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抱っこ

訳の分からない世界に飛ばされた翌日、早速難題が迫ってきた。



今日は朝からアヴィの悪戯で、狭い岩山の上に置き去りにされ驚いたけれど、アヴィの異空間ポケットに腐らず食べ物をしまっておける事が判明し、食糧問題が解決するといういい事もあった。


お腹も満たされたから、暗くなるまで元気に歩き続けられたし、先程夕飯も済ませ、後は夜なので寝るのみだったのだが……………。


「なあ、抱っこ」


このアヴィの発言により、私は愕然とし、固まってしまった。


今何て?聞き間違い?え?抱っこ?


私より遥かに身長の高いアヴィを唖然と見上げる。


こ、こいつまだ自分を赤ちゃんと勘違いしてるんじゃ……。


すると、突然頭をチョップされた。


「痛っ!」

「その馬鹿にしたような目は何だ!?」

「だ、だって、抱っこって何言ってんの?もう赤ちゃんじゃないんだよ」

「俺は一昨日まではほぼ一日中誰かしらに抱っこされてたんだぞ!それが突然抱っこされなくなってストレスが限界だ!今無性に抱っこされたくて仕方がない!もう抱っこされなきゃ俺は何もしないぞ!」


うわっ逆ギレのように開き直ってるよ。

この大人な見かけで抱っこって……………。


「はいはい、分かりましたよ。抱っこね」


こんな無茶な要求でも、アヴィがいないと何も出来ない私にとっては聞く以外選択肢はない。


これは大きな赤ちゃんだと思う事にしよう。


「それでどうするの?抱っこってこんな大きい体私持てないよ」

「カエデはちっさいからな」

「そうゆう問題じゃないと思うけど」

「う〜ん、とりあえず座れ」


木を背によりかかるようにして、その根元に正座で座り込んだ。


「抱っこできる大きさじゃないでしょう」

「これなら抱っこっぽくないか?」


アヴィは私の膝の上に座ると、ギュッと抱きついてきた。


ち、近い!!そ、それに抱きしめるって何!?

私まだ彼氏もいなことないのに、それなのにこんな!!


「ってか重ーい!!膝が、膝が折れる………!!」


正座で男に乗られるとか、どんな拷問だ!?


「やっぱりサイズ差があるか。仕方ないな」


アヴィは横に座ると、私の腕をぐいっと引っ張って自分の上に乗せてきた。


わ、わわわ!ちょ、ちょっと〜!


そのままギュッと抱きしめられる。


ひゃ〜!!な、何なのこの状況!?


「う〜ん、これだとお前ばっか抱っこされてる感じでズルいな。お前もギュッとしろ」

「あわわわっ、ギュッってそんな…………」


心臓がバックンバックンと大きな音を立てているが、そんなのもお構いなしにアヴィは不満顔でジロッと私を睨む。


だから近いってば!顔は無駄にいい男なんだからドキドキしちゃうよ!もうっ、ええい!


目をぐっと閉じ、アヴィの背に手を回すと力を入れて抱きしめる。

その手が小刻みに震えた。


こんなの男の人にするのなんて初めてだ。

触れている肌の温かさと、その感触に鼓動は早鐘のように早くなった。


「まぁ、こんなもんか。大きくなっちまったからすっぽりギュッとはいかないもんな」


ははっとアヴィは笑ったが、バクバクとしすぎて言葉が出てこない。


「カエデ、顔真っ赤だぞ。それに鼓動が異常に早い。あっ、鼻から血たれてきた」

「え!?」


鼻血!?嘘でしょ!?


するど、ぶぶぶっと吹き出しながらどこから取り出したのか、アヴィは小さな布切れを鼻に突っ込んできた。


「ぶはっ!その顔めちゃウケる!」


ゲラゲラ笑うアヴィを見ていたら、異様に高まっていた鼓動もスッと冷めていった。


ああ、そうだった。大きな赤ちゃんだったっけ。


布が落ちないよう、ぐりぐりと鼻に押し込みながら一息つくと冷静になってきた。


男に耐性がないから驚き戸惑ってしまったけれど、これは抱きしめあってるんじゃない、ただの抱っこよ。

私だけ慌てちゃって馬っ鹿みたい。


仏の心を思いださなきゃ。何も考えないように、あるがままを自然に受け入れるのよ。


「ほら、抱っこでしょ」


平常心を装いながら、アヴィを抱きしめる、というか抱きついた。


コアラみたいな心境だがこれでいいのかしら?


「このサイズだとこんなもんか。一応ギュッとされてる感じするしな。あ〜でも全身包みこまれるあの安定の安心感、忘れられね〜。何で俺大きくなっちゃったんだよー」


ぶつぶつとアヴィが嘆く中、無心になったら急に眠気が襲ってきた。


地面でも岩でもない、この温かい肉の柔らかな感触。無駄な肉はついてないようだったけれど、固い地面に比べれば断然柔らかい。


1日歩き続けた疲れもピークで、肉のベットに包まれたら一気に体が重くなってきた。


温かい………。最初は驚いてドキドキしたけど、何だか人肌が安心して落ち着く。

あーこりゃ駄目だ。気を抜いたら意識持ってかれるな。


必死に目を瞑らないようにするものの、抵抗むなしく瞼はすんなりと閉じてしまった。



――



この日から、夜眠る時はアヴィと抱きしめ合いながら眠るようになった。


暗く恐ろしい森も、人肌に包まれていると不思議と安心して眠りにつくことが出来た。

男の人に抱きしめられる感覚に何回かはドキドキしたが、それもあのお子様アヴィなので、しだいに慣れてきてそのうちに安心感だけが残った。


抱っこ抱っこと言うアヴィの気持ちが少し分かった気がする。

確かに、人の温もりを感じ、包み込まれ抱きしめられのるって満たされた気持ちになれる。

それを30年も体感してきたのなら、寂しく感じてしまうのも無理はないと思えた。




そうして、この世界に来てからはや15日が過ぎた朝、目を覚ましゆっくりと瞳を開いた。


雲に覆われて朝でも薄暗いこの地でも、体内時計のおかげが不思議と朝には目を覚ます事が出来た。


開いた視界に映ったのは、スヤスヤと眠るアヴィの顔。

まつ毛長いな。やっぱり整った顔してる。鼻も高いし、唇の形もいい。瞳を開けば切れ長の涼やかな瞳が悪戯小僧っぽいアヴィによく似合う。


こんなにまじまじと見ていられるのは、アヴィが寝ているからだ。


2人で抱きしめ合いながら、横になって朝まで寝ていた。


魔族は眠らずに生活をする事も可能だそうだが、アヴィは赤ちゃん姿の時は抱っこされながらその温もりが心地よくて年中ぐーぐー寝ていたそうで、睡眠には貪欲だった。


私の肩にのっていたアヴィの腕をどかし、身を起こす。

一晩中同じ姿勢でいたから、体が軋んで痛い。


腕を上に大きく伸ばし伸びをした。


ここでの生活にもだいぶ慣れてきた。

いや、毎日森をひたすらに歩いてるだけなので、慣れたというならばアヴィにだろうか。


お腹が空けば飲食を用意してもらい、汗をかいて汚れたら体を綺麗にしてもらう魔法をかけてもらい、お風呂に入ったかのように爽やかに過ごせている。

私が自分で出来る事といえば、歩くのみだ。


本当に万能アヴィのおかげでとても助かっている。

お風呂なんて当初諦めていたのに、数日間汗をかいて歩き続けていたある夜、アヴィが私を抱っこしようとして、

〝臭え!何だこの匂い!?オエッお前腐ってんのか!?〟

と、大騒ぎして私に体を綺麗にする魔法をかけてくれたのだ。服まで洗濯したようになってスッキリした。


このお子ちゃまアヴィの扱いにもかなり慣れてきた。

図体は大きいけれど、中身はホント子供。悪戯好きで、生意気で、脳みそお子ちゃまのくせに何でも出来ちゃうところが問題だけど、そこが逆に扱い易くもある。


見た目からたまに大人扱いしたくなるけど、基本甥っ子に接するように小さい子対応の方が上手くいく。

本人もこれまで赤ちゃん扱いを受けてきていたので、馬鹿にすんな!という事もなく、素直にそれを受け入れている。むしろ、そっちの方がしっくりくる感じだ。


「アヴィ、起きて〜。朝だよ〜」


とりあえず、お腹が空いてきたからまずは腹ごしらえだ。


アヴィの体をゆさゆさと揺さぶる。


「う〜ん………まだ寝る」


目も開けないまま、アヴィは横向きになって丸まった。


「ごはんの時間だよ。お腹が空いてひもじいよ〜、悲しいよ〜」

「あーもう、仕方ねーな」


寝てるアヴィの横に黒い渦が現れ、アヴィは目を閉じたままそこへ手を突っ込み、中からパンや水を取り出した。


「ありがとう!アヴィ大好き」


アヴィの手からそれを取ると、アヴィは再びコテッと寝てしまったが、気にせず食べ始める。


アヴィの行動を気にしてたらきりがない。基本好きなようにさせとくのが平和だ。


そして、食事を食べ終わった頃、アヴィは身を起こしボーっとしながら私を見た。


「カエデ髪爆発してんな。どんな寝相で寝ればそんなふうになるんだ?」

「アヴィが寝ながらぐしゃぐしゃに撫でるからでしょ」

「えー?撫でたか?」


アヴィは私に向かって指を弾く。

すると、頭上でふわっと風を感じた。


手を髪にやると、寝癖も取れてサラッサラになっている。


これよ、これ。やっぱ万能アヴィだわ。


「ねえ、アヴィ。次元の渦にはだいぶ近づいてるの?」


飽きて、いつアヴィの気が変わるかも分からないので、とにかく進めるだけ進んで早く目的地に着いてしまいたい。


「そうだな、結構進んだな。半分以上は来たぞ」

「まだ半分ちょいか、道のりは長いなぁ」


毎日かなり歩いてるんだけどな、まだまだあるのか。気が重くなっちゃう。


「けど、竜神湖を越えればもう直ぐだ」

「竜神湖?何だかこの魔の森に相応しくない、神聖っぽい名前ね」

「はるか昔の大戦で魔神王や神々、竜神、邪竜達など多くの者達が戦った後に、竜達の死骸の上に長い年月をかけて出来上がった湖だと言われている」

「か、神!?」


もはや神話の世界じゃん。


「そう伝わってるだけで、真実は分からないけどな。昔の事過ぎて俺らには関係ないけど。でも竜神湖に行くと、はるか昔に本当にそんな事あったのかもなって思うよ」

「何で?何かあるの?」

「魔力が使えなくなるんだよ。不思議だろ?」


不思議っていうか、それじゃあ万能アヴィはどうなっちゃうの?

えっ待って。すっかりあてにしてたんだけど。

もしかして、ボートで船漕ぎとかして渡る訳?

あっ、その間ごはんも無し?

いや、この際ごはんは置いといて、大丈夫なのそこ?


するとアヴィが手を伸ばしてきて、私の眉間に指を当てた。


「おい、何不細工な顔してんだ。この俺様を前に不安に思う事があんのか?」

「だ、だってアヴィが不安を煽るような事言うから………」

「そんな事言ったか?」


アヴィは人差し指でピンと額を弾く。


「痛っ!本当に痛いんですけど!」

「まあ、カエデはいつものように魔の抜けた顔でただ着いてくりゃいいんだよ」

「そんな顔してませんよーだ!」

「口開けっぱなしで、ゼェゼェいいながら目も虚ろで歩いてんだろうが。憐れだよな、人間って。いや、カエデがなのか」

「楽しそうに人の悪口語らないでよ」

「真実を話してるだけだろ」


ニヤニヤ笑うアヴィを見ながら、どこかホッとした。


良かった、いつものアヴィだ。

さっきは魔力が使えなくなると弱音をはかれたのかと思ったけど、違うみたい。どんな策があるのか分からないけど、この様子なら大丈夫そうね。

全てアヴィ頼みで申し訳ないけど、何が起きても大丈夫みたいな強気でいてくれるから、こんな知らない世界だけど安心出来ているんだよ。


アヴィを見ながら拝むように手を合わせる。


「ありがたや、ありがたや。命お預けしますよ、アヴィ殿」

「お、おう。どうしたお前?ホント変な奴だな」

「その言葉も甘んじてお受けしますよ。事実役立たず。事実足手まとい。ええ、ええ、分かってますとも。仰る通りで」

「誰も言ってねーし。俺はカエデの飼い主だからな、駄目な奴だけど面倒みてやらなきゃという深い責任感があるんだ」


おおっと、ペット扱いかい。坊やがペット飼ってる気分になってるのかい。


「それは立派な心掛けで」

「だろ?1度拾ったら最後まで面倒見ないといけないって俺知ってるんだぞ」


初めてペットを飼った小学生かい。

でも、そう思ってるなら好都合。飽きずに最後まで私の面倒をみなさいね。


「偉いね〜。そう、ちゃんと面倒みなくちゃいけないの」

「そうだろ。もういっかなとも思ったけど、俺立派な奴だからさ、偉いだろ?」


危なっ。もう飽きかけてたんかい。そりゃ、毎日歩くの見てるだけだもんね〜。なんて場合じゃない。


「偉い!それでこそ飼い主の鏡!飼い主代表!キング!」

「そんな褒めるなよ〜、まっ本当の事だけど。それで、今日は昼頃まで歩けば竜神湖に着くと…………」

「すぐ行こう!」


私はすぐさま立ち上がった。


もう悠長にしてる時間はない。

こいつ飽きかけてる!ヤバい!

飽きたら絶対ポイ捨てのように置き去りにされる。


私はさかさかと1人で歩き始めたが、アヴィが着いてこないので立ち止まり振り返った。

そして、視線の合ったアヴィに来い来いと手招きする。


「全く、カエデは突然動きだすな。鳥みたいな頭してんのか?」


そう言いながらも、アヴィは私の横へとやって来た。


そして差し出される手。


私がよく木の根に足を取られて足を滑らすから、いつも繋いでくれてるのだ。


その手を取り、ギュッと強く握りしめる。


さあ、今日もサクサク歩いて、アヴィが飽きるよりも早く目的地に着いちゃうんだからね!

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