、しばらく歩き続けた後、竜神湖の手前で昼食を食べて休憩をした。再び歩き出すと、覚悟していたほどの距離はなく竜神湖にはすぐに到着した。




「うわぁ〜…………」


これは感嘆の声ではない。

勘弁してよ、これ的なげんなりした心の声だ。


空はどんより薄暗いそこに、果てが見えないくらい広大な黒いヘドロのような湖がどこまでも続いていた。


全体的に真っ暗。見渡す限りの黒。


木の枝で湖の水をしゃかしゃかと混ぜてみる。


ヘドロまではいかなくても、ドロッとしていて粘度がある感じだ。


その時、ふっと立ちくらみがして、よろめきかけた私をアヴィが支えた。


「カエデでもやっぱり影響があったか」

「魔力なくても影響するんだ」

「魔力を使えなくするくらいの場所なんだから、体には良くないんだろ。とっととここを抜けるぞ」


確かに何だか力が抜けていく気がする。

アヴィももう魔力使えないのかな。


「どうするの?船でも漕ぐの?」


先の土地が見えないくらい続いているこの湖を漕いだらどのくらいかかるんだろう。魔力が使えないんだから、交代で漕ぐしかないよね。


「船なんてどこにあんだよ?」

「ほら、アヴィならごはん出すあそこから、ポンと取り出せるでしょ」

「船なんて入れてないし。それに今使えないって事忘れてんだろ」

「そうだった。じゃあどうするの?泳ぐなんて言わないよね?」


まさか…………、嘘でしょ。


「こんな汚いとこ泳ぐかよ。まあ、魔力が使えないから体使ってくしかないのは確かだけどな」


アヴィは体をほぐすように大きく伸びをした。

その背中がボコボコと盛り上がる。


え?と思う間に、背中を突き破るように黒く大きな羽がメキメキと伸びてきた。


目を丸くした私を見て、アヴィがふはっと笑う。


「間抜けな顔してんな」

「な、何それ………?」

「俺の翼、カッコいいだろ」


バサっと広がった翼は私の背なんかより全然大きくて、コウモリとかの羽のように黒光りしていた。


「こんなとこさっさと行くぞ」


そう言うと、アヴィは私を抱き上げ、翼を大きく広げると、ゆっくりと扇ぐように動かし始めた。


お、お姫様抱っこ。照れる。


そう思った瞬間、翼が勢いよく宙を切った。まるでロケット発射のように凄いスピードで前に弾かれたように飛び出す。


鉄砲の弾にでもなった気分だ。


翼が宙を扇ぐたびに、ぐんぐん加速していく。


く、苦しい………空気が、息が……………!


襲い来る空気の圧に、ひたすら耐えることしか出来ない。


もうちょっとゆっくりと言いたいのだが、開いた口に凄い勢いで空気が入ってくるので、喋るのもままならなかった。


そんな状態が続くと、段々頭が痛くなってきた。

それに吐き気も……………。


「………ゔっ!」


くる!!お腹の底から喉まで急上昇!!


「ん?どした?」


アヴィが異変に気づいたものの、次の瞬間には私の口からゲボゲボーと勢いよく胃の中身が飛び出した。


顔を下に向けたので、吐瀉物は湖の暗闇の中へと吸い込まれていくように消えていった。


動揺したのか、アヴィの飛ぶスピードがガクッと落ちる。


「ヴォエッ!ヴエーッッ!」

「お、おい、どうしたよ?」


だが、それに答えている余裕はない。


ゲロゲローと、昼に食べた物全部吐きつくしてから、ようやく吐き気は収まった。


ああ、苦しかった…………。

今のうちに言いたいこと言っとかないと。


「もうずごし、ゆっくり飛んで………」

「お、おう。ひでー顔だな」


唖然としたアヴィの顔。


まあ、ね。涙も出たし、苦しくて鼻水も垂れてる。


ポケットからハンカチを取り出し、顔をごしごしと拭いた。

最後にぶーっと鼻をかむ。


これも、向こう側に着いたらアヴィに綺麗にしてもらわないとね。


だが、そう思った矢先に、風圧でハンカチは指からするっと抜けると後方へ飛んでいった。


「ああっ!」

「ちゃんと掴んどけよ。もう探せねーぞ」

「…………さよなら、ハンカチ。なければないで不便なんだよね」

「ハンカチくらい後で出してやるよ」


本当何でも保存されてんのね。あの中どうなってるのか、今度覗いてみたいわ。


それにしても、魔力が使えなくても翼が生えるとはさすがアヴィ。


ゆっくり飛んでくれたことによって、ようやく落ち着いてきた。

見渡す限り、暗い湖が広がっている。


もし落ちたらと考えたら、背筋がぞくぞくとした。


見てるだけでも不安になるくらい、深い深い闇の色。


湖が広すぎて自分がちっぽけに感じる。心細くなるけれど、触れているアヴィの腕の強さと温かさに安心もした。


「アヴィ、あんたいい男だよ〜」


腕を回し、ギュッと抱きつくとアヴィは心底嫌そうに顔をしかめた。


「臭え!顔近づけんな!」

「ひ、酷っ!」


でも吐いたからね。ちょっと匂うかな。


腕を離し、顔をアヴィから背け前方を向く。


「まだまだあるのかな?この湖を渡るしかないから仕方ないんだけどね」

「迂回も出来るぞ。ただその場合竜神湖をぐるーっと周るから、えらい遠回りなるけどな。突っ切った方が断然早い」

「そうなの?陸路もあったか……………」


でもその場合、この広さの湖を回り込むなら何日も歩く事になるだろう。だったら苦痛でもこの空の旅を耐えた方がいい選択か。

今は我慢できる速さになってるし。

歩くよりかなり早いから、今日のうちには抜けられるよね。


というか今更なんだけど、飛べるならこれまでも飛んで運んでくれたら楽だったのに。

な〜んて、言ったら見捨てられてたかもしれない。調子乗りすぎたらいけないって分かってる。ちゃんと身の程弁えてますよ。


「暗いね。ねぇアヴィ、人間のいる大陸もこんな暗いの?」

「いや、こんな厚い雲はないから日が昇れば明るいぞ」

「へー、お日さまとかあるんだ、ここにも」


それが私の見てきた同じ太陽とは確かめようがないけど。

この世界でも、この大陸以外では太陽のような恒星の光を浴びて生活している人達がいるのね。


アヴィと森と、湖しか知らないから変な感じ。



その後、しばらく長いこと飛び続けると、ようやく陸地が前方に見えてきた。


どのくらい経ったのだろう。抱っこされてるだけでも疲れた。それに、胃が空っぽだからお腹も空いてきたし。



ようやく陸地に降ろされた時は、地を踏み締める感触に感動すら覚えた。


この安定の安心感。やっぱり自分の足で歩くのが1番だ。


「うわっ、も〜、カエデ汗ベトベトだな」


アヴィは自分の腕や体を見ながら眉をしかめる。


そりゃ、ずっと何時間も密着してれば汗もかくでしょ。初夏みたいな気温だし。まあ、人のだと気持ち悪いよね。


「てへっ。乙女の聖なるエキスです」

「は?ふざけたこと言ってんなよ」


アヴィの周りで軽く風が巻き起こる。


あっ今綺麗にしたんだ。私も。


「ねぇアヴィ〜、私も綺麗にして〜」

「……………じゃあ、臭い口も開けてろ」


言うが早いか、私の周りを風が包む。それにちょっと水気もある。


「ふわ〜生き返る〜。高速シャワー」


スッキリ〜。それにお口もさっぱりした。もうアヴィ様々だ。


手を広げうっとりしていると、アヴィがぷっと笑った。


「ひたってるとこ悪いけど、もう終わってんだけど」

「わ、分かってる。喜びを表してたの」

「なんだそれ」


おかしそうに笑うアヴィを見ながら、いつか明るい日の光のもとでアヴィを見たいなと思った。


魔族とはいうけれど、子供のように無邪気にくったくなく笑うアヴィは私にとっては輝いて見えていて、こんな薄暗い世界よりも、きっとお日さまの下の方が似合うんだろうなと思った。


でも、私がその姿を見る事はきっとない。


「アヴィお疲れ様。どのくらいの時間飛んでたんだろ。さすがに疲れたでしょ?」

「いや、全然。人間とは体力が違うんだよ。俺だけならもっとピュンと速く飛んでけたんだけどな。3時間くらいはかかったかもな」


さらりとアヴィは言った。


出た。3時間って言った。この言葉の違和感。

この世界が私と同じ世界の時間の基準なんてないと思うのに、平然と普通のことのように言われると、逆に違和感だ。


前に、女子高生と言ったら、女子高生がどうかしたのか?と切り返されたのにはビックリした。

この世界に女子高生いんの?と逆に衝撃を受けた。

でも、話を深く掘り下げていくと、この世界での学び舎で学んでる年頃の女の子の話をしているんだと分かった。


思えばこんな別世界で普通に話が通じている不思議。

つまりは、言葉がお互いの言語に変換されて聞こえているんじゃないかという結論に思い立った。


たぶんこれ間違ってないと思う。


「ふむふむ、3時間ね。じゃあ、もう少しだけ歩いたらお腹空いてるから夕飯にしましょうか」


勝手に決めて、はい、とアヴィへと手を差し出した。


このくらいの事じゃアヴィは怒らないと、もう分かってきている。


アヴィはやれやれといった顔をしながらも、私の手を取った。


「じゃあ、あと少し頑張ろ〜!」


上を見上げ、涼やかな顔をしているアヴィの横顔へと声をかける。

そして、ギュッと繋いだ手をぶんぶんと振りながら歩きだした。


半分プラス今日の竜神湖でかなりの距離を進んだはずだ。

この世界での旅も、あともう少し。


きっと帰れる。元の世界に戻れる。

何だかそう実感してきた。

本当にそこに行ったら帰れるのかも保証はないけど、この力強い手を握っていると不思議と大丈夫と思えた。

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