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ボク、おかーさんになりました。  作者: 紺野咲良
2章 路地裏の少女たち
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2-2

『この辺りじゃ最も繁栄している』――セレナさんのその言葉通り、これまでお目にかかったことがないほど活気あふれる街だった。

 現在ボクが歩いている通りには、露店がびっしりと並んでいる。

 じっくりと商品の吟味(ぎんみ)をしている者。財布の中身と相談しているのか、頭を抱えてうなっている者。あちらに見えるのはただの談笑か、はたまた商談か。閑古鳥(かんこどり)が鳴いてるような店は一つも見当たらず、金品のやり取りが絶えず盛んに行われていた。


 露店通りを抜けて噴水のある広場に出ると、今度は大道芸人や、吟遊詩人を囲んでいる人々で溢れ返っていた。あちらこちらで歓声が上がり、口笛が吹かれ、そんな様を眺めているだけでもおのずと楽しい気分になってくる。

 この輪に混ざりたい思いに駆られるも、心の中の天秤にかけた結果、今は街中を徘徊したい欲がやや勝った。後ろ髪を引かれつつ、歩を進める。


 道行く人々を観察し、思う。

 違う世界といえど、様々な種族が入り乱れているようなことはないらしい。少なくとも、姿かたちは何も変わらないように見える。しいて挙げるなら、髪や瞳の色がカラフルで目に楽しいぐらいだろうか。

 そこに関して言えば、今のボクだって青い髪に紫の瞳だ。そんな外見でも自然に溶け込め、悪目立ちせずに済みそうだと安堵(あんど)する。

 ただ、ほんの少し残念な気持ちも心をかすめる。

 というのも、人間以外の種族の存在は、ファンタジー世界における醍醐味(だいごみ)と思っていたからだ。

 背丈が人間ではありえないほど大きかったり、逆に小さかったりだとか。他の生物の身体的特徴を宿していたりだとか。できることなら、ぜひともその英姿を拝みたかったし、あわよくばお近づきにもなりたかった。

 けれど、これだけの大人数とすれ違う中、ただの一人も視認できない。ならばおそらく、この世界には存在しえないのだろう。非友好的で凶暴な人種が往来を闊歩(かっぽ)していないことを素直に喜ぶべきかと思い、いさぎよく諦めることにする。


 そこでふとおかしな現場を視界にとらえ、足を止めた。


 二十代ぐらいの若者の四人組がいた。その人たちがとある道を進もうとしたら、なにやら中年のおじさんに引き止められているようだった。

 少し距離があるため、会話までは聞こえない。けれどその表情や仕草から、声を聞くよりもはっきりと伝わってくる。

『そこから先には行かないほうがいい』――そう、雄弁に語っていた。

 無論のこと若者たちの顔には疑問の色が浮かぶ。それに対しおじさんは、一言二言告げただけのように見えた。すると若者たちも、すぐに納得した様子でおじさんに頭を下げ、あっさりと引き返し、あさっての方角へと向かって行ってしまう。

 ボクは頭に疑問符をたっぷりと並べて立ち尽くした。


「……なんだろう?」


 あんな場面を見せつけられると、気になってしまうのが人間の(さが)。おじさんのような人に目をつけられないよう、こそこそと忍び寄る。

 すんなりと近づけたはいいものの、二の足を踏んでしまう。

 道は湾曲(わんきょく)しており、この場からは先の様子がうかがい知れないが、まだまだ道は続いているように思える。露店を開いたり、見世物が行えそうなスペースも充分にある。にもかかわらず、誰一人として行き来していない。辺りはこんなにも人で溢れ返っているというのに、まるで不可侵の結界でも張られているかのごとく、くっきりと、恐ろしく奇怪な空間が広がっていた。

 そんな道を普通に進むのはさすがに目立つ。正面から堂々と強行突破しようものなら、どんな事態が巻き起こるかわかったもんじゃない。周りの人々が血相を変えて取り押さえにくるかもしれないし、最悪、警察のような勢力の介入だってありえる。


「うーん……」


 しかし――と、首を(ひね)って(うな)る。

 どう見てもただの寂れた道だ。機密区域やらお偉いさんの敷地内やら、立ち入り禁止にされるような通りには(つゆ)ほども思えない。

 ここは堅固(けんご)な壁に守られた街中。よもや危険生物が巣食い、跋扈(ばっこ)しているようなこともあるまい。

 ならば、いったい何が待ち受けているというのだろう。


「ううーん……!」


 気になる。どうしても気になる。

 何か良策はないかと、腕を組み、視線と考えを巡らせる。

 たっぷりとたたずみ、周りを行き交う人々が総入れ替えされた頃。

 ぽく、ぽく、ぽく……ちーん。


「――おぉっ!」


 脳内で再生された妙な効果音とともに妙案が浮かび、ぽむっと手を叩く。

 道を進めないなら、路地を進めばいいじゃない。浮かんでみれば至極(しごく)簡単なこと。

 念のためこの場よりも一際(ひときわ)賑やかな通りまで引き返し、人込みに紛れつつ、するりと細い路地へと潜り込んだ。


 かろうじて他者とすれ違えるかなという狭めな路地を、足元に注意しながら歩く。

 不穏な現場を目撃してしまった手前、ボクの思い込みによるところも加味されているのかもしれないが、路地は徐々に異様な雰囲気を(かも)し出し始めてきた。

 仮にこれがゲームであれば、貴重なアイテムが隠されていたり、重要な人物と出逢える場所である臭いがぷんぷんする。でも、今のボクにとって、これは現実。世界を救う旅の道中などではないし、許可なくどこかを漁ればただの泥棒だ。

 わざわざ危険かもしれない箇所を目指す必要性は微塵(みじん)たりとも感じない。あるのは純粋な好奇心のみ。その事実を踏まえ、このまま前進することの是非を自身に問いかける。

 脳内の天使と悪魔が葛藤(かっとう)を繰り広げている。……ように見せかけて、実は完全なる八百長(やおちょう)だったらしい。ボクの足は一切止まることなく、路地をずんずんと進んでいた。

 そんな順調だった足取りも、路地の終着点にたどり着いた途端、ぴたりと止まってしまう。


 景色が、がらりと一変した。

 一瞬、どこの廃墟に紛れ込んでしまったのかと思った。知らぬ間に異世界への扉でもくぐってしまったのかとも思った。先ほどまでの街並みとそのぐらいの落差があり、唖然(あぜん)としてしまう。


「貧民街……なのかな……?」


 ちらりと、そんな可能性が浮かんだ。しかし、この惨状はそれでも説明がつかない。

 先ほどまで踏みしめてきたオシャレな石畳はここにはなく、下にある地面がむき出しになっている。(すう)(むね)ある平屋も見るも無残に老朽化し、屋根や壁がきれいなまま残っている家など一つも見当たらない。あれでは雨も風もしのげないどころか、ほとんど素通りだ。下手に触れようものなら、たやすく崩れてしまいそうなほど危うい。実際、自壊してしまったと思われる瓦礫(がれき)の山もある。とてもじゃないが、人が住める建物の(てい)を成していないものばかりだ。


 繁栄を極める街における、遺棄された一角。死せる区域。

 これが――あのおじさんが若者たちを引き止めた理由なのだろうか。見せたくなかったものの正体なのだろうか。


「……んん?」


 呆然と歩いていると、またしても奇妙な場所に出くわし、立ち止まる。

 やたら小綺麗な広場があった。至るところに瓦礫や木片が散らばる中、そこだけは手入れが行き届いているようで、ちょっとした公園のようになっている。

 どんと中央を陣取る、大きな木製の丸テーブル。その周りには椅子が数個、無造作に置かれている。デザインに一貫性はなく、素材も金属製だったり、木製だったりでバラバラだ。よくよく見れば、背もたれの外れた物、見るからにガタガタしそうな物、座ったらぺしゃんこになりそうな物と、お粗末(そまつ)な代物ばかり。


 奥の方に見える物置小屋らしきところには、ガラスが欠けてはいるものの豪華な装飾品をあしらった戸棚や、学校にある机のような素朴な台。ところどころ革が破けて中身が飛び出てる高級そうなソファに、ボロ切れのような毛布などなど、これまたお粗末で、まるで統一感のない代物が並んでいた。

 唯一共通する印象としては、どれもこれも、まんまゴミ山から拾い集めてきた代物に見えるということ。

 ともすれば、ここは浮浪者さんの住処(すみか)だろうか。いや、どちらかといえば、子どもの秘密基地のような――


「――あの、どちらさまです?」


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