内部分裂
翌日、寝たのは明け方だったのでなかなか起きれなかった。
布団に抱きつきながらスヤスヤしていると、部屋の扉が何回かノックされた。
「楓ちゃん、起きてる?遅刻過ぎるんだけど、俺行くよ」
外からそう司の声がした。
そこでようやくハッとして、部屋の時計を見る。
25時間表示の時計は8時半を示していた。一緒に朝ごはんを食べようと約束したのは7時半。
慌てて飛び起き、扉を開く。
「ごめんね、昨日寝付けなくて!急いで用意するから待ってて!」
「…………そんな事だろうと思ったけど。5分ね」
「ラジャです!」
バンと扉を閉めるなり、着ていた布の服を脱ぎ捨てる。
そして、旅の装備の服をささっと着込んだ。
顔は洗わなくていいや。5分もかかりませんとも!
布の服を皮のリュックに詰め込むと、それを持って扉を開けた。
「お待たせ!」
「………早いけど、寝癖くらい直したら?」
「あ、やだ、本当に?」
手櫛で慌てて髪をとかすが、直ってるのかどうかも分からない。
「楓ちゃんって…………女子力低いよね」
「あー酷い!この世界だからだよ!向こうではちゃんとしてたし!」
「ここでも鏡や水もあるよ。髪洗って乾かないで寝たでしょ?」
「つ、疲れてたし…………」
誰に見せるわけでもないし。はっ!この思想がいけないのか。
すると、いきなり司が髪を触ってきたのでビックリして、身を翻らせた。
「あっ、突然ごめん」
そう言った司の手には色のついた石が3つついたゴムがあった。
「昨日買ったんだ。だいぶ伸びてきてたから」
「あ、ありがとう」
いつも肩までで切っていた髪も、ここに来てから伸びっぱなしになっていた。司君、それに気づいてたんだ。
「さりげない気遣い、これはモテるわ〜」
あっ、でも恋愛は男の人とだからモテても仕方ないのか。勘違いしちゃう人もいるね、これは。
「つけたげようか?結ぶの上手いよ、俺」
「いや、大丈夫。自分でやる」
男の人にそんなのやってもらった事もないのに、恥ずかしすぎる。
「司君、ありがとうね」
ゴムを受け取り、髪を一本で束ねた。
うん、スッキリした。それにしても結ぶの上手いってどうゆうわけ?妹でもいんの?
女子の髪を抵抗なく結ぼうとする男、司、恐るべし。
それからは少し遅い朝食を取り、外にとめておいた馬三頭をつれて歩いた。
昨日のうちに司が調べておいてくれた馬車や馬を扱っている宿舎へと行き、新しい馬と、馬車ではなく荷車を借りた。
13時までに、東門に用意をしておいてくれるらしい。
英雄カードを見せれば、金銭のやり取りもなく、すんなり事が運ぶのは便利だ。
まあ、関係もないのにこの世界の為に旅に出されてるのだから、感謝するのは違うと思うけれど。
その後は、街を2人でぶらぶらと歩いた。
目についた店に入ってく私に、司君は愚痴も言わずにつきあってくれた。
元の世界で司君を連れてショッピングをしてたら、きっと羨ましがられる事は間違いない。でも残念な事に司君は男の人が好きだから、普段は友達とばかりいるのかな。
出発の時間の前に、お昼を食べたが、これからまた外に旅立つ事を考えると余り食欲はわかなかった。
また、あの虫みたいのに襲われたらどうしよう。
そう思うと怖かったが、今度は巻き込む人はなく私達だけの旅だからそれだけは気が楽だった。
自分と馬だけは守る。後は各自戦ってもらって、余裕があったらサポートや攻撃をする。実際はパニックで動けないだろうが、そうシュミレーションしておくだけでも少しは違うかもしれない。
そうしてくうちに、いつか慣れていくんだろうか……………。
13時少し前に東門へと行くと、意外にも大吾と竜也が待っていた。てっきりふてぶてしく遅れてくると思っていただけに、少し驚いた。
馬車が良かったと文句を言いはしたけれど、荷車の方が何かあった時に動きやすいと説明すると、悪態はついたがそれ以上は反対はしなかった。
大吾の中でも、あの襲われた恐怖はまだ生きてるのだろう。
どことなく緊張した面持ちで、各自荷車に乗り込み、司は前の席で馬二頭の手綱を握った。
オープンカーではなく、軽トラの荷台に乗るような感じで、荷車は道を進んでいった。
急な奇襲を心が身構えているのか、荷車の上はとても静かで、大吾も竜也も時たま周囲に何もいないか辺りを見回していた。
妙な緊張感が続いたが、結果としてこの日は何も起こらなかった。
日が陰る前に森に入ったのだが、今ではもう辺りは真っ暗になっている。
道も暗く不確かで、このまま進むのは危険なので、今日はこの森で野宿をする事になった。
キャンプは小学生以来だ。
アヴィとの日々では毎日野宿だったけど、万能のアヴィの元では快適に過ごせていた。
4人で焚き火を囲みながら、各自リュックの中に保存された食事を食べた。大吾は竜也と、私は司君とで座る場所も離れ、会話も別々だった。
「あー、こんな森の中で野宿なんて最悪だ。世界を救ってやるってのに、こんなんじゃやる気なくすよな」
大吾がボヤきながら、近くにあった小石を木に投げつける。
その小石は木にめり込んだ。
「いっそ、この世界で俺らが世界征服するってのもアリだな」
ニヤリと笑い、大吾はまた小石を投げ木にめり込ませる。
何言ってんのかしらコイツ。これって返事しなきゃいけない感じ?
「…………この先、どんどん街の感覚が開いてくから野宿が当たり前になってくよ。それと、救うなんて勘違いも甚だしいから口にしないでくれ」
集めた小枝を焚き火に焚べながら司は言った。
「あ?お前はいちいち突っかかってきやがって」
「誰も俺達に世界を救ってくれなんて言ってなかっただろ。求めてるのは上級魔族の数を減らす事だ」
「小さい事言ってんじゃねぇよ。どうせやんなら、でかいことやってやろうって思わねぇのか?」
「はあ、君は本当に現実を分かってないね。上級魔族はSランク以上だ。魔族相手に測定させてくれなんて言えないからね、こちらのSランクと戦って同等と判断してるだけだけだけど、その1人と戦うだけでも相当な被害になったと聞いている」
「お前もSランクなんだろ?俺らで順々に倒してきゃいいじゃねぇか」
「前向きとでも褒めた方がいいのかね。上級魔族はS以上、その上のSSかもしれない。つまり、俺達は一体を相手するだけでも命懸けって事だよ。それにきっと正攻法でなんか戦ってくれない、虫以上の魔物を繰り出してくるぞ」
「はっ、やる前からビビッてんじゃねぇよ」
「…………魔王はその上級魔族達を相手に蹴散らすくらいの真の化け物だ。世界を救う?上級魔族一体が精一杯の俺らが?この戦いは初めから詰んでるんだよ。身の程を知れよ」
乾いた笑いを浮かべる司に、大吾は怒りの形相でブルブルと震えていた。
煽るような言い方をする司君もあれだけど、大吾はすぐカッとなって頭に血が昇るんだから。狂人じゃないの?もう勘弁してよ。
竜也はビクビクしながら、この2人をチラチラ見てるだけだし。
かと言って私も口出しできないけど。
険悪な雰囲気のまま夜もふけ、各自寝袋を用意して交代で見張りをたてながら眠る事となった。
初めに竜也が見張りとなったのだが、少しすると司がバッと身を起こした。
そして、ジロッと竜也を睨む。
「ちゃんと周囲の探知してんの?何か近づいてきてるんだけど、本当に分かんないの?」
「え?えっと………一応やってるんだけど…………。え、本当に?」
おどおどと答えた竜也に、司は肩を落としハァと息を漏らした。
そして傍の剣を手に取ると立ち上がる。
「行ってくる」
それだけ言うと、司は素早い身のこなしで森の中へと消えていった。
「お前ちゃんと見張っとけよな。そんくらいも出来ないのかよ?おちおち寝てらんねぇな」
大吾が舌打ちしながら言うと、竜也はペコペコッと頭を下げた。
私も自分の見張りの番がくる前に、探知魔法をちょっと練習しようかな。城にいた時に何回も練習したけど、外の世界で実践として使うのは初めてだから、ちゃんと感知できるか心配だ。
今ちょっと使ってみよう。司が行ったのだから何かいるのは分かってる。これで感知が出来なかったら話にもならない。
目を閉じ集中して、探知の魔法を10m、20mと徐々に広げていく。すると100mを過ぎた辺りで反応が幾つもあった。
こんな近くまで来てたんだ。これ気づかないってちょっと……。
目を開くと、すぐ近くに大吾がいてビクッとした。
え……?何?何なの?
「お前ってさぁ、処女だろ?まあ、処女くせー顔してるしな」
「な、何言ってんの。離れてよ」
大吾の自分を見る目つきに、背筋がゾゾっとして少し後ずさる。
次の瞬間、大吾の大きな手が私の口を覆い、体を押し倒してきた。
「んー!んー!」
押さえつけられながら、手で押し返そうとしたり暴れたが、大吾はびくともしなかった。
「おい、デブ!足押さえとけ!」
「えっ…………ちょ………まずいんじゃないの…………?」
「うるせー!さっさとしろ!」
大吾の荒げた声に、竜也は慌ててやって来た。
嘘!?このデブ素直に聞いてんじゃないわよ!
「あ、あいつ戻ってきたらまずいんじゃないの?」
「あの澄ました野郎だって男だ、やってんの見たらどうせ混じりたくなんだろ。こんな旅楽しみもなけりゃ、やってらんねーよな。なぁ、仲良くしようぜ楓ちゃん」
ニヤリと笑った大吾の顔にゾッとした。
ふっざけんじゃねーわよ!誰があんたなんかと………!
カッと周囲がフラッシュのような目も眩む光りに包まれた。
大吾の力が緩んだ瞬間、逃げだそうと思ったのだが、私を押さえる大吾の力は緩まなかった。
「テメェ、眩しいだろうがよ!!」
荒げた大吾の声と共に、手が襟元にかかりそのままお腹のところ辺りまで服を引き裂いた。
「んー!んーっっ!!」
「クソッ、目がチカチカする!」
大吾の手が口から離れ、私の膝を掴むとグイッと上に持ち上げた。
「や、ヤダっ!嫌っ!」
「暴れんな!おい、デブ!足押さえてろって言ってんだろ!」
手と足でじたばたと暴れる。とにかく必死だった。
こんな奴らに好きにされてたまるもんか!
だが、竜也も一緒になって私の足を掴んで押さえてきた。
「いいか、そのまま押さえてろよ」
大吾が自身のズボンのボタンを外し、勢いよくズボンを下げる。
や、やだ…………やだ、こんなのやだ!
心臓がバクバクと大きく鳴って、体はガクガクと震えた。
「へへっ………俺好みに仕込んでやっから待ってろよ」
大吾の手が私の腿を掴む。
その時、ガチャっと音がした。
大吾の動きが止まる。
私の視界に映ったのは、大吾の首に剣を突きつけている司の姿だった。
「…………何やってんだよ、お前ら」
急いで来てくれたのか、司は息を切らしハァハァと荒い呼吸をしていた。
「何って、みんなで楽しもうとしてたんだよ。お前だって溜まってんだろ?旅は長いんだし、仲間で協力し合わないとなぁ」
ははっと笑った大吾の背を、司が足で力のままに蹴り飛ばす。
大吾は勢いのままに、ドンと地に打ち付けられ転がった。
「どうしようもないクズだな。最低限の信頼ってもんがあるだろ」
押し殺した低い声で言い、それから司は竜也を見た。
「お前も言われれば何でもするのか?この世界では、自分の事は自分で決めろ。責任は全部自分にくるんだから」
そう言うと司は、木の根元に置いてあった私の皮のリュックを持ってきた。
「替えの着替えある?」
渡されたリュックを受け取る手がブルブルと震えた。
「いつまでそこにいんの?さっさと離れろよ」
私の隣りでうなだれていた竜也へと司が言うと、竜也は体をビクッとさせ、慌てて膝をつきながらその場から離れた。
「…………大丈夫?」
司が私の前にしゃがみ込む。
その肩の向こうで、大吾がよろよろと身を起こすのが見えた。
身を強ばらせ、ギュッとリュックを胸で抱きしめる。
その反応に気づき、司は安心させるような優しい顔で微笑んだ。
「俺がもう手出しさせないから大丈夫だよ。仲間である一線を越えたんだ、次は殺す」
「痛ってぇな、テメェ…………!」
大吾はよろめきながら、木に立てかけてあった大剣を掴んだ。
「楓ちゃんにも虫を殺さしてあげれば良かったな。ああゆう事されそうな時はもっと抵抗していいんだよ。殺すくらいでいかないと」
司も一度ゆるめた剣の柄を握り直す。
「ここでは法なんてない。人の命だって軽い、こんなふうに」
司が動いた。
振り返りながら立ち上がり、剣を手に加速をつけようと足を踏み込む。だが、踏み込んだままその足は止まった。
そして司はゆっくりと振り返り私を見る。
「…………このシールドは何かな?」
大きく私の司の周りを円のようにシールドが包んでいた。
私の張ったシールド。
怖くて震える体。堪えていた涙も堰を切ったように溢れてきた。
「もう嫌だ、こんな世界…………」
みんな狂ってる。私を襲った大吾なんて死ねばいいと思ったけど、爛々とした瞳で大吾を殺そうと動いた司君も怖かった。
普段から我慢してたのも分かる。それでもようやく殺せる、みたいな顔で口元が僅かに笑ってた。
私だって許せない。あいつをめちゃくちゃにしてやりたい。
でも、私を理由にしないで。大吾なんて死んでほしいけど、ここで殺し合いをして殺したいわけじゃない。
じゃあ、どうしたい?そう聞かれても、私は自分がどうしたいのかも分からない。
突然のことに、許せないし、憎たらしいけど、殺す覚悟も決まってない。
ただもう嫌で嫌で仕方がない。何もかもが嫌だ。
帰りたい。元の世界に戻って普通の世界を過ごしたい。
殺すとか殺さないとか、そんなのが当たり前じゃない私の世界に帰りたい。
嗚咽まじりにただ泣き続ける私の側に剣を下ろした司が近づく。
「………楓ちゃん、そんなに泣かないで。服もさ、着替えようよ」
ここに来るまでは、私と同じ普通の高校生だった司君。
「女はすぐ泣くな、泣いてりゃ優しい男が庇ってくれるもんな」
へらへらと笑う大吾の顔は憎らしくて、出来るならめちゃくちゃになるまで殴ってやりたかった。
この世界に来てなかったら、関わる事もなかった人種だ。
「そんなに俺らが嫌なら、別々に行くか」
司の言葉に、大吾は鼻息荒くふんと息を出すとニヤリと笑った。
「いいぜ、もういちいちお前の指図は受けたくねぇんだよ」
だが、それに慌てたのは竜也だ。
「ちょ、ちょっと待って!いきなり過ぎるよ!ごめん、謝るからさ、もうちょっと待ってくれよ!」
シールドで近づく事は出来ないが、竜也は司の前に立ちシールドに手をついて懇願するような表情を浮かべた。
司は竜也と大吾とをチラッと見る。
「…………次同じような事があったら許さないからな。人に指図されたくなきゃ、生きてく術を身につけろ」
「あ、ありがとう!こ、これからは迷惑かけないよう頑張るよ」
竜也は何度もペコペコと頭を下げたが、その向こうで大吾は腕を組んで気に食わなそうにしていた。
嫌い、大っ嫌い。別々になるの大賛成だ。今すぐにでも居なくなってほしい。それで、のたれ死んでほしい。
「ほら、泣き止むまでこれ羽織ってな」
司が自分のマントを取って肩からバサっとかけてきた。
止まらない涙。溢れた涙でぼやけた視界に映る司の優しい顔に何だかホッとした。
自分の味方がいるって心強い。男の人が好きなんて勿体無いと思ったいたけど、今はそれで良かった。
これから2人で旅をするようになっても、司が私を襲うような心配をしなくて済むから安心していられる。
早く帰りたい。
ここは私のいる場所じゃない。
早く…………早く元の世界に帰るんだ。




