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ランドールという男




「ねぇ、ミラちゃん聞いてちょうだい? ランドール様ってすごいのよ? こーんな小さなアクセサリーを器用に細工していくのよ?」


 ふわふわと微笑むカナリアの両耳には金細工で綺麗に加工されたルビーの宝石が輝いていた。


「ねぇ、ミラちゃん。わたくしの世界というものは本で得た知識しかなかったのだと思い直したの。ランドール様ってすごいのよ? わたくしの髪を綺麗にツヤツヤにしてくれるの」


 黒髪用のオイルを他国から入手したらしく、カナリアの髪が以前よりいっそう輝きを増していた。


「聞いてミラちゃん。昨日は少しだけ前髪を切ったの。ランドール様が切ってくれたのよ」


 大きな黒い瞳がキラキラと輝いているのがよく判る。それを見て、ミシェエラは悔しいが、フラングルの審美眼はさすがだと唸るほかなかった。

 放課後はいつもミシェエラ専用サロンでお茶をしておしゃべりをしていたのに、ランドールが学園主催のサマーパーティー用にカナリアに合わせたドレスとアクセサリーを送りたいと言い、それには矢張りカナリアの人となりを知る必要があると尤もらしいことを口にして放課後になるとカナリアを引っ張って帰ってしまう。

 そして、次の日にはキラキラと輝かんばかりの笑顔と共にいかにランドールという男が器用で素晴らしいかというカナリアの惚気が始まる。

 三歳の時に王家主催のお茶会で会った時からミシェエラとカナリアは大の仲良しで、いつでも一緒だった。基本的に公爵家の図書室が生息場所であったカナリアが、ミシェエラではなくランドールの手をとって街へと出ていくのだ。


「これが親離れというものかしら? あたくし、涙が出てしまいそうよ」


「我慢するんだ、ミラ。ドリ男爵令嬢をぎゃふんと言わせるんだろう? 着々と準備は整っている。サマーパーティーが待ち遠しいよ。勿論、私も君にドレスとアクセサリーを準備しているから楽しみにしてくれよ?」


 カナリアの保護者代表であるミシェエラとフラングルが仲良く帰る二人を眺めて、自分たちもそろそろ帰ろうかと手を取り合う。




 カナリアとティンバー家のランドールが婚約したという話はすぐ学園に知れ渡った。

 令息たちは野暮姫と名高いカナリアの婚約者になったランドールに同情的だったが、仲睦まじいその様子にあれこれと声を掛けるのは下品だと気づいたのか二人のことを噂する令息はいなくなった。

 あれこれと難癖をつけてくるのはドリ男爵令嬢のみだ。

 ここが学園という場所でなければ、ドリ男爵は百回は取り潰されているだろう。学び舎としての場所に家の権力を持ち込むのは良しとされていない為、令嬢たちは諫めるだけに留めて居る。


 そして、そのドリ男爵令嬢をどうにかして大人しくさせることは出来ないかと令嬢たちが話し合った結果、サマーパーティーで淑女として立派に着飾ったカナリアをドリ男爵令嬢にぶつけるという戦法だった。

 サマーパーティーと言っても夏に開催されるわけではなく、少し涼しくなった秋口に開かれる。学園のイベントの中でも大きい部類のパーティーである。

 小さな社交場ではあるものの、ここで各々学んできたマナー等を披露する場である。婚約者がいる令嬢は令息からプレゼントされたドレスを着て参加するのが通例であり、このくらいの時期になるとあちらこちらで婚約者同士がパーティーの衣装の色合わせの相談を始める。



「カナリアには赤色が似合うよ」


 ニッコリとランドールが笑い、布見本をカナリアに見せる。

 薄いものから目も覚めるような鮮やかなもの、黒に近いそれでも赤色の見本をテーブルの上に並べ、ドレスのデザインと合わせてカナリアがより一層引き立つ色を楽しそうに選ぶランドールにカナリアが困ったように小首を傾げる。


「わたくし、赤色が似合うとは思わないのだけれど。いつもだったら萌黄色だとか、淡い色合いのものを選ぶのよ?」


「それは可愛らしいね。そんなカナリアも見たいけど、きっと赤色が似合うよ。差し色で君と同じ黒のシルクを使おう。ツヤといい、まるで君の髪のようだ」


「随分と派手ではなくて? ランドール様はそんなわたくしをエスコートしなくてはならないのよ? 恥ずかしくなりません?」


「僕がカナリアをエスコートできるなんて夢みたいだ。きっと皆悔しがるだろうな」


 ご機嫌なランドールはフリルたっぷりの黒のパニエでドレスのスカートを膨らませ、少女感を演出するが片口は大胆にも露出する形のプリンセスドレスを用意する予定だ。勿論、色は赤色で差し色に使う色は黒である。

 アクセサリーは既に用意してあって、一足先にカナリアにプレゼントしてある。ティンバー領で採掘できる純度の高いルビーを金細工で加工した一級品だ。しかも、こちらはランドールお手製でこの世に一つしかない特別なものだ。


「ランドール様がよくしてくださっているのは判るのよ? でも、どうしてそんなによくしてくださるの? フラングル殿下がなにか仰ったのなら気にしなくていいのよ?」


 フラングルはカナリアの為にランドールを紹介してくれたが、フラングルは王族であり王太子殿下である。そんな人にもたれた縁を伯爵家が無下にできるわけもない。ランドールはいつでも優しくカナリアを構ってくれる。手を引いてくれる。十分すぎる程に素敵な婚約者であった。

 しかしカナリアは野暮姫と呼ばれるほどに、パッとしない。どんな呼び名で呼ばれようが気にしなかったカナリアであったが、ここにきて不安になってしまった。令息たちには“パス”されてきた残り物であるカナリアにここまでよくしてくるのはフラングルの威光が強すぎて無理をしているんじゃないかと。


「それはないです。殿下は僕に“自分の手で原石を磨いてみないか?”と仰っただけです。最初はカナリアを一目見て僕の手で綺麗になった君を見てみたいだけだった。でも、今は婚約者として君が楽しいと思う事をしてみたくなった。君との時間を共有したい」


「ランドール様…」


「だからね、カナリア。その前髪をもうちょっと切らせてね。きっと可愛いから。その不思議な瞳も、僕を見て色付く頬も僕は全部が大好きだよ」


「もうっ、すぐそうやって前髪を切ろうとするんですもの」


 恥ずかしそうに俯くカナリアに満足そうにランドールが笑った。






 夏も終わり、昼間も過ごしやすくなってきたころ、学園でのサマーパーティーが開かれた。

 前日にランドール自らカットされた前髪に頼りなさを感じ、カナリアはソワソワとエントランスでランドールの訪れを待ちわびていた。

 家族や侍女たちにはカナリアの変身ぶりに大層驚いて、こんな可愛らしい令嬢がサマーパーティーに行って無事に帰ってくるのだろうかという一抹の不安を感じ始めた頃、ティンバー家の馬車がやってきた。

 不安がる両親をなんとか宥め、カナリアの為にあれやこれやと試行錯誤の末に居心地の良い空間にと改造されたティンバー家の馬車に乗り込み、快適に学園へとやってきた。


「折角のパーティーだ。楽しもうね、カナリア」


「そう…そうね。ランドール様がいてくれるのなら、わたくしとっても心強いわ」


「うん、その表情とても可愛くて素敵だよ。不安がらないで、僕がいるよ」


 そっと手を引かれ、パーティー会場へとエスコートされる。

 会場に入った瞬間、ざわざわとお喋りの音が零れていたのに、一瞬で静寂に見舞われた。

 皆がカナリアとランドールを見て呆けている。


「皆がカナリアの美貌に呆気にとられているね」


「あら、わたくしじゃなくてランドール様がとっても素敵だから見てるのよ」


 ランドールは黒のタキシードにシャツが赤とカナリアと合わせた衣装を身にまとっている。甘いミルクティー色の髪は緩く撫で上げられ、パラりと落ちる前髪はハッとさせるほどの色香をまとう。フラングルと並ぶ美青年がそこに存在した。

 そして、そんなニコニコとランドールがカナリアの腰を軽く抱くと、あちらこちらからハッと息をのむ音がする。

 カナリアはパスされた令嬢だとか、野暮姫だとか散々な仇名があるが、そう呼んでいるのは彼女の本当の美しさを知らない令息ばかりだ。

 今日のカナリアは艶やかに輝く烏の濡れ羽色の髪を軽くまとめ上げ、ふわりと流しておりその艶やかさは会場のシャンデリアの光を受け、キラキラと輝いている。この国の色に慣れた人間はこの神々しい艶やかさに惹かれてやまないだろう。

 そして、頑なに伸ばしていた前髪を切ったことにより大きな漆黒の瞳が現れた。黒目が大きく、よくよく見ると瞳の中に金環が現れるその稀有な瞳はカナリアのコンプレックスの一つであったが、根気よくランドールがその瞳の美しさについて語ったおかげでそれが解消され、可愛らしい顔を見せてくれるようになった。

 白磁の肌と華奢な片口を大段に見せているが、そこに色香を感じることはなくネックレスを付けないスタイルはとても可愛らしく映る。

 プリンススタイルのフワフワとしたデザインであるが、色は赤と毒々しいがこちらも差し色の黒色がお淑やかに見える不思議さだ。

 つまりは、天使。


「僕の色を身に着けたカナリアはとっても素敵だよ」


 ニッコリと珍しく目を開いたランドールが赤い瞳をチラリと見せて妖しく笑った。






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