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8.成長したものしないもの

 村長に自分用の細工を施してもらって、紋章をネックレスにした。石の部分を布で覆い、完全にローブで隠しているから普段は光ったり見えたりはしない。ローブの首の部分が広いのをいいことに自分で服を引っ張ったりして中を覗き見る。


「服の中を覗かないの」


 リリムにやんわりと手を払われる。

 ロロ村を離れ、中継として一度立ち寄った街に戻り、今度はそこそこ大きな街を目指す。次の街は商業が栄えているので、どんな人間がいても怪しまれない。それこそ、勇者を名乗る人間なんて他にもいるだろう。盗賊紛いと一緒にされたくはないけれど、ロロ村で自分たちがしようとしたことを考えるとそう違いはないかもしれない。

 リリムにはフードを被ってもらい、クラリスは……。


「抱っこしようか?」

「子ども扱いをするな!」


 怒る250歳児……。ドワーフの寿命は長いときいたけれどどれぐらいなのだろう。


「ドワーフって何歳ぐらいが寿命なの?」

「唐突だな……。大体700~800年ぐらいだな」


 じゃあ人間でいうと35歳ぐらいだろうか。おじさんと呼んだら今度は一体どんな怒られ方をするんだろうか。


「見た目はスナッチのほうが老けてるのになあ」

「知っていると思うが俺はお前より一つしか上じゃないからな?」


 野営の準備を始めたスナッチにおたまで殴られる。今日の料理当番はスナッチか……。いや、誰が当番でもハズレなのだった。

 旅に出て一番絶望的だったのは自分たちの料理の腕だった。持っている薬草や倒した魔物の肉などを利用してスープなどをたまに作るのだけれど、主食で携帯食のカッチカチのパンと干し肉が一番美味しいなどという事態。いい加減ストレスだ。やっぱりもう一人仲間が欲しい。

 とにかく今は焼くだけで美味しくなる素材があればなんとか嬉しい「ブー」そう豚とか。


 ……ブー?


 ここは街の近く、更に森の傍。

 まっすぐ歩けば街、右へ行けば森。

 右を見れば森から出てきたのか、角を二本生やした豚がトコトコと歩いていた。


「ホーンピッグ?」


 スナッチがおたまを落とした。リリムが固まる。クラリスがすごい形相でこっちを睨みつける。

 ホーンピッグは名前の通り、角のある豚。長年魔物として扱うか家畜として扱うか揉められている動物の一つだ。見た目が可愛いので私は見るのも好きだけれど……、角を持つ生き物は当然のように頭突きをしてくる。危ないのである。飼おうにも壁や柵を壊してしまうため、家畜としては扱いにくいとされている。


「ルートリア! やれ!」

「へ?」

「あーもう! 僕がやる!」

「ん?」


 ホーンピッグの肉は基本的には豚と変わらず、美味しい。それはもう焼いて塩をふるだけで美味しい。経験を積むために魔物を倒し、薬草系は採取で賄っているので貧困ではない。にも関わらず、私たちの現在のご飯事情は非常に苦しい。焼くだけで美味しくなるような保存に向かない食材は旅の最初で無くなってしまう。次の街に着く直前、まさに今が一番飢えていると言えよう。そこに焼くだけで美味しくなる食材が現れたら……目の色が変わるのも仕方あるまい。


「くそっ! ちょこまかと!」


 クラリスは武器であるメイスを手放し土魔法を連発している。一番冷静だと思っていたけれど既に大分キていたようだ。メイスを手放したのはホーンピッグを余すことなく食材とするためだろうけれど、かなり本気である。

 スナッチも斧を振り回して応戦しているがなにせ相手は自分たちより体格の小さい豚。逃げ回るホーンピッグに二人揃って振り回されている。


「手伝え! お前が一番素早いんだぞ!」


 私も美味しいご飯にありつきたいため、参戦しようと剣を握った。ホーンピッグに辿り着く直前に、一本の矢が目の前を掠めてホーンピッグの首元に刺さる。血を流し倒れる豚を確認し、矢を放った人に苦笑いを向けた。



「……弓の扱い、うまくなったね」



 リリムは大変恥かしそうに咳払いをした。








 何もできなかった分、血を抜き分解して食材にして並べる。明日食べる分を除いて全て干してしまう。味付けも何もないけれどスープか何かに使えるだろう。肉体から魔石が出てきたことを思うとやはり魔物扱いでいいんじゃないだろうか。スナッチが焼き始めると香ばしい良い匂いがしてきた。


「そろそろいいか。ほら、リリム」


 スナッチが今回の功労者であるリリムに焼けた肉を一番に渡す。困った顔で受け取ったものの、文句を言わずに小さく口をつけた。熱いけれどおいしかったのだろう、目を閉じてよく味わっている。

 最近は「奴隷なのにいいのかな」と悩むことを辞めたらしい。今も一瞬考えたから困った顔をしたけれど何も言わなかった。言われても私たちも困ることを覚えたんだろう。


「あー、美味い。お前たちとの旅での一番の文句といったらこれだからな」

「クラリスだって料理できないだろー」

「僕は今まで料理をする機会がなかったんだからしょうがないだろ!」

「それを言ったら4人ともそうだよ」


 やっと渡された肉を一口齧ると、少し臭いけれどじんわりと肉汁が口の中に溢れた。パンと合わせて食べると丁度良く美味しい。スナッチが作ったスープにも一応口をつけたけれどこれはまずい。大雑把に切られたおそらく薬草と思われるものがでろりと舌に触る。苦味が口中に広がって……、これは薬では?


「塩も入れたんだがなあ」

「このたまにじゃりってするやつ?」

「なんで熱で溶けないんだろ」

「うっ……たまにプルッとしたものが出てくる……気持ち悪い……」

「あぁ、それで塩が溶けないのか」

「薬草の一つに確かに混ぜると粘りが出るようになるやつはあるけど……入れすぎたのかな?」


 4人でわいわいとまずいスープの感想を言い合う。4人で言い合っても埒が明かないのはわかっているのだけれど、全員が同じ腕だからかクラリスもリリムも遠慮がなくて私は楽しい。意を決してスープを飲み干す。無駄にはできないので苦行だ。背筋がゾクゾクしてきて戻しそうだと感じたのですぐに肉に口をつけて安心する。隣を見るとリリムが同じく飲み干そうかちょっとずつ消費するか悩むようにスープを眺めていた。


「明日にはダイスタウンに着くけど、しばらく全員でどこかの定食屋で修行でもさせてもらう?」

「いいなあとは思うけど、そんなにゆっくりしていていいの?」

「まだまだ先が長いことを考えると焦れるけど、あまり急ぎすぎるのも良くはないかな」


 きちんと力をつけないといけない。辿り着くのが目的ではない、魔王を倒して“強制された勇者”を無くすことが目的だ。


「それなら尚更、勇者より早く魔王の元に駆けつけないといけないんじゃないか?」

「勇者が先に倒してしまったら……、私たちの旅って意味がないよね?」


 スナッチと顔を見合わせる。二人の言うことももっともだ。ただ、私たちは本物の勇者を信頼していない。


「“辿りつければ”な」


 不満そうにスナッチは言う。魔王は寝ている、と進言した勇者の一部にはわざと到達せずに帰った勇者がいるのではないか、と私たちは思っている。口での報告なのだ、いくらでもどうにでもできる。ただ紋章と同じで、私たちの知らない情報だってある。もしかすると何か調べる方法もあるのかもしれない。結局はどれもこれも自分たちで知ろうとしなければ、確認しなければわからないことだ。


「めちゃくちゃ足の速い勇者ならそもそも魔王なんて倒せないと思うぜ俺は」

「ゆっくりすぎても『あ、こいつもう一人の勇者に倒してほしいのかな』と思うけど」

「まだ何もしてねーけど出会えばお尋ねモノは俺たちなんだから、会わなくて済むなら会わないほうがいい。そんで勇者どもより少し遅れていてもいい。力をつけて後で追い抜いてやろうぜ!」

「これをイイトコ取りという」

「俺たちいつでもスラム根性!」


 勇者がどんなスペースで進むかなんて当人たちにしかわからないし、結局は自分たちのペースで確実に力をつけて行動するほうがいいってことです。


「それと飯の修行は関係ないだろ」


 長く旅を続けるためには必要だと思うんだけど……。クラリスはあまり乗り気ではないようだ。このままだと街を出るたびに嫌な気持ちになってしまうから対策は立てたいんだけどなあ。

 ご飯を食べ終わって、就寝の準備に入る。幸い森に近かったからなるべく大きい木の傍で毛布を抱える。見張りを4人全員で交代するようになった。まだ戦闘では私やスナッチが前に立たないとうまくは立ち回れない二人だ。私たちに体力を温存してほしい、とクラリスとリリムの二人ともから進言された。起こすぐらいならできるからと言われてスナッチは嬉しいと笑っていた。今日の見張りはクラリスだ。私自身は毛布を被るリリムの隣に潜り込む。横になるリリムの背中から抱きついて暖をとった。


「……慣れたけど」


 “けど”なんだろう。背中が振動したのでリリムが溜息を吐いたのがわかる。


「すっかり定位置だな。次の見張りはルートリアだけど大丈夫か?」


 クラリスが肩を叩いてくれればリリムを起こさずに起きる自信はあるのでスナッチには平気だと返す。既に何度もしたやりとりだ。


「リリムも本気で嫌なときは言えよ」

「うん、ありがとう」


 背中に引っ付いて寝てるだけでそこまで言わなくても。でもリリムも少し困るぐらいで嫌というわけではないのだろう、拒絶していないのが有り難い。慣れきった最近は寝付くのも私より速い。今日も私が寝るよりはやく寝息を立て始めた。おかげでここ数日は私も快眠だ。さて、私ももう寝ないと交代で起こされてしまう。


「おやすみ」


 誰も聞かないであろう一言を口の中で転がして目を瞑った。


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