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コドクトリップ  作者: 上野羽美
自転車で100キロの旅、三峯神社
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第三話「疾走!激走!大爆走!自転車で約100キロの旅!in三峯神社」

 鹿島神宮と香取神宮に行ってからというもの、頭の中は三峯神社のことでいっぱいだった。


 神社を巡る。その行為について回るのは、やはり御朱印集めだろう。しかし、御朱印帳は買ってないし両神宮でももらってはこなかった。


 神社仏閣巡りにも興味が湧いてきたし、登山をするにも近くに神社があるというのはよくある話。


 最近では気の遠くなるようなスタンプラリー感覚で老若男女問わずに人気の趣味となった御朱印集め。これは是非ともやってみるべきだ。


 しかし僕には譲れないこだわりがある。


 御朱印帳は三峯神社のものがいいし、御朱印処女を捧げるのも三峯神社がいい。前述したが行ってもいない三峯神社にどうしてそこまでこだわるのかを説明したい。いわゆる偏見ばかりだが。



 三峯神社は埼玉県は秩父の山奥の中のさらに山奥にある神社だ。ここ数年では毎月1日にもらえていた白い氣守りが渋滞緩和のために配布が休止になったり、境内にペットを連れ込むのが禁止になったりと話題になっているので耳にしたことがある人も多いだろう。


 そんな三峯神社がまだ話題に上がることもない頃、友人と一緒に山奥をドライブしていた母が神社に行き着いた。


 山奥の神社だし、大したことはないだろうとタカをくくっていた母だったが境内のあまりの立派な佇まいに驚き、またその日が偶然1日で並ぶこともなく氣守りをもらえたという。

 そしてその帰路、何か後方に光が見えたと思ったらそれが自分の足に猛スピードで飛び込んできた。そんなエピソードを語りながら「あそこの神社は本物だよ」と息巻いていた。


 また、深夜に三峯神社に向かう途中、山道に三峯神社眷属である狼の姿を見たというのだ。

 もちろんニホンオオカミが絶滅したのは周知の事実だが、三峰山にはかつて狼が生息し、それらが農作物を荒らす猪などを追い払ったことから三峰山周辺は狼信仰が今でも残っている。霊感が強い母が狼の姿を見ることもありそうな気がするが僕はカモシカと見間違えたのだと思う。


 さらに普段通っている床屋の主人も三峯神社で撮った動画の中に宙に上がっていく青い小さな光をスマホに収めていた。


 疑わしく感じる人も多いだろうが、周囲の人がこぞって「あそこは本物だ」と言うと自然と「本物なのだろう」と信じ込んでしまう。神社に赴くのだから大事なのは信仰心だ。疑いの目を持つべきではない。


 また後述するが三峯神社は数ある有名な神社の中でも最もアクセスの悪い神社でもある。たぶんね。

 そんな人里離れすぎた神社となればパワースポットで賑わうのも無理からぬこと。


 山中というアクセスの悪さから生まれるありがたみ、数多くの知人が体験した超常現象、眷属が狼というかっこよさ、何より埼玉県民であるのにもかかわらず、埼玉の神社の中でも知名度や強大なパワースポットとして一位二位を争うその場所に行ったことがないというのがコンプレックスにもなっていた。


 そこで鹿島、香取神宮を後にしたその数日後には三峯神社への参拝を決めていた。


 しかし、アクシデントが起こってしまった。


 ここ数年乗り続けていた愛車の窓が壊れて全開のまま閉まらなくなってしまったのである。しかも、すでに新しい車の購入に踏み切っていて、直すのも馬鹿らしいと思い修理にすら出していない。

 近場ならともかく、そんな状態で遠出はしたくないというものだ。盗難より、戻ってきたらハチが居座っているとかになったらもう気が気じゃない。


 公共交通機関を使うという手もあるが、割とバカにならない値段になってしまう。そこで残った選択肢が自転車で三峯神社まで行くという選択肢である。


 何も初めて自転車で長距離を走るわけではない。学生の頃に定峰峠という峠を経由して秩父市街まで行ったこともあるし、長瀞まで行ったこともある。秩父まで自転車で行くというのはそこそこ現実的な話だ。


 それでも自転車で行く理由がわからない人も多いだろう。しかし僕は根性論で生きている。僕と同世代はすでに根性論を忌避する人も多いだろう。実際僕も根性論が他人に伝わらないことは分かりきっているし、他人に押し付けることもない。しかし、こういう場面で根性論は発揮すべきだ。

 辛い思いをして参拝すれば、神様もきっと応えてくれるに違いない。


 その旨をパートさん方に告げた。「明日は晴れるけど暑いから熱中症に気をつけて」という言葉を頂いた。頭の中は完全に青空の下の三峯神社になった。直前の天気予報など見もしなかった。


挿絵(By みてみん)


 八月三十日午前四時半。相棒というか恋人のビアンキちゃんにまたがって(いやらしい)暁を背に秩父へと繰り出した。

 早朝の風は涼しかったが、肌寒いというわけではなかった。高崎線沿線に住む僕は秩父へ向かう際、車だろうが自転車だろうが国道254線を使用する。これはなん山にも出てきた国道だ。車で行く際は渋滞のない限り快適な道路だが、自転車となるとこれが酷道に変わる。


 歩道の除草が行われていなかった。人の通る道に草が両側から垂れて足にバシバシあたる。痛い。傍には除草作業を行なっていますの看板が出ていたが、いつ始まるのだろう。もう夏も終わるぞ。


 そして、国道254号線は秩父へと向かう。盆地から山地へ。言うまでもなくじわじわと標高が上がる。実際嵐山町あたりまでくると、遠くぼやけていた山がくっきり見えるようになってくるのだ。ただもうその時にはギアチェンジでなんとかなるような坂もなく、立ち漕ぎ続きで延々と長い坂を登り続けた。もう膝に電流が走ったような痛みすらあった。


 そんな嵐山までは自転車で二時間。ちなみに埼玉県民にしかわからないとは思うが嵐山(あらしやま)ではなく嵐山(らんざん)だ。前者の方が有名なのは痛いほど分かっているし、多くの埼玉県民も僕と同じ意見だろう。許してやる。

 そこまでやってくるともう東に見えた太陽も厚い雲に覆われてとうとう雨に降られてしまった。天気予報をあてにしなかったことが悔やまれる。


挿絵(By みてみん)


 コンビニでレインコートを買って再出発する。パートさんは今日はすごく晴れると言っていたはずだ。

 何かの間違いで雨が降ったに違いない。いずれ止んでまた晴れてくる。そう信じてやまなかった。


 小川町まで自転車を走らせて午前七時。雨は止む気配がない。それどころか泥除けがずれていたせいか、レインコートは泥にまみれ、なぜかサドルも汚れ、うまいことコートが覆いかぶさっていなかった下半身まで濡れ始めた。


 国道254号バイパスは寄居町で国道140号線にぶつかる。そこからが秩父への本格的な道のりとなる。埼玉北部に住む人もこちらの140号線で長瀞へと向かう人が多いのではないか。

 さて、そんな140号線までまだ行き着いていない。コンビニに立ち寄って三峯神社までの距離を調べた。


 72キロ。


 はっきり言おう。ここまで三峯神社までの距離をぼんやりとしか把握していなかった。秩父市街より少し遠いくらいに思っていたのだ。ここから72キロ南北いずれかに走れば群馬にも行けるし東京にも行ける。だが三峯神社には行けない。

 これがなん山でも書いた「奥秩父は県民にとっても遠い」の意味するところである。

 それを知っていたはずだ。分かっていたはずだ。車で行っても三時間かかる距離だと理解していたはずだ。埼玉あるあるのはずだ。

 どうして自転車で行けると思ったのか。254号線を抜けるだけで三時間も要しているのだぞ。


挿絵(By みてみん)


 はい。誰が僕を責められるというのか。あるものは使う。それが鉄則だ。

 こうして寄居駅から秩父鉄道を使用し、その終点である三峰口駅へと向かうレギュレーションを取った。

自らの計画性のなさを実感した。

 しかし、僕の計画性のなさは底知れないものがあった。切符を買い、改札を抜けたその時からすでにもう一つの失敗をしていたことに気づいたのは電車に乗り込んでからだった。


 JR路線ばかり使う僕には馴染みがなくて当然だったのかもしれない。

 憧れていたのんびり秩父鉄道の旅はすでに僕の首筋にナイフの刃先を突き立てていた。

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