指輪。
白い天井に白い壁…
(ここは一体どこなの?)
目覚めた私はベッドの上に居た。
一瞬この状況を理解する事を脳がためらったが、ゆっくりと思い出す。
なぜ私がここに居るのか…。
「……………っ。」
涙があふれる。
気付いてあげる事さえ出来なかった私の中のもう一つの命。
一度失ってしまった命は二度と私の元には帰らない。
「気が付いたのか…」
(この声は……まさ…か)
この状況を理解する事に必死で、人の気配に気付かなかった…
「……亮?」
私の横には亮がいた。
(え?何で…倒れたのは昨日のはず、今は朝だし…。そもそもどうやってここを?)
考えれば考えるだけ混乱する。
「お前…2日間眠ったままだったんだよ」
私が混乱している事に気付いたのか亮が言った。
「2日間も…そう」
「その…聞いたよ。子供の事………」
「………ごめんなさい。」
謝るしかないと思った。
一生許してもらえなくても謝り続けるしかないと…だって私は…。
「なんで!」
亮が叫んだ。仕方がないんだ…私はそれだけの事をしたんだもの。
流産なんて言っていても人殺しとした事は変わらないわ。命を無視したんだから…
「お前が謝る事なんかないだろっ!!」
(何を言ってるの?私が殺したのよ…私が)
「お前のせいじゃないんだぞ?自分を責めるなんてやめろよ?」
「……私が殺したのよ」
「体の異変には気付けたはずだわ!!でも、私は自分の事を優先したのよ…助けてって言ったの!私に最後の最後まで助けを求めた…」
「でも君が殺したわけじゃない。今の君を見たら子供が悲しむ」
「聞きたくない。どうしてここが…?」
「君から電話があった…覚えていないのか?」
(私が?記憶がない)
私は無意識のうちに亮に助けを求めた。
なぜ亮だったのかは考えなくても分かる、彼を愛しているから。
「お前あのメールなんだよ…」
亮が言う、きっと優しい亮は別れたくないと言えば私に同情してこのままの関係でいてくれるだろう。
でも今の私にはその資格がない。
「意味くらい分かるでしょ?」
「別れるってことか?」
「……………ええ。」
私はこの人と幸せになりたかった。
まだ好き…今すぐに別れるなんて嘘だと言って抱きしめてほしい。
何十年経っても一緒に居たいと思えるたった一人の人だもの…
「分かった。」
ああ…本当に終わったんだ…一人になった。
この人はこれから私とは違う別の人を愛し、私の事を忘れていくのね…幸せになってほしい。
「待ってる。お前の気持ちが変わるまで待つよ。」
「何言ってんの?別れるって言ってるのよ?他に好きな人がいるのも気持ちが冷めてしまっているのも知ってた…だから別れてあげる。解放してあ
げる、同情なら必要ないもの」
この人は優しいからこんな私を一人に出来ないだけ。
でも同情は要らない。
「同情じゃない。俺はいつだって本気だったよ。気持ちが離れて行ったのはお前の方だろ?」
(私?そんな事…だってこの前の人は…)
「会社で一緒だった人…」
「話があるって言ったよな?これ」
そう言って亮が私の手に小さな箱を置く。
白いきれいな箱で赤いリボンが綺麗に結ばれている…
「これは…?」
「開けてみて…」
中には指輪が入っていた。
(婚約指輪?まさか…そんな私の早とちりだったの?)
「結婚しよう…悠。子供の分も幸せになろう?」
嬉しい、涙が止まらない。
生きてきてこんなに幸せだと感じたのは初めて…亮を愛してる。
両親を失った時も亮が居たから生きようと思えたの。
でも…この指輪を受け取ってしまえば、私は子供を裏切ることになる。
自分だけが幸せな日常に戻る事なんて絶対に出来ない。
私が奪った未来をこの子に返す事は出来ないのに自分だけが幸せになる事はありえない…一生。
「ごめんなさい、受け取れないわ」
「なんで…子供のことなら…」
「だめよ…私だけが幸せになるなんて出来ない」
亮は何も言わずに病室を出て行った。
「本当にごめんなさい…幸せになってね」
そう呟いてまた泣いた。
胸が苦しくて息が出来ない…涙で前が見えない。
好き…言葉に出来ないほどの想いが涙に変わる。
愛してるから…幸せになってほしいから指輪を受け取る事なんて出来なかったの。
本当にありがとう、こんな私と一緒になろうと思ってくれて。
さようなら。
大好きだったよ…亮。