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『この辺りじゃ最も繁栄している』――セレナさんのその言葉通り、これまでお目にかかったことがないほど活気あふれる街だった。
現在ボクが歩いている通りには、露店がびっしりと並んでいる。
じっくりと商品の吟味をしている者。財布の中身と相談しているのか、頭を抱えてうなっている者。あちらに見えるのはただの談笑か、はたまた商談か。閑古鳥が鳴いてるような店は一つも見当たらず、金品のやり取りが絶えず盛んに行われていた。
露店通りを抜けて噴水のある広場に出ると、今度は大道芸人や、吟遊詩人を囲んでいる人々で溢れ返っていた。あちらこちらで歓声が上がり、口笛が吹かれ、そんな様を眺めているだけでもおのずと楽しい気分になってくる。
この輪に混ざりたい思いに駆られるも、心の中の天秤にかけた結果、今は街中を徘徊したい欲がやや勝った。後ろ髪を引かれつつ、歩を進める。
道行く人々を観察し、思う。
違う世界といえど、様々な種族が入り乱れているようなことはないらしい。少なくとも、姿かたちは何も変わらないように見える。しいて挙げるなら、髪や瞳の色がカラフルで目に楽しいぐらいだろうか。
そこに関して言えば、今のボクだって青い髪に紫の瞳だ。そんな外見でも自然に溶け込め、悪目立ちせずに済みそうだと安堵する。
ただ、ほんの少し残念な気持ちも心をかすめる。
というのも、人間以外の種族の存在は、ファンタジー世界における醍醐味と思っていたからだ。
背丈が人間ではありえないほど大きかったり、逆に小さかったりだとか。他の生物の身体的特徴を宿していたりだとか。できることなら、ぜひともその英姿を拝みたかったし、あわよくばお近づきにもなりたかった。
けれど、これだけの大人数とすれ違う中、ただの一人も視認できない。ならばおそらく、この世界には存在しえないのだろう。非友好的で凶暴な人種が往来を闊歩していないことを素直に喜ぶべきかと思い、いさぎよく諦めることにする。
そこでふとおかしな現場を視界にとらえ、足を止めた。
二十代ぐらいの若者の四人組がいた。その人たちがとある道を進もうとしたら、なにやら中年のおじさんに引き止められているようだった。
少し距離があるため、会話までは聞こえない。けれどその表情や仕草から、声を聞くよりもはっきりと伝わってくる。
『そこから先には行かないほうがいい』――そう、雄弁に語っていた。
無論のこと若者たちの顔には疑問の色が浮かぶ。それに対しおじさんは、一言二言告げただけのように見えた。すると若者たちも、すぐに納得した様子でおじさんに頭を下げ、あっさりと引き返し、あさっての方角へと向かって行ってしまう。
ボクは頭に疑問符をたっぷりと並べて立ち尽くした。
「……なんだろう?」
あんな場面を見せつけられると、気になってしまうのが人間の性。おじさんのような人に目をつけられないよう、こそこそと忍び寄る。
すんなりと近づけたはいいものの、二の足を踏んでしまう。
道は湾曲しており、この場からは先の様子がうかがい知れないが、まだまだ道は続いているように思える。露店を開いたり、見世物が行えそうなスペースも充分にある。にもかかわらず、誰一人として行き来していない。辺りはこんなにも人で溢れ返っているというのに、まるで不可侵の結界でも張られているかのごとく、くっきりと、恐ろしく奇怪な空間が広がっていた。
そんな道を普通に進むのはさすがに目立つ。正面から堂々と強行突破しようものなら、どんな事態が巻き起こるかわかったもんじゃない。周りの人々が血相を変えて取り押さえにくるかもしれないし、最悪、警察のような勢力の介入だってありえる。
「うーん……」
しかし――と、首を捻って唸る。
どう見てもただの寂れた道だ。機密区域やらお偉いさんの敷地内やら、立ち入り禁止にされるような通りには露ほども思えない。
ここは堅固な壁に守られた街中。よもや危険生物が巣食い、跋扈しているようなこともあるまい。
ならば、いったい何が待ち受けているというのだろう。
「ううーん……!」
気になる。どうしても気になる。
何か良策はないかと、腕を組み、視線と考えを巡らせる。
たっぷりとたたずみ、周りを行き交う人々が総入れ替えされた頃。
ぽく、ぽく、ぽく……ちーん。
「――おぉっ!」
脳内で再生された妙な効果音とともに妙案が浮かび、ぽむっと手を叩く。
道を進めないなら、路地を進めばいいじゃない。浮かんでみれば至極簡単なこと。
念のためこの場よりも一際賑やかな通りまで引き返し、人込みに紛れつつ、するりと細い路地へと潜り込んだ。
かろうじて他者とすれ違えるかなという狭めな路地を、足元に注意しながら歩く。
不穏な現場を目撃してしまった手前、ボクの思い込みによるところも加味されているのかもしれないが、路地は徐々に異様な雰囲気を醸し出し始めてきた。
仮にこれがゲームであれば、貴重なアイテムが隠されていたり、重要な人物と出逢える場所である臭いがぷんぷんする。でも、今のボクにとって、これは現実。世界を救う旅の道中などではないし、許可なくどこかを漁ればただの泥棒だ。
わざわざ危険かもしれない箇所を目指す必要性は微塵たりとも感じない。あるのは純粋な好奇心のみ。その事実を踏まえ、このまま前進することの是非を自身に問いかける。
脳内の天使と悪魔が葛藤を繰り広げている。……ように見せかけて、実は完全なる八百長だったらしい。ボクの足は一切止まることなく、路地をずんずんと進んでいた。
そんな順調だった足取りも、路地の終着点にたどり着いた途端、ぴたりと止まってしまう。
景色が、がらりと一変した。
一瞬、どこの廃墟に紛れ込んでしまったのかと思った。知らぬ間に異世界への扉でもくぐってしまったのかとも思った。先ほどまでの街並みとそのぐらいの落差があり、唖然としてしまう。
「貧民街……なのかな……?」
ちらりと、そんな可能性が浮かんだ。しかし、この惨状はそれでも説明がつかない。
先ほどまで踏みしめてきたオシャレな石畳はここにはなく、下にある地面がむき出しになっている。数棟ある平屋も見るも無残に老朽化し、屋根や壁がきれいなまま残っている家など一つも見当たらない。あれでは雨も風もしのげないどころか、ほとんど素通りだ。下手に触れようものなら、たやすく崩れてしまいそうなほど危うい。実際、自壊してしまったと思われる瓦礫の山もある。とてもじゃないが、人が住める建物の体を成していないものばかりだ。
繁栄を極める街における、遺棄された一角。死せる区域。
これが――あのおじさんが若者たちを引き止めた理由なのだろうか。見せたくなかったものの正体なのだろうか。
「……んん?」
呆然と歩いていると、またしても奇妙な場所に出くわし、立ち止まる。
やたら小綺麗な広場があった。至るところに瓦礫や木片が散らばる中、そこだけは手入れが行き届いているようで、ちょっとした公園のようになっている。
どんと中央を陣取る、大きな木製の丸テーブル。その周りには椅子が数個、無造作に置かれている。デザインに一貫性はなく、素材も金属製だったり、木製だったりでバラバラだ。よくよく見れば、背もたれの外れた物、見るからにガタガタしそうな物、座ったらぺしゃんこになりそうな物と、お粗末な代物ばかり。
奥の方に見える物置小屋らしきところには、ガラスが欠けてはいるものの豪華な装飾品をあしらった戸棚や、学校にある机のような素朴な台。ところどころ革が破けて中身が飛び出てる高級そうなソファに、ボロ切れのような毛布などなど、これまたお粗末で、まるで統一感のない代物が並んでいた。
唯一共通する印象としては、どれもこれも、まんまゴミ山から拾い集めてきた代物に見えるということ。
ともすれば、ここは浮浪者さんの住処だろうか。いや、どちらかといえば、子どもの秘密基地のような――
「――あの、どちらさまです?」