別の世界
気がつくと、そこは見知らぬ暗い森だった。
見渡す限り木しかないし、その先は暗くてよく見えない。
自分のおかれている状況が分からなくて、そのまま茫然と立ち尽くした。
「ここどこ…………?」
私さっきまで友達と買い物してたよね。
それが何でこんな所に?
可愛い雑貨屋さんを見つけて、小走りで先に行って友達を呼ぼうと振り返ったらここだった。
考えても訳が分からない。
まさか夢?
でも見た感じや、踏み締める足の感触、質感もやけにリアルだ。
その時、どこからか獣の咆哮が聞こえた。
ビクッとし、辺りを見回す。
何も見えないけれど、草木の音や、何かが動いているような音がした。
バサバサ!と上空から音がし、上を見上げると、見た事ないくらい大きな鳥が上空を飛んでいた。
3、4メートルはあるかもしれない。
まさか恐竜の生き残り?
それよりも、違和感を感じ上空に目を凝らす。
曇って薄暗いけど、夜よね。ん?えっ?あ、あれ、何で?
月が2つある!それもでっかいし、色もオレンジっぽい!月っていうか惑星みたい!?
本当にどこ、ここ?日本じゃないの?
そのまま立ち尽くしていると、茂みがガサガサと音を立てた。
何だか怖くて、音から遠ざかるように後ずさる。
これ夢よね?夢じゃなきゃおかしい。
でも、変な事件に巻き込まれて気絶させられて、無人島に捨てられたとかって可能性もある?
だが、そんな考えも一瞬で消えた。
ガサガサと音を立てながらヌッと現れたのは、3メートルはあろうかという豚の姿をした人間のように二足で立った異形の者だった。
え?何これ………。本物?豚人間?
「あ、あのー………言葉通じますか?」
すると、ギョロギョロ血走った目が私を捉えた。
微妙に焦点があってない感じだが、間違いなく私を見ている。
ダラダラと口から涎をたらしながら、豚人間は腰につけていた斧を手に持った。
ドス黒い何かがこびりついた、年期の入った汚い斧だ。
でも、これって何だかマズいんじゃないの?
状況はさっぱりだけど、嫌な予感しかしない。
嘘よね、こんな現実あるわけがない。
こんな化け物……………。
豚人間が一本踏み出し、パキンと枝が折れる音がした瞬間、私は動かないと思っていた足で一気に走り出した。
訳分かんないけど怖い!!
あの化け物には絶対捕まったら駄目だ。見るからにもうヤバい。
チラッと振り返ると、やっぱり追いかけてきている。
「嘘でしょ!?いやぁぁぁっ!!」
こんなの絶対嘘!あり得ない!
私はどこにでもいる普通の女子高生で、学校帰りに友達と買い物をしてただけなのに!こんなのが現実の訳ない!
チラ見をすると、デカい体で木々の枝をものともせず突っ込んできて距離を詰めている。
「ぎゃああっ!!いやーっ!!」
夢であってほしい。
でも枝をかきわけ、擦り傷切り傷でしっかりと痛みがあった。
けど、そんなの気にしていられる状況じゃない。
「来ないで!!いやーっ!!」
どんどん迫ってくる気配がする。
怖くてもう振り返る勇気もない。
次の瞬間、前へと踏み出した足が宙に浮いた。
へ?崖?いや坂?
そう思いながら、体はバランスを崩して倒れ、そのままの勢いでゴロゴロと下へと転がり始めた。
痛い痛い、痛いってばっ!!
パキン、バキバキと枝の折れる音と私の転がる音が長く続いた。
結構下の方でようやく止まり、私は仰向けに横たわる。
「………痛いよぅ」
でも、動けない程じゃない。
落ちてきた所を見ると急な坂のようになっていて、結構な高さだ。
その上の方に黒い影が1つ見えた。
あの豚、まさか降りて来ないわよね。
だが、まさかのまさか。影が動いた。
「う、嘘でしょ………」
ガサガサと音を立てながら豚人間が降りてこようとしてるのが分かった。
衝撃と痛みで普段なら絶対に動けないが、この恐怖を前に動かずにはいられない。
ガクガクする膝を奮い立たせて立ち上がる。
豚人間を見ると、その視線に気づいたのか走ってこようとした。
が、急な斜面なので、豚人間は足を滑らせ、大きな巨体でゴロゴロと転がり落下しだした。
「うぎゃぁぁっ!!いやーっ!!」
とにかく一目散に走り出した。
もう嫌!!何なのこれ!?夢なら覚めてよ!!
どっしーん!
大きな音がして何かが木にぶつかった音がした。
あの豚だ!これで死んでくれたら………!
でも凄く頑丈で鈍感そうだった。
とにかく今のうちにあいつから逃げないと!
ちょっと走ると、木の生えていない少し開けた場所に出た。
だが、そこにはわらわらと何かがいた。
人にしては少し小ぶりで、痩せ細り髪もなく、ボロをまとっていて、目はギラギラ、耳元まで裂けた大きな口に鋭い歯がある。
長い耳に、緑色の肌。
えっと、人間でない?
彼らが私を見つけ、動き出そうとした瞬間。
「ヒイィィー!!」
私も叫びながら反対側へと走り出した。
あり得ない!こんなのあり得ない!
ガサガサガサガサと後ろの方から音がする。
追いかけてきてるんだ!
もう嫌だ!何なのよ、ホントに!
「帰りたいよー!やだーっ!」
もうヤダ!ヤダヤダヤダ!!
何で私がこんな目に遭ってるの!?
「お母さーん!!」
怖いよ、もうお母さんとも会えないかもしれない。
私死んじゃうかもしれない。
嫌だよ、こんな訳分かんないとこで1人で死んでくのなんて。
「あっっ!!」
木の根っこに躓いて、前にべしゃっと倒れこむ。
う、嘘…………!
すぐに身を起こすが、気づくとあっという間に取り囲まれていた。
一気に血の気が引く。
私を見るギラギラした濁った瞳。
ここで私死ぬんだ。こんな怪物みたいのに殺されて、更に食べられちゃうのかもしれない。
怖いよ、お母さん…………。
彼らが動き出した瞬間に、目をギュッと固くつぶった。
お母さん、さよなら!!
だが、すぐに襲ってくると思ったのに全然痛くない。
どうしたんだろう?まさかより恐怖を味合わせてやろうと、目の前で目を開けるのを待ってたりして。
目を開けるのが怖い。
でも、何もされないのがかえって気になって、そっと薄目を開いてみた。
その細い視界に映ったのは、血を流し倒れている怪物達の姿だった。
「え?」
目を開く。そこに2本の足が映った。
ゾクリとした。私の前に立っている何かが私の事を上から覗きこんでいる。
見上げるのが怖くて、体がぶるぶると震えた。
目を閉じてたのなんて数秒だった。それだけの間に、この小さな怪物達を全部殺したのはこの前にいる奴なの?
「お前か、さっきからギャーギャーうるさかったのは」
頭上から声が聞こえた。
人の声だ。人間?
思わず顔を上げ、上を見上げる。
そこにいたのは背の高い男で、不思議そうな顔で私を見下ろしていた。
見た目は人間のようだ。
腰近くまである長い黒髪に、切長の真っ赤な瞳、顔は普段見るレベルではない、誰が見ても本物の整った造形のイケメンだ。上半身は裸で、紋様のような黒い入れ墨みたいなのが所々にある。
そして、人の3倍は長いんじゃないかという、長い耳。尖った爪に血か何かで真っ青に濡れた手。
倒れている小怪物からは青っぽい液が出てるから、あれが彼らの血なのだろう。青…………。
この人素手で倒したってこと?一瞬で?
人間っぽいけど、人間ではない?でも、話は通じるっぽいし。
「変な格好」
ジロジロと見ていた男がぽそっと言う。
ズボンしか履いてない人に言われたくないんですけど!これは、高校の制服よ!ってうわっ、ボロボロになってる!
いっぱい枝に引っかけたので無理もない。
「あ、あの……言葉通じますよね?私、関口 楓って言います。えっと、ここってどこなんでしょうか?」
恐る恐る男に話しかけてみた。
「えっセキ…カエデ………?何?名前?」
おっ、反応が返ってきた。
「は、はい。私の名前、関口 楓です」
「セキ………カエデ?」
「カエデでいいです」
聞きづらいようだし、馴染みのない名前なのだろう。
海外………と思いたいところだけど、あの化け物達はどう説明をつければいいだろうか。
「カエデか。俺はアイドリーヴって言うんだ。アヴィっていつも呼ばれてる」
そう言ってアヴィは、私の警戒心など打ち砕くような屈托のない笑顔で笑った。
これが後に、私の旦那様になるアヴィとの出会いだったという事を、この時の私には知る由もなかった。