事件現場
ツヴァイかわゆいイベントを終えた俺は、手早く食事・手洗い・洗顔の3点セットを済ませるとツヴァイを従えてマイルド神父の元に訪れた。辻斬りの事件現場・ファウスト家での捜索を俺とツヴァイが担当しながら、アインへの面会やギルドでの情報収集をマイルド神父がするという昨夜決めた役割分担を改めて確認する。
加えて、昨日は慌ただしくイベントが展開したのでレベルアップの儀式をまだ終えていないので、情報収集後にかならず儀式をしなさいと念を押された。レベルアップの儀式は冒険者ギルドがiステーションを通じての新規ステータスの確認とレベルアップ能力へのアクセス権限を承認してもらうことの2本が柱だ。
儀式というと手続きが煩雑なイメージだが、ステータスカードをiステーションに差し込んでスキル許可ソースのアップデートするだけなので、現代人の感覚に変換すると通帳記帳をするぐらいの時間でレベルアップの儀式は完了するのだ。
一方でステータス把握と能力使用の許可は個人に対する越権行為にも聞こえるが、iステーションの利用は生活に完全に溶け込んでいるので、監視されているとか制限を受けている感覚はないようだ。なお、所持金の情報は別枠で管理されているので各ギルドでステータスカードを使っても所持金を把握されることはない。この辺りの制度設計は上手だと感心した。
☆
俺とツヴァイとマイルドの一行は、いわゆる、辻馬車街道と並行した小道をストーンダウンの停留所方面に向かい一緒に歩くことにした。日の出の時刻からまだ長い時間が経っていないので、日差しがちょうど心地良い。
出発から20分程度経った頃だろうか、視界の先でウロウロしている奇妙な鳥型のモンスターを発見した。
「あれはキョロだな」
マイルド神父曰く、いつもキョロキョロと周りを見回しているからついた名前だそうで、パッチリとした目・オレンジ色の嘴・薄く黄色かがった茶色の肌をした3本爪の鳥獣で今見えている茶色の他に白・黒・赤の個体もいるとのことだった。見た目はダチョウに近いがダチョウより流線形のフォルムをしている。愛らしい顔つきで人懐っこいことから子供からの人気が高く、1人用の騎乗獣としての需要も高い。
キョロを見つけてから更に25分程度歩くと先程までキョロがいた場所の近くに差し掛かった。すると、ストーンダウンの方面からカッタンカッタン車輪の音とパカっパカっと蹄鉄音を響かせた乗合馬車が近づいてきた。今近づいて来ているのはキャラバンと呼ばれるタイプで商隊が好んで使っていると説明すると分かりやすいだろうか。馬2頭引きで車輪が4つのタイプだ。馬車には幌が被せてあるのでお客さんの顔ぶれはわからないが、御者と御者の隙間から護衛と思われる人物の姿がちらりと窺えた。あえて護衛の姿を見せて賊を牽制する狙いもあるのだろう。
乗合馬車は、朝・昼・夕方の時間帯に辻馬車街道(の拠点)を往復するもので言わば電車やバスに相当する。目的地まで直接搭乗者を運ぶタクシーに該当するものは、馬1頭引きで2輪になっているコーチタイプが主流である。残念ながらストーンダウン程度の街では客が少なく運営側が割に合わないためにコーチタイプの辻馬車が1台あるだけだ。
乗合馬車とすれ違ってから更に歩くこと20分で冒険者ギルドのある通りまで辿り着く。昨日の事件のこともあってか人出が多い気がする。マイルド神父とは一旦ここでお別れだ。俺とツヴァイは軽く手を上げて別れの合図をしながら右折して足早に事件現場を目指す。マイルド神父は俺達を少し見送ってからギルドに向かったようだ。
☆
緩やかに、くの字のように曲がっている道を小走りに進んでいくと大体5分で事件現場に到着した。俺達は辻馬車乗り場の手前の通りで辻斬りに起きたと聞いていたが、正確に言うと通り沿いの祠の前が事件現場であった。被害者の関係者が置いたのか花が手向けられている。祠の周りには木々が生い茂っていて一見するだけでは祠の周囲の様子は通りからでは直接確認出来ない。
事件現場にはもう遺体は残っていなかったが、なぜかウラガアールがいたので色々と探りを入れてみることにする。
「ウラガアールさん、おはようございます。辻斬りの現場はこちらで良いんですよね?」
「おっ、これは新米殿、朝早くからご苦労なことです。まあ、今更来てもご遺体は昨夜運ばれてしまいましたがね」
直接な言い方ではないがここが事件現場で間違いないらしい。続いて彼を見て最初に感じた疑問を投げかけてみた。
「遺体もないのになぜ、ウラガアールさんはここへ?」
「こう見えてわたし信仰深いのですよ。被疑者の方に黙祷を捧げようと思いまして」
信仰深いと言うよりも狂信的ってイメージだけど、まあいいか…少し後ろめたさもあるがアインのことを聞いてみることにする。
「アインさんの一族が全滅したという話を詳しくお聞かせ願いたいのですが?」
「今から数年前に奴の一族がある地域で悪さをしましてね。交渉人として一族と人族の間に奴が入ったわけです。一族との話し合いが上手くいかなかったのでしょうな…一族と奴は武力衝突して一族が全滅した――――それだけの話です」
ウラガアールの話は後で裏を取るとして、そろそろ立ち去る演出をしながら話を引き出す。
「そうでしたか。昨日のお話だけではわからないことが多かったので助かりました…他にも予定があるのでそろそろお暇します」
「新米殿もあのような邪悪な輩とは早々に縁を切って仕切り直しをするのがよかろう」
「ご忠告承りました―――――――。あっ、最後に、1つだけ…ウラガアールさんは事件直後になぜ事件現場に来たのですか?」
「―――――ひ、悲鳴が聞こえたのですよ。慌てて駆けつけたのですが健闘虚しく…。」
そうでしたか、それは残念でしたね…と相槌を打ちながらも初めてウラガアールの顔色が一瞬変わったことは見逃さなかった。少なくとも今の一言は咄嗟に取り繕った態度と見て間違いないだろう。
俺達は、次の目的地であるファウスト家に向かうために踵を返すのだった。