嫌疑
ツヴァイの何気ない発言からオーク討伐に関する話題の中心となった俺達は冒険者ギルドの奥にある部屋に通されて事情聴取を受けることになった。
「冒険者ギルド・ストーンダウン支部の責任者ジャッジ・ストーンヘンジだ。職員から事情は聞いているが、君達が緊急事態依頼のオークを倒したという話は事実かね?」
単刀直入に本題を切り出してきたその人物は、銀髪の髪をオールバックに固めた精悍な顔つきながら知的で物静かな雰囲気を醸し出し、交渉に長けた印象を与える50歳前後の男だ。
「数が多かったので戦利品はほとんど持って来ませんでしたが、勾玉は討伐数分、持ってきました」
そう言って麻紐で勾玉を20顆をセットにしてある物を1セットだけ見せながら返答する。
「見せてもらっても構わないかね?」
今まで沈黙を守って支部長の隣に座っていた男が口を開く。矢絣の模様をあしらった着物を着た一見すると遊び人風の男である。
矢絣とは着物などの織物に用いられる絣模様のうち矢羽根の形をあしらったものだ。
矢は1度放たれると戻って来ないため嫁入りする女性に縁起物として矢絣の着物を持たせることが多い。もし、ツヴァイに調べてもらったら“大正時代のチャーミングレディ”が着ていた袴のデザインという説明が返って来そうである。
「どうぞ」
脳内でそんな想像をしながら矢絣の男に勾玉を1セットだけ渡した。男はしばらく勾玉を吟味していたが間違いないと独りでに納得したようだ。
「これで勾玉は全部かな?」
矢絣の男が再度口を開いたので、アインに目配せすると首を縦に振ったので、残り39顆の勾玉すべてを矢絣の男に差し出す。
「これで残り全部です」
勾玉を全部渡して没収されても困ると思ったのだが、話の流れ的に渡すのを拒むのは難しかった。ただ、考えてみれば勾玉が59顆あるということの意味を考えれば相手も無茶はすまい。矢絣の男はしばらく残りの勾玉も吟味していたが、すべて本物だという結論に至ったらしい。
「良くやってくれた。オークがいなくなったと聞いた時は目の前が真っ暗になったものだが、これで枕を高くして寝られそうだ…感謝する」
心底ホッとした表情で男が話すと隣にいたギルド支部長が矢絣の男のプロフィールを補完してくれる。
「こちらは名門ファウスト家の現当主デイズライト・ファウスト様だ。緊急事態依頼を解決してくれて冒険者ギルドからも礼を言わせてもらう…ご苦労だった」
依頼書にはオークが60匹と書いてあったので疑問に思ってそこを聞いてみたところ、どうやら逃げ出したことに気づいたファウスト家に仕える私兵で1匹討伐済とのことだった。ところで…と前置きした上で支部長が続ける。
「討伐者はこの3人…で間違いないかね?」
「はい。こちらにいるアインさんが獅子奮迅の活躍をしてくれたおかげで、私のプロテクションとそこにいるツヴァイ嬢の射撃でオーク達が怯んだこともあり辛うじてオークの大軍を倒すことが出来ました」
ギルド支部長の言葉に少し躊躇しながらも、この3人で1番もっともらしいシチュエーションを示しながら説明した…。と同時に本来受けていた依頼に関する報告もしてしまうことにする。ツヴァイの扱いがどうなるかは不透明だが、依頼内容自体が胡散臭かったことを説明しないとスッキリしないで、俺は箇条書きの要領で説明する。
・依頼にあった魔導具が実はデスクトップ型端末のコントローラー(音声通話デバイス)だったこと
・サブ管理者のオーディションに合格したこと
・デスクトップ型端末がツヴァイの姿に変形したこと
・ツヴァイに名付けの依頼を受けたのでツヴァイと名付けたこと
・ツヴァイの意志で俺についてきたこと
ギルド支部長と矢絣の男の2人は頷きながら話を聞いていた。俺が話し終わると矢絣の男が満面の笑みを浮かべ…パチパチパチと拍手をしながら話し始める。
「素晴らしい。まさかそちらの依頼も解決してくれたなんてね」
「えっ」
状況に頭が追いつかない俺は素っ頓狂な声をあげていた。アインやツヴァイにしても理解不能な反応をしている。
「実は魔導具の依頼も僕が出したものでね―――そちらのツヴァイ嬢のサブ管理者に誰かがなった方が世の中の役に立つと思ったので、新米の冒険者全員に依頼を受けてもらうように働きかけをさせてもらっていたのさ」
「え~と、確か俺の冒険者ギルド登録で担当になったシルカ嬢が俺にこそ最適な依頼だと説明されたんですけど?」
さっきまではTPOを弁えて私と言っていたが馬鹿馬鹿しくなったので、一人称を俺に変更させてもらった。
「人間やっぱり“貴方にだけ”とか言われた方が特別感があって有難味が増すでしょ?」
矢絣の男は悪びれもせずに言ってくる。あんたは迷惑メール配信業者か。そのうち、余命半年で2億円くれるとか言って来そうな雰囲気である。最近、濃い登場人物のおかげで記憶喪失が完治した気分になってくるのは気のせいか―――と、少々ツッコミに疲れて来た頃にタイミング良く、部屋に通じるドアからコンコンとノック音が響く。
「ジャッジ支部長、デイズライト様の私兵ウラガアール殿が危急なご報告があると取り次ぎを希望されていますが如何致しましょう?」
「早急にこの部屋に通しなさい」
矢絣の男と違い、ギルド支部長の方は知的で物静かな雰囲気を崩していなかった。
☆
「失礼します。デイズライト様、大変です…先程、辻馬車乗り場前の街道で辻斬り事件が発生致しました―――。犯人は依然逃亡中なのですが、被害者の遺体に残された傷痕から鋭利な武器によって斬殺されたものと思われます」
そこまで一気に話したウラガアールはアインと彼の愛剣に視線を向けて憎々しげに睨みながら話を続ける。
「犯人は血に飢えていて人族に仇なす殺人鬼です。例えば、そこにいるゴブリン族の戦士など犯人像にピタリと一致すると思われますが如何でしょう?」
先程の視線からより憎しみが籠った声をアインに叩きつけるようにして断言する。
「アインさんは無実です。俺とツヴァイが証人です」
大した根拠もなしにアインを犯人扱いするウラガアールに擁護の反旗を翻す。
「わかっておりますとも。そこなゴブリンにアリバイを主張するように強要されているのでしょう。新米冒険者といたいけな少女が凶悪なるゴブリンに逆らえるわけありません」
なにやら会話が噛み合う感じがしないのでアプローチの方向性を変えてみることにする。
「逆らえるとか逆らえないとかは置いておくとして、ウラガアールさんも証拠がある訳ではありませんよね?“疑わしきは罰せず”とも言います。ここは一旦落ち着いて情報を整理するべきでは?」
アインが犯人じゃないのは間違いない。証拠がなければ裁くことに正義なしと訴える。
「ゴブリンなんぞに疑わしきは罰せずなどとは…新米殿はお優しいのですな―――が、心配はご無用。奴等は存在そのものが邪悪なのです…。邪悪なる者は誅殺せねばなりません!!!」
ウラガアールの瞳に狂気の光が宿る。その様はオーク達の目に映っていた狂気と同種のものに思える。これを放置するのは危険過ぎる―――。俺の頭の中で危険を知らせるサイレンが最大級の音量で鳴り響いた。
「わたしは、今までも…そして、これからも人族に対して敵対するつもりはないのだがね?」
アインがやれやれと言った感じで言い放つもウラガアールは辛辣に反論する。
「一族を見捨てた者の言い草など、なんの説得力もあるまい?」
「なっ、アインさんに限って一族を見捨てるなど…そんなはずはない」
クールではあるが、俺自身彼に救われたことがあるだけに思わずそんな一言が俺の口を衝いた。
「おんやぁ~、新米殿はご存知ない?その男のおかげで彼の一族は全滅したのですよ?」
「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを―――。」
しばらくの沈黙の後、彼の有名な名言になぞられた言葉をつぶやいてアインは口を噤んだ。