パーティー結成
俺の名はヌル。
ストーンダウンの北側にあるシュソン村に住む元神父であるマイルドの家に居候させてもらっている異世界人らしい。
――――――――異世界人らしいという曖昧な表現なのは、俺がいわゆる記憶喪失ってやつでここに来る前の記憶を失っているからだ。ツェンスクエアという山林地帯を彷徨って魔物を襲われていたところをたまたま通りがかったゴブリン族の戦士に助けられて、そのゴブリンの知人であったマイルド元神父に保護されて今に至る。
マイルド元神父は、訳ありで神父の職を剥奪されてしまったそうだが、人格者でこの世界のことを何も知らない俺に色々と教えてくれた。ここが「剣と魔法と竜」のファンタジー三大要素を持つ世界であること。ごく稀に俺のような異世界人が来ることがあって、色々な情報力で異世界人達が世界の状況を変化させてきたこと。
なりよりも人語を教えてくれたことに関する感謝の気持ちは大きい。以前、神父だった頃に手に入れた異世界人語の翻訳本(写本)を使ったマンツーマン指導してくれたおかげで人並みにこの世界の人語を話せるようになった。
その上、ステータスカード発行にも尽力してくれた。ステータスカードは、iステーションによって名前・種族・職業・レベル・所持金などを管理出来る個人カードで、iステーションは個人情報管理(イメージとしてはコンビニATM上位互換)端末である。セキュリティはマナ波紋(指紋の精神バージョン)によって管理されマナ波紋は、1人として同じ波形を持つものがいないので、安全安心が保証されているとのことだった。
マイルドに保護されてから約1年が経ち、そろそろ恩を返していかないといけない時期だと感じていた俺は、ある冒険者のサポート兼マネージャーとして初めての依頼に挑もうとしていた。
☆
「ヌル、あなたがここに住み始めて約1年…わたしからは人語と初級魔法、アインからは剣術とゴブリン語を習ってある程度冒険者としてやっていける下地は出来たと思います。―――――が、この世界では人の命はとても脆い。慎重の上にも慎重な姿勢で生命を大切にして下さい」
「はい、マイルド神父様。今まで本当にお世話になりました」
「もう、わたしには神父の資格はありません。―――――があなたの無事を神に祈っておきましょう。迷える子羊に幸あらんことを…祝福」
マイルドが両手を握りながら祈りを捧げると祝福の魔法が発動して俺の身体を包み始める。全身を淡い光の膜が包み終えると軽い高揚感が湧き上がっていた。
祝福は神聖魔法に属している初級魔法だ。ただ、魔法としては珍しく持続効果が非常に長いタイプで効果が1日持続する。冒険者のパーティーで聖職者系の職業が重宝されるのは回復魔法に長けていることが一番の理由なのは間違いないが、密かに祝福の使い勝手の良さも大きいではないかとの持論を持つ人もいる。
そんなことを考えているとタイミング良く待ち人が現れた。ゴブリン族の戦士アインである。冒頭で俺を助けてくれたゴブリン族こそ彼である。いつもながら登場タイミングが良いのは彼の特殊スキル直感に拠るところが大きい。
直感スキルは簡単に言えば勘が鋭いってことなのだが、危機察知に始まり敵の弱点を見抜く・隠された物を探し当てるなど、非常に守備範囲が広い。ただ、精度に関しては気休め程度の場合がほとんどである。
従来のスキルと特殊スキルと呼ばれる場合の違いはスキルの格の違いに拠るもので、基本的に先天的な素質であるスキルは熟練度でのレベルを上げるという強化は出来ても格を上げることは不可能とされているので、特殊スキル持ちはそれだけで重職に就けるくらい優遇されるである。
ただ、アインの場合はゴブリン族という人族と敵対する勢力の出自なのが災いして、特段の扱いは受けていない。ある意味ゴブリン族なのに人族並の対応をしてもらえていることがゴブリン族にしては特段の対応なのかもしれないが、俺的には命の恩人への微妙な扱いには憤りを感じている。それ故に人族としてアインの役に立つことを考えた末に冒険者ギルド関連のマネージメントをしたいと名乗り出たのが2か月程前であった。
事前調査を兼ねて冒険者ギルドに馴染んでおこうと思い、先月からは冒険者ギルドにも顔を出している。冒険者ギルドと言うと単独の施設を指すように思えるが、ストーンダウン程度の規模の街では冒険者ギルド・商業ギルド・農林水産ギルドなどが寄り合いで運営しているのが普通だそうだ。
ストーンダウンの冒険者ギルドは依頼人用受付が1つと冒険者用受付が2つあって、5人(女3人男2人)で構成されている。冒険者用受付で新規冒険者登録した時はシルカという1番若い女性職員が対応してくれた。その時にオススメされたのが今から赴く予定の今回の依頼である。
☆
「アインさん、ご足労お掛けしました。準備は出来てますので今から出発しましょう」
そうだなとアインが頷く。本来、ゴブリンのイメージだと腰布1枚でぽっこりお腹の小太りした子供程度の身長で壊れかけの短刀か棍棒という出で立ちが相場だと思うが、アインは違う…背中にグレートソードを差していてスケイルメイルに包まれた腹部は引き締まっていて一切無駄な脂肪がない。身長は成人男性程度で頭部のアイアンヘルムには角が1本。何より特徴的なのは、およそゴブリン族とは思えない“真っ赤な肌”をしていた。
☆
今、俺とアインはツェンスクエアにある遺跡に向かっている。奇しくもアインに以前助けてもらった場所の近くだ。その時はまだ俺には名前がなかった。マイルドのところに運び込まれた後で記憶がないことが判明して、0からの再出発するという意味から異世界人語の翻訳本に載っていた0の名をマイルドにつけてもらったのだ。
その後、アインのマネージャーとしてやっていくと表明した時にそれならば…とアインが俺に名前をつけてほしいと言って来たのでヌルとセットで面白そうな名前として0の次は1だろうということでアイン(異世界人語から抜粋)に決まった。余談だが、アインのそれまでの名前はゴブリムルとのこと。
今回の依頼は、遺跡の最深部ある部屋に置き忘れてきたと思われる四角い魔道具の回収だ。そんなもの置き忘れた本人が取りにいけば良さそうなものだと思うが、時々こういう簡単なお使いクエストでビギナー冒険者に成功体験をさせる場合もあるみたいなのだ。ただ、遺跡のすぐ南側にある森林地帯でオークの目撃例もあるので、万が一を考えてアインと組んでいる俺に割り振られたって感じなんじゃないかと思う。
遺跡に着いたので入り口でスプライトを召喚して明るさを確保した。暗視を持つアインには必要ないが、俺には暗視がないので仕方なく召喚させてもらう。ランタンも持ってきたのだが片手が塞がるのを考慮しての選択だ。前衛をアインがつとめ後衛を俺が担う。
トラップの類はないとの情報だったが、一応警戒しながら先を進んでいったが拍子抜けするくらい何事もなく最深部に辿り着いてしまった。
最深部は3m×4mの部屋になっていて、奥に何か装置らしき物体が置かれている。装置の右側の上部に四角い魔道具と思われる物が置かれていた。アインが魔道具を回収しようと手に取ると装置から声が聞こえてきた。
「XYZ68000型デュアルコアCPU3.84THz内蔵コンピュータモデルⅡ…緊急事態発生につき低燃費モードにて稼働しました。メイン管理権限を持つマスターからの命令が受信出来ないので、サブ管理権限者のオーディションを行います。オーディションの合格条件は3つ。オーディションに移行する場合はコントローラーを元の位置に戻して下さい。もう一度説明を聞く場合はコントローラーをそのまま持ってお待ちください」
俺とアインは思わず顔を見合わせる。一瞬躊躇したがどちらからとなくお互いに頷き合う。アインがコントローラーと呼ばれる魔道具を置くと音声が切り替わった。
「1次審査に入ります…1次審査は謎解きです。コントローラーに向けて音声で回答して下さい…朝は4本足、昼になると2本足、夕方には3本足になるこの生き物は何?」
「人間」
俺は咄嗟に回答していた。明らかにヌル以前の知識なのがわかるが、他の記憶は思い出せなかった。ちなみに、アインはそうなの?って感じの表情だ。
「ピンポーン、正解でーす。2次審査に入ります。2次審査はクイズです。コントローラーに向けて音声で回答して下さい…この部屋の奥行きは3m幅は4mで対角線の長さは5mですが、このように直角三角形の比率を求める時に使うのは何?」
「ピタゴラスの定理」
これもそうだ。ヌル以前の知識だが反射的に回答していたが、他の記憶を思い出すには至らなかった。アインはなんかすごい単語知ってるなって表情だ。
「ピンポーン、正解でーす。最終審査に入ります。最終審査は適性検査です。1人ずつ血液を採取させて頂きます。なお、この診断結果はこの最終審査にのみ使用するのでご安心下さい。今からモスキート型血液採取ユニットが採血しますので、破壊しないで下さい」
音声案内が終わってしばらくすると拳大くらいの蚊型の飛行物体が俺とアインの手の甲に止まった。
「今から採血を始めます。採血が終わってご自身の血液採取ユニットがコントローラーの前に停止しましたらお名前をコントローラーに向けて発声してください」
採血は2人ともほぼ同時に終わって、なんとなくひと心地つくとまずはアインの方の採血ユニットがコントローラーの前で停止したので、彼が先に名前を告げる。
「わたしはゴブリン族戦士アインだ」
採血ユニットは赤い明滅を繰り返していたが、1分ほど経った頃に明滅を終えて青色に変化した。続いて俺の採血をした方がコントローラーの前で停止した。
「俺の名前はヌル」
俺が名乗るとアインの時と同じように採血ユニットが赤く明滅を繰り返した。やはり、1分くらい経った頃に青色に変化した。ここまでの流れに差異は見られない。
☆
「それでは、最終審査の発表に入りまーす。まず、アインさんの方ですが、とても健康的で素晴らしい肉体の持ち主だとわかりました――――が、残念ながらサブ管理権限者の資格獲得には至りませんでした」
「次にヌルさんの方ですが、健康面は標準的な感じで可もなく不可もなくの印象でしたが――――、サブ管理権限者の資格を与えるに足ると判断致しました。つきましては、サブ管理者として任命させて頂きます」
「えっ、まじですか?」
「本気と書いてマジと読むくらいマジです」
何が良かったのかはわからないがサブ管理者に任命されてしまったようだ―――って一体どうすりゃいいんだ!思わずアインにアイコンタクトすると彼はポンと肩に手を置きながら呟く。
「まあ、ガンバレ」
頑張れの部分が微妙にカタカナになっているのが気になる。俺にはアインをマネジメントするという崇高な使命がある。ここは心を鬼にして断りを入れるべきだろう。
「えっと、なんちゃらモデルセカンドさん…誠に残念ですが俺には非常に重要に使命がありまして、あなたのサブ管理者になることは出来ません!!!」
よし、!×3つできちんと気持ちは伝わっただろう。やっぱり、こういうことは最初にガツンと言わなくちゃね。心の中で自画自賛に酔いしれる俺を尻目に異変が起こった。さっきまで鎮座していたXYZ68000型デュアルコアCPU3.84THz内蔵コンピュータモデルⅡが変形を開始したのである。
☆
突然の変形劇が終わるとそこに現れたのは見た目11歳くらいのジト目・幼児体型・ツインテールの美少女だった。
「サブマスターの血液情報から好みの容姿を推測してカスタマイズしてみました」
どこかで見たことがあるようなないような宇宙戦艦オペレーター風美少女を前に癒される一方で激しく動揺する。確かに好みのタイプなのは認めよう。だが、だからと言ってだらしなくデレられるものではないと言うか、年端もいかない少女に萌えている場合じゃない。そんな葛藤を知ってか知らずかアインが再び俺の肩にポンと手を置いて呟く。
「生殖行為にはまだ早いかもしれんが、生き物が番に若さを求めるのは自然な事だ」
アイン自身はストイックな雰囲気なのにゴブリン族だけに妙に寛容な感じであった。
「いやいやいや、そもそもサブ管理者になることすら認めてない上、こんな“ちみっ子”をマイルド神父のところに連れていけると思いますか?」
「そんなヒドイ、あなたの たびに わたくしもおともしとうございます。このわたくしも つれてって くださいますね…イエス/ノー?」
「ノー」
「そんなヒドイ、あなたの たびに わたくしもおともしとうございます。このわたくしも つれてって くださいますね…イエス/ノー?」
まずい、この会話の流れは有名な国民的RPGの無限ループのパターンだ…俺の額からたら~っと一筋の冷や汗が流れる。あれっ、でもRPGって何だっけ?知らない知識のはずなのに何故か反射的にわかってしまう自分自身に戸惑いをおぼえる―――と同時に見た目の愛らしさに反して強制話術を繰り出してくる目の前の美少女につっこみを入れない訳にもいかないだろう。
「ルリ〇リなのかロ〇ラ姫なのかハッキリせいっ!」
「それはサブマスターの御心のままに…貴方がル〇ルリを望まれるならルリ〇リに、ロー〇姫を望まれるならロ〇ラ姫と名乗りましょう…そんなわけでサブマスター、必ずお役に立ちますのでサブマスターの最初のお仕事としてどうか命名をなさってください」
!!!!!
この技のキレはっ!と思わず世紀末救世主のようなコメントが頭に浮かんだがすぐに否定する。この愛らしい少女をア〇バにしてしまうほどの罪深さを背負うことなど出来ようはずもないのだ。それに、この少女…先程から巧みに記憶の深遠より情報を引き出している。一緒に行動していれば記憶を甦らせる助けになってくれそうだ。
「仕方がない。多少納得がいかない部分もありますが役に立ってくれると言う話を信じてサブ管理者になることにします…命名の件ですが、俺が0・彼が1なので…2でどうですか?」
「イエス、サブマスター…いえ、ヌル―――ツヴァイで新規ネーミング登録しておきました。ついでに、特殊スキル“決闘特化”を取得しておきました。デュエル戦闘に関しては処理速度大幅向上により200%戦闘力向上が図れます」
そう言いながらいつの間に作成したのやら短銃の二丁拳銃を構えてポーズを決めていた。なお、服装は宇宙戦艦オペレーター風コスチュームである。
☆
ツヴァイをお供に迎えて俺達は遺跡の最深部を後にすることにした。バタバタして本来の目的である魔道具の回収という依頼を忘れかけていたが、今回の場合はどんな扱いになるのやら?
ただ、最深部にあった魔道具はツヴァイがXYZ68000型デュアルコアCPU3.84THz内蔵コンピュータモデルⅡであった時のコントローラーだったわけで、忘れ物だという依頼自体が非常に胡散臭い内容である。―――とすれば、出口付近に曲者が待ち構えていることだろう。監視や接触に止めるかツヴァイを見て襲いかかってくるかはわからないが、変形して人型になっている展開を予想出来る可能性は低いので、もし接触してきたらツヴァイはたまたま遺跡にお宝を見つけに来た冒険者…に憧れる迷子の少女という設定を作っておく。衣装や銃器はコスプレの一環という力技で切り抜ける予定だ。
設定を3人でシェア出来たところで出口に向けて足早に動いた。来た時と同様に途中経過は何事もなく出口付近になると遺跡の外側の日射しが射し込んで来て否応なしに出口を意識してしまう。アイン・ツヴァイ・俺の隊列で無事遺跡から脱出を図ったのだが、気の回しすぎだったのか遺跡の周囲には人影が見られなかった。