魔族のアヴィ
このアヴィの笑顔を見る限りは、そんなに悪い人ではないように思えた。
「あの………私、日本にいたんですけど、気がついたらここにいて。ここがどこだかも分からなくて」
「ふーん」
ふーんって…………。興味なさそう。
手を差し出されたので、迷ったがとりあえずその手を取ると、凄い力で持ち上げられ、それからストンと地面に降ろされた。
ちょっ、普通に立たせてくれればいいでしょ!
「私、家に帰りたいんです!お願いします、ここがどこか教えて下さい!」
今頼れるのはこの人しかいない。
すると、ジロジロと上から下まで見ていたアヴィはニカッと笑った。
「分かったぞ!お前迷い人だな!」
「へ?そりゃあ迷ってますけど…………」
見るからに迷子なんだから、そんな堂々と言う事じゃないでしょ。
「違う次元の世界から来た、迷い人だろ」
あまりに普通に言うから、成る程と思ったがそんな話ではない。
「違う次元!?えっ、ど、どうゆう事ですかそれ!?嘘でしょ、つまりここは違う世界だと!?えーっ!?理解が追いつかないんですけどー!」
するとそんな私を見て、ぷぷっとアヴィが吹き出した。
「お前騒がしい奴だな〜」
「わわっ、それはすみません!でも、あのですね、今の本当の話ですか?ここは私の世界じゃないって」
「たぶんな。ここ100年くらい次元の渦が開いて閉じてを繰り返してるから、たまーにお前みたいな変な格好した奴が紛れ込む事があるんだよ。それを利用して帝国の奴等がいろいろやってるみたいだけど」
うわ〜現実離れした話。
普段なら絶対信じないけど、この違和感だらけの現状では信憑性のある話だ。
ちゃんと原因もあった。次元の渦という原因が。
これって神隠しのような現象なのかしら?
「じゃあその次元の渦に行けば元の世界に戻れるんですね」
何だかホッとした。
理由が分かって、元の世界に帰る事も出来る。そう思ったら安心して、ちょっとだけ気が抜けたのだ。
「さあな。迷い人がこの世界に来てからどうなったのかなんて俺知らないし」
「あっそうですよね………」
まあ、この人が何でも知ってるはずもないわよね。
でも、そこから来たなら元の世界に繋がってるって事でしょ。次元の渦に行けばきっと帰れるわ。
先程までの訳の分からない絶望から、希望が見えてきた。
問題はどうやってそこに行くかだが。
チラリとアヴィを見る。
彼、その場所知ってそうな感じよね。さっきの化け物達を軽く倒しちゃうし、きっと強いわ。せっかく帰る方法が見つかったのに、こんな化け物達がいる世界私1人じゃ絶対に生き残れない。
連れていってくれないかしら?
「お前ちっちゃいなー」
アヴィが頭をポンポンと叩いてきた。
「普通ですけど。あなたが大きいんですよ」
これでも155㎝はある。平均的だ。
アヴィは見上げた感じは180㎝は越えてるだろう。歳は20歳くらいかしら?私は高校2年で16歳だから、多少の年齢差はあってもすっごい離れてる訳でもないし、世界を越えた友人になれないかな?
それで私を次元の渦に連れて行ってほしい。
何て都合良すぎか。でも今頼れるのが彼しかいない。
アヴィはじーっと観察するように私を見ている。
何を見てるんだろう?
私はお世辞にも可愛いとか美人とはいえない。
まあ、いわゆる平均顔だ。童顔で丸顔で目は大きい方だけど、可愛いというより普通で、1度も染めた事のない肩までの黒髪に、体は幼児体形ともいえる。
「カエデ、お前人間の子供か?」
「人間と言われれば人間だけど、子供じゃなくてその中間のような、大人の手前の高校生なんですけど」
「何だそれ?よく分かんねーな」
「それで………あなたは人間じゃないんですか?」
わざわざ人間呼びするって事は、自分は違うって事?
「ああ、俺は魔族だ」
うわー、魔族とか言っちゃったよこの人。ファンタジーかい。
でも、何となくこうゆう返答くるような気がしてたから驚かないけど。もう今の状況と、この世界自体があり得ないし。
「魔族ですか……。あの、私の世界では人間しかいないんですが、魔族とは?軽くこの世界の事教えてもらえませんか?」
するとアヴィは心底嫌そうに顔をしかめた。
「面倒臭せーな」
「そこを何とか!頼りに出来るのはもうあなた様しかいないんです!お願いします!」
祈るように手を握りしめ、涙目でアヴィを見た。
頼れるのは本当にアヴィしかいない。次元の渦に連れて行ってくれなかったとしても、今後の為に情報がほしい。神様、アヴィ様、頼みます!
すると私をじっと見た後、アヴィは息をついた。
「仕方ねぇな。軽くだぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「この世界にはお前と同じような人間の他に、さっき襲ってきてた魔物、それに知性と強力な魔力を持ち合わせた魔族がいる。それと、精霊とか妖精とかいるけど、お前とは関係ないし、人間とはそう接点ないな。まぁ、そんなもんか」
「えっ!?説明短くありません!?もうちょっとこう、掘り下げてじっくりと…………」
「短くって言ったろ」
それはそうだけど、短過ぎる。
種族の事しか言ってないんですけど。
けど、あんまりしつこくして怒らせてもいけないし。
「じゃ、じゃあ、あなたの事を教えて下さい。この森では何をしてたんですか?ここに住んでるんですか?」
彼の事を知って少しでも仲良くならないと。
「俺の事知りたいの?参ったなぁ、そんなに俺に興味ある?」
そんなには興味ないけど、アヴィの機嫌が良くなったからコクコクと何度も頷いてみた。
すると、アヴィはご満悦のようにパァッと笑顔になる。
「そうか、そうか。流石は俺様。姿が変わっても魅力が溢れちゃうのか。参ったな〜」
あれ?なんか…………アヴィって、もしかして扱い簡単?
「朝起きたらさぁ、突然体がこんな大きくなっちゃっててビックリしたんだよ。昨日までの俺は誰もが可愛いと言うくらい、小さくてもうプリっとしてて愛らしかったんだぞ。あっ見る?」
アヴィがスッと手を出すと、その上に子供の映像が映し出された。
子供っていうか、赤ちゃん?
お尻まん丸のぷりっぷりの可愛い赤ちゃんだ。
「っていうか、えっ!?この赤ちゃんアヴィさん!?」
「そう、昨日までの俺。本当に可愛いだろ、可愛い過ぎだろ?それなのに、いきなりこんな大きくなっちゃってもうショックでさー。サイズが違いすぎて体も慣れないからここで魔物相手に暴れて慣らしてたんだ」
アヴィは辛そうな顔でうなだれた。
あ、赤ちゃん………。昨日まで赤ちゃん。
けど、どおりで見かけの割に言動が幼いと思った。
「昨日までは、みんながアヴィちゃーん可愛いって抱っこ沢山してくれてたのに、今日の育った俺を見たあの目。それに母上だって毎日抱っこして、大好きでチューって頬にチュッチュしてきてたのに、今日は一切触れてこないで、あなたもこれからは大人の魔族としての教育をしていかなくてはって急に冷たくなるし」
思い出したのか、アヴィはショボンとしてその場にうずくまった。
この人、見かけは大人だけど、中身は子供みたい。ってか、絶対子供でしょ。
「そ、それは可哀想だったね」
「だろ!もうあの可愛い俺でないから、みんな冷たくなったんだ。あーもう家帰りたくねー。ここでプチ家出してあいつらに心配させてやるんだ」
うわー、本当子供。思い知らせてやる発言でました。
でも、この流れちょうど良いわ。
「そうだね〜、ずっと帰ってこなかったら心配して冷たくしちゃった事反省するよ」
「だろ。しばらく帰ってやらないもんねー」
やっぱり子供だわ。この子一体いくつくらいなのかしら?
魔族っていうから赤ちゃんでも100歳とかいってたりして。
「ところでアヴィ君はいくつなのかな〜?」
「俺は30歳だ」
「へ、へー…………そうなんだ」
これまた反応に困る微妙な年齢きたー。
「お前は?」
「私は16歳だよ」
「何だ、赤ちゃんみたいなもんか」
「あのね、人間の年齢だと子供と大人の中間なのよ」
30歳でもお子ちゃまの、あなたとは違うの。って事は黙っとこ。
「アヴィ君、家出をしてる間にやる事ないでしょ。良かったら、私を次元の渦って所まで案内して欲しいな〜って思うんだけどどうかな?」
「え〜、何で俺が?面倒臭せーから嫌だ」
アヴィはふん、と鼻息荒く立ち上がった。
言うと思った。なら、よいしょ作戦、どうだ。
「でもアヴィ君小さい時はずっごい可愛いかったのに、今の大きくなってからもとても強そうで格好いいし、頼りになりそうで一緒に行ってもらえると心強いんだ。私なんて何も出来る事ないから、アヴィ君憧れちゃうな〜」
すると、アヴィの耳が反応するようにピクピクと動く。
おおっ反応してる。何という分かり易さ。
「あー、アヴィ君とまだ一緒にいたいな〜。こんな格好良くて頼もしいアヴィ君とお別れだなんて。もっと凄い事できるんだろうな〜。活躍見たいな〜」
そう言いながら見ると、どんどん顔が満足げになっていった。
「お前ブスで面白い顔してるけど、なかなか話の通じそうな奴だな。気に入った」
ブ………ブス!?ブスでなく普通でしょ!中の上だと思うけど!いや、やっぱりただの中で!
「ふ、普通の顔だと思うけどな〜」
我慢よ、我慢。気分を良くして案内してもらわないと。
「魔族は綺麗な顔してるの多いから、やっぱりお前はブスだよ」
こいつ何度もブス、ブスと。自分がイケメンだからって、そこは気を使いなさいよ。まあ、このお子ちゃまじゃ無理か。
「もうブスでいいから、これからも格好いいアヴィ君と一緒にいたいな〜」
「そんなに俺といたいのか。大きくなっても罪作りな男だな、俺は。まあ俺様の魅力に気づいてしまったのなら仕方ない、もう少し一緒にいてやるか」
アヴィはどうだ、と言わんばかりの笑顔を見せてきた。
うはっ、チョロイ。チョロ過ぎるよアヴィ君!
こんなんじゃ、あっさり騙されちゃいそう。私が言えた事じゃないけど。でも、助かります、ありがとう!
「本当に!?アヴィ君格好いいだけじゃなくて優しいんだね!よっ男の中の男!アヴィ君と一緒にいれるなんて嬉し〜!」
「まあ、それほどでもあるけど〜」
鼻高々にアヴィはふふんと笑う。
いや〜、こんなに簡単にいってしまうとは精神年齢の低かったアヴィ君に感謝しかない。
まるで6歳の甥っ子相手にしてるみたいだわ。
「とりあえずここから離れようか。アヴィ君も手を綺麗にしないとね」
こんな、化け物の死体に囲まれたとこにいつまでもいたくない。
話しはついたし、動き出しても大丈夫だよね。
後ろへ後ずさり、死体のない方へ移動した。
もうちょっと離れたいけど、ついてきてくれるかしら?
だが、心配する事なくアヴィは少し宙に浮きながら私の横にきた。
どうなってんのかしら、これ。
「俺の手ね。ほらっ」
アヴィが私の目の前に手をかざす。
手の辺りが一瞬チカッとしたと思うと、黒青の血まみれの手がみるみる綺麗になっていった。
そして、ドヤ顔のアヴィがキラキラの瞳で私を見てくる。
これはあれね、褒めてほしいのね。犬みたい。
「うわ〜、何今の!?一瞬で手が綺麗になったー!どうして〜!?不思議〜!」
「不思議か?はっはっは!これが魔法だ!人間では使える奴は一部だし、ちまっちま詠唱とかしてんだぞ!」
ま、魔法?もう頭パンクしそう。この世界何でも有りね。
「凄ーい!魔法!?私の世界では魔法なんてないわ!そんなのが使えるなんてさすがアヴィ君!」
「そーだろう!俺は魔族の中でも魔力凄いんだぞ!」
アヴィは踏ん反りかえって高笑いしだした。
「そうなの!?アヴィ君格好いいだけじゃなくて、凄い魔力持ってるんだ!そんなアヴィ君と出会えて私幸運だわ!」
こんだけ持ち上げとけばいいでしょ。
ご満悦なアヴィを見ながら、やれやれと息をついた。
でも、本当に幸運だと思う。
アヴィと出会えてなければ、きっと私死んでた。
こんな訳も分からない所で、恐怖のままに殺されてただろう。
おまけにこんな扱い易いアヴィだったおかげで、次元の渦にも連れていってもらえる。
別世界に迷い込んで運が悪かったけれど、アヴィと出会えた事は私の幸運だった。
この幸運が尽きないうちに、早いところ元の世界に帰らないと。
目指すは次元の渦!!