1.始まりの国1
王都、マリンベル。
勇者はこの国、もしくはもうひとつの王都から旅立つ。
10年に各国でひとりずつ選ばれる栄誉ある魔王城への旅の資格を持つ者達。
「世の中不公平だよなー」
「まあ追い返されたものはしょうがない」
大抵はその国の第二王子が選ばれる。
人類の命運をその一人と仲間にかけるのだ。
洗礼の泉だの仲間選びだのと様々な『おつかい』を終わらせて旅に出る。
仲間を選ぶ際に勇者は近隣国の推薦者の他に酒場で冒険の仲間を募ることもある。
ちなみにスラム育ちの我々が酒場で仲間を募ったところ、鼻で笑われガキはお家でおねんねしてなって追い出された。
「数ヶ月前に旅立ったこの国の勇者様だって俺と同じ年だろうが!」
「金は貯めたのになあ」
勇者の仲間には手付金として最初に多額の手付金が支払われる。
安くても一人15万マイル、二人なら30万マイル。
「2人旅じゃやっぱり不安だよなあ」
「今からもう一回理由変えて仲間探しする?」
「それもなあ……もうあの酒場で探せる気はしねえよ」
確かに。
今から行ったところで顔は覚えられただろうから賢い奴等に金だけ持って逃げられる可能性もある。
「お家でおねんねっつったって帰る家もねぇっての」
「突然重い」
さて、酒場がダメなら自分たちのような『バカ』を探すしかない。
とはいえさっきのように正直に旅の理由を話したならバカより先に愚者が集まる。
……八方塞り。
「諦めた顔をするなよ」
「私の表情筋はいつも仕事してない」
隣に居る男に知恵を求めても無駄である。
私達の取り柄なんて後のことを考えないことぐらいなのだから。
とりあえず王都についたのだから飯でも食べますかと繁華街に移動する。あまり余分にお金を使いたくはないがしょうがない。私達は料理ができない。安くても美味いものを求めて繁華街の裏通りに移動していく。
装備も整えないといけないから仲間を増やすならもっと本格的な旅になる前にここで出会っておきたい。
「おっと、あぶねえな」
ぞろぞろと横を歩いていた人の群れにぶつかる。先頭の男がまっすぐ歩けと吼えた。
「奴隷市場でもあるんかね」
「さあ」
歩く人はみんな鎖に繋がれている。これから競りにでもかけられるのだろう。
みすぼらしい布を纏わされただけの団体。ただのオークションでは無さそう。
その中の一人、エルフと目が合った。長い耳、間違いなくエルフなのだろうけれど髪によりによって髪に黒が混ざっていること、更に赤い目は珍しい。それでもエルフ特有の顔の美しさがあった。
隣にいる種族の違う小さな少年を庇うように歩いている。
少し思案してから連れに黙って群れの先頭に近づく。
「あん? なんだ、ねーちゃん。あんたも“売られたい”のか?」
全員が売られたかったわけでもないだろうに、と思いつつニコリと笑う(笑っているつもりだ)。商売に笑顔は大事だ。スラム育ちは伊達じゃない。
「いや、今気に入ったのを見つけて売ってもらえないかって思って」
「へえ、金はあるのか?」
黙って数枚の銀貨を握らせると、男は下卑た笑いを浮かべた。
「いいぜ、これらはグレードが低くてな。どうせどいつもこいつも娼館行きだ。どの男がいい?」
「あの子」
「あぁ? あれは女だが……あんた、女の癖にスキモノなのか」
勝手に嫌な妄想ばかりする男の話を流しながらさっき目が合った女に近寄る。さっきの諦めた目ではなく怯えきった目でこちらを見ていた。
「エルフだけど、この子も娼館行き?」
「いや、そいつは顔がいいからな……。曰くつきとはいえエルフだ、他のと同じ金じゃやれねぇな」
「いくら?」
男はもう一度私の身なりを見て、ニィと笑った。
「15万マイルってとこだ」
いい金額。私の姿を見て、本来ならギリギリで払えないであろう金額を提示してきた。ただ私達はこの数年尋常じゃない金の亡者として努力していたため、払えるだけの余裕があった。それを正直にわかりましたというほど正直者でもない。
「……高いな」
「上物だからな」
「曰くつきって?」
男は小さく舌打ちをした。さっき口に出してしまったことを悔いているんだろう。
「黒の混じった髪のエルフは呪い子としてエルフの里で厄介者扱いなんだとよ。
飛び出したものの一人で生活できないダメなエルフが稀に流れてくるんだが今回もそうだろうさ。
ただ顔はいいからな。愛玩用としてなら商品として売れるだろ」
半分嘘、半分本当、かな。
こういう駆け引きは得意じゃない。
「エルフは一人ではなかなか行動しない。……里でも焼いたの?」
男の目が鋭く光る。
これはたぶん、取締りとかそういうのじゃないかと疑われてる。
「知るか。俺は流れてきたもんを売ってるだけだ!」
「……あーっと、詮索しすぎたなら謝るよ。私もその子を売って欲しいだけだからさ」
「まける気はないぞ」
「でもその子さ、高いところで売れなかったんでしょ」
まずい、という顔をした。
恐らく良くない方法で拉致したか、里ごと襲ったか。
他のエルフや高く売れるものを売りさばいて今から奴隷市場で余りを売ろうとしていたのだろう。
そういうことなら15万はちょっと払いたくない。
「うるせえな! あんまりしつこいと売らねえって言ってんだろ!」
「悪かったって。払うよ、払う。だからあの子売ってくれる?」
「いーや、俺の気が済まねえ! そうだな、20万なら売ってやる!」
しまった。つつきすぎた。
やっぱりこういうのは苦手だ。
黙って連れに目線を投げると、しょうがないなと首を振った。
「やー、悪いな商売人! どうもこいつは商売が下手で!」
うるさいな。
「なんだ? 兄ちゃんが払ってくれんのか? それでも20万だ!」
「そうつれないこと言うなよ~! 実はな……」
男同士でひそひそ話を始める。
(実はあいつな、かなりのスキモノで)
(ほう、やっぱり)
(エルフっつったら長命だろ。エルフと色々やれるっつーならやりたい夢があるらしくってよ)
(……ふむ)
(例えば……)
(……ほうほう、なんだと、そ、そんなことまで)
聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
ヤツらのなかで私がどんなドスケベになっているのかというか女同士のエルフとしかできないそういうことってなんだと疑問が尽きないけれど商人の態度は軟化したらしい。
「いやー! 悪かったな嬢ちゃん! おじさん、そういうことなら協力しちゃおっかな!」
万国、スケベの夢というのは共有されるものらしい。本当か?
とにかく連れのおかげでなんとかなったみたいだ。
「ありがとう、詫びといっちゃなんだけど20万払うよ。
正直その子じゃ15万にもならないとは思うけど」
あ、連れのこめかみに血管が浮き出たのが見えた。俺の苦労をどうしてくれるという感情だなあれは。
……見なかったことにした。
「いいのか?」
「そのかわり、その子の隣にいる少年をつけてくんない?」
「ありゃあ一銭にもならんガキだぞ……。娼館で捨てちまおうかと思ってたんだが、お前、女の癖に探究心が尽きないやつだな」
おい何の探究心だ。
突っ込むのは心の内に留めておいた。
男は気を良くしたのか、サービスだと言って買った二人に首輪をつけて寄こした。ついでに私たちの腕にお揃いの腕輪がつけられる。
「これは珍しい首輪でな」
男が言うには、腕輪と首輪は魔法の紐でつながれていて数十メートル以上は離れられないそうだ。
「活きがいいヤツもいるからな。最近は買った途端逃げ出したんじゃ、俺たちも文句言われちまう」
「あー、ありがとう?」
「それにじゃらじゃらと本物のリードがあっちゃ楽しむもんも楽しめねえだろう」
余計な一言である。
またなー!と元気に手を振ってくれた兄ちゃんには悪いけれど、そそくさと退場させてもらった。
この後おそらく私には大仕事もあるし。
しばらく奴隷の二人の手を引いて人目につかない場所まで行くと、私に降り注いだのはゲンコツだった。
「お、お前! 何考えてんだばかーーー!!」
痛い。
なぜそんなに怒るのか。
この連れの男は妙に小難しいところがある。
「予定していた金額より低く仲間をゲット」
「ゲットじゃねーわ! どうすんだよ、ガキまで混ぜやがって! こんなメンツでどうやって旅に出るんだよ!」
予想していた通り怒である。激オコである。
一応、一人分の金額でなんとかと思っていたけれど思ったより手助けしてくれたから20万で買ってしまったこと……で怒っているわけでもなさそう。
旅の仲間がどうのこうのというよりたぶん相談せずに交渉を始めたことがまずかったのだろう。彼は割と構ってほしいタイプなのだ。ということにしておこう。
「新米でも4人いればなんとかなるって」
「……費用はこいつらのぶんだけでぶっとぶぞ」
「今布きれだからなあ」
「このまま歩かせるわけにはいかないのはわかるな?」
「さすがにわかるよ」
怯える二人を見る。
見るからにみすぼらしい布をまとった二人。
片方は今にも襲われそうな悲壮な顔をしているし、もう片方はなんだかふてぶてしい。触ろうものならツバでも吐いてきそう。一丁前にも、エルフの女性を庇おうと少し前に出ている。相手が私たち二人だけならなんとかなると思っている感じの反抗的な態度。一歩踏み寄ると二人揃って後ずさった。はっとした顔をした女性が男の子を抱きこむ。
「あ、あの、私、頑張るから、この子は」
「ほらみろ可哀相な感じになってるだろ」
可哀相だろうか。
私ならよく知らないおじさんとかに買われて変質行為をされるよりは同じ年頃に見える人に買われる方が……。いや、そもそも売られたくないか。しかも二人ともお金欲しさに身売りしたわけでもなさそうだし、怖いかな。
「君の人相が悪いからじゃないかな、スナッチ」
「お前の動かない表情筋よりはマシじゃ!! このバカトリア!!」
そうかなあ。自分で言うのもなんだけど顔はいいと思うんだけど。
鏡があったら自分に話しかけていたところだけど今ここに鏡などない。ひとまず装備を整えなければ旅を始めることすらできないのだ。そして装備を整えるには彼女たちが何ができるかを聞かないといけない。
「ねえ、君って何が得意?」
エルフの女は顔を真っ青にした。
男の子は目を剥いて呆けているし、連れの男-スナッチ-は何か噴き出しそうになったのか口を押さえている。どうしてだかわからず顔を傾げると、泣きそうな顔をしたエルフの女が消えそうなほどか細い声を出した。
「……た、他人と、床についたことはないので、わかりません」
床につくって古風な言葉を使うなあ、さすがエルフ。ではなく何の話?
スナッチは爆笑しはじめたしよくわからない。
「お、お前っ、とっ……、ぼ、僕たちに何をさせる気だ!?」
それがわからないから聞いているのに。
やっと爆笑の呪いから帰ってきたスナッチがひぃひぃ言いながら私の肩を掴んだ。
「ち、違う、はぁー、笑った。誤解させるような言い方するなよ」
「誤解?」
「まず俺たちの目的から話そうか」
ふむ。
確かに何をしたいかわからなければ何ができるかもわからないか。
深く息を吐く。私達の目標はずっと前から変わらない。
「勇者になって魔王を倒したい」
笑われたってこれが私たちの旅だ。