5.倫理と紋章.1
武者修行とは言ったが勇者は生まれたときから定められているので、嫌でも強くなれるような計画が立てられている。なんと大掛かりなイベントだろうか。人ひとりの人生を生まれたときから決めているのだから、それぐらいは確かにしてほしいかもしれない。
なにせ、起きた魔王に会って生きて帰った勇者はいないのだから。
「勇者になるっていうだけで自殺行為なんだよな」
「仲間は結構帰ってこれるよ」
「それも腹立つよな」
クラリスは道に落ちている石を蹴飛ばしながら文句を言った。人間嫌いであるらしい彼は、どちらかというと人間という組織や生き方に嫌悪感を抱いているようだった。
「死ぬ可能性は高いが、帰ってこれたら英雄っていうなら勇者より勇者の仲間になるだろうな」
「それだよ! それ!」
割と同調しがちなスナッチを見上げてクラリスは腕を組み鼻を鳴らした。
「生きているうちに英雄になれるのが勇者以外だけっていうのが不公平なんだ!」
複雑な話題を出してきたなあ。
ここはまだ序盤、2つ目の街を越えたところである。魔王を倒した後のことを考えるなんて、さすがドワーフ。長生きな種族は自分が死ぬことを全然考えないというが、今のクラリスがまさにそう。ただ私もそうだけれど、勇者は死ぬために魔王を倒しに行くわけではない。そういうことを念頭に置いて欲しい。
「勇者は二つの国から旅立つんだよね?」
「そう」
「じゃあ魔王を眠らすことができたあと、もう一人の勇者はどうなるの?」
リリムも拾った棒を片手に魔法の練習をしながら歩いている。軟化したというよりは役に立とうと頑張りはじめたリリム。最近は適正のある風の魔法の練習に精を出している。本当は回復魔法を覚えたいらしいが、よほど身体に合わないのか簡単なものすらできないと嘆いていた。エルフは大体みんな使えるらしいけれど、そこが、まあ、それ以上はやめておこう。
「マリンベルは確か肩書きが勇者じゃなくて武者修行に出ていた第二王子に戻るんだよな」
「もう一つの国は噂では幽閉されるらしいね」
「ハァ!? なんで!?」
聞いたリリムよりもクラリスのほうが驚いていた。
「国と国の間の見栄とかそういうやつじゃないの」
「これだから貴族は」
スナッチが憎憎しげに空を見上げた。
「定期的に出てくるお前のスラム理論はなんなんだ」
「泥臭さと根性と広くてでかい心と身体が俺の売りだぜ!」
さっき心とんでもなく狭くなかった?
同じことを考えてしまったのか少し魔法が乱れてつまづきかけたリリムの腕を引っ張る。小さく言われたお礼が耳をくすぐる。エルフの喋り方はくすぐったくてゾワゾワして少し苦手だ。なんだか癖の強いパーティだなあ。
「次は街じゃなくて村なのね」
「勇者は寄る必要はないところなんだけど」
そう前置きするとリリムが不思議そうな顔をした。
次に寄るロロ村は宝飾品の細工が名産だ。逆に言うなら、勇者だからこそ行く必要がない。
「いずれ勇者しか立ち入れない場所も出てくる。騙るなら通行証を手に入れないとな」
「あぁ、紋章か」
クラリスが納得して頷いた。
勇者は紋章を所有している、それがなければ入れない場所が出てくるだろう。本来なら国が用意し、王から勇者へ手渡される物だ。勇者本人がここを訪れる必要はない。
「ドワーフも居るだろうな」
「こんな人間だらけの場所で人間と仲良くしているドワーフなんて知り合いはいないだろうよ」
「250年も生きていれば世界中の生き物と出会えそうなもんだと思うけど」
「わざわざ旅に出るドワーフもエルフもいねーよ」
「急ぐ理由もないし……って思っちゃうのは人間より長生きだからかなあ」
言いながら不安そうな顔をするリリム。綺麗な顔をしているけれど、その表情は本来豊かだったのか表現が多彩だ。耳を赤くしたり眉を寄せたり、今は眉尻が下がっているから困っているか疑問があるかのどちらかだろう。じっと見上げると、口を開いたり閉じたりを繰り返した。呆れずにまっすぐ待ってやると観念したように声を出した。
「勇者の紋章って、作ってもらえるものなの?」
もっともな疑問である。が、しかし聞かないほうが良かったかもしれない。スナッチと二人で顔を見合わせた。早速勇者の道から外れる内容となるのでなんとも説明し辛い。
「まあ無理だろうな」
「ただ勇者の紋章って受け継がれているわけじゃなくて、死ねば無くなるし、代々新しいのを作っているわけでして」
「じゃあ生きて帰った勇者の紋章がどうなっているかというとだな」
つまり、なので、わかりにくい言い方をする。クラリスの顔がイライラしているのがよく伝わる。リリムに至っては嫌な予感がしたといわんばかりに呆れた顔をしている。
「悪用されないように、作った人が回収・保管しているわけです」
「紋章の墓場的なモノがあるわけだ」
こればっかりは言い方を変えようとごまかしきれないみたいだ。クラリスとリリムの顔が最高潮に呆れている。これは仮にも奴隷が向ける顔ではないと思う。
「つまり、そこからちょろまかそうってことか?」
「せ、窃盗じゃない……!」
あぁ、耳が痛い。たぶんこうして勇者になるために悪事を連ねていく、そういう旅になのだと思う。二人が納得していないまま、村が見える場所まで辿りついてしまった。
「さて、ここからが問題だぜ」
「バカ正直に宿に泊まると犯人だと疑われるわけだけど、村の入り口は正面だけかぁ」
真剣にどうやって紋章を盗み出すか考える私とスナッチ。クラリスはもう関わりたくないと言わんばかりにこっちを睨んでいるし、リリムは頭を抱えている。スナッチと私はスラム育ちなので盗むことに抵抗感はない。問題は盗んだことが広まってしまうことだ。紋章を手に入れたものの各場所で門前払いを喰らってしまえば意味が無い。一番いいのは場所を特定してバレないように盗むことだけれど、情報を手に入れるにはやっぱり村に入らなければいけないわけで……。
「二手にわかれるか?」
「バレたときに誰かは疑われると思うけど」
「疑われたときに持ってないって証明してみたらどうだ?」
「できるかなあ。外で怪しいヤツらと会話していた~みたいな密告者が出てきそう」
「あ~」
いっそ全員一緒のほうが疑われない、かな?
「それじゃ、リリム、クラリス。私たちは今から楽しい旅の行商人です」
「楽しいは必要かな?」
「リリムの作った薬を売るってのもなあ、お前ら今までどうやって資金稼いでたの」
傭兵紛いというか……護衛のようなものとか……皿洗いとか……。やれることはなんでもやったけど、あまり汚いお金ではないはず。
「護衛対象がいないのに傭兵ですってんじゃあ、お前ら何しに来たのって言われるよな」
「街ならともかく村じゃあね」
まだ多少の資金はあるし、持っている薬もリリムが作った手間はあるとはいえ主に拾った薬草で作ったものを売る。更に最近はリリムに教えてもらって自分が作ったものもあるので、売るのは品質の良くないものばかりだ。この村ではとにかく、怪しまれない、紋章を手に入れる。この二つだ。リリムとクラリスの首元にスカーフを巻いて、いざ入村。
特産があるからか村にしては活気があり明るい。
門番の顔もゆるゆるしていて、薬を売りに来たといえばにこやかに通してくれた。
「まずは宿をとって、紋章作りの職人探し!」
「宿あんのか?」
「……まずは村長に挨拶かな~」
一番大きい家を見ると、もう一人門番が立っていた。こっちはそう簡単には通してくれなさそうだ。
「こんにちは~」
「どういった要件でしょう。旅の人とは珍しいな……」
「はい、旅の行商人です。この村は細工が名産と聞いているので、私どもの取り扱っている薬などがご入用なのではないかと立ち寄りました。ここで少し商売をしていってもよいか許可を取りにきました」
スナッチと入念に打ち合わせた台詞はバッチリである。スナッチが喋るほうがいいのだけれど、さすがに見た目が薬売りには見えないんだよなあ……。ムキムキの大男……。なので、彼だけが護衛の傭兵という扱いになっている。
なるほどと頷いた門番に通された先には村長と思われる人種がいた。ずんぐりむっくりとした身体。筋骨隆々としている。肌は黒く髭を蓄えている。まさにドワーフといった風貌の老人が堂々と座っていた。
「なんだ、マリンベルへの献上品はきっちりと届けたぞ」
「あ、いえ、自分は旅の行商人でして」
再度同じ説明をすると、うさんくさそうに納得してくれた。
「ドワーフとエルフを鎖で繋いで行商人ねえ……」
さすがに同じドワーフはわかってしまうのか。ドワーフと言い当てられたクラリスがドキリとした顔をしている。リリムをフード付にしたものの、今回は“エルフの薬を売っている行商人”のつもりで入村したから耳は見える形にしている。奴隷の鎖は見えないものと思っていたが、道具か魔力に精通していれば見えるものなのか? そういえば、以前リリムも鎖に触れていた。やっぱり見えるものなのかも。気をつけよう。
「好きにしな。この村も元々俺がいたところに勝手にできただけだからな」
村長らしきドワーフは呆れたように声を出すと、私たちを突き放した。
「そうなんですか?」
「俺はここの材料で細工を作っていただけだ。それが認証に最適だのなんだので、国王とやらが来るし人間は集まってくるしよぉ。500年も癒着しちまった」
ほう。確か勇者しか通れない場所があったはずだけれど、それはその材料があればいけるのだろうか。いやでも人の目で見ての通りもあるはずだし……紋章の形で欲しいなやっぱり。
「門番ってのも大層だ」
「でも使用済みを回収しているんですよね」
ドワーフを顔をあげてこちらを見た。
スナッチから余計なことを言うなという視線を感じる。
「行商人の割に、随分この村に詳しいじゃねーの」
「行商人だからこそ調べてきたんですよ」
しばらくにらみ合っていると、根負けした村長が先に目を逸らした。
「好きにしなって俺は言った。宿なら向こうだ。今日はもう遅い明日にしな」
しっしっと手で追い払われた。ドワーフは面倒を嫌うよな~とクラリスを見ると、クラリスにも睨まれた。恐らく村長は厄介ごとが嫌いなのだろう。
宿は比較的若い男女が経営していて、生まれたばかりであろう子どもが可愛かった。子ども好きのスナッチがメロメロだ。
「2人部屋までしかないけどいいかい?」
頷いた途端、リリムのほうから妙な空気を感じた。振り返って顔を見れば、なんだか少し怯えている。目も逸らされた。鎖に従って男女でわけるから変なことは起こらないと思うけど……。でもこの様子、怯えられているのは……私?
そういえば前に二人きりになったときもこちらを伺いながら怯えていたような……。
「部屋割は、スナッチとリリム、私とクラリスでいいかな?」
ちょっと安心した顔をしたリリム。……むむ?
「いやなんでだよ。普通に男女別でいいだろ」
「私もそう思うんだけど……」
「はぁ?」
だいぶ軟化したと思っていたのに、なんだろうこの微妙な空気は。さっさと部屋に入っていった男二人を見送って部屋の前でオロオロとしてしまう。
基本的に、嫌われることに慣れてはいない。
慣れることはないんだろう。それでも旅を続けないといけない。せめて、仲間にしたい相手にぐらいは好かれたいんだけど……。いや、私自身は嫌われていてもいいか。怯えられると行動に支障が出るから、いっそ好かれるか嫌われるかのどちらかがいい。なんだったらどうでもよくてもいい。
「……眠れないなら、散歩でもする?」
怯えている癖に、こっちの心配はする。エルフって変なの。
「そうしようかな」
暗くなったら商売はできないけれど、星明かりで随分と明るい。
鎖がリリムの喉を苦しめないようにゆっくりゆっくり歩く。すぐ近くに開けた鉱山があり、その前は草原が広がっている。なんてのどかなんだろう。ここは平和に感じてしまう。
腕輪のついた腕が引かれる。リリムが立ち止まったのか。痛くないようにきちんと鎖を可視化させてから、私を立ち止まらせたみたいだ。
「あの」
何か言おうとした様子を感じて、耳を済ませようとした。
突然、鉱山のほうから爆音が鳴り響く。
「なに!?」
「事故か」
鉱山から煙が出ている。さっきの音だと村人全員が駆けつけるだろう。
リリムの首を絞めないように直接手を握って、自分も様子を観に行くことにした。