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コドクトリップ  作者: 上野羽美
冬になったよ、秩父夜祭
24/35

「冬になったので風邪を引いたよ、in秩父夜祭・宵宮」

 あらかじめ言っておく。

 この日はズボンを二重に履いた。薄いパンツにモンベルのトレッキングパンツ。

 上はシャツにモンベルのフリース、ソフトシェルジャケット、その上にコート。寒いとは思わなかった。


 秩父に白熱した夜が訪れる。

 通りには鯉の滝登りの装飾がある上町屋台、ダルマの装飾がある本町屋台が出ていた。

 宮地屋台の時も思ったのだが、本当に動く神社だ。提灯に行燈。屋台の曳き手はわっしょいと叫び、囃し手は「ホーリャイ」と扇子を振る。


 地元の祭りだと正直神輿や屋台は邪魔くさかった。とりあえず進んで行きたいのに屋台が邪魔をしてくる。

 秩父に来てみればそれがメインイベントになる。人間とは勝手なものだ。


挿絵(By みてみん)


 なんと言っても道幅ギリギリになっての山車同士の離合は見ものである。離合完了時には拍手喝采が巻き起こった。


 宵宮では屋台の曳き手に一般客が混じっている。法被を着てない厚着のバッグを下げた観光客も一緒にわっしょいと叫びながら屋台を曳く。

 本祭ではそうでなかったようだ。祭りの空気と一体化したいなら宵宮に行くといいのかもしれない。


 それぞれの屋台は交差点で一度立ち止まり、左右の曳き手同士がかち合うシーンがある。

 真ん中に立った人の合図で綱を持ちながら中央に駆け寄ってぶつかってぴょんぴょんと……うーん語彙力。


 宵宮では一般参加の客も混じって行われる。


「もっとやれんだろぉ!声出してけ!」


「そーだよ!それでいいんだよ!」


 真ん中に立って揉みくちゃにされる人がバンドのフロントマンみたいに煽っていく。すごい楽しそうだ。

 僕の周囲にいた人からも「やってみたい」の声が上がっていた。僕もやりたかった。


 宵宮のクライマックスは20時ごろの花火だろうか。羊山公園から打ち上げられる花火だが、秩父市街にいるとこれが見えない。

 綺麗に見たいなら140号線まで来ないと見れない。


 それでもって最初に花火の音がして140号線へ向けて歩き出すと花火の音が消える。しばらくするとまた連続して花火が上がり、また間を置いて花火が上がる。


 アナウンスがあって花火が上がるという間ではない。なんなんでしょうこれ。もっとバシバシバシっと上がってくれないものか。


挿絵(By みてみん)


 そう思っていたらものすごい連続で花火が上がった。花火が煙に巻かれて見えないくらいの上がり方だ。


 140号線、市庁舎前の植え込みに何人か人が座っていたので真似して座ってみる。

 まさかこれが花火の観覧席ではないだろうが場所的にはここだ。宵宮ということで人はまばら。雨上がりの植え込みはしっとりとケツを濡らしてくる。


挿絵(By みてみん)


 当方、花火の撮り方を知らない。値段だけは一級品の花火で粘ってこれだ。誰か撮り方を教えなさい。


 結局よくわからないまま本番の明日を控えているので後方に花火の音を聞きながら帰宅することにした。


 その時だった。


「コン…」


 それは……それは誰のものでもない……確かに僕の肺から湧き上がった最初の咳音(がいおん)……!

 それほど遠くない未来を暗示している……死神からの合図(サイン)……!




 秩父鉄道、急行熊谷行き車内。

 咳、鼻水、喉の痛み、頭痛、発熱。ロイヤルストレートフラッシュ。完膚なきまでに風邪を引いた。

 よりによって宵宮で。本祭控える宵宮で。


 明日は寝ていようか。そんなことは頭をよぎりもしなかった。

 秩父鉄道の急行は揺れる。詩的表現ではなく物理的にめちゃくちゃ揺れる。新幹線のような車内。平日夜、帰宅時間を過ぎた車内はだだっ広く思える。


 熊谷駅。

 秩父鉄道急行は急行券が必要だった。JRの通勤快速、快速アーバンや特別快速とは訳が違う。210円を精算。


 地元駅。

 疑いようもない風邪。コンビニで喉飴やマスクを購入。帰宅してゆっくりと長風呂。撮った写真を見る暇すらない。飯を食って就寝。包まる布団、電気カーペット。


 明け方。

 予想はしていた。剥いだ布団。暑過ぎた。寝ぼけ眼で突っ込む「絶対こうなると思ってた」とりあえず毛布にくるまって二度寝。出勤時間がこの時間なので休みだろうがなんだろうが夜明け前には必ず目を覚ます。サーカディアンリズム、老人。


 朝。

 確信する。風邪は治ってない。昨日とほぼ同じ格好で地元駅を出発。到着は昨日より少し早い12時過ぎが目処。


 何が、何が名誉秩父市民だ。秩父市民を名乗ってもいいだ。四枚も重ね着をして、寒いなんて微塵も思わなかった格好して、それでこのザマじゃないか。


 明らかに地元民と思しき若き青年の格好を覚えているか?パーカーにジーンズだったぞ。二度見したくらいだ。本当の秩父市民ならば、山に囲まれた町で生きていける市民ならば、真冬の夜でもパーカーにジーンズで十分なんだ。秩父市民には程遠い。


 悔しさに涙を飲んだ。というのは嘘だ。

 なぜ風邪を引いたのか未だに納得がいっていない。


 熊谷駅。

 風邪薬を飲む水が必要だということに気づく。自販機にて秩父鉄道のヒーリングウォーターとやらを発見。みなのちゃんからヒーリングしてもらおう。ぼくね、風邪ひいちゃったの。おねつでたの。よしよししてほしいのね。


挿絵(By みてみん)


 ところでヒーリングウォーターってなんですか。よくわからないけど秩父は三峯神社付近、大滝から水をとっているそうだ。

 そういえば前回九十九神社に行った時、九十九神社の手前が水の出荷場だった気がする。

 えっ、あそこですか。ここ繋がりますか?


 ちなみにパッケージは二種類あって秩父ジオパークとみなのちゃんの二種類だ。どっちもいいけどヒーリングウォーターっつうくらいだからみなのちゃんがいいよなぁ。


「桜沢みなのは、私の母になってくれるかも知れなかった女性だ!」


 ごくごく。水だ。冷たくもない。美味しいかどうかは知らない。採取場はどこだろ。大血川?中津川?大血川の水だったらやだなぁ。水は綺麗だけどさ。『大血川の水』なんて商品名で出してごらんよ。誰が飲みたいんだよ。


 12時半、秩父駅。

 ちなみに頑に秩父駅で降りるが、祭りが最も盛り上がる夜はお隣のお花畑駅の方がいい。料金も変わらない。熊谷から880円だ。


 やはり私鉄なので多少高いように思うかもしれない。けれど車で行ったところで秩父までは往復100キロほど。やっぱり2000円分のガソリンは入れていかないとしんどい。そう思えばどうせその程度はかかってしまうのだ。気にすることではない。


 秩父駅。


挿絵(By みてみん)


 あれ、昨日と全然景色違う!

 駅前からすでに出店だらけ。昨日はさほどでもなかったのに日中からかなりの盛り上がりを見せていた。


 この熱気がどうかぼくの風邪を打ち消してくれるなんて微塵も思ってないが、本祭の一日が今始まる。


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