旅立ち
そしていよいよ旅立ちの日はやって来た。
城を出る前には、皇帝や皇后に旅の無事を祈る言葉を送られ、城内の多くの者に見送られながら、私達4人は馬車へと乗り込んだ。
その見送りの者の中にはフレシア皇女の姿はなかった。
けれど、馬車に乗り込もうと足をかけ、最後の見納めにと振り返って視界に収めた城の3階の渡り廊下に、こちらを見ている皇女の姿が映った。
でも、私はそのまま前を向き馬車へと乗り込んだ。
司にも誰にも言わなかった。
城から出発した馬車は城下町を進み、煌びやかな馬車は帝国の騎士団に囲まれ、後ろにも着飾った騎馬兵が後に続き、町の人々からの熱い歓声を受ける様は、さながらパレードのようだった。
大吾は窓を開け、調子に乗ってあちこちへと手を振っていた。
竜也も窓の外をチラチラ見ては、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。そんな彼らの隣には案内役の女性が座っていた。
実はこの事で、昨日、司と大吾が言い争いになっていた。
向かいに座る司を見ると、腕を組み瞳を閉じて我関せず状態だ。
城下町を越えた後は、この大きな馬車と馬引き2人、それに6名の騎士とが次の街まで同行する予定になっている。
あと、この案内役の女性2人も……………。
司は少人数で目立たないように行く事を提案していたが、大吾が何でこの世界の奴らの為に行ってやるのに、俺らが苦労しなきゃいけないんだ、戦ってやるんだから道中ももてはやすべきだと曲げなかったのだ。
まあ、大吾の言ってる事も分からない訳じゃないけど。
この世界の為に、嫌々やるのだから、自分達だけではなく向こうにも何かして欲しいと思うのは間違いではない。
ただ、それが女とか性的欲求とかで穢らわしく思えてしまうだけだ。これから戦いに行こうって時に、女とイチャイチャとは。
しばらく馬車は城下町を走っていたが、やがて町の終わりが見え、城壁周りには多くの人々が待っていた。
その彼らの大歓声に見送られるようにして、城壁の外の世界へと初めて出た。
ゲームであるような広大な野っ原みたいなのを想像していたのだが、そこはレンガが敷き詰められた大きな道がどこまでも続いていた。
一応この世界で1番の権威を持つ帝国だから、そこに続く道も整備されているのだろう。
だが、その道も時間にすれば2時間ほどすると、レンガが劣化して割れていたり、その間から雑草がいくつも飛び出していたりと、道が悪くなってきていた。
その為、馬車の振動も酷くて、段々と気持ち悪くなってきた。
「あークソッ!いいかげんにしろよな!」
大吾が苛立ち、声を荒げる。
そんな怒ったって道が良くなる訳でもないのに。うっさいな。
「ダイゴ様、落ち着いてください。もう少しの辛抱ですから」
案内役の女性が大吾の手をギュッと握りしめて、上目遣いで見ながらニコッと笑みを浮かべる。
この人も大吾なんかの相手して大変だな。
あーあ、早く街に着けばいいのに。司君はずっと目を閉じて寝てるし、外を眺めてても代わり映えしない景色だし、する事もないし、馬車の雰囲気も嫌だし、あーあ。
ふと、司の首につけられた首輪に目がいった。
城を出る時につけられた首輪。
司は抵抗もせず受け入れてたな。それが何か知っているのに。
そんな事を考えてると、突然司が目を開けた。
寝てると思ってたのが、いきなりでビクッとしてしまった。
「来る!!まだ少し離れてるけど、凄い勢いで距離を詰めてきてる!飛行型だ!」
司は席を立ち、馬車の前の馬引き達への窓を開く。
「馬車を止めろ!!」
司の声に異変を察知した馬引きが手綱を引く。
突然の事態に、案内役の女性は不安に怯えた顔で大吾の腕を掴んだ。
「ダイゴ様、怖いです。どうかお守りください」
「あ、ああ。俺に任せとけ。側から離れるなよ」
そう言い終わるかどうかの時だった。
ドン!ドン!ドン!と3回の強い衝撃音と共に、馬車は衝撃のまま大きく傾いた。
「掴まれ!」
司の声がしたが、掴まれってどこに!?
ドーン!!と大きな音を立てて、馬車は転倒した。
皆、もみくちゃで、大吾の罵声と、女達の悲鳴で中は惨事だった。
私は、馬車のドアの取っ手に掴まった司に腕を掴まれ、宙にぶらんと浮いてそれを免れる。
「このくらいは大丈夫だろ?全員早く外に出るんだ、このまま潰されるぞ」
司は私を椅子に下ろすと、ドアを開けて先に外に出た。
引っ張り上げてくれないの!?
そう思った時、外からキキィィー!!と何かの絶叫のような声がした。何の声?
居ても立っても居られず、這いずりながらドアへと手を掛け外に出る。
ドアから下にズルズルと降り、周囲を見回した。
そこで目にしたのは、何かの黒い塊の前に剣を持って立つ司の姿だった。
「司君、大丈夫?」
近づくとそれが大きな虫の姿をしてる事に気づく。
カメムシみたいな甲虫の姿で、大型犬くらいの大きさをしているのには驚いた。
それが3匹、司の周囲に転がって、ひっくり返っていた。
何なの、これ……………?
「うえっ気持ち悪ぃー!虫かこれ!?」
いつの間にか大吾も出て来て、こっちに来ながら顔を歪めた。
後ろに続いてた、6人の騎士も馬から降りてこちらに集まってくる。
「…………女を守るんだろ?守ってみせろよ」
司は剣を抜いたまま大吾を見た。
「はあ?お前がやっつけたからこれで終わりだろ。俺が活躍するまでもなかったな」
「何を言ってる。これから起こる事が、ずっと続く俺らの現実だよ。君は聞く耳を持たないからね、身をもって知ればいい」
「あんだと!?お前、ちょっと先にいたからって、先輩面して調子に乗りやがって!」
「俺が感知したのは群れだ。はぐれたこいつらは少数すぎて魔力量が感知できなかったザコだけど、数がいるとそれなりに厄介なんだよ」
司は言いながら、反対側の空を見上げる。
反射のように、私も同じように空を見上げた。
何?黒い雲が近づいてきてる。それにブブブみたいな大音量。この音、もしかして………、羽音?
黒い雲だと思ったのが、ここに転がってる甲虫の大群だと気づいたのは、もうすぐそこまで迫った時だった。
「さあ、初めての実戦だ。楓ちゃん、自分にシールドかけときな。後、馬を守って」
司が剣の柄を握り直す。
ドキンと心臓が大きく鳴った。
突然の事に頭がよく回らず、手が震えた。
シ、シールド、シールド…………。
勢いよく迫り来る虫の群れに、ゆっくり考えてる間もなく、シールドをかけるとほぼ同時に群れが突っ込んできた。
彼らの勢いで思わず尻もちをつく。そこへどんどん虫たちは突っ込んで来て、視界は真っ黒な虫で埋めつくされた。
自分の周りを円のようなシールドが取り囲んでいる。その全てが虫だらけで埋まって、中は暗くなった。
気持ち悪いとかよりも、恐怖でガタガタと体が震えた。
どのくらい強度があるか分からないシールドが圧力でミシミシと音を立てている。
これが破られたらと思うと、身がすくんだ。
自分の心臓の音、荒い息づかいがやけに大きくて、遠くで悲鳴が上がってるのが聞こえたが、それについて考えてる余裕はなかった。
耳を塞ぎ、震えながらもシールドが消えないように力を保つ。
ただ震えながら、息をひそめシールドの中で小さくなっていた。
そして、いつしか音は止んだ。
悲鳴も、声も、虫の羽音も聞こえない。
不意に、虫が剥がされ、シールド内に明かりがさしこむ。
そこから見えた司の顔に、安心したと同時に込み上げるものがあって、泣きたくなった。
「うん、いい強度だね。今集ってた虫を焼き尽くしたんだけど、びくともしてない」
虫を剥がしながら言った司の言葉にビクッとした。
私がいるのに、炎の魔法を使ったの?シールドが破れたら私まで丸焦げだったのに?
「………そんな顔しないでよ。そのくらいの事は出来るだろうって信頼してだよ。むしろ、この程度の事も出来ないんじゃ、暗黒大陸に行くなんて夢の夢だ」
虫を剥がされ、広がった視界に映ったのは、転がるおびただしい数の虫の残骸だった。それと、息を切らし茫然と立ち尽くす2つの人影、大吾と竜也だ。
「立てる?」
差し出された司の手に、少し躊躇ったが掴まる。
力の入らない足。体も硬直して動かない。
そう思ったが、力強く引っ張り上げられると、両足で立つ事が出来た。
改めて凄い数の虫たちだ。100?いや200はいる。こんなのがまるで弾丸のように飛んで突っ込んできたのだ。
自分の今見てる光景があまりに現実感がなくて、ただその場に立ち尽くした。
この後どうすればいいか、何をすればいいかも分からない。
「騎士達の乗ってきた馬は潰されて全滅だけど、馬車の馬3匹はシールドかかってて無事だったよ。偉かったね」
司は馬の方を指差してホラというように笑った。
突っ込まれる寸前にシールドをかけて、その後は自分の事だけに必死だったけど、良かった、無事だったんだ。
ただ縮こまっていただけだったけど、微力ながら力になれた事に少しホッとした。
でもふと気づく。
騎士の人達は…………?それに案内役の女の人に、馬を引いていた御者の2人……………。
立っているのは私達だけ。
「えっ………?あれ?あの…………他の人達は………?」
そう言った声が震えた。
そういえば司君、馬を守ってとは言ったけど、人を守れとは言わなかった……………。
「どうしたんだろうな、俺は知らない。大吾が守るって言ってたから守ったんじゃないか?」
嘘。あんな茫然と立ち尽くしてる大吾にそんな余裕がある訳ない。
「そんなに気になるなら探して来たら?」
じっと司を見つめる私に、そう司は言った。
何でそんな事言うの…………?
本当はなんとなく分かってる。
あの時聞こえた悲鳴。弾丸のように押し寄せた虫の大群。
異世界からの私達しか立っていない現状が何を意味しているか想像するのは容易かった。
動けないでいる私から視線を離し、司は大吾や竜也の方を見た。
「………いつまでもこうしてても仕方ないんだけどなあ。街に行ける距離なんだから、初日から野宿は嫌だよ。まあ、初めての実戦だから戸惑うのも無理はないけどね」
司はぼやくと大吾と竜也の方へと歩いていく。
「2人共、初めてにしてはよく戦えていたね。剣をがむしゃらに振り回してて戦い方は酷かったけど、一切の怪我も無かったのは凄いよ。こうゆうのが続くから段々と慣れて落ち着いて戦えるよう対応していこうね」
笑みをたたえたまま近づいてくる司に、大吾はハッとすると剣を向けた。
「テメェ!余裕そうに戦ってたの見てたぞ!どうして女どもを守ってやらなかったんだよ!?」
「買い被りだ、こんなごちゃごちゃの混戦の中守るなんて大変すぎて俺には無理だよ。だから始めに言ったじゃないか、自分の身も守れない足手まといは連れてかないで俺達だけで旅した方がいいって。それでも守るなんて言いはるから、好きにさせてあげたんだよ」
ニコッと笑った司に、大吾は鼻息荒く興奮し、血走った目で睨みつけた。
「………お前……初めから見捨てるつもりだったのか!?」
「聞こえが悪いな、君の好きにさせてあげたんだろ。それに、盛大な送り出しのパレードに、豪勢な大きな馬車、今から勇者一行が旅立ちますよってアピールするから、さっそく狙われたね。俺は忠告したのに、誰の所為って言うならば君だよね」
「テメェッッ!!」
大吾は剣の柄を握りしめ今にも襲いかからんばかりだ。
「何それ?かかってきたら容赦しないよ。それに、そんなに俺が嫌なら1人で行けば?人のせいにするのって楽だよね、選んだのは自分のくせに。これからはもっともっと自分の判断が必要になってくる。責任は自分で取るんだ」
「クソがっ!!テメェ………許さねぇからな、覚えてろよ!」
「何を覚えてろって言うんだよ。それより人に文句つける暇があるなら、彼女を探して弔ってあげたら?」
そう言うと司は私と竜也とを見た。
「2人も遺体を見ておくといい。嫌だとか酷いとか被害者めいた事は言うな。今目を逸らしたって、これがこれから何度も目にする現実だ。自責の念も必要ない、救えない事に慣れろ」
それだけ言い、司は歯を食いしばって司を睨む大吾も無視して、無事だった馬の方へと歩いていく。
私はチラッと大吾と竜也を見てから、ゆっくりと足を踏み出した。
2人に動く気配はない。
私だって怖いけど、じっとしてるだけでは駄目なのは分かる。嫌だけど、やらなきゃいけない事なんだってことも。
司君に指示を仰ぐような形になっちゃってるけど、司君だってちょっと先に来て私達より分かってるだけで、この先の全てを分かってる訳ではない。
私達の世話役でもなくて、初めて旅立つ同じ立場なのだ。
一緒に帰ると約束した。それには相当の覚悟が必要だ。
司の足手まといになってはいけない、絶対に暗黒大陸まで行って元の世界に帰るんだから。
だから甘えるな。怖いけど、司に追いついていかなきゃいけない。
虫たちの死骸の間に紛れるように、引きちぎれたり、あちこちが潰れされた亡き骸を見た。
大吾達の案内役だった女性も、下半身が潰され、頭が半分欠けていた。
涙が溢れ、気持ち悪くて口元を抑えながらふと考える。
あの時、馬を守ったように、彼女達や騎士の人達にもシールドをかけてあげれば助かっていたかもしれない。
私がパニックになってないで、判断出来ていれば結果はきっと違っていた。私がちゃんと出来てれば………。
大吾の憤りの声が聞こえた。竜也はヒィヒィと言っている。
私を責めなかった司。救えない事に慣れろとも言った。
この先こんな事が沢山起こるんだろうか。
そんな私達へと司が声をかける。
「3人共、馬に乗る講習は受けたよね。暗くなる前には街に着きたいから、荷物を持って早く出発しよう」
見ると、馬の前に馬車から出してくれたのか、各自の皮のリュックが置いてあった。
「はぐれたら、この荷物が命綱だから離さないでしっかり持っておきなよ。あと、馬が3頭しかいないから楓ちゃんは俺と乗ろう」
もう馬に乗っている司が、私へと手を差し伸べてきた。
講習は受けたものの、長距離1人で乗るのは初めてなので、正直司と一緒で助かった。
自分の荷物を取ると、司の手を取る。
グイッと引っ張られ、司の前へと座る形となった。
いつもなら密着ー!と騒ぎそうな心も、今は疲れきっていて、慣れない馬に振り落とされないかの緊張の方が大きかった。
大吾も気に入らなそうに舌打ちしながらも、馬に乗った。竜也も大吾が馬に乗るのを見てから自分も乗る。
それを見届けてから、司は手綱を引いた。
馬が走り出すと、何も言わず大吾と竜也もそれに続く。
思わず後ろを振り返った。
地面に無数に転がった虫の死骸が遠ざかっていき、段々とただの黒い地面のように見えるようになった。
手綱を持ってるからかもしれないが、誰も後ろを振り返ろうとはしなかった。
大吾も文句は言ってたくせに、結局彼女を弔ってもあげなかった。
死体を見て、ビビってたのを知ってる。
さすがの大吾も人殺しなんてした事ないだろうから、死体を見たのは初めてだったんだろう。強がってたって怖いに決まってる。
でも、あいつが連れてこなきゃ、死ななかったのに。
私がもっと動けてれば死ななかった。
考えたくなくても、いろいろ考えてしまう。
私はもっともっと強くならなきゃいけないんだ。
元の世界へ帰るために。




