「随時更新予定!東京都十社巡り8/10」
最初に言っておきます。16000字あります
12月25日。クリスマス。
カップルは冷たい風を受けながら手を握り、或いは腕を組みながら街を歩く。今日は特別な日だから特別なことをしよう。そんな想いを胸に秘めながら輝く街に包まれる日。
恋人がいない人は、何故かいつもと同じ感じで働いたり、或いは用事を済ませに行くだけなのに、そこには何故か寂しさと罪悪感を募らせながら歩く日。
僕だってなんでもない感じに一日を過ごしたいだけなのに、やれクリスマスは中止だの、リア充は爆発しろ(死語)だの、性の6時間だのネット上で喚き散らす非モテがいるから、それを意識しながら罪人のように頭を低く下げながら歩かなきゃいけない。
確かにバレンタインデー同様、最初にクリスマスを恋人たちの日にしたのはメディアだ。でもそれに油を注いでるのは君たちも同様だ。猛省してくれ。何も言わず、何も語らず12月25日という日を過ごしてくれ。
それができないのなら僕にとっては君たちが忌み嫌う恋人たちと同じ人種ということにするぞ。なんだかんだ楽しんでんじゃないかまったく。
僕が今回十社巡りを再開する日を25日に設定したのは、東京というクリスマスにおけるホットスポットを一人で歩くという寂しさを訴えるためじゃない。そんな気は微塵もない。本当だ。君たちとは違うんだ僕は。
今年の秋に始めた十社巡り。それももう年末を間近に控えるほど日を空けてしまっている。
こういうことは次の年に持ち越すべきではない。
給料日が25日でお休み。次の28日を休んでしまえば年が開けてからの休みとなる。思えば高校生のバイトから僕は年末年始休みという文化がない。いつだって年末年始こそ忙しい業種に就いている。
残り5社。前述したように一日で十社周ることも可能なのだから5社周るのは余裕だろう。
でも僕はさらなる余裕が欲しい。できればどっかでぼーっとする時間が欲しい。ということもあって残り5社を25日と28日両日で参拝しようと思った。
25日当日。
めっちゃ寒い。天候は快晴というわけでもないが、そこそこ日も出ていて青空も見える。
僕はあまりの寒さに家の中でうだうだして12時半からの出発になった。
相変わらずの計画のない参拝路。残り5社の内訳はこちら。
王子神社、白山神社、根津神社、赤坂氷川神社、富岡八幡宮である。
電車に乗って東京を目指しながら計画を立てる。
好都合なことに、王子神社、白山神社、根津神社は地図で見てもかなり近いところにある。いろいろあって埼玉から近いのにも関わらず参拝しなかったり、御朱印もらえなかったりした神社。予定通りというわけでは全くなかったわけだが、これなら順調に参拝できそうだ。
あんれぇ、君ぃ、前回王子神社最後にするっていってなかった?
いやもう本当口は災いのもとだぁね。言わなきゃ良かったんだ。
僕は前々から言ってる通り計画が下手だ。なにかと行き当たりばったりのことが多い。だから僕の座右の銘はこれだ。「臨機応変」「道は繋がってる」
前者は計画でもない計画が乱れた時、後者は道に迷った時に言う。登山やめたほうがいいなこれ。
言い訳タイム終了。JR京浜東北線王子駅で下車。目指す起点、王子神社。もう、迷わない。
神社の説明の必要あります?
なんでしたっけ。イザナギ、イザナミ、アマテラスを祀ってる神社でぇございます。
前に来た時と変わらない、すぐそばに喧騒があるのに静かな境内。
社務所はと言うと、今回は明かりがついていていかにもやってます風だった。ここでやってなかったら涙が出ますよ。
御朱印を書いてもらい料金を払う。
「ここの御朱印は特に価格を決めていないので、お気持ちで価格を決めてください」
これは初めてのことだ。お気持ちでと言われるとすごい困る。僕はお気持ちでなく、経験で価格を決めた。だいたい御朱印は500円だ。たまに300円だったりするけど、それはなんかこう自分の方からは言いづらい。
白山神社、根津神社は王子神社から歩いて数分の南北線一本で行ける。
その前に一服。するとなにやらクリスマスでも奔走する会社員の方がやってきた。
「昨日はこの通りも混雑してたんだろうなぁ」
「あぁ……イブですしねぇ」
王子神社の裏手は小規模であるがホテル街になっている。そりゃさぞ賑わったことでしょうよ。
僕はもう今日はそれについて考えないことにしてんの。いちいち言わんでええの。喧嘩腰になって「僕は君たちとは違うんだ」とか言っちゃったの。
クリスマスにあえてクリスマスっぽくないことしたり、クリスマスだからモテないやつらで集まって鍋パとか「一人でも全然大丈夫です!」とか言って推しのぬいぐるみとかフィギュアと一緒に写真撮るとかもう古いの。寒いだけなの。言うな。もう。
昨晩はどうだか知らないが、日中ともなると前回来た感じと変わらない。少なくとも王子はホットスポットじゃない。北区ですし。
歩いて数分、南北線に乗車して本駒込駅で降車。銀杏並木にどことなく懐かしい駅周辺。坂を下っていくと白山神社の通りに出る。
白山神社。
御祭神はイザナギ、イザナミ、菊理姫。
菊理姫というのは北アルプスの霊峰白山で祀る白山比咩大神と同一視され、総本社白山比咩神社でも同じくイザナギ、イザナミ、白山比咩を祀る。
ここいらの地名もまた白山であり一応は総本社である白山比咩神社から勧請(寺社を迎え入れること)(勉強になったね)を受けて創建された。ちなみに創建948年。古い。
もちろん北アルプスとはいえここからでは見えない。ちなみに僕が住んでる関東平野ど真ん中あたりからでは群馬方面の山、奥武蔵、奥秩父、八ヶ岳、南アルプス、富士山、たぶん丹沢の方も見えている。あと筑波山。北アルプスは非常に天気の良い冬の日にまるで幻のように真っ白な山肌がうっすら見える程度だ。東京からなんてもってのほかだろう。
総本社白山比咩神社はもちろん御神体を白山とする神社だが、白山見えない所含めて全国各地2000社の白山神社が存在する。
ちなみに江戸時代には富士講と呼ばれる慣例があった。日本を代表する富士山にはもちろん根強い山岳信仰があり、それら富士山信仰を伝える宗教団体としての富士講。中には「一生に一度は富士山にお参りするべきだ」という江戸の流行の中で、車も電車もない時代に平民ともなれば江戸から長い時間をかけて向かわなくてはならない。そこで家族でお金を出し合って、家族の代表が富士山へと信仰としての登山に向かったのだ。これも富士講である。
白山講があったかどうかは定かではないが、これほど全国各地に白山神社があるとなれば、全国から白山を目指して歩いた人がいたのではないのだろうか。それはここ、東京からでも。
山の話になるとものすごい蛇行していくなぁ。
そんな白山神社。
全体的に渋い色合いの本殿。
狛犬は目を光らせる。ウルトラマンみたい。
菊理姫は黄泉比良坂でイザナギとイザナミの仲を再び結びつけたことから縁結びの神様としても知られてますか……?
あっ猫だ。
で、なんでしたっけ。ええと。
境内は芝大神宮に続いて狭い。故に語ることも少ない。御朱印をもらって次行きましょ次。山の話で大半おわったぞ。
その前に行きで見かけた白山どら焼きなるものを買っていく。栗たっぷりどら焼きと羊蹄産小豆のどら焼き、梅抹茶どら焼きだ。
どら焼きを立ち食いってのも中途半端なので落ち着いた場所で食べるのが良い。ここは楽しみを後に取っておこう。
南北線本駒込駅から電車に乗って2分、東大前駅から歩く……のだが、本駒込駅から根津神社までは歩いていける。電車で2分に金を使うな。歩け。
日本医科大学附属病院の前に鎮座するのが根津神社だ。ちなみにそこから入ると表参道ではない。表参道の鳥居の位置は説明しにくい。鳥居をくぐるなりビビッとくる。
決してこう神秘的な、スピリチュアルな感覚ではない。
この神社……広いぞ。
今のところ、日吉神社、亀戸天神、神田明神以外はわりとこじんまりしていた。十社巡り中ならまだしも名前だけ聞いてそれをメインに据えたら「あぁー……こんなもんか」ってなる具合の。すっごい不謹慎。だからこそ広い境内にはビビッとくるのだ。
参道があり、その途中には伏見稲荷を想起させるような連続した鳥居がある。乙女稲荷神社の千本鳥居だ。
しかしなんでしょうね。稲荷神社の鳥居ってのは数が多ければ多いほど幻想的なんですよね。それは分かるんですけどね。
すっごいんだ。写真撮ってる人が。インスタ映えっての?分かるんだけどさ。撮ったら退こうよ。いつまでいるのさ。乙女稲荷神社の千本鳥居があまりに立派だったもので僕もしっかり写真に収めようと思ったさ。でも僕が根津神社本殿にお参りして御朱印もらって池眺めてから行ったのにさ。まだ同じ人いて結構大掛かりに写真撮ってんのさ。
春にはツツジが咲き乱れるのでなおさらインスタ映えするスポットだ。皆さんもマナーは守って写真撮ろうね。撮りたいのは君たちだけじゃないんだ。僕だって撮りたいのさ。そう本人に言えばいいのに言わないんだ。弱いなぁぼかぁ。
根津神社に行こうか。
根津神社は創建100年くらい。なんでもヤマタケが創建したとか。ぶっちゃけ本当かどうか分かんない。なので詳細は不明だけど、社殿は今から300年くらい前に創建。なんだろうこの一文すごい適当。
楼門があるというのも東京十社の中では特徴的だろうか。とにかく都内の神社という感覚で言うと広い。
御祭神はスサノオ、大山咋神、誉田別命。
誉田別命は第十五代天皇である応仁天皇のことである。
東京十社はこじんまりしたのとそうでないのとの差が激しく、下調べも特に行っていないのでワクワク感がすごい。とにかく「立派だなぁ」と呟きまくっていた。
根津神社は文学作品にも多く登場していて、森鴎外、夏目漱石、高村光雲、夢野久作など著名な作家によって物語の一場面に当時の名称である根津権現の名で登場する。ひとっつも読んだことない。読書嫌いなんだもん。
ここいら一帯もまた文学の街と知られる。文学が好きな希有な人は訪れてみてはどうか。もう訪れてるか。
上野駅が近いからなのか、どちらかというと外国人観光客が目立った。地元の小学生も広い境内を縦横無尽に走り回っていた。
いいなぁ。僕も神社の境内で遊ぶなんてことしてみたかったなぁ。
僕は夏休みが好きだ。でもそれより好きなのは夏休みが始まる前の、学校が午前中で終わる日だ。
なんでかは分かんない。学校なんかなければ無い方がいっぱい遊べて楽しいはずなのに、僕はそっちの方がずっと好きだった。
それはたぶんだけど、みんなと一緒に下校して、そのままランドセルを放り投げて遊べる時間が特別な気がするから。なんというか、学校から僕たちの休みが始まるのが好きだった。
「じゃあ今日も神社で遊ぼうぜ!」
僕たちのリーダーである千駄木が言った。僕も友達の白山も、女子なのに僕たちと一緒に遊びたがる谷中もそうだと思ってたし、そうであって欲しかった。
時間はこれからいっぱいあるけど、今日この時を無駄にしたくなくって、僕は急いで帰ってお昼ご飯の冷やし中華を流し込むと、お腹の中からたぷたぷと音を響かせて神社に向かった。
根津神社。僕の苗字も根津だ。だからよくお前ん家って言われる。お父さんに聞いたら生まれは全く別のところだから関わりはないけど、ひょっとしたら僕の知らないところで関わってるかもしれないよって言ってた。からかわれてるからそうであって欲しくなかった。
神社にはいち早く僕が着いたみたいだった。太陽は真上にあって、今日もすごく暑かったけど、神社の中は日陰も多いし、池もある。乙女稲荷神社があるところはほとんど日陰になってるからなんだかとっても涼しい。
千駄木が自転車を止めてやってきた。その時僕は大きな門の下で暑さから逃げていた。
「根津早くね!?お昼食べたの!?」
千駄木は体も大きいし、声も大きい。僕は静かにうなづいた。
「やっぱここお前ん家だからお前が一番早いんだな」
「ダギーの家よりはここに近いからだよ。神社に住んでたら僕神様じゃん」
「ありがたやありがたや」
「手を合わせないでよ」
次にやってきた白山と谷中。二人を見ると僕の胸がギュッとする。
『シロと谷中は家がすごく近いからだ』『だから一緒に来てるんだ』
なんでか分かんないけど僕は僕にそう言い聞かせた。なんでか分かんなくもないような気がするけど、それはちゃんとしたくない。
いつからかは覚えてないけど、谷中は家が近いこともあって僕たちと一緒に帰るようになってた。
谷中は兄ちゃんがいるから、女子のくせにゲームとかアニメの話もできる。周りの奴がどう言おうが、僕たち男三人はそういうのを意識しないで仲間に入れてやることにした。
「ダギーもねづっちも早いね」
白山が言った。白山は僕たちに比べてかなり頭が良かった。中学も僕たちとは違って私立の中学に入ることが決まってるらしい。私立とそうでないのと、僕には違いがわからないけど、同じクラスのもう一人頭がいい不忍も私立の中学に行くっていうから、頭が良い人が行く場所なんだと思ってる。
そういえばそれを聞いた谷中がすごく残念そうな顔して今にも泣きそうだった時も僕の胸はギュッとしたんだった。
「根津はここ住んでるからな。俺より早かったもん」
「やっぱねづっちここ住んでんだ」
「もうそれでいいよ。おじゃましますって言ってあがってよ」
「じょーだんだよ謝るから」
ごめんと頭を下げた後でダギーはすぐに笑顔になって「じゃあ早速何する!?」と興奮気味に言った。
「ドロケイ?」
「昨日もやった」
「隠れんぼ?」
「もうどこに隠れてるか分かる」
「じゃあ隠れ鬼は?」谷中が言った。「それいいじゃん!」白山が言った。「いいと思う」負けじと僕も言った。谷中は嬉しそうだった。なんで嬉しそうなのか、どっかで分かっちゃった僕は大きく唾を飲み込んだ。
隠れ鬼は隠れんぼと鬼ごっこを合わせたやつだ。隠れた人を見つけても、捕まえなければ意味がない。
もう隠れんぼをやり尽くして神社の中でどこが隠れやすいのか知ってる僕たちには隠れんぼじゃ物足りなかったのだ。
じゃんけんをして鬼になったのはダギーだった。勢いよく走り出した僕たち。その背中越しにシロと谷中が僕とは反対方向に走ってくのが分かった。
僕はギュッと奥歯を噛み締めた。楽しい時間のはずなのに、楽しくはなかった。心臓がバクバクいってて頭の後ろの方でもやもやが大きくなってった。でもそれを顔には出さないように、僕は自分に言い聞かせるように、ふつふつと湧き立つ胸の内を押し込めた。
僕は乙女稲荷神社の本殿の陰に身を潜めた。あまり隠れられてないのは分かってる。隠れんぼなら一発で見つかって終わりだけど、隠れ鬼だからなるべく逃げやすい方がいい。
シロと谷中は僕の向かいの植え込みに二人並んで座っていた。あそこまで走っていきたいと思った。
二人が親密な関係になる前に僕が走ってって邪魔したいくらいに思ってた。
でもそれはなんとなくしたくない。おもちゃがほしいって泣き叫ぶ子供みたいだ。ほしいものが手に入らない時だってある。いつしか我慢という言葉を覚えた僕が歯噛みしながらも二人の動向を眺めるのは当たり前のことだって思ってた。
ダギーは手始めに誰もいないツツジの植え込みの方に走っていった。視線をシロと谷中に戻すと、二人は見えなくなってて、僕の前には薄い水色のワンピースを着たお姉さんがしゃがんで僕をじっと見てた。
「何してんだ少年」
平坦に顔色一つ変えずにお姉さんが言った。長い髪も揺れないから動いたのは口元だけだった。
「……隠れ鬼です」
まるで先生みたいな喋り方だったから、答えた僕の声はくぐもってた。
「なんだそれは。隠れ鬼ってことは少年が鬼ってことか?」
「僕は鬼じゃなくて……」
なんだろ。鬼ごっこって鬼じゃない人のことなんて言うんだろ。っていうか、お姉さんといえど知らない人と話してていいのかな。先生はとにかく知らない人とは話すなって言ってた。
「ふぅん。最近の子供も案外昔と変わんないんだね」
そう感想を口にしたお姉さんだったけど、身じろぎもしないで僕の視界を埋め続けた。
心臓がさらにバクバクいってる。単純に怖くなってきた。
「あの、見つかっちゃうんで、どっか行ってくれませんか。根津神社はあっちなんですけど」
それはあまり拒否反応を出さないように努力した僕のささやかな抵抗だった。
「そうは言われても少年。ここは私の家だからね。どっか行ってくれってのは私の言葉だよ」
「家って…」
僕がからかわれて嫌な言葉をさも当然のように言った。
「ここ神社なんですけど」
「そうだね。神様の家だ」
「お姉さん神様じゃないでしょ」
「神様だよ」
……どうしよう。変な人だ。たぶんこの人に連れてかれちゃうんだ。僕の両親に身代金ってやつをを要求するつもりだ。
不審者のお姉さんはすっかり縮こまった僕を見ると「じゃあ証拠を見せよう」と言った。
「証拠……?」
「そうだ。んーと、じゃあ神様にお願いするみたいに心の中でお願いしてみな。私は縁結びの神様だから、少年の好きな子のこと考えてみなよ」
そう言われた瞬間にはもう僕の頭の中には谷中の顔が浮かんでた。そうじゃないって否定しても消えることはなかった。現に谷中は僕の50メートルくらい先でシロと一緒にいるから。
「はいおっけー。少年の好きな人は山田さんだ」
誰だよ。
「全然違う」
「いやぁ……少年の願い弱すぎ。ぼんやりとは浮かんでくるんだけどね。もっと強く願うんだよ。あの子と一緒になりたいんだって。そうすれば私にだって届く」
「あの、もういいですから。そろそろ友達に見つかっちゃうからどっか行ってください」
「その辺は心配せんでよろしい。少年は今絶対に見つからない。絶賛神隠し中だから」
そろそろ本当に逃げたくなってきた。
「さぁさぁ好きな人を思い浮かべてごらんよ。私にかかればすぐに仲良くなれるから。仲良くなったらお賽銭投げに来るようにな。何事もタダってわけにはいかないから」
「……仲良くなんてなりたくない」
本当はもっと他に言うことがあった。というか一目散に逃げるべきだった。僕が言ったのは僕が思いもよらなかった、本当のことだった。
「それは…なんで?」
不思議そうにお姉さんは尋ねた。大人のくせにそんなことも分からないんだって僕は思った。
それは怒りで、悔しさで、情けなさで、そういう感情が全部一緒になって言葉になってた。
「僕の好きな人は、他の人が好きだから」
僕はお姉さんの向こうにいて見えないシロと谷中を見て言った。
目は口ほどにものを言うってことわざは知ってる。だからお姉さんは自分を見て言ったんじゃないって分かったのか後ろを振り返った。
揺れる横髪の向こうにまだ二人はいた。
「ははー……なるほどね。そりゃ参ったね」
何がそりゃ参ったね。だよ。僕の気持ちなんか知りもしないくせに。自分のこと神様だって言って僕のずっと奥深くにあった気持ちすらからかって。
「じゃあ少年は優しい子なんだな」
振り返ったお姉さんは僕の頭に手を置いた。すごく暖かい手だった。
「あの子の気持ちを知ってるから少年は身を引いてるのか。そっか。優しいな」
言葉になった怒りと悔しさと情けなさが気づいたら涙になってた。でもこんな涙流したくないからどうにか止めようとして何度も目をこする。
どっかの知らないお姉さんに大事な気持ちを見透かされたことも納得がいかない。
僕は優しくない。本当はシロを仲間外れにして谷中を遠ざけたい。でもそんなことしたら谷中は僕のこと嫌いになるだろうし、シロはずっと友達だからそんなことできないだけだ。
人を好きになるってすごいわがままなことなんだ。
だから軽い気持ちでお姉さんが言った「好き」の二文字が許せなかった。
「たまに……すごい強い願いが届くことがあるんだよ」お姉さんは僕の隣に座ると、僕の手を握って言った。僕はたった50メートル先の二人を見てた。その距離は目で見るよりずっと長い距離に思えた。
「恋敵がすごく憎いんだろうな。痛い目にあってほしいとか、いっそ死んでくれたらって願いが届く。強い願いだ。というよりもう呪いだな。好きな人と結ばれますようにって願いよりずっと」
「そういう奴は恋をしたって顔をしてない。私にはひどく歪んで見える。人が人を想う気持ちは千差万別だ。幸せな気持ちであったり、強い呪いであったり……」
お姉さんは僕の頭に手を置いた。さっきから人の体ペタペタ触ったり、人の心にずかずか入り込んだり、正直このお姉さんは苦手な人だ。
でもそんな人から出た言葉は馬鹿みたいにまっすぐな言葉で僕の胸に深く優しく突き刺さる。
「少年のように、好きな人の幸せのために自分を犠牲にするような儚い恋もある」
「その気持ちは情けなくなんかない。好きな人のことを尊重できるその気持ちを誇れ。いつか彼女も少年の気持ちに気づく時が来る。なに、心配するな。神様の私が言ってるんだ。縁は結ばれる」
「本当にそれでいいとは思えない」
「……それはそうだな。友達なら友達同士のままでいたいよな」
たぶんそれが僕の願いだ。ずっと友達同士でいたい。このままがいい。ダギーもシロも谷中も僕もそれぞれがそのままでずっとこうしていたい。
誰と誰が結ばれてなんて、子供の僕には分からないから。恋って感情がただのわがままにしか思えない子供だから、一番よく知ってる友達って関係のままでいたい。神様に願うならきっとそれだけ。
「その願い、叶えたいか?」
膝を丸めてそれを考える。
「今の僕じゃ、よく分からない」
「利口な判断だ。諸行無常、いつまでも同じであるわけがない。ならば私は少年の覚悟を胸に留めよう。いつでも少年のことを見てるからな」
お姉さんが僕の隣から立ち上がると、ダギーの大きい声が響いた。
「うわっ!ねづっちどこにいたんだよ!」
「いや、ずっとここで…」知らないお姉さんと話をしてたって言おうとした。もうお姉さんはどこにもいなかった。
「ずっとここ!?だって俺何回も通ってんだぜ!?」
「でもここから動いてないよ」
「う、嘘だよ……それ、だって俺、」
ダギーは幽霊でも見たように青ざめてた。それでも「タッチ!」と急に表情を変えて大きな声を出して走り去ってった。
「今のはズルいよなぁ……」
しぶしぶ10秒数える僕の耳に届くセミの声。それはまるで今一斉に鳴きだしたような感じだった。
そういえばさっきセミの声一つ聞こえなかったような気がした。
夏休みの始まりの、不思議な体験ってやつだったのかもしれない。
「またいる」
「だからここ私の家だっちゅーに」
自称神様はそれから度々僕の前に現れた。神様からしたら僕が現れたのかもしれない。お姉さんが本当に神様だとしたらの話だ。
でも会うたびに服が違う。まさかこの本殿にタンスがあってお姉さんの服が入ってるなんてことも無いと思う。だからお姉さんは神様じゃない。しょうめいしゅうりょー。
「……今日は何か聞いて欲しそうなことがあるな?神様の前で隠すことはない。話しなさい」
お姉さんとは両親にも話せないようなことをよく話した。話さなくってもお姉さんの方からずかずか入り込んでくるから、黙ってても無駄だと悟ったのだ。
それに、話したらスッキリすることもある。
でも今日の僕が抱えていたのはずっとずっと重くて心に深く根ざしてた。とてもじゃないけど話しただけじゃ離れてはくれなさそうな悩みだった。
もうすっかり寒くなった冬、近くの通りの銀杏並木も葉っぱがいっぱい落ちてた。
シロは今日、私立中学に入学する手続きがあるって言って学校を休んだ。
ダギーと谷中と僕とで帰り道を歩いてた。今日の授業の話、休み時間の話。シロがいなかったけど、それはごくごく普通の下校の会話だった。
「谷中ってさ、シロのこと好きなんでしょ」
今までの会話となんの脈絡もなくそう言ったのは、そういうことに興味もなさそうなダギーだった。
谷中は急に止まって「なんで?」って聞いた。僕も同じ考えだった。
「なんか、そういう風に見えるし。仲良いじゃん」
僕には今更なことだった。今更すぎてダギーのこと張り倒したいくらいだった。
谷中の顔は真っ赤になって、そのまま走りだした。
「おい谷中!」呼び止めようとするダギーの肩を僕は強く掴んだ。
「ねづっち……痛いんだけど」
「ごめん。でも、谷中のほうがもっと痛かったと思うよ」
ダギーに悪気はないのは知ってる。友達だから、本当にただ聞いてみたかったのも分かってる。
でも谷中の気持ちも知ってる。そっちの方がずっと痛いくらいに分かってる。
僕が同じこと言われたら、どうしていいか分かんなかったから。
僕は同時に谷中の気持ちが僕と一緒だってことも分かった。
谷中もシロのこと好きだけど、僕たちと友達でいたい気持ちの方が強いんだ。谷中も好きだって気持ちをすごい我慢してるんだ。
「謝ったほうがいいかな」
「……そうかもね。できれば谷中と二人の時に」
ダギーと学校で喧嘩した去年の秋みたいに途中から僕たちは無言で家に帰った。いつもみたいに遊ぶこともなかったけど、僕は神社に走らずにはいられなかった。
「子供のくせにめんどくさい恋しとるねぇ」
お姉さんはため息をついた。ため息をつきたいのは僕の方だった。
「今はシリアスな感じなんだけど」
「いやぁ、悪い。そりゃシリアスなんて横文字出てくる小学生だもの。複雑な恋もするよね」
「神様がこういう人だって分かってなかったら僕はとっくに怒ってる」
「悪かったって。でもなぁ少年。私にくるお願いなんてのはすっごい単純なものばっかなんだ。やれイケメンに出会いたいだの高収入の旦那が欲しいだの、単純明快なお願い事ばっかなんだよ。少年らの恋愛の方がずっと複雑で難解だね」
「大人はバカなの?」
「オブラートに包みたまえよ少年」
いずれ大人にはなるんだろうけど、大人になりたくないなぁ。
「少年はどうしたい?」
お姉さんに悩みを打ち明けると、必ずこう返ってくる。お姉さんは自分のこと神様だとか言っといて、ちゃんとした答えを言わない。
僕がそれについて文句を言うと「歴史の中で人間に神が答えを出したことなんて一度もない。神はただ願いを聞き入れるだけだ。行動を起こし成功に導くのは結局人間の力なのだ」とすごく意味ありげに言って、僕も納得しかけたけど、結局は屁理屈だった。
でもお姉さんに「どうしたい?」って聞かれると自然と答えが出てくる。
お姉さんは最初に会った時に言ったように僕の決めた覚悟を見守ってるようなそんな感じなんだと思う。
谷中は僕と同じなんだ。好きって気持ちより友達であることを大事にしてる。僕も同じことを願ってた。
ならそれで僕たちの願いは一つになって、これからもずっと僕らは友達同士でいれる。何一つ問題はない。
そうは、思えない。
谷中は僕と同じだから。それでも好きって気持ちを捨て切れないから。ダギーに言われて恥ずかしくて走り去った谷中の気持ちは痛いくらい伝わってたから。
誰かのことを好きになる。それは幸せなことで、わがままなことで、辛いことでもある。
「神様」
「なんだ?」
「どうしたらいい?」
「そうだな……。少年の望むままに」
結局僕たちは平行線のまま、卒業の日を迎えてしまった。6年間という長い月日はあまりにあっという間だった。それでもこの昇降口も、廊下も、トイレも、教室も、校庭でさえ、たぶん二度と入れないんだろうって思うと何かしらの寂しさはあった。
仲の良い友達はほとんどおんなじ中学に行くから、友達と離れ離れになるって寂しさはあんまし感じなかった。問題はこのあとだった。これから訪れる時間は、本当に最後になっちゃうかもしれないから。
ダギーも谷中も一緒の中学に入学する。シロだけ別の学校だ。しかも遠いところに引っ越しちゃうらしい。
実はずっと前に分かってたことだった。
今更になってそれが本当なんだって分かると、僕たちはシロの顔を見ることすらできなくなりそうだった。
乙女稲荷神社へと目をやる。お姉さんはそこにはいない。静かに鳥居がたくさん並んでるだけだ。
「今日は何して遊ぶ?」
「……隠れ鬼がいいんじゃないかな」
そう言ったのは僕だった。それにはみんな賛成してくれた。
「俺が鬼やるよ」
ジャンケンもしないで立候補したのはダギーだった。
「ジャンケンしないの?」シロが尋ねた。
「寒いから走りたいの」ダギーは無茶苦茶な理由を取ってつけた。
『最後さ、隠れ鬼しようよ』
僕は最後の登校日の朝にダギーに提案した。
『最後なのに隠れ鬼?ゲームしようぜ。そっちの方が楽しいよ』
『……それじゃ谷中がシロに告白できないだろ?もう谷中はシロに会えないかもしれないんだよ?』
会えないなんてことは無いだろうけど、僕はあえて大げさに言った。
『あぁそっか。で、どうすんの?』
『鬼はダギーがやって。じゃんけんはなし。それだけでいい。で、僕が二人がどこに隠れるか乙女稲荷神社から見てるから、ダギーはそことは全然違う方向に探しにいくんだ』
僕の中では完全にあの日を再現するだけのことだった。でもダギーは『秘密組織の任務みたいでかっこいい』って喜んでた。
『あとは谷中がどうするか決めるんだ。僕らは余計なことしなくていい。谷中の覚悟を見届けよう』
カウントダウンが始まった。僕は背中に二人の影を感じてた。その影が僕の背中から離れていくのを。
これでいいんだ。
谷中ももう後がないこと知ってるから、たぶんシロに好きって言うだろう。
それでいい。好きな子が泣いてる姿を僕は見たくない。
乙女稲荷神社まで振り返らずに駆けていく。
いつもの隠れられてない本殿の脇に座ると僕の目の前にはお姉さんじゃなくて谷中がいた。僕はギョッとした。
「それ、隠れてるの?」
谷中は僕を見下ろして首を傾げてた。
「隠れてるよ」何やってんだよ「ほら、ダギーが数え終わっちゃうぞ」ここにいていいわけないだろ「谷中も早く隠れなきゃ」
「私、今日はここに隠れるよ。ねづっち本当に見つからないんだもん。ここにいれば見つからない?」
「いや、見つかっちゃうでしょ。ほら早く」
シロはシロであの時と同じ植え込みの中にいる。僕は指をささずに目でその場所を訴えた。
「今日はここがいい」
そう言うと、谷中は僕の隣に座った。長袖のシャツが僕の腕にぴったりとくっついてた。
今日こそここじゃ駄目なんだよ。谷中だって分かってるんだろ?
確かに望んでた。谷中が僕の隣にいること。でも今日この日だけは、僕はそれを望んでないよ。
まさか、お姉さんがそう仕向けたのか?
本当にあの人が神様で、縁結びの神様で、僕が谷中のこと好きだって知ってたから、最後の最後に、こういうことにしたっていうのか?
だとしたら、最低だよ。
僕の覚悟を見守るって言ったじゃないか。
僕にとっての覚悟は、谷中の覚悟を見守ることだったんだ。こんなのは違う。絶対に違うんだ。
「……本当に今日が最後なのかな」
僕の嘆きをよそに、体育座りの谷中が呟いた。
「四人でこうして遊べなくなっちゃうの、まだ信じられないよ」
僕は隣に座った彼女の嗚咽を聞いてた。
数を数え終わったダギーが僕の方を見てた。僕は首を振ってそれに答えた。
「僕は最後じゃないと思う。でももしかしたら最後かもしれない。それは僕にも分かんないよ」
慰めの言葉だったら、僕はもう少し優しい言葉を選んでた。
「でももしこれが、本当に最後だったら、これからの時間は悔いのないように過ごさなきゃ。谷中が決めたのならいっぱい遊んで楽しむのもいいし、寂しいからって泣いてるのも別に構わないと思う」
谷中は嗚咽を隠し切れないほど泣いてた。遠くのシロもそれが聞こえてたんだと思う。シロとも目があった。
「それを決めるのは谷中だよ。後悔だけはしちゃいけないから、ちゃんと自分に聞かなくちゃ。谷中はどうしたい?」
僕はお姉さんの言葉をなぞらえた。お姉さんはこんな気持ちだったんだ。人の想いにああしろこうしろってとてもじゃないけど言えやしない。
でもそれに気づかせるためにはちゃんと自分自身に聞いてもらわなくちゃいけないから。
谷中はそれでもその場を離れなかった。
代わりに刻一刻と夕暮れが迫ってった。
僕たちは暗くなるまで縋り付くように境内のベンチで話し合った。
まだ子供の僕たちには訪れる闇がタイムリミットだった。
いつまでもこのままで。それができないってこと、残酷なくらい境内にある時計が針とともに教えてくれる。
「……そろそろ帰らなくちゃ」
シロが重い腰を上げた。
「……そうだな。シロは引っ越しとか忙しいもんな」
「うん。じゃあ、またいつか。みんなとはこれで最後じゃないよ。絶対帰ってくるから」
シロはそう言ったけど、絶対が絶対なんてこと絶対ないと僕は思ってる。
徐々に小さくなってく背中。谷中は僕の手をギュッと握ってた。
「……これでいいの?」
その温度を確かに感じながら僕は尋ねた。谷中は黙ってた。
シロの背中が大きな鳥居を抜けて、角に曲がって見えなくなった時、僕の手から温度がすり抜けて、谷中は走り出した。
「シロ!!待ってよ!!」
谷中の震える声が境内に反響した。乱暴に走る彼女もまた、角を曲がると姿も声も見えなくなって聞こえなくなった。
その姿を見てた僕の胸は震えてた。「……はぁっ」泣くもんじゃないって決めてたからなんとかそれを堪えた。
これで良かったんだ。僕の願いは叶った。僕の覚悟は彼女に届いた。
後悔なんてするわけないんだ。
それなのに「……ぐうっ」なんでこんな熱い涙が流れてくるんだ。
「ねづっち」
ダギーは僕の肩を抱いた。僕はその肩に涙を染み込ませて泣いた。
「ねづっちも、谷中のこと好きだって、俺、知ってたよ」
ダギーはそう言うと僕の肩をギュッと抱きしめて泣いてるみたいだった。
「ねづっち、かっこいいよ。男だよお前。友達でいて良かった」
「そんなこと言うなよ。泣いちゃうだろ」
「もう泣いてんじゃねぇかねづっち」
「ダギーだって」
ダギーの肩越し、遠く向こう、いつのまにかお姉さんが乙女稲荷神社の鳥居から僕たちを見てた。
なんだかすごく優しい顔をして、それから満足したように本殿の方へ消えていってしまった。
お姉さんの姿を見たのは、それが最後になった。
二礼二拍手一礼。あの時はまだ、そんな作法も知らなかった。
「あれから10年経ったぞ神様。一応ちょくちょく通ってるつもりなんだけどな。一回も感動の再会は無しかよ」
当たり前だが本殿は何も答えない。
根津神社での思い出は俺が忘れることのできない思い出になった。でもそれを話す相手はいない。神様と話したなんて馬鹿げた話だし、その神様がワンピース姿なんて言ったら完全に妄想の産物としか見られないだろう。
この話ができるとすれば、たぶんあんたしかいないはずなのに、あんたは出てきちゃくれない。
子供だから見える存在ってのもあるのかもしれない。大人になれば変わってくものはたくさんある。
思えばダギーもシロも、あれほど仲良かったのにダギーとは一年に一回会うかどうかって感じで、シロなんて中学校に行ったら本当にあれが最後になった。
聞けば留学して今は海外にいるとかなんとかって、もう俺なんかじゃ手の届かない存在になってしまった。
ダギーはダギーで年一回の親交はあれど、甲子園で大活躍して今はプロ野球チーム入ってる。どちらにせよ、手の届かない存在だ。勝手に誇らせてもらおう。
かくいう俺は語ることもない普通の会社員だ。逆に笑えてくる。
「……またこっちにいるんかい。待ち合わせは楼門って決めてるでしょ」
階段の下からいつもの声が聞こえる。
「じゃあ今度からこっちにするか?」
振り返って彼女を見下ろす。暗がりの中で確かに微笑んでるのが見えた。
「ねづっちは昔っからここ好きだよね。暗いところ好きなの?ねずみだから?」
「そーさね。こういうとこの方が性分にあってんの」
「暗くってやーねぇ。これからイルミネーション見にいくってのに隣にいるのが暗いのじゃねぇ」
なんちゅう嫌みだ。暗がりの階段を踏み外さぬように俺はゆっくりと下に降りていく。
「おっ、不満でもあるのか?」
「それはこれからのデートプラン次第による」
「言っとくけど高級レストランで優雅なひと時なんて贅沢言うなよ。クリスマスプレゼント買ってもうそれで金欠なんだから」
「まぁ、別にいいけど?それより何買ってくれたの?」
「後のお楽しみに決まってんだろ」
「私はマフラーを用意しました」
彼女はプレゼント用の袋とか箱だとかに包まれてもいない長いマフラーを取り出して自分にくくると俺の首にも巻いた。
「お前は今言うのか……」
新品のマフラーは妙にチクチクする。それでもちゃんと暖かい。
「だってさ、こーやって二人で巻いて歩きたいじゃない?」
「まぁ、別にいいけどさ」
たぶん、今の俺にはもう見えないんだろうけどさ。
神様なら俺のこと見てるかもな。
あんたの言う通り、自分のしたいようにできたよ。単純なことじゃなかったけど、おかげで満足してる。
ここにいるうちは、いや、どっか引っ越しても時間ができた時にここに来るからさ。
そん時はなんでもない顔してでてきてもいいんだぜ。
お礼くらい面と向かって言わせてくれよ。
とりあえず、あんたには宗教上関係ないだろうけど一応言っとくよ。
「……メリークリスマス、神様」
「ねづっちなんか言った?」
「何にも言ってないよ」
なっげぇ。
なんかこう、物語というナイフで自分の心臓を抉るような、そんな自傷行為だよこれは。
ちなみにここまで読んでくれた稀有な方に教えてあげますとここまで15000字です。だいたい僕は小説書く時2500〜3000字程度で書いてるんで本当なら5話くらいに分けないといけないんですね。
んで、なんでしたっけこれ。コドクトリップ?あれ、コドクトリップって旅行記じゃないの?なんで短編書いてんの?でもこれで根津神社を舞台にした文豪の一人に僕の名前も連なるわけだ。
根津神社を後にした僕はとりあえず今日の参拝はここまでってことにして帰ることに。
根津神社から一番近いJR駅はおそらく上野駅。不忍池から上野公園を散策して帰ることに。
不忍池。
ああ、そうだよ。クリスマスだよ。忘れてたなぁ。
今まではずっとホットスポットを避けて、いや避けたわけではないけど歩いてたわけだから、やけにソワソワした恋人たちの空気が圧を持って襲いかかっていた。
腕組んだり、手ぇ繋いだり……いいよ今日はもう特別な日だもんなぁ。
そうは言っても不忍池、言うほどホットスポットでないのは確かなんだ。ベンチに座ってイチャコラしてるカップルもいるけど、ダウン着たおじいさんがぽけーっとしているのも決して浮いてるわけではない。
僕は、あれになろう。
不忍池のベンチにどかっと腰掛けてバッグから取り出すどら焼き。
まずは抹茶梅から食べる。
番茶に梅干しなんて歌ってた人がいるけど、抹茶に梅ってどうなんだろう。気軽に手には取ってみたけど結構攻めた味じゃないか。
ぱくり。
うん。
抹茶あんは割と一般的な抹茶あんだ。かなり甘めで美味しい。
そして梅。これ梅ですかってくらいフルーティ。かなり果物チックな優しい酸味で、抹茶あんの甘味に溶け込んでいく。
栗どら焼き。
大きな栗が丸ごと入った贅沢などら焼き。かなりほくほくしていた。お茶をください。お茶を。
そんな感じでどら焼きを食べてたら、水鳥がギャアギャアと喚きだした。狙われてる。貴様らにはやらん。
羊蹄産あんこを使ったどら焼きを食べる前に身の危険を感じた僕は逃げるようにその場を後にした。
どら焼き?美味しかったですよ?食レポって難しいんだから無理言わないでよ。
こうして東京都十社巡りの4/5が終了した。残り2社。年が明ける前に急いで巡ろう。
12月25日という特別な日、皆さんはどうお過ごしだったろうか。恋人と一緒に、家族と一緒に、友人と一緒に、一人で有意義に。
「こっちは仕事じゃい」って人もいたでしょう。お疲れ様でした。
特別でもそうでなくても、身も蓋もないようなこと言えば25日も26日も大して変わらないし、誰かにとってはものすごい差があったりするものだ。
大事なのは特別にしようって気持ちだから案外人は平等なのかもしれない。
この記事投稿する日にはもう大半仕事納めで、僕はというとさっそく残り2社を回ってきた。年明ける前に投稿したいけどなぁ。どうなんだろ。
投稿できなかったときのために言っておきます。
皆さま、良いお年を。




