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32.休戦1

「ついたー! 歓楽街だー!」

「っしゃー! 遊ぶかー!」

「テンション高いね」

「人間ってやっぱ低俗だよな」

「私をあの二人と一緒にしないでくれ」


 海の前、山の前、厳しい旅路の前の栄えた歓楽街デイブロス。スラムに似ていてしかし夜も明るいそこはなんとなく居心地が良かった。ただそれは私とスナッチだけで、あとの3人はとても嫌そうな顔をしていた。

 森育ちのリリムはしょうがないとして、クラリスとヤークはどうしてだろう。


「僕は騒がしいのはあまり好きじゃない」

「ドワーフって祭り好きじゃなかったっけ」

「……何かを祭るのはいいけど、ここはただ毎日バカ騒ぎしてるだけの街だろ」


 隣で同じようにヤークは頷いている。うーん、つまりただ“遊ぶ”街は苦手ということか。ここは国に発展しそうなほど行商も栄えている。できれば数日滞在して事前準備をしっかりと行いたいんだけど……。


「まあ、知らないよりは知っているほうが対処できるよね」

「は?」


 宿のあと、全員を連れ出しあるお店を探す。その店に強引に全員を押し込んだ。













 店を満喫し先に出てくるとロビーでのんびり待つ。チップを渡すとアフターサービスの飲み物をくれたので飲みながらソファに身を沈める。ここ最近野宿や雑魚寝であったり宿に泊まっても薄い布団ばかりだったので柔らかさが身体に有り難い。

 そうしてゆっくりしていると早めに終わったのか怒りに怒ったクラリスが真っ先に出てきた。


「てめぇ! なんて店に押し込みやがる!」


 ここは娼館。一番安全で良心のありそうな店を選んだんだけれど何か問題があっただろうか。


「知らないよりは知っているほうがいいと思って」

「世の中には知らなくてもいいことだってあるんだよ!」

「ヤークとリリムならともかくクラリスは喜ぶと思ったのになあ」

「世の男が全員そういう行為が好きだと思うなバカタレ!」


 そうなのか。それは悪い事をしたなあ。それはそれとして250年生きてきてそういう経験はなかったのだろうか。


「僕は問題なかったが、リリムは大丈夫なのか?」

「奴隷問題?」

「そうだ。こんなところで目を離して、攫われても知らないぞ」

「ここは大丈夫だよ」


 もちろん問題が無さそうな場所を調べてある。念のためロビーと一番近い部屋にしてもらったから鎖も繋がったままだ。それに今のリリムならそこらの夜盗に負けるほど弱くもない。……スナッチみたいに圧の強い筋肉に囲まれたらまずいのかな。でも前にスナッチを魔法で吹き飛ばしてたこともあったしいいだろう。


「少なくとも私とスナッチの息抜きになったからいいでしょ」

「それに巻き込むなって言ってるんだ僕は」

「意外と一番真面目そうなヤークが一番ハマってたりして」

「……怒鳴りながら出てくるぞたぶん」


 250年生きているクラリスよりも要領が悪く、頭でっかちで経験の少なそうなヤークはうまく出てくるのも難しいだろうなあ。というかまだ出てこないあたり経験豊富な娼婦たちにすっかり丸め込まれていそうだ。少し高くついたけれど、二人きりにはならない店を選んだ。数人にべったりと甘やかされて私のようなふぬけになって出てこないといいけど。


「ルートリア!!」

「あ、出てきた」

「やっぱり怒鳴りながら出てきたな」


 指を差して笑っていたら指を折られそうになった。怖い。

 ずかずかと出てきたヤークは私の指を握ったままガン飛ばし続けている。見つめられすぎて穴が開きそうだ。


「なんでこんな店に押し込んだ! 貴様ぁ!」

「凄いなあ。クラリスと同じことを言う」

「そりゃ言うだろ」

「でも気分良かったでしょ?」

「少し……、ってそういう問題じゃないんだ!」


 少し気分が良かったらしい。


「ヤーク先生は本当に魔法以外興味なかったんだねえ」

「学生時代に好きな人とか居なかったの?」

「魔法学校には女性しかいなかったから……、いや、恋愛に興味があるなしと娼館に行ったことがあるなしは関係ないだろう!? あとほとんどの女性は娼館を利用しないと思うぞ」


 そうなのか。男娼のほうが良かったのかな、と思ったけれど子どもなんか作られても困るので色々整った娼婦のほうがいい。私も別にそういう行為を求めていたわけではなく、情報が欲しかっただけだ。……頭をなでてチヤホヤされるのも気分がいいし。それにどうみても立地の良さだけで儲かっているようだったからえっちなことをしなくても許される店だと思ったので気が楽だ。仮に行為を求められたら私も逃げる。


「やー、スッキリした」

「最低だ」


 ほっこりした顔で出てきたスナッチがニコニコとクラリスの背を叩く。ヤークは引いている。スナッチのことだから必要な情報は拾ってきていると思うけど、なんか腹立つな。


「リリムが一番最後なのか?」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「……魔法の鎖的には大丈夫なんだけど」


 鎖の先が切れているような感じはない。腕の重みは相変わらずだ。それでも全員に大丈夫かと言われると少し心配になってきた。部屋の前まで行ってみようか。でもよほどお楽しみであるなら申し訳ないし……。悶々と考えながら待っていると、大きな音を立ててロビーの扉が開いた。


「な、なんでこんなお店に連れてきたの!?」


 どたばたと珍しく大声と足音を立ててこっちへ詰め寄る。なんだか最近クラリスに似てきたなあ。


「長かったね、リリム」

「だってっ! エルフが珍しいからって凄い撫でられて凄い触られたしっ、奴隷だから凄い色々教え込まされたし!」


 おぉ、あぁ~。そういえば娼館は女性の利用もそこそこあるのだけれど、それは主人が奴隷を送り込みそういう知恵をつけさせるためで……、もしかしてそう思われて色々教えられたのかも。それは気の毒なことをしたなあ。まあでも殺す術を知れば生かす術を覚えるようなもので……、これも教育と首を縦に振った。


「……あれ、私やっぱりそういうことを求められてる……?」


 じわじわと顔を青くしはじめたリリムに申し訳なくなって謝る。店にお礼を言って外に出ると更に夜は深くなっているはずなのに明るいままだ。宿に戻って、明日には買い物をして周ろう。こういう街は色んなものが選べるけれど、ハズレも多い。だから最初に信頼できる店を聞いた。娼館だからこそ贔屓にしている店のほかに、お客さんのぼったくり店を紹介されることもあるけれど、娼館自体が温厚そうな店だった。女たちの顔を見ればわかる。悪いけれど、良心的すぎるのでいつかは潰れるだろう。


「火照った身体には良い気候だな」

「だからこそ歓楽街になったのかもね」

「寒いからだろ」


 寒いと酒がすすむ。寒いと人に触れたくなる。この先は海に出ようが山に出ようが寒さが身に染みる。防寒具は買ったけれど山に入る前にもっと色々考えたほうがいいのかもしれない。今までだって命がけだったけれど、魔物に加えて気候とも戦うことになる。ヤークの炎魔法があれば比較的楽なのかもしれないけれど、光魔法でも温かさは得られないだろうか。


「ヤーク、魔法での寒さ対策って火の魔法しかないの?」

「風魔法でもうまくすればできるはずだ。空気を操るのだから……、そうだな、今リリムが扱っているような音の振動を遮断するのと同じく暖気だけを運ぶことは可能だろう。むしろ火よりいいかもしれないな」

「光魔法は?」

「……イメージ魔法では感覚は変わらん」


 冷たい……。それでもヤークとリリムがいなければ体温をあげるためにひたすら筋力をあげながらの山登りとなっていたことだろう。クラリスも土魔法で即席の洞窟といった雨風を凌げる場所を作ることができる。


「つくづく私達は生かされているね、スナッチ」

「お、突然自分の無能さを悲観しはじめたな」

「魔法という存在が万能すぎる」

「わかるぞ、筋肉は全てを凌駕する」

「うわダメだあいつら会話できてない」


 わいわいと宿に戻る。宿に戻れば早速ヤークとリリムが魔法の相談を始めていた。嫌がるヤークにリリムの腕輪を預けて外に出る。クラリスがついてきたので、少し拗ねてみせる。


「もう無茶しないよ」

「そこに関してのお前はあまり信用ねーの」

「はは」


 うっかり笑うと足を蹴られて危うく躓くところだった。初めて勇者に遭遇したときから、一人でふらふらと出かけようとすると必ずクラリスがついてくる。きっとこれからも信用されることはないのだろう。今頃スナッチも夜しか開いてない店を見てまわっているのだろうけれど、あちらを心配する様子はない。

 今日ぐらいはヤークとリリムに自分たちのご飯ではなくその地域の美味しいものを食べさせてあげようと定食屋を見て周る。特に面白いものもなければ宿で頂こうかな。途中で見かけた古書屋にふらりと入る。昼は開いていないのか暗めの灯りがたくさん配置されている。魔道具だろうか。


「クラリス」

「ん」


 短く呼び寄せる。この辺りには回復魔法の本が集まっていた。クラリスは一つ手に取るとパラパラと捲った。


「回復魔法は不明瞭な部分が多いからな。地元では神力と呼ばれていたぐらいだし」

「勇者の魔法と似ているよね」

「勇者魔法も同じじゃねーの?」

「それなら私の使えた魔法がクラリスに使えないのはおかしい」

「勇者は人間にしかいないからな。たまたま条件を揃えたんだろ」


 その条件が気になるんだけどなあ。同じように本を読んでも、似たような内容ばかりだった。ヤークの言うとおり、どうせ理解できないのなら辞書のような物のほうが役に立つ。回復魔法にも魔法一覧のようなものがあるみたいだ。手を伸ばすと、誰かの手に触れた。




「あ、ごめん」

「いやこちらこそ」




 前にも同じやりとりをした気が。お互いに冷や汗を流しながら恐る恐る顔を見合わせる。なぜお前が、どうして君が、条件反射で手を剣にかけた。


「二人とも、待て!」


 クラリスの声に身体を固める。勇敢にも敵であるマリンベルの勇者の手まで握って止めている。しかし、その手に剣はない。


「どうして君がここに」

「……縁があるね」


 仲間もいるのだろうか。呼ばれてからではまずいのだけれど、クラリスはわかっているのかな。わかっているようだ。手を離す気は無いみたい。私が剣から手をおろしたことで、クラリスは勇者の両手を拘束した。


「離してくれ」

「ダメだ。お前も魔法が使えるだろ」

「……仲間は宿だ、僕に勝ち目はないよ」

「危険信号を出すだけなら口を使わなくても魔法一つで出来るさ」

「僕たちもこの街を慌てて出るような真似はしたくない。君たちが騒がないのなら、今回は僕も見逃そう」


 上から目線に腹がたつけれど、同意見だ。雪山を越えるにも海を越えるにも準備不足では命を落とす。


「クラリス、少しでも魔法を使う素振りを見せたら足をとれ」

「わかった」

「君は僕に対してだけアタリが強いな。僕たちの“救い残し”を助けるくせに、人を選ぶ」


 怒りのあまり剣に手をかけそうになったけれど、クラリスに睨まれて止める。


「ひとまず、外に出ようぜ」


 クラリスの声に、店の奥に目をこらす。薄暗い部屋から店主がこちらを睨んでいる。人の少ない酒場を選び、真正面から睨みあった。勇者側にクラリスが居るが、不審な動きをすぐに止めるためだ。温かいメニューを頼み、顎を撫でる。ここに居るとお互いに気付かなければこんな時間も必要無かったのに。時間は欲しいが、どう話をすすめてやろうか。唸りながら料理を待った。

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