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カナリアという令嬢

終始のほほんとした思いつき小説です。

勢いだけで書いているので細かいところは目をつむってください☆




「ミラちゃん、どうしたの怖いお顔して。ああ、でもそんなお顔もとっても凛々しくて素敵ね」


 淑女らしからぬしかめっ面を隠そうともせず、紅茶を口にしているパインツァー公爵家御令嬢であるミシェエラに同じ公爵家御令嬢であるカナリディア・ハインツは声を掛けた。


「泣く子も黙る美人のミラを“ちゃん”付けで呼び、あまつさえ悪人でもそこまでの表情はできまいそれをみて凛々しいと口にする…さすがカナリア嬢だ」


「フラングル殿下? あたくしの悪口を仰りたいのなら決闘状を叩きつける程の決意でいらしてくださいませ」


「いやいや、ミラはどんな表情ですら美しく、噛めば噛むほどに味の出る素晴らしい御令嬢だと私は思っているよ」


「それが貶しているのだと、自覚はないのかしら?」


「ふふっ! ミラちゃんってば、スルメみたいね! 素敵」


「ああっ! カナリアがそんな可愛らしい声であたくしのことをスルメだなんてっ! なんて愛らしいのかしらっ」


「スルメと呼ばれ喜ぶ所がカナリア信者であるミラの凄いところだね」


 ドッシュ国の王太子殿下であるフラングルが感心したように頷いて、紅茶を飲んだ。

 夏一歩手前のパインツァー公爵家の庭はぽかぽかと暖かく、自慢の庭は季節の花が咲き誇り香しい花の香りが包み込んでいる。

 幼馴染の三人は優雅にお茶会を庭先で楽しんでいたのだが、学園の話になりカナリディア―…カナリアがあれこれと話している最中にミシェエラの機嫌が悪くなった。


「ドンだかドムだか知らないけど、あの貴族かぶれの男爵令嬢がカナリアの名を口にするだけで噴気を起こしそうになりますの」


「君は火山にでもなる気かい? やめておけ、まだ人類には早すぎる」


「ドリ男爵令嬢ですよ、ミラちゃん。あの方は不思議な方ですね」


 ころころと鈴を転がすような可憐な声でカナリアが笑うと、ミシェエラの憤りが一瞬だけ飛散した。それでもまた一瞬で沸騰するのだろうとフラングルは察し、ミシェエラの近くにある茶器を少しだけ彼女から離した。そして、最悪が起こらないよう、カナリアの前に置いてある紅茶もそっと手にした。

 瞬間―…。


 ダンッ! とテーブルが叩かれ、上に乗っていた物達が大きく揺れた。フラングルとミシェエラは紅茶を飲み切っていたので大丈夫だったが、カナリアは手を付けていなかったので、あと一歩遅かったら彼女に紅茶がかかっていた可能性が高い。それを回避するのがフラングルの役目である。もし紅茶が零れてカナリアにかかろうものならミラに理不尽にもどつかれる。幼馴染であり、婚約者でもある二人には奇妙な上下関係が生まれているのだ。


「あの小娘…カナリアのことを“黒マリモ令嬢”とのたまいましたのよ?」


「黒マリモ…」


 フラングルは“黒マリモ”と呼ばれた令嬢であるカナリアを見た。

 ドッシュ国の容姿の特徴は金髪碧眼である。貴族階級に金髪が多く、平民でも茶色だったりその辺りの明るめの色が多い。瞳も寒色の色が多くを占めている。

 そんな中でカナリアの髪と瞳は真っ黒である。これはカナリアの曾祖母の血が色濃く出た結果だった。彼女の曾祖母は外国から嫁にやってきた異国人で、艶やかな漆黒の髪と、黒曜石のような大きな瞳に真っ白な肌がとても美しい女性だった。曾祖父が一目惚れをして、その情熱で口説き落としてこの国に連れ帰ったという大恋愛ぶりだった。

 かの国は黒髪黒目が特徴的であるが、華奢なことも有名だった。

 女性的に華奢であるが十五歳という大人になりつつあるゴージャスバディの金髪碧眼美女ミシェエラがカナリアの隣に並ぶと、どうしても薄ぼんやりとした存在になってしまう。ここに国一番の美青年と呼び名も高いフラングルが並び立てば無になってしまう。

 可愛らしい顔をしているのだが、如何せん野暮ったい。黒い猫毛な髪は量が多く、瞳にちょっと特殊な色が出ているのを嫌っているカナリアは前髪を長く伸ばしていて、表情が判りにくい。昔馴染みであるフラングルはその容姿がとても整っていることを知っているが、基本的に引きこもりである彼女の素顔を知る者はほんの一握りに近い。

 カナリアが華奢な身体でミシェエラの隣を歩く際、ふわふわの髪がぴょこぴょこと揺れる。あれは大層可愛らしいが、黒マリモ。確かに、言い得て妙だ。しかし、それを言ったのがカナリアを敵視しているドリ男爵令嬢であるならば話は別だ。



 ドッシュ国の貴族子息令嬢は十五歳になると王都の学園に二年就学する義務がある。

 十七歳でデビュタントをする為の準備であるとされている。

 学園という小さな社交場で己を研磨し、より良いコネクションを手に入れ、学業も併せて立派な貴族になるよう教育が施される。

 学園に入学する前は茶会でそれなりに顔を合わせていた彼らだが、ハインツ公爵令嬢は極度の引きこもりで、この学園で初めて顔を見たものの方が圧倒的に多かった。

 学園随一の美男美女と噂されるフラングルとミシェエラの真ん中に居る黒い小さいの。それがカナリアだった。

 珍しい黒髪ではあるが、見慣れないその髪は真っ黒でフワフワと風に揺れる物体Xであり、前髪で表情が伺えないあれが公爵家の令嬢だなんて信じられないとばかりに周りがヒソヒソとざわめき始めた。


「我が子の入学式にやってきたようですわぁ~~~! カナリアの学生服っかわいいったら、もうっ!!」


「もう入学式か。早いものだ。大きくなったな、カナリア嬢」


「お二人も入学ですのよ? それにわたくしたち、同じ年ではありませんこと?」


「そんなことはどうでも良いのですわっ! 手をっ手を繋ぎましょうね! フラングル殿下、今日くらいは許可いたしますわ! 手を繋ぎましょう!」


「ほら、パパだよ、カナリア」


「ママですわよ、カナリア!」


 うふふ、あはは、と笑いあう美男美女にざわめき始めていた周りが、あれ? と思いながら、そうか、家族かと納得して入学式の会場へと足を向けた。

 ハインツ公爵家の面々はカナリアがちゃんと就学できるのか不安でいっぱいで、もしなにかあれば自宅で家庭教師をつけるつもりであった。それを一緒に学園に通いたい一心のミシェエラが強行突破をし、人見知りのカナリアがちゃんと学園に通えるようにあれやこれやと面倒を見た。

 格下の家格の御令嬢をカナリアに紹介すると、その髪色と可愛らしいキャラクターが御令嬢たちの心を揺さぶったようでミシェエラが居ない時は彼女たちがカナリアを溺愛するようになった。それが入学から一月経った頃だった。

 二月も経てばカナリアも学園に慣れ、カナリアを溺愛する面々も順番というものを決め各々が平和に過ごしていた。

 しかし、それは令嬢たちに限ってのことだった。

 令息たちは、どうしてあの野暮ったい公爵令嬢を中心に令嬢たちが楽しそうにしているのか訳が判らない。ミシェエラが中心であれば納得がゆくが、いつも囲まれているのはカナリアだった。いくら注意深く観察しても、令嬢たちがなにを熱心に話し込んでいるのかが判らない。


「ハインツ公爵令嬢ってあれだろ? 野暮姫って言われてる」


「そうそう。俺の婚約者もハインツ公爵令嬢が可愛いだなんて口にするんだけど、あれだろ?」


「俺はパスかな」


「俺もパスだ」


「家格的には魅力的なんだけど、あれはなぁ」


 なんて令息たちが話しているのを聞いた他の令嬢が鼻息荒くミシェエラの元にやってきた時は、えらい剣幕だった。

 持っていた扇子をポッキリと折り、どこにそんな力が宿っていたんだとフラングルはドン引いた。あれは未来の自分の姿でもある。ミシェエラを怒らすことは今後控えようと心に誓った瞬間だ。


「なんっって俗物的な! あたくしのカナリアをボンクラの嫁になんてしませんわ!」


「それには同意だ。カナリア嬢には幸せになってほしい。よし、私のコネというコネを使い、素敵な婚約者を探し出そう」


「なにを仰ってますの! カナリアはあたくしの嫁になるのですわ!」


「待て待て。落ち着けミラ。話がそれてるし、そこの御令嬢も拍手しない。その手があったかって顔しない」


 王家御用達の画家に描かせた掌サイズのカナリア肖像画(簡易版)をミシェエラに手渡し、なんとか落ち着かせた。噂話を伝えてくれた令嬢にも同じものを渡せば瞳をキラキラと輝かせ土下座せんばかりの勢いで感謝された。

 令嬢たちを虜にするカナリア…恐るべし…。



 令嬢たちはカナリアを可愛がるのが心底楽しいようだ。母性本能でもくすぐるのだろうか。

 ここ最近はそんな令嬢とカナリアの魅力が理解出来ない令息たちの間で諍いが起こり始め、これは不味いとフラングルは焦った。その時、脳内に蘇ったのは折られた扇子だ。このままではカナリアを傷つけたと怒り狂うミシェエラに学園が恐怖のどん底に支配されてしまうかもしれない。それだけは避けなければならない。

 そんなフラングルの焦燥を嘲笑うかのような出来事が展開された。

 入学から三月経った頃、ドリ男爵家が庶子であるリーリアを実子として認め、カナリアたちが通う学園へと編入させた。そういった編入はままあることなので、生徒たちは変に騒ぐこともせず迎え入れた。

 そしてさらに一月が経つ頃、カナリアに妙な噂が立ち始めた。

 根暗で卑屈な令嬢であるカナリアが男爵令嬢のリーリアを苛めていると。

 リーリアは元庶民ということもあり、明るい茶色い髪は短いくボブである髪が愛くるしい表情にとても似合っていて、可愛らしい装飾の着いたカチューシャは日毎に変わる。彼女曰く、髪を結うオシャレはまだ出来ないからこれで我慢しているそうだ。

 学園の令息たちは天真爛漫な彼女の性格とクルクル変わる表情に魅了された。容姿も美少女と称される程に整っている。

 そんなリーリアがカナリアに妙なことをされていると、瞳を潤ませ悲しんでいる姿を見て息巻くのは男として当然のことだろう。そう、令息たちは思っていた。

 ああ、これは不味いとフラングルは学園の生徒名簿を吟味しながら独り言ちた。




「そして見つけてきました! 希望の星!」




 どーんとお披露目されたのは、ティンバー伯爵家嫡男のランドールだ。

 ミルクティー色の髪が緩やかに流され、ニコニコと笑うその表情は微かに引き攣っていた。


「どういうことですの? フラングル殿下」


 ぴしゃりとミシェエラが持っていた扇子が彼女の掌で鋭い音を立てた。

 日増しに機嫌が悪くなるミシェエラと、各御令嬢たち。そんな彼女たちをサロンへと呼び、ランドールをお披露目した。


「あのね、どうやらわたくしとランドール様の婚約が結ばれそうなの。家族には了承してもらえたのだけど、でもわたくし、ミラちゃんや皆さんにも婚約する前にどうかしらってお伺いした方がいいと思ったの。皆のこと大好きなんですもの、やっぱりちゃんと話しておきたいでしょ?」


 ふふっと小さな手を両方の頬に当て、可愛らしく微笑むカナリアにミシェエラは壮絶な色気の籠った笑顔を浮かべる。これは好感触だとフラングルはホッと肩を撫で下ろした。


「ティンバー伯爵家と言ったら、貿易で大成功を治め公爵家にも引けを取らない一財産を所有しているという、あの…?」


「しかもそこの御嫡男であらせられるあの方は、美容系のサロンだったりアクセサリーで商業を立ち上げて王都では流行の最先端との噂のあの…」


「まぁまぁ、そんなお方がカナリア様とご婚約を結ばれるの?」


「愛らしいカナリア様にぴったりでございますね!」


 新しいものや流行、美容に煩い貴族令嬢たちはランドールを知っているようで、ミシェエラは持っていた扇子を広げて目の前の令息をねめつける様に品定めを始めた。勿論、後ろでランドールを称賛する令嬢たちのささやき声も聞きながら。

 身長はそこそこ高い。文武両道のフラングル殿下に並び立っても体格ともに遜色はない。見た目もニコニコと糸目が優男風で、悪くない。こちらもフラングル殿下と並んでも違和感はない。この若さで、しかも学業をこなしながら商会を経営しているという手腕も中々に見ごたえがある青年だ。

 しかし、男は中身が肝心だ。見た目で女を判断する男なんて信用できない。貴族は見目が肝心だが、カナリアという大切な一粒種を任せるのだ。真に彼女を愛してくれる男じゃないと認められない。


「ミシェエラ・パインツァーと申します。あたくしの大切なカナリアを貴方はどうしたいのかしら?」


 見事なカーテシーを披露し、まずはランドールを圧倒しつつどんな人物か見定めるように鋭い視線を送る。


「初めまして。ティンバー伯爵家ランドールでございます。この度は素敵な御縁を貴方様に認めていただこうと参ったのですが…カナリディア様をどうしたい…そうですね…まずは彼女を飾り立てたいですね。これは素晴らしい宝石の原石。貴族でありながら、僕はほぼ商人でございます。一目会った時から、この手で彼女を磨き上げたくてうずうずとしております」


「あら?」


「ほらな、私の見立ては間違っちゃないだろ?」


 ものすごい剣幕でランドールに睨みを効かせていたミシェエラがぽかんとした表情を浮かべ、毒気の抜かれたその瞳でランドールを見た。


「わたくしは、これでいいの。この格好が気に入っているのだから」


「いえいえ、僕がデザインした衣装とアクセサリーを貴方に纏っていただきたい。きっと似合います。気に入ります。前髪上げましょう?」


「いやよ。わたくし、前髪がないと生きていけないもの。いじわる言わないで」


「肌も白くてとってもお綺麗で、瞳も髪も真っ黒でツヤがある。その容姿をこれでもかって磨き上げたい。カナリディア様、最新の技術で創り上げるアクセサリーご興味ないですか?」


 ぽやぽやふわわんとしているカナリアがランドールの手によって押されているのが物珍しくて、ミシェエラは暫く観察することにした。


「カナリディア様は色んな分野の知識においてご聡明であると伺っております」


「わたくし、本を読むのがとっても大好きなの」


「学業は常に優良で、あまつさえ薬学や経済学、地質学とありとあらゆる知識を収めるその類稀なる頭脳をさらに満足させたくはありませんか?」


 ランドールがニコニコと人当たりの良い笑顔をカナリアに向ける。

 カナリアは茶会に参加せず家に閉じこもっている間ずっと本を読んで過ごしていた。どんな本でも本は本であるという妙なこだわりを持って。

 ただの引きこもりなら家族も無理矢理にでも茶会へと参加させたが、カナリアは知能が高く一度読んだ本は一行たりとも忘れることがない。そんな能力が備わっていた。知識欲には貪欲なカナリアは今は学園の図書館の本を片っ端から読み漁っていた。


「本を読むのと、実際に経験するのは大きな違いがあるのですよ。我が領の最先端技術、きっとカナリディア様もご満足いただけると思います。まずはサロンですかね。髪に塗る香油を他国からも取り寄せているので、カナリディア様もご存じない薬草や薬がありますよ」


「わたくしの知らない…」


「それに、実際に経験することによって“自身の感想”が新しく知識として蓄えられます」


「わたくしの?」


「物に対しての感想は個別に違いますから。本だって同じ記述なのに、著者や国によって話が微妙に違ったりするでしょう? あれと一緒です。髪を切る鋏もつい最近一新したものです。カナリディア様、是非その切り心地を体験してみませんか?


「たのしいですか?」


「勿論! 僕と一緒に、新しい経験をしてみませんか?」


 ランドォールがそっとカナリアの手を救い、乞うように首を傾げた。

 人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしてしまったと、この時一緒にいた令嬢たちは頬を染め尊いものをみてしまったと口々にこういった。




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