忘れ物。
小さい頃に大好きで毎日読んだ絵本がある。
その絵本の主人公はとても欲張りで、願い事を一つ叶えてあげようと言った神様にこう言うのだ。
「それなら願い事が何回でも叶うようにして下さい」
それを聞いた神様は飽きれて少女の元を去ってしまう。
…それからの少女は神に見放された欲深き人間と皆に蔑まれ生きてゆく。
幼かった私には理解しきれなかったが、今思うと残酷な話だ。
そして今の私はこの少女と同じ…亮が居てくれるだけで幸せだったのにそれ以上を望み、たった一つの幸せを手放してしまった。
彼から別れを告げられるのは私には絶えがたい事…それなら自分から彼の元を去ればいい。
そう思って別れの言葉を携帯に打ち込んだが、別れを告げなければ亮と恋人同士でいられるのだと思うと、送信ボタンが押せなかった…。
胸を締め付けられる感覚に襲われながら家までの長い長い道を泣いて帰った。
家に着くと由紀子さんが温かいコーヒーを入れてくれた。
それを持ったまま部屋に入ると、1冊のアルバムを手に取り開く。
…そこには亮と幸せそうに微笑む私がいた。
私達は旅行が好きだった。
北海道や大阪…タイなどもよく行っていたが中でも一番気に入っていたのは沖縄だった。
水族館には毎回行っていたし、泊まるホテルもいつも同じ…
「もう来飽きちゃったよ。」
そう言う私に亮は決まってこう言う。
「きれいな夕日だね。」
口では文句を言っていたが、このホテルのこの部屋から見る夕日が私は大好きだった。
さっきまで綺麗な青だった海が…ゆっくりと赤にもオレンジにも満たない色に変わっていく様は何度見ても感動できた。
夕日を見ながら亮にもたれ掛かる…会話もない、邪魔するものもない、聞こえてくるのは心地よい波の音のみ。
この時は、この時だけは…私達の心がぴったりと1ミリも離れていないと感じられた。
幸せな空間…幸せな時間……幸せな笑顔、そして決して忘れる事のない思い出。
今となっては本当にただの思い出でしかなくなってしまった。
すっかり冷めてしまったコーヒーをすすりながらまた大きなため息をついた…私達の幸せはどこに?
私達はどこで間違ってしまったの?そう呟きながら静かに思い出を閉じると、また切なくなった。
ああ…きっと私達は幸せを、あの部屋に忘れてきてしまったんだ。
そう思うとまた頬を涙が伝った。