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幼馴染の二人




「かんっっっぺきに騙されましたわ!!」


「だろう? あれの二面性はとてつもないが、信用にたる男だということは自信をもって推せるぞ」


「あたくしの可愛いカナリアが、ティンバー様に持っていかれてしまいましたわ! これは由々しき事態!」


「いいことだ。カナリア嬢にも君にも必要なことだ。恋をすることで彼女はとても美しくなった。あ、元からだけどね。そして君は私との時間をもうちょっと大切にするようになる」


「あら、あたくし、フラングル殿下と二人きりの時間をいつでも大切に思っておりますのよ?」


「おや、唐突にデレたね」


「しかし、カナリアが最も大事なので貴方を放っておくこともやぶさかではございませんわ!」


「そうそう、その態度ね。まったく大切だと思ってないのを感じさせるそれが君らしいよ」


 ミシェエラ専用のサロンで毎度おなじみの夫婦漫才をしているフラングルとミシェエラの話題はこの間のサマーパーティーでの一件についてであった。

 美しく着飾ったカナリアは天使と見まごうばかりの美貌だった。

 艶やかな漆黒の髪も、宝石のような黒曜の瞳も、白磁の肌も、薔薇色に色付いた頬も誰にも負けないくらいの美しさだった。小さな顔も、華奢な身体もすべてにおいて完璧なまでの美貌であったが、会場に音楽が流れ皆がファーストダンスを踊る為に中央へと足を向けたすぐ、始まったランドールとカナリアのダンスにくぎ付けになった。


「カナリアはお歌とダンスが得意で、それについていける殿方がいらっしゃるとは思わなかったわ」


「はは、この国では一応伯爵位だけど、他国では彼の血筋は王族に連なるものだからね。それくらいのレッスンは受けているよ」


「本当にどこからあんな傑物を連れてらっしゃったのかしら。あなた、本当に恐ろしい人ね」


「ランドールは貴族としてより、商人として生きがいを見出しているからね。面白い男だ」


 カナリアは歌とダンスが抜群に上手い。

 中々披露する場所がなかったが、何度もカナリアのダンスレッスンをみているミシェエラはまるで人が変わったかのように踊り狂うその様にいつでも感嘆の吐息をこぼしてしまう。あの華奢な身体のどこにあんな底力があるのだろうか毎回不思議に思うくらいだ。歌にしても、ただ歌うだけで誰しもが息をのみ、その美しく情熱のたっぷりつまった高音と声量ところころと鈴が転がるようなビブラードに惹かれる。そんなカナリアの喋り声は小鳥のさえずりのように軽やかで耳障りの良いもので、それがまた他の令嬢たちの癒しになっている。

 しかも、容姿はランドールお手製の一級品ときている。

 今やミシェエラを超えてカナリアは学園一の高根の花へと成長した。

 今のランドールの楽しみは、カナリアを飾り立てるアクセサリーやドレス、果ては化粧品を自身の手で作り上げることであり、カナリアの美しさに傾倒した貴族たちがこぞって彼女が身にまとったアクセサリーやドレスをティンバー商会で買い、ランドールが開発している化粧品がいつ商品になるのか手ぐすね引いて待っている状態である。

 そして、サマーパーティーでカナリアが着た片口が露出してとってもセクシーだけど、プリンセスラインということもあって可愛らしさが引き立つというあのドレスも人気のデザインで、茶会や夜会でそのドレスを着ている令嬢は大多数を占める。

 流行の先端を突っ走るランドールとカナリアだが、それが面白くないという令嬢も矢張りいる。




 

「ランドール様ぁ~~!」


 甘い声音でランドールを呼ぶ声が聞こえて、カナリアは小首を傾げて図書館の小窓から学園の中庭を見下ろした。

 秋も終わり、そろそろ冬がやってくるドッシュ国の空は昼間でもうっすらと寒い。

 そんな庭を淑女とは思えない大仰な動きと、スカートをはためかせ走るその姿は元庶民ならではなのか、カナリアは思わず口元を小さな手で覆った。

 驚くカナリアを他所に、ドリ男爵令嬢リーリアは目当ての人に勢いよく抱き着いた。


「!」


 こちら側を背に向けている為に、ランドールがどんな表情を浮かべているのか判らないが、さらに驚いたカナリアはのぞき見になってしまっているがそちらから目を離すことが出来ず、事の成り行きを見守ってしまう。

 リーリアは満面の笑みを乗せて、ランドールにあれやこれやと話しているようだが彼を呼び止めるための声が一際大きいだけで、二人が喋る声はここまで聞こえてこない。

 一人だったランドールとは違い、色んな男性を連れたリーリアの一行はそれなりに目立つ。ミシェエラが言うには、一時期より数は圧倒的に少なくなったらしい。

 そんなリーリアの次の狙いはランドールらしく、なにかある度にああやってランドールに抱き着いたり腕を絡ませたりと好き放題やっている。あれを見ると、男女の付き合いというものはもっと距離を置かなくてはいけないのだと自覚する令嬢が多く居るのだという。あれはあれで反面教師として実に良い見本となっているようだ。

 しかし、それを自身の婚約者でされるのはさすがのカナリアも辟易する。リーリアを相手するランドールはいつものニコニコ笑顔で、腕を絡められても抱き着かれても嫌がるそぶりをしない。彼の性格上、邪険にすることが出来ないのか。

 リーリアはランドールに会う前からカナリアに意地悪をされたと噂を吹聴して回っていた。今はそれをランドールに喋っているらしい。


「はぁ…」


 ため息を一つついて、カナリアは小窓から離れた。

 今日はカナリアのクラスの授業が早めに終わり、ここでランドールがやってくるのを待っていたのだが、あの調子じゃここに来るのも遅れるだろう。

 選んだ本を借りて、紐で纏め図書室を後にした。馬車が待っている場所に赴く際に、先ほどカナリアが見下ろしていた場所を通る。そこに足を向ければランドールと彼にくっついたリーリアを視界にいれることになる。いち早くカナリアに気づいたランドールに手を振って「またね」と告げて、足早に公爵家の馬車が待つ場所へと歩む。

 途中で話したこともない令息に話しかけられるが、気落ちしているカナリアは適当に相槌を打って歩く。


「カナリア!」


 隣に並び歩いていた令息が息をのみ、カナリアから離れた。

 そこにランドールがやってきて、令息を押しやりカナリアの隣へと並び立つ。まさか追いかけてやってくるとは思わなくて驚くカナリアの手を握り、ランドールはいつもは人当たり良くニコニコと笑っているその瞳をうっすらと開けて、カナリアを見ていた。


「カナリア、勉強をしようか」


 カナリアには幼馴染のフラングルとミシェエラの纏う色香というものがいまいち判らない。貴族教育の中でもある“大人”を演出するための大事なものの筈なのだけど、こればかりは知識があったとしても理解できない。

 だが、これは判る。

 赤い、魅惑的な瞳をうっすらと開いて流し見られるそれだけで腰が砕けそうになる―…これが、壮絶な“色香”だと。




「さて、カナリディア君。人には向き不向きがあることをご存じかな?」


「あらあら、なにがはじまったのかしら」


 いつもの公爵邸のいつもの応接間。そこにどこから出したのか、ランドールは黒板を壁にもたれ掛からせ、こちらもどこから出したのか銀縁の眼鏡なんてアイテムを掛け、カナリアに質問をする。ミルクティー色の髪がはらりと目元に影を落とす。いつもの笑顔なのに、雰囲気が違って見えた。

 ノリのいいランドールに楽しくなってカナリアは質問に対して考える。


「わたくしは貴族でありながら、社交が苦手ですわ」


「そうだね。でもそれはいつかはなんとかなるものだ。今だって君は社交界で流行の最先端である令嬢で、皆の憧れの的だ」


「それはランドール様がわたくしをサポートしてくださっているからに過ぎませんわ」


「君はとても控え目で、少しじれったくなるね」


 ふわふわのカナリアの髪を一撫でして、ランドールは黒板に文字を書いていく。


「社交であったり、内面であったり、そういうものは気合でなんとかなるもんだ。頑張っている君を見るのがなによりも大好きな僕が言う。成長しているよ、カナリディア君」


「まぁ! ふふっ! うれしいわ、ランドール先生」


 ランドールはカナリアの欲しい言葉をいつでもくれる。それはカナリアが頑張っていることをちゃんと理解しているからだ。

 黒板には色の名前がつらつらと書き連ねてある。それがなにかと考えて、お国柄の髪色だとカナリアは気づいた。


「そう。この世界には国によって様々な髪色が存在する。カナリアの髪はヴァウルン国特有のものだね。それでもそこまで艶やかな髪は中々ないよ」


「そうなの? 黒い髪ってとっても重くて、香油をつけてもまったくスマートにならないこの髪が本当に嫌でたまらなかったの。でも、ランドール様に頂いた香油を付けたら髪が纏まるようになって、あれは不思議なものね」


「君の髪質とこの国の髪質は違うものだから、当たり前だよ。君にはヴァウルン国の香油が合っている。あちらの香油は製法が特殊で、髪に使う分には相性がいい。この国の髪質にも合うすぐれものだ。それを僕自身のブレンドで作り上げているんだけど、肌に異常はない?」


「ええ。わたくし、あまり強い薬剤は肌が赤くなってしまうのだけど、ランドール様がプレゼントくださるものはどれも合っているのね、とても調子がいいの」


「それが向き不向きだ。僕が作っているものはカナリアの繊細な肌に合うよう調合された化粧品で、これは独自の製法だからどこにもレシピを披露していない。君の髪を飾るために作った真珠に似せたこの珠もお湯で流せば消えてなくなる」


「あの珠は不思議ね。真珠のようなのに、お風呂に入ればなくなってしまうの。それに、とても良い匂いがするわ」


「お湯で溶けた後はバスジュエルの役割を果たすから、安心して使ってね。僕が作るものは君に害を与えない、それのみに特化したものだよ。でも、それに似せてつくれる人間も存在している」


 黒板にはあっという間に薬草に記号が並びだす。

 ランドール独自の研究で編み出された身体に害のない宝石を作り出すための記号である。勿論、研究の一端を担ったのはあらゆる知識をストックしているカナリアだ。それがどの薬草を意味しているのか理解している。

 精製方法だったり、分量だったり全てカナリアを基準にして作られた特別な品物だ。知らない人間が一朝一夕にできるものではない。


「僕は君の存在のお陰でヴァルルン国の薬草を知れた。しかし、知らない人間はこの国の材料でなんとかしようとする。その結果、それは似たようなものだけど違うものになる。一見、煌びやかなものだけど、人の肌には到底合わないものになる」


 それは、ただの毒だ―…。




 そのランドールの言葉がカナリアの耳に残って消えない。





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