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コドクトリップ  作者: 上野羽美
自転車で100キロの旅、三峯神社
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第四話「失踪!狂走!大暴走!自転車で約100キロの旅(断念)!in三峯神社」

 国道140号線沿いに伸びる秩父鉄道は、車を使用すれば秩父まで行ける距離に住まいを持つ僕としてはいずれ使いたいくらいの路線だった。


 まさか今日使うとは思わなかったが棚ぼたというやつかもしれない。そもそも改札機を通さない改札というスタイルが僕にとって新鮮だった。


 案の定やってきた電車はガラガラで難なく座れた上、数駅走ると車内にいるのは僕一人だけになった。そんな電車にこれまで乗ったことないので、目が覚めたらきさらぎ駅とかに着いていないよう眠らないことを決めた。


 車窓から見える景色はやはりのんびりとしていて、停車駅も秩父駅以外は小さく、駅舎も木造だったりと走れば走るほどに時代に逆行していく。

過去ののんびりした時間がこの電車の向かう先なのだ。そんな詩的な文章すら浮かび上がった。


 そういえばと、この電車を降りた後のバス代を検索した。三峰口駅からバスに乗り換えて料金は670円。その数字を見て何か嫌な予感が脳裏を走った。


 財布を覗くと、そこにはわずかな小銭と堂々たる姿の10000円札があった。


 これ、どうしよう。


 バスで10000円札が両替できないのはあまりバスを利用しない僕も知っている。スイカやパスモといったICカードの類は持っていない。というかあったとして終点の三峰口駅でチャージできるのかどうかも怪しい。流れては消える駅舎の様子を見ればそんな機械があるようにも思えない。そもそも秩父鉄道ではICカード使えない。


 コンビニは!?


 すぐさま検索をかける。

 どうやら山梨側へ抜ける国道140号線最後のコンビニは三峰口駅から三駅手前、武州中川駅にほど近い場所にあり、この先はコンビニの類はない。


 武州中川駅まで走れるだろうか。縮尺をよく見ないまま地図を確認するとそこまで離れているわけではなさそうだった。おそらくは走れる。実際多分この辺は10キロぐらいしか離れてないだろう。頑張れば往復一時間くらいで行ける。


挿絵(By みてみん)


 頭の中で色々と考えを巡らせている間に、この電車の終点、影森駅へと着いたのだった。

 ここから今まで乗っていた電車は折り返して羽生駅まで戻っていく。三峰口駅まで向かう電車はいつやってくるのだろうか。乗り換え案内を見ると四十分後だった。


 さすがは田舎。一時間に一本のレベルだ。


 することもなく、ホームに設けられた硬い木の椅子に座る。左手には二度登った武甲山がそびえている。改めて見てもすごい山容だ。


 ここで注意したいのは、こういった旅で時間に追われてはならないということだ。確かに電車やバスの本数は少ない。だがそういう時こそ、時間に気を取られず平静を保ち、のんびりとこの時間と景色を受け止めるのが大切だ。普段自分の周りを流れる時間を遅らせる。これが出来れば旅は有意義なものとなる。

 試しに息を深く吸って、目の前の景色をもう一度よく見てごらんよ。


挿絵(By みてみん)


 ほら、いい景色。


 この先はもっと山奥になるのだ。

 すでに雨は上がっていたがどんよりと曇っているのは変わらない。自転車を漕いでいたところで、今頃長瀞が関の山だ。良かったと思え。まだマシだと思え。この四十分間を。


挿絵(By みてみん)


 四十分後、三峰口駅へと向かう電車が到着する。乗り込んだがまたも一人だった。

 それから数駅、明らかに三峰神社に向かう観光客の若い女性が途中から乗ってきた。


挿絵(By みてみん)


 気づいたらでっかい蛾も乗っていた。僕は一人じゃなかった。


 忘れてはならないのがコンビニの件だ。地図を見て余裕と思うより確実なのが実際で見た距離だ。

 武州中川駅手前で埼玉県最西端のコンビニを発見。最西端のコンビニはローソンだった。

 そこから三駅、電車はすごいスピードで線路を駆ける。どこまでもどこまでも。


 これは走れねぇ。


 コンビニはもう諦めるしかなかった。




 三峰口駅へ到着。切符は改札機などあるはずもなく、もちろん駅員さんに渡す。改札を出ればそこには何もなくて、せいぜいそば屋さんと何故かホルモン焼き肉の店があるくらいだ。

 財布の中の諭吉の存在を思うと途方にくれるばかりだった。


 ここから歩いて三峯神社までいけないか?


 三峰口駅というくらいだから三峯神社は遠くないだろう。マップを起動して距離を確認する。


 三峯神社まで24キロ。


 もう三峰口駅は三峰口を名乗るな。

 そうこうしているうちにバスは出発した。次の便は50分後。それまでにどうにかしなくてはならない。今後の行程を考えるとこの11時45分発はぜったいに外せない。


 意を決して駅前のそば屋に入店した。


 案の定客は僕一人だけで、奥の座敷席は年季の入った大変趣深い店内だった。本当に今が令和とは思えないほど時の止まった店で、10000円札を出して会計する以上は一番高いメニューを頼まねばと最もお高い天もりそば、1200円を頼んだ。リーズナブル。


 接客を務める女性がガラスの引き戸を開けて奥でテレビを見ていたであろう店主さんを呼んだ。アットホーム。


挿絵(By みてみん)


 十五分ほど待って出てきたそばと天ぷら。舞茸と大きなしめじ、それと……なんだこれ。

 気になってそばより先に口にする。柔らかい歯ごたえと口に広がる豆腐の味。

 湯葉だ。湯葉の天ぷらだ。ソーテイスティ。

 舞茸やしめじも実に肉厚で食べ応えがあって、どうやったらこんな美味い天ぷら揚げられるんですかと言いたいくらいカラッと綺麗に上がって口に香ばしさを残していく。

 美味い。バスが来るまであと四十五分。できればゆっくり食べたい。だが、箸が止まらない。止まらねぇんだよ。ノンストップチョップスティック。


 結局五分くらいで完食した。


「大きくなっちゃうんですけど……」


 恐る恐る出した諭吉は一葉と英世に変わった。レジのお釣りの入ったスペースがほとんどすっからかんになっていた。本当にごめんなさい。


挿絵(By みてみん)


 これが三峰口駅の駅舎だ。昭和で時が止まっている。


挿絵(By みてみん)


 そしてこれが三峰口駅目の前のバス停だ。なんかこう、ここでクラスの同級生とイチャコラしたい。


 さて、そんな駅舎とバス停だが、オタクはもうある一点に目が釘付けになってしまっただろう。分かる。分かるぞ。

 この桜沢みなのちゃんはトミーテックが展開した鉄道むすめという各路線で実際に働く駅員さんをキャラクター化したものであり、彼女の制服は実際に秩父鉄道で勤務する駅員さんの制服そのものらしい。フィギュア化、コレクションカード化と地味ではあるが商品化もされている。

 調べてみたらこの鉄道むすめ、めっちゃいた。スマホゲーム作れるくらいにはいた。


 ちなみに桜沢みなのちゃんは山と花が大好きだそうだ。おじさんと一緒に山に登らない?えっ、二子山行くの?そ、そっかぁ。じゃあやめとこうかな。命が大事だし。


 それにしてもなんと可愛らしいスマイルであろうか。こんな笑顔を見せられたら疲弊したサラリーマンだってきっと元気になる。そうは思いませんか。







 どうして人は働くんだろう。考えたって無意味なことが頭を巡るのは、きっとこれからやってくる電車に乗らないという選択を取れないことに一種の絶望と諦観を感じているからだ。


 入社五年目。新人扱いだった僕ももう立派な一人前になったはずだ。でも周りからその評価を得られた試しがない。


 電車がやってくる。いつものように、褒められた話だが全くもって機械的にやってくる。僕も同じように機械的に電車に乗り込んだ。


 僕の仕事は至って単純だ。お子様向けの知育教材を売りつけるセールスマン。ただこの時勢、そんなものが売れるはずもない。買いたいと思ったものをネットで注文できる。スマホ社会の今、そうした教材は動画で無料でまかなえるくらいだ。先輩方はそれでも契約を決めていくのだから僕がズレているという見方もある。いや、たぶんきっとそうなのだろう。


 ノルマも達成できない僕はこの会社の鼻つまみ者のようで、毎日のように同じ説教を同じ上司にされる。もはやそれさえ機械的と言える。何が楽しくて生きてるんだ。いっそのことこの電車が来る直前にこのホームに飛び込めたら、幾分か楽にもなるだろう。でもそれをしないのは、僕が自分の死すら決められない臆病者からだ。


「三峰くんさぁ……やっぱり友達いないでしょ」


「……すいません」


 説教というか、もはや嫌味だ。しかし、それを憎むこともできない。仮に僕がもう一人僕の目の前にいたら同じように悪態付きたくなるだろう。


「暗いんだよ。ウチ、セールス業なんだけど。笑顔がなんぼの仕事だよ?営業スマイルって知ってる?ねぇ。笑ってよ。表情くらい作れるでしょ?」


「……はは」


 心が疲弊しているというのにうまく笑えというのは無理な話だ。自分でも引きつった笑いだというのは分かっている。


「……もういいよお前。それで売れると思ってんだったらそれで売ってこいよ。せめて一件くらいは契約決めてこいよ。給料泥棒はクビにするからな」


 本当は言われた通りにクビになりたい。だが、新しい仕事を探す勇気もない。


 この仕事が好きだったはずだ。人にサービスを施し、喜んでもらえたらそれで幸せだったはずだ。


 人が好きだ。好きだったはずだ。そうじゃなきゃこの仕事にだって就いていない。今はもう人の視線が怖かった。インターホンを押す手すらガタガタに震えていた。


 夜遅くまでの残業を終えて帰路につく。またいつもの秩父鉄道に揺られながら目を閉じる。


 結局、今日も契約を取れなかった。好感触はあったものの、いざ契約の話になるとすぐさま断られた。上司の羽生先輩にその旨を伝えると「お前には一押しという言葉がないのか」と言われた。

きっぱりと「向いてないよ」とさえ言われた。


 辞めよう。それが自分にとって最善の道だ。誰に迷惑をかけることもない。

 ただ、それが悔しかった。縛られてここにいるわけじゃない。あくまで選択の上ここにいるから。


「……お客様、お客様。終点ですよ」


 ふと肩を揺り起こされると、そこに女性の駅員さんがいた。というより、今なんて?


「終点です。三峰口駅なんですけど、もしかして寝過ごしちゃいました?」


「え……?えっ、三峰口!?うっそ!!そんなちょっと……」


 よりによってこんなど田舎まで寝過ごすなんて……。何やってんだ僕は。


 どうしよう。多分もう折り返しの電車はないはずだ。タクシーで帰るか。一応帰りのタクシー代くらいはなんとかなるはずだ。生活費に大ダメージを与えるが仕方ない。


「降車する駅はどこだったんですか?」


 心配そうな表情を浮かべて駅員さんが尋ねる。


「……秩父駅です。もうタクシー呼ぶしかないですよね」


「……そうですね。お金は大丈夫ですか?秩父駅までってなるとそこそこかかっちゃうんですけど……」


「ええ、その辺は持ってるんで大丈夫です。結構痛い出費ですけどね……」


「分かりました……!駅前にタクシー会社あるのでちょっと手配してきますね!」


 それくらい僕一人で呼べるのに。彼女は元気よく笑顔を見せて改札の向こうへと走っていった。


 乗り越した分を清算して改札を抜けると先ほどの彼女が僕を待っていた。


「すいません。今、全部タクシー出ちゃったみたいで……とりあえずこちらに向かってるのが一台あるみたいなので、少々お待ちいただけますか?」


「あぁ、はい。待ってます」


 真っ暗な闇に灯る駅舎の電灯で羽ばたき続ける蛾を見ながら半ば意気消沈したままタクシーを待つことにした。

 車の音すら遠くに聞こえている。周囲に何もないのは闇を見れば分かることだ。なんでこんなとこまで来ちゃったかな。自分の間抜けさが憎らしい。


「これ、どうぞ」


 こうべを垂れる僕の視界に青い缶が映った。見上げると彼女が缶コーヒーを差し出していた。


「おつかれみたいですね……あんまし無理しちゃダメですよ。それは私からの気持ちです」


「いや、でも……いいんですか?」


「もちろんです。それ飲んで元気出してください。失敗は成功のもとって言うでしょ?」


 事務室に戻った彼女はすぐさまパタパタと忙しなく業務の片付けを行なっているようだった。


 ……優しい人なんだな。多分きっと今は他人に構っていられないほど忙しい時間のはずだ。勝手に寝過ごして終点にたどり着いた僕なんかのために、彼女は笑顔を振りまいて、タクシーを呼んでくれて、缶コーヒーまでくれた。


 それが山奥に一人のはずだった僕の心を救った。


 タブを開けて一口コーヒーを流し込む。焦りで渇いた口が潤んでいく。


 彼女の笑顔が、優しさが、冷たい缶コーヒーが暖かくて、僕は缶コーヒーを握りしめたまま、誰にも気づかれぬように静かに泣いていた。




 タクシーがやってきた頃、彼女もその場で見送りをしてくれた。


「コーヒー、ありがとうございます。きっとまたここに来ます。その時は寝過ごすんじゃなくて遊びに来ます」


「はい!ではその時までお待ちしております!本日は秩父鉄道をご利用ありがとうございました!」


 満面の笑みで手を振る彼女は、その姿が見えなくなるまでずっと駅舎の前にいた。


 タクシーの中で、僕は彼女の笑みとともにいろいろな思いを巡らせた。

 昨今の働き方はだんだんとシビアになっている。サービス残業というものは徐々に無くなってきたし、払われた対価以上のことはしなくてもいい流れになってきた。顧客志向と言われていた時代が終わり、従業員にも優しくなった社会になりつつもある。

 極端な話、今日の彼女だって何も言わずに僕から切符を受け取って乗り越し代を清算できればそれで終わりで良かったはずだ。


 でも、彼女は笑って不安になった僕を支えてくれた。それがあったから僕の心は救われた。


 あの笑顔を、僕も真似してみよう。それで誰かが優しい気持ちになれるのなら、それ以上のことはない。

そしていつか、彼女と交わした約束を果たしに行こう。



 次の日から、僕は笑顔でいることを心がけた。職場で、訪問先で、プライベートな時間の中でも。

 たまに辛いことがあっても彼女の笑顔を思い出して、それをお手本のようにして笑った。

 最初はもちろん慣れなくていびつな笑顔になっていたが、そんな日が続くといつの日か自然に笑えるようになっていた。


 その努力も結果に繋がりつつある。深まる秋に別れを告げ、長い冬も耐え抜いて、春が来る頃には僕は社内で一番の業績を上げて表彰された。


「お前なんだか人変わったみたいだな」


「いや、そんなことないですよ。三峰です。三峰のまんまでここにいます」


「羽生先輩。ここまで人変わるっていったらあれですよ」


 熊谷さんが小指を立ててニヤニヤした。


「いや、残念ながらそっちの方は何もないですね……」


「えぇー……三峰君それ絶対嘘ついてるでしょ」


「ほんとですよ!忙しくって恋人作ってる暇ないんですから!」


「まぁ、いいや。ともかくおめでとう三峰君。早く恋人に報告しにいってやりなよ」


「うわぁ……もう熊谷さんは悪い人だなぁ」


 そして桜の花が散って、新緑が濃く色づく頃に僕は再び三峰口駅のホームにいた。


 電車を降りて三峯神社へと行くであろうぞろぞろと降りる客に僕も続く。ホームの向こう側であの声とともに彼女はいた。

 跳ね上がった心臓を抑えながら、僕も切符を握りしめて彼女の元へと近づいていく。


 あれからかれこれもう一年近く経ってしまった。大勢の人と出会う職場に勤める彼女にとって、あの出来事は本当に些細なものに違いない。

 僕のことなんか忘れてしまってる可能性の方が大きいはずだ。


「はい。ご利用ありがとうございました!」


 変わらない、あの時の笑顔。切符を渡した僕は他に何か声をかけられることもなかった。

 先へ向かう足が躊躇したその時だった。


「あれ!?もしかして、去年の……」


 その声に震えながら振り返った。


「あっ、やっぱりそうだ!私のこと、覚えてますか?」


 彼女は自分の事を指さして笑った。思い違いかもしれないけど、僕との再会を喜んでいるようだった。


「……覚えててくれたんですね。忘れちゃったかと思ってました。あの時は本当にありがとうございました」


「そんな、大したことしてないですし、忘れるわけないじゃないですか」


 髪を揺らしながらはにかむ彼女に僕は言いたいことがあった。


 いえ、違うんです。貴女が施してくれた優しさが僕を救ってくれたんです。言えるわけないから、胸にとどめた。


「でも、なんていうか、素敵になりましたね。あ、いえ、前が素敵じゃなかったとかそういうわけじゃないんですよ!」


「いえ、自分でもここ最近調子が良くって。なんていうか、あの時から頑張ってみようかなって思えたんです。失敗は成功のもとって言ってくれたの、すごい励みにしてますよ」


「そんな、なんか照れちゃいますね。今日はお出かけですか?」


「そうです。今回は寝過ごしたわけじゃないですよ?ちゃんと三峯神社まで行こうってここに来たんです」


「あはは……本当に来てくださったんですね」


「夜は寂しいけど、昼間はのどかでいいところですね。……それじゃ、また帰るときに」


「はい!お気をつけて行ってらっしゃいませ!」


 変わってないなぁ。


 でもそれが嬉しかった。僕は僕自身が変われたことが嬉しかった。そして、彼女が僕の顔を覚えてくれていたこと、またここに来るって僕が言っただけの、約束にも満たないような約束を覚えてくれたこと。全てが嬉しかった。


 バスに乗って三峰口駅を後にする。


 その車窓から、変わらない笑顔の彼女が遠くなるまでずっとその姿を見ていた。




『たどり着いた駅には、変わらない笑顔がありました。──秩父鉄道』




 などという妄想を繰り広げてもバスは来なかった。四十五分は伊達じゃない。


挿絵(By みてみん)


 ぐるりと駅周辺を回ってみたが、小さな神社があるくらいだ。完膚なきまでに田舎。それでも焦ってはいけない。この田舎に流れる空気と一体化して、僕も穏やかに過ごすべきだ。


 バス停まで戻ってくると、奥のテーブルに木箱があるのに気づいた。てっきり登山届を出すものかと思っていたのだが中を覗いたら予想だにしないものが入っていた。


挿絵(By みてみん)


 お、おう。

 僕はここまで自由すぎる「ご自由にどうぞ」をいまだかつて見たことがない。

 大きな石一つと小石が三つ。試しに手にとってみると、大きな石はやたら重かった。


 これを書いている今もあれが何に使用するものなのかは分からない。


 漬物石に使ってねってことだろうか。しかしそれでは小石三つの説明がつかない。田舎に行けばどこにでもあったりするのだろうか。誰か僕に答えをください。


 そうこうしているとバス停にも人が集まってきた。カメラを下げたおじさん、お姉さん。あと若い人がいるなと思ったら、外国の方だった。おそらくはアジア圏なのだろうが、他国の言語に明るくない僕には彼らがどこから来たのかは分からなかった。

 男女四人、めちゃくちゃいちゃついてた。ダブルデートだ。海外にも有名な神社なのだろうか。もっと賑やかなところ行ったらいいんじゃない?

 バス停で抱き合ったり、ちゅっちゅしたり、ほっといたらおっぱじまりそうな感じのカップルたちを横目に、僕は改めて何やってんだかなぁって泣きそうになった。


 やがてバスがやってきてそれに乗り込む。ちなみにここからでもバスで四十分の道だ。長く不安な旅路にとりあえずは一息ついて、座席に深く座り込んだ。


 やっぱりバスの中でもちゅっちゅしやがってた。

 なんで僕の隣でちゅっちゅするんだ。一番後ろでやれ。一番後ろで。

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